第1章 第8話 講習前半
湊が頭を抱えた昼休憩の後、座学からはじめるとの事で参加メンバー達は大講堂に集められた。食堂でみた現地人の合宿参加者も六人いた。歳の頃は下は中学生に成りたてくらいの歳から、上は高校生くらいまで。男子四名に女子二名である。
メイア教官のようにパッと見で目を引く特徴はなかったが、男子に耳長族が一名と鉱山族が一名いるのが分かった。その他の男子二名と女子二名は普人種にみえている。計二七名が着席して待っていると、教卓側の前方の入口からメイア教官が入って来た。
一般教養に続き、こちらでもお世話になるらしい。
「えー、皆さんこんにちは。獣人族のメイアです。本日からしばらくの間、座学の教官を担当します」
メイアが教卓について一礼した。
「一般教養で一緒に学んだ方が多いですが、新しいメンバーもいますので、まずは自己紹介から開始しましょう。廊下側の前方から後方に向かって順に挨拶をお願いします。先に二一名の挨拶を済ませてから、新しい参加者の六名という順番でお願いしますね。あ、教えるのも覚えるのも今はファースト・ネームだけで良いです。フルネームは後々で」
廊下側に座っていた町田グループからそれぞれ自己紹介を開始し、初手で二一人が≪迷い人≫であることを明かすと、新しい参加者達六名から驚きの表情をゲットできた。
二一名分のファーストネームでの挨拶が済むと、次は合宿からの合流となった六名の番となる。
一七歳の耳長族男性のエリュシル、一六歳の鉱山族男性のガストン、一三歳の普人種男性のロイド、一四歳の普人種男性のウィストン。女子がどちらも普人種で、パメラ一三歳とキリエラ一四歳とのことだった。
「(思ったよりも全体的に子供が多いな?)」
悠里は年下の少年少女達に優しくしようと心に留めた。とはいっても、相手はこの世界のネイティブ達である。多少一般常識を学んだとは言え、こちらが教わることの方が多そうだよな、とも思っていた。
「さて、自己紹介も終わりましたので早速ですが初心者講習を開始します」
メイア教官がそう言いながら全体を見回した。
現地人の六名を含め、二七名がしっかり耳を傾けている。その様子にメイア教官が満足そうに口角を緩め、それからキリッと表情を切り替えた。
「皆さん探索者志望としてこの合宿に参加されていますが、探索者が具体的にどんなお仕事であるか、イメージはありますか?」
メイア教官が見回しながら生徒達の反応をみる。
「そうですね。では耳長族のエリュシル君、貴方にとっての探索者の仕事やイメージについて教えてください」
指名されたエリュシルは背筋を伸ばして喉の調子を確かめるように咳払いをしてから話しはじめた。
「駆け出しの探索者は街の便利屋のイメージです。配達、清掃、力仕事など様々な仕事に対応して、その日暮らしの様な稼ぎで下積みをするイメージです」
エリュシルはそこで一旦言葉を切り、メイアが頷きながら聞いている様子をみて続きを語りだした。
「実力がついてくると魔物の討伐依頼や護衛、素材回収などの仕事に切り替わって行き、この頃から戦闘職らしい活躍をするようになってきます。それなりに経験を積んで装備が整ってきたら、自分達に合った都合の良い狩場のある地域へと渡り歩いて行く、非定住者というイメージです」
ここで再度言葉を切り、メイアの様子を確認して未だ止める気が無さそうな様子をみて更に言葉を続ける。
「中堅どころの実力がついてくるとそれなりに尊敬されるようになります。更に力を付けていくと≪二つ名≫なんかが付けられたりして、有名になったりします。上位の探索者になると貴族もそれなりに気を遣う存在となり、逸話や英雄譚なんかの題材になったりするようになります。……という知識とイメージですが、いかがでしょうか?」
メイア教官がなかなか止めないため、語り切ったところで不安げになり、エリュシルは様子を窺うようにメイアに訊ねた。
「はい、大変素晴らしいです。世間での探索者稼業へのイメージと実態を良く把握している、正しい理解が出来ていると思います」
メイアの言葉にエリュシルはホッと胸を撫で下ろした。
「探索者には≪駆け出し≫、≪初心者≫、≪下級≫、≪中級≫、≪上級≫、≪特級≫という区分けがありますが、現在皆さんは駆け出し以前で、未登録の段階となります」
メイアの言葉を皆が傾聴していた。
「この≪駆け出し≫の範囲には探索者として登録して日銭を稼いで生活している便利屋のような、街中だけの活動の人口が非常に多いです。探索者全体の半分以上はこのランクです。例えば他にメインの仕事を持っていて、副業に探索者をしている方なども多く居ますね」
言ってみれば、日雇いバイトの登録者のような物だろう。
「次に≪初心者≫の範囲についてですが、街中だけの安全な活動から卒業して、街の外での採取や素材集め、弱い魔物の討伐などに挑戦できるだけの知識と準備ができた層になります。いわゆる探索者としてのイメージは、この辺りの活動を期待していることと思います。今回の初心者講習の合宿では、皆さんがこのレベルに到達する事を目標としています」
各々がメイア教官の言葉を咀嚼して飲み込んでいく。言っている事は分かるし納得もできるのだが、悠里は何か違和感を感じた。
この合宿は四週間予定で、早ければ二週間で卒業できると聞いていた。メイア教官のいう初心者のレベルまでの到達で、二週間も必要だろうか?初心者らしい小鬼族の討伐は先に経験している。悠里はそれが気になり、手を挙げて質問してみる。
「メイア教官、質問良いですか?」
「はい、ユーリ君。なんでしょう?」
「≪迷い人≫組は既に小鬼族との戦闘経験がありますが、≪初心者≫の範囲の講習で二週間から四週間も時間が必要でしょうか?」
「そうですね。再度同じような戦いになった際、皆が適切に判断して連携し、何度でも倒せる程に再現性のある戦闘経験であれば、戦闘としては問題なしと判断できると思います」
ここでメイア教官は一旦言葉を切り、受講者達を眺めまわした。
「しかし探索者は戦うだけの仕事ではありません。様々なフィールドでサバイバル出来る能力を身に付けなければ、戦い以前の問題で命を落としかねません」
命に関わると訊けば自然と表情が引き締まる。
「例えば森で食料を調達する際、食べられるキノコと毒キノコの見分け方は?薬草と毒草の区別は?燃やすと致死性の毒煙が出てしまう植物や、触れるとかぶれる植物に注意を払えますか?魔物の解体や食材の状態から食事の状態にまで、自給自足で用意できますか?それに、チームで安全に野営するためのノウハウはいかがでしょうか?」
メイア教官の落ち着いた声での丁寧な回答に、悠里は成る程と納得した。つまり、探索者ギルドの定める≪初心者≫は、自分達≪迷い人≫が想像する≪初心者≫ではないということだ。
サバイバル生活で生き残れる下地が出来るまでを、≪初心者≫としている。悠里のイメージ的にはそれは≪ベテラン≫だと思っていた。
「時間を要する理由に納得しました。回答ありがとうございます」
悠里は礼を述べると、素直に引き下がった。初心者講習とはいえこれは命に係わる講習である事を、皆が理解した。
◆◆◆◆
初心者講習では、座学で野外活動時に注意するべき動植物や獣、魔物の縄張りのマーキングについて、森や山で道に迷った際の歩き方、魔物の習性や縄張り意識、遭遇した際の対処方法、野営のやり方など、幅広く学ぶ事になった。
ただし現代日本と違って写真で見分けられるような便利な情報源がなく、精緻に描かれた高級品の図鑑などを用いての座学が主である。
図鑑は授業で見せて貰えるだけで個人ごとに配布される物ではなく、欲しいと思うなら自分達で稼いで購入するように、とのことだった。
座学で予習し、フィールド・ワークで野営をしながら体験と実践を繰り返して身に着ける。
そしてフィールド・ワーク中に遭遇した野狼や野猪、小鬼族などの敵性存在との戦闘。倒した獲物の解体や食材としての下処理と調理、金になる部位や討伐証明の入手について。学ぶ事は山のようにあった。
予定された二週間の講習前半は、あっという間に過ぎていった。
「さて、皆さんお疲れ様でした。最低限二週間の講義はこれで終わりとなります。更に学びたい方は追加で二週間、ご一緒いたしましょう。初心者合宿を卒業したい方は、戦闘実技の試験を行い、合格すれば初心者合宿を終了できます」
メイア教官からの言葉に皆が聞き入り、どうするべきかを考える。
「(初心者合宿なんてすぐ卒業してしまおうと思っていたけど……。想像以上に有益だった。今後のことも考えればあと二週間、講習を受けた方が良いな)」
悠里と祥悟、湊の三人は講習の継続を望んだ。それは他の≪迷い人≫達も同様である。逆に、講習の終了を望んだのは、この世界のネイティブである六人である。≪迷い人≫組が知らないことを現地人六人は知っていて経験があったりしたため、追加二週間の受け取り方はそれぞれということだった。
「明日一日は休養日とします。引き続き二週間の講習を希望される方々は、明後日からもよろしくお願いします。卒業希望の方々は訓練場に移動して、戦闘実技の試験を受けて下さい」
メイア教官は一旦ここで言葉を切って、教室内を見回す。
「また、講習で手に入れたお金を等分して分配しますので、宿舎のご案内カウンターでしっかり記録を付けて貰ってください」
◆◆◆◆
二週間の受講が終わり宿舎の部屋に戻ると、悠里達と同室の藤沢圭吾が話しかけてきた。
「相原と橋本はあと二週間の講習を受けるんだよな?このまま探索者になる予定は変わらずか?」
圭吾から訊かれ、悠里が答えた。
「その予定に変わりはない。藤沢は迷ってるのか?」
「あぁ、正直迷ってるな……。探索者生活を選んだら、仲間達との距離が更に開いちまうなとか。いっそのこと、衛兵に鞍替えして皆と同じ街に住むのも手かも、とか」
「探索者でも依頼の選び方によっては定住できなくもないとは思うが……。片瀬さん達の傍に居たいのなら、非戦闘職に鞍替えして同じ職場を目指すのもありじゃないか?」
悠里が圭吾に別の選択肢を提示してみたが、藤沢はやんわりと首を振って否定の意を示した。
「それは何か違う気がするんだよ。折角恵まれた体格と能力があるんだ。そっちを活かしたいって思いもあるしな」
藤沢圭吾の身長は一九〇センチを越えていて、この世界の普人種の平均身長からみてもかなり大柄な部類である。というより、この世界の普人種の平均身長は現代日本人の平均身長より低い。一七〇センチ台で大柄な方という印象である。食育文化の遅れで成長期の伸びに差が出ていると思われる。
「……迷ってる段階なら、とりあえず探索者の合宿を最後まで参加してみて、それから衛兵の方の訓練を受けに行ってみるので良いんじゃないか?」
判断の先延ばしではあるが、祥悟としてはこの合宿はかなり有意義と感じているし、探索者にならなくても受講して損はないと思っていた。
「そうだな。折角ここまで受講したんだし、合宿は最後まで参加してから考えた方が良いか」
圭吾は祥悟の意見に納得し、とりあえずあと二週間は合宿に継続して参加する事にした。
◆◆◆◆
翌日の休養日。今日は宿舎では朝食と夕食は用意されるが、昼食はなくそれぞれ各自で食事してくるようにとのお達しである。皆で朝食を済ませると宿舎のロビーのカウンターでお小遣いの革袋を受け取り、町田グループと桜木グループは早々に外出して行った。しばらく待っていると湊が降りてきて合流する。
「おはよう。今日は藤沢君も一緒なんだね?」
「片倉おはよ。とりあえずカウンターのリューネさんからお小遣い受け取ってきなよ」
「おっと、そうだね。忘れない内に貰って来るよ」
湊がカウンターのリューネに挨拶に行き、革袋を受け取ると頭を下げてから戻ってきた。
「おまたせ」
「おかえり。見ての通り、今日は藤沢も一緒だ」
「珍しいね?藤沢君よろしく」
「あぁ、片倉もよろしく頼む」
四人は宿舎から出ると、探索者ギルドの敷地から出て大通りを歩く。二度目の王都の散策である。歩きながら話をするのは藤沢の今後の身の振り方である。
「……っていう訳で、探索者より衛兵とか非戦闘職になった方が良いかもっていう葛藤があるらしい」
一通り説明した悠里が藤沢に目線で「だよな?」と確認をとると、藤沢は黙って頷いた。
「ふ~ん……。まぁ一度職に就いたら永久就職って訳じゃないんだし。探索者の研修が終わってから、衛兵とか騎士とかも試して考えるしかないんじゃない?」
「だな。衛兵にしろ騎士にしろ俺達じゃイメージでしかない訳だし。意外と夜勤とかあって近くに住んでいても休みの予定が合わないとかありそうじゃないか?誰か詳しそうな現地人……例えばゴルモアさんに訊いてみるとか」
「休みを合わせるって一点なら、確かに探索者の方が時間作れそうな気はするな」
相談相手に湊が追加されても結論的には変わらず、「然るべき相手に相談してみる」、「探索者の初心者合宿は最後まで受けておく」、という結論に変わりはなかった。
圭吾のお悩み相談の後は、探索者御用達の道具屋や武器・防具屋をウインドウショッピングで巡る。
「物価的には前に来た時と殆ど変わらないかな?」
湊が付けられた値札を見ながらそう判断した。
「後半の合宿でどのくらい支度金が用意できるか、ちと不安だな」
店先に並べられた中古の直剣を手に取りながら、悠里が刃の歪みや刃零れの具合を確かめる。
「探索者ギルドの方で中古の武具の貸し出しがあるって話だし、それを借りてしばらく仕事して、手持ちに余裕ができたら自前で購入する装備と入れ替えていく感じか?」
祥悟も刀身の短めの剣を眺め、今後についてどう動くのかを推測する。
「後半はフィールド・ワークの実地研修が多いらしいし、貸し出してもらう装備での実戦経験も積むことになりそうだな」
藤沢も自分の体格と膂力にあったポールウェポンの類を手にとって、重心や振り易さを確認している。
「貸し出し武具の品質がどんなものかは分からないけど、このお店の中古品くらいだとすると手入れの道具を用意しておいた方が良いかもね」
湊が武具の手入れ用品のコーナーに行き、そこで荒さの違う三種類の砥石を手に取って考える。
「へぇー、砥石だけでもこんなに種類があるのか。どれがいいとかあるか?」
悠里が肩越しに湊に話しかけた。
「使い方が違うのよ。粗い砥石で大雑把に刃物を砥いで、真ん中の砥石で大体の調子を整えて、最後に細かい砥石で仕上げるの。だから砥石は三本用意しておくの」
湊が目の粗さの違う砥石を指差しながら解説してくれた。
「中古で借りれる刃物が手入れ済みなら良いけど、今借りてるのだって刃零れや歪みがあるでしょ?状態の良い武器を自分達で買えるようになるまでは、砥石を買って自分達で砥いでおく方が
安心じゃなくて?」
湊の説明に悠里と祥悟も頷いた。圭吾は湊の説明に成る程、と感心している。
「一人で三本の砥石は資金が厳しいから、一人一本買って共有しない?帰ったら砥ぎ方教えるよ」
湊の提案に三人は頷いて答えた。
「さすが経験者、助かる。粗い砥石は俺が買うよ」
「それじゃ俺が真ん中の砥石」
悠里が粗い砥石を手に取り、祥悟が真ん中の砥石を手に取る。
「それじゃ、私が仕上げ用の細かいのを買うわね」
湊が仕上げ用の細かい目の砥石を手に取った。
「俺はどうする?」
手の空いてる圭吾が湊に訊いた。
「藤沢君はまだ進路がブレてるんだから、無駄遣いしない方が良いでしょ?借りてる剣を砥ぐのは、こっち三人でまとめてやってあげるから」
圭吾は湊の回答に頭を下げた。
「こっちまで気を使ってもらってすまん、助かる」
武器防具屋の次は商人ギルドの立地を確認しに行ったり、昼食に肉料理の店に入ってみたりと、それなりに王都の観光を楽しんで夕方前には宿舎に帰着した。