それでは慰謝料の準備よろしくお願いします
「コーラル・リッチモンドお前との婚約は破棄して、俺はこの心清らかなリリアと婚約する!」
おバカな婚約者が、隣にこれまたおバカな女を連れて声高らかに騒いでいる。
本当に心清らかならば、人の婚約者に手は出さないと思うんだけどね⋯⋯。
「リリアにした数々の嫌がらせ⋯⋯もう勘弁ならん!」
いや、普通に注意と警告しただけだけど?
というか、自分の婚約者に虫たかってたら、追い払うのは基本でしょうが⋯⋯。
嫌がらせや意地悪をされても、普通は文句言えない立場なんですよ?
「ーーはぁ、承知しました。では、こちらをすぐに準備して下さい」
取り出した書類には、婚約した時の取り決めが書かれている。
「まず、これはそちらの不貞行為での破棄なので、お二人共に慰謝料が発生します」
「はぁっ!?」
ナニ驚いてるんだか⋯⋯浮気した上に、慰謝料諸々踏み倒しとはいい度胸だな。
「それから、婚約した時にお支払いした支度金も全額返していただきますし、何故かわが家が立て替えたお金の返還もよろしくお願いしますね」
何故か婚約者が隣の女に貢いでいた商品の請求書がウチに来るという不思議。
ーー馬鹿なのかしら?
「金、金、金って!金のことばかりだな!」
「お金がなくてわが家に婚約の話を持ってきたそちらに言われたくありませんわね」
次はバカ女に。
「そちらの泥棒猫様のお宅には、慰謝料の請求書を送らせていただいております」
「うちは関係ないじゃない!」
「いえ、ありますよ。これから庶民になるだろうお二人の親には、きちんと責任を取ってもらわないといけませんもの」
「⋯⋯え?しょ、庶民?」
「だってデュバル伯爵家は他に爵位がございませんでしょう?」
伯爵位以外の爵位がないということは、跡継ぎ以外は継ぐことができないということだ。
「伯爵位はそれの兄君様が継ぐのですから、それは自分で何とかするしかないのですよ」
まぁ、無理だと思うけど。
「え?次期侯爵様じゃないの?」
「あぁ、それを知らなかったのね⋯⋯次期侯爵は私です。それは婿入り予定だったので」
「はぁっ!?」
「まぁ、少し調べればすぐ判ることだったのですがねぇ⋯⋯」
というか、この学園では誰もが知っている話だ。確認を怠った泥棒猫が怠慢なだけで。
「私はこの婚約が破棄されようが、引く手あまたですけれど⋯⋯そちらはねぇ」
完璧な地雷物件だ。
この国には次男以下は多い。
少しでも条件のいい場所へ行きたいのは、男女共通している。
「だから言ったんですのよ。どうなっても知りませんよと⋯⋯」
そこで少しでも調べるなりすれば、こんな目には合わなかったのにね。
「という訳で、この書類に目を通して下さい」
提示した金額を見て、二人が固まる。
「なっ⋯⋯!」
「こ、こんなには無理ですっ!」
「あ、それは慰謝料とは別の返してもらう分です」
「ーーえ?」
「婚約した時に渡した支度金と、何故かわが家に請求がきていたあなた達が使い込んだ分です」
何故赤の他人のわが家が払わなければならないのよ図々しい。
「ご自分で購入した物は、ご自分でお支払いして下さいな」
というかそれが普通。
「そしてこちらが慰謝料の分です。安心して下さい、相場よりお安くしておきましたから」
その男を手放せなるなら、慰謝料なんて微々たる金額でいい。
「こ、これで安く?」
「侯爵家に払う金額としては安いですわよ」
地位によって相場が変わるなんて、当たり前のことじゃないねぇ?
それなのに、さも「自分は選ばれた」と鼻にかけていたのだから、呆れを通り越して笑ってしまいましたわよ。
「それから、金輪際わが家及び私には近寄らないで下さいませね」
あとは法廷代理人を通してのみやり取りをすることになる。
「それと同じものを、お宅へと届けさせていただいておりますので」
書類を持って震えている二人にニッコリと笑う。
「それでは二度と会いませんが、ご機嫌よう」
せいぜい頑張って金策なさい。
私はドレスを翻し、一度も振り向きもせずに会場を後にした。
「ご機嫌いかがかな?僕のコーラル」
食用にもなる花を持ってくる辺り、私のことを分かっている男性が次の婚約者である第三王子。
「あら殿下。いらっしゃいませ」
庭園の隅にある東屋で、殿下を向かい入れる。
控えているメイドに花を渡し、お茶の用意をお願いすると、殿下は面白そうに笑って正面の椅子へと腰かけた。
「そういえば、先程この屋敷の前で二人の男が座り込んでいたのだけど⋯⋯」
ああ、あれね⋯⋯。
殿下も笑いを堪えている辺り、分かっているのだろう。
「頭を下げれば許されるならば、司法など必要ございませんわねぇ」
「自分達が製造して、愚かに育てたのにね」
「愚か者に育てられたから愚か者なのでしょう」
「それもそうか」
「彼らが払えるギリギリを狙いましたもの」
「さすが僕のコーラル頼もしいね」
殿下のこういうところは好感が持てます。前の婚約者は「女は黙って言うことを聞け」というタイプでしたので⋯⋯。
メイドが殿下の前にお茶とお菓子を置いた。
この間殿下にいただいた花の砂糖漬けが、しっかりと添えられている。
「僕のお嫁さんになる人は本当に色々と素晴らしい」
「私は自分がいただいたものを同様に返しているだけなのですわ」
「そこに気付かない者も多いのだよ」
「そうですわね」
その点殿下はキチンとしている。流石王族としてどこに出しても恥ずかしくないように教育されているだけはある。
「まあ、僕としてはあの愚か者を追い出せたのは僥倖だったかな⋯⋯」
「はい?」
「モタモタしてたら、またコーラルが誰かに奪われてしまうかもしれないからね」
ニッコリ笑う殿下の顔を思わず見つめる。
「ーーえ、と⋯⋯」
「コーラルはさ、家のためって意識が強いかもしれないけど、ちゃんと君は魅力的なんだと自覚して欲しいな」
「殿下?」
「ん?なんだい?僕のコーラル」
「いえ、あの⋯⋯」
思わず俯く私の手を取り、殿下はそこにそっと唇を落とした。
「ふふ⋯⋯赤くなって可愛い」
手の甲から伝わる自分以外の熱に、全身が一気に熱くなる。
「わ、たくしは⋯⋯」
あんな婚約者だったせいか、大切にされたり甘やかされたりに慣れていないのだ。
「知ってる。でもコーラルが大切だから、僕は君を甘やかすのは止めないよ」
「ーーお、お手柔らかにお願いいたします」
両手で顔を覆った私に、殿下は楽しそうに小さく笑った。
「ーー早く落ちてきてね⋯⋯」
殿下の小さな呟きは、私の耳には届かず一陣の風に溶けた。
首を傾げる私と、上機嫌な殿下。
暖かさが増してきたある日の出来事。
モラを退治したらヤンデレがきた




