第1章 第7話 初心者合宿
翌朝、朝の炊き出しで朝食を摂っていると、ゴルモアから全員大講堂に集合という指示を受け、食べ終わった者から順次移動して行った。
いつも通り前列の方の長椅子に三人で並び、ゴルモアがやって来るのを待つ。
初めに受けた鑑定と面談の際、今後の進路についての希望は伝えてある。その上で再集合ということは、この数日で気が変わっていないかの確認という事だろうか。
暫く待機していると、初日のようにゴルモアがアーシャを連れて現れた。今回は鑑定官のラターバと真偽判定官のローレンは不在のようである。
「全員揃ってるかー?」
大講堂に入って来たゴルモアが気の抜けた確認をする。それぞれ自分の所属するグループのメンバーが全員いるか確かめ合い、どこのグループからも不在の指摘は出て来なかった。ゴルモアはざっと眺めて足りてそうだと判断すると一つ頷いて口を開いた。
「とりあえず一般常識をさらっと五日間で学んでもらった訳だが、この期間で前回の志望から変わった奴もいると思う。戦闘職を希望する者は廊下側に寄れ。何かしら非戦闘職に就きたい者は窓側に寄れ」
ゴルモアの指示で講堂の左右に大きく分かれていく。
非戦闘職側に寄ったのは横田、長後、鶴間の大人三名、
運動部グループの女子が全員で長津田青葉、市場藤花、中山叶、菊池唯子、大口鶫、東神奈の六名、
桜木グループからは大船時子の一名、
藤沢グループからは藤沢以外の片瀬詠子、鵠沼芽衣、本町牧瀬、善行颯の四名。
以上の一四名が非戦闘職を希望した。
続いて戦闘職希望で廊下側に寄ったのは悠里、祥悟、湊の三名で、
町田グループからは全員が参加で、町田一誠、相模原太、矢部裕斗、淵野辺琴子、古淵リオン、成瀬美玖の六名。
運動部グループから 鴨居浩司、小机創の二名。
桜木グループから桜木遥、関内久二、石川十兵衛、山手香織、根岸美月、磯子結衣、杉田新、台場洋光、本郷大輔の九名、
藤沢グループからは藤沢圭吾の一名。
以上の二一名が戦闘職を希望した。
「半分以上が戦闘職希望か。思ったより多いな?」
ゴルモアが片眉を上げて顎を摩った。アーシャは今回も記録付け係になっている。
「戦闘職希望の奴ら、探索者希望は前に寄れ。兵士か傭兵希望は後ろに寄れ」
ゴルモアが再び指示を出すと、廊下側に寄ったメンバーは全員が前に進み出た。
「ん?全員か?まぁいい。探索者希望の奴らはこの後に合宿所の宿舎に連れて行くから待ってろ。非戦闘職の一四名、能力を生かして公職か官職に就きたい者は前に。自分で商売でもはじめたい他の奴らは後ろに寄れ」
今度は前と後ろに割れた。
大人三名、大船時子、片瀬詠子、鵠沼芽衣、本町牧瀬、善行颯の以上八名が前に出た。
逆に後ろに下がったのは長津田青葉、市場藤花、中山叶、菊名唯子、大口鶫、東神奈の以上六名である。
「商売か何かはじめたい奴らの六名は、この後商人ギルドに連れて行く。公職、官職希望の三名はこの後ここで試験を受けて、適性検査をしてもらう。まぁ、ちゃんと計算できるか、一般常識で教えた事を覚えているか、伝わる文章を書けるかっていう程度の試験だ」
ゴルモアはペンを走らせているアーシャに目をやって話を続ける。
「アーシャの記録が終わるまで暫し待て」
しばらくの間、カリカリと文字を書き綴る音だけが聞こえる。音が止んだところでアーシャがゴルモアを見上げた。
「書き終わったな?よし、それじゃ商人ギルドに向かう六人は他の職員に引率を依頼するから、商人ギルドで世話をしてもらえ。残りの八名はここで試験するから待っていろ。アーシャ、試験の準備と監督を頼む」
「わかりました」
ゴルモアの言葉に了承の意を返してからアーシャは準備に取り掛かった。
「探索者志望の二一名は今から宿舎に移動だ。付いてこい」
ゴルモアが背中を向けて歩き始めたので、二一名はその後を追って歩いて行く。
◆◆◆◆
ギルド本館の裏手側、厩舎や馬車止めの向こう側にある三階建ての大きな建物が宿舎らしい。ゴルモアに案内されるままに建物に入って行くとロビーにカウンター席が一つあり、そこに腰掛けて待っていた女性スタッフが立ち上がり案内を引き継いだ。
「こんにちは。案内を引き継ぐギルド受付嬢のリューネです。よろしくお願いします」
リューネはアーシャより小柄だが背筋がピンと伸びており、お辞儀の仕草も綺麗だったため、出来る侍女のような雰囲気が漂っていた。
宿舎は各部屋に二段ベッドが二台の四人部屋になっており、二一名で六部屋を割り当てられる。
まずは女子からで山手香織、根岸美月、磯子結衣の三名で一部屋を使う。
次に淵野辺琴子、古淵リオン、成瀬美玖、片倉湊の四名で一部屋部屋。
女子の配分が終わると、次に男子の部屋割である。
桜木遥、関内久二、石川十兵衛、杉田新の四名で一部屋を使い、
台場洋光、本郷大輔、鴨居浩司、小机創の四名で一部屋を。
町田一誠、相模原太、矢部裕斗の三名で一部屋、
相原悠里、橋本祥悟、藤沢圭吾の三名で一部屋という部屋割に決まった。
部屋が決まってしまえば昼食までの時間が空き時間となったため、各自割り当てられた部屋に行って軽い雑談をしはじめた。
「台場と本郷か。桜木グループに混ざっちまって悪いな?」
鴨居が先に入室していた二人に声を掛ける。
「いや、別に構わないぞ」
台場が手のひらをひらひらと振って気にするなのジェスチャーを返す。鴨居が二段ベッドの下を確保したので、小机創は二段ベッドの上側に荷物を投げ込んだ。
「いやー、桜木グループ殆どこっちに来たな?俺と小机も桜木グループに混ざる気で居たけど、流石に人数多すぎるよな……」
鴨居がボケーッとしながら話し始めた。
「藤沢に混ざって貰って三人チームにするか?」
小机が鴨居に答える。
「それでも桜木チーム九名に対して三名チームだよな?相原と橋本にもはいってもらえば五人?あれ、最近片倉も一緒だから六人になるのか?」
小机の考えに鴨居が眉間に皺を寄せて唸る。
「頭数を割るだけならそれでも良さそうに見えるけどさ、前衛しかいないよなそれ?」
「……それもそうだな?後衛は全部桜木チームにいっちゃってるもんな」
鴨居が未確認情報を取り上げて一石を投入する。
「っていうかさ、初心者合宿ってウチらだけなん?他にもいるなら後衛見つかるかもだよな?」
「それな。考えてなかったわ。どうなってんだろ?」
結局、合宿がスタートして顔合わせをしてから考える事にした。
◆◆◆◆
昼食を宿舎の一階にある食堂で食べようと降りてみると、見覚えのない現地人らしき人物が数人、食堂を使っていた。
「あれ、見覚えない子達がいるじゃん?後衛系かな?」
鴨居が小机に話しかけてみるが、小机は「どうだろう?」と疑問を返すだけである。気にはなるが見知らぬ人にいきなり声を掛けるにはハードルが高いと感じていた。
「まぁ、講習がはじまれば自己紹介からはじまるだろう?その後なら堂々と話しかけられるんじゃないか?」
小机の返答に鴨居が「それもそうか」と納得し、カウンターに食事を受け取りに向かった。
カウンター前に先に並んでいたのは、悠里と祥悟であった。
「お、相原と橋本、うっす」
鴨居が声を掛けると、悠里と祥悟が振り返って「うっす」と同じ感じで返事を返した。
「そっちは片倉入れて三人組だよな?三人とも前衛寄りだったと思うけど、後衛系どうする予定?」
鴨居達が絶賛お困り中の後衛不足問題について訊いてみた。
「あー、後衛ね……。治癒魔法役は是非欲しいよな」
悠里も眉根を寄せて思案中というポーズを見せる。
「他の講習参加者もいるみたいだし、それ次第かな?でも回復役の魔法とか攻撃系の魔法とかも、自分達で身に着けておいた方が良いかなって思ってるよ」
悠里の返事に鴨居と小机が一瞬呆気に取られて、すぐに食い付いた。
「自分達で?俺らそういう能力持ってなかった筈だけど、後から覚えられるもんなの?」
鴨居の疑問に悠里は頷き返した。
「【鑑定】で能力があるから使えるってより、使えるから【鑑定】に能力が表示されるみたいなんだよね。これは祥悟と片倉が最初持っていなかった能力を、練習してたら使えるようになった実績がある」
悠里の言葉に鴨居と小机は感嘆の声をあげた
「検証済みってことはマジで出来るかもしれないな?無理に後衛探すより自分達で出来る事を増やす方が信頼できるかもしれんね」
鴨居も悩みから解放されて、すっきりとした顔になってきた。
「っと、順番来た。またな?」
祥悟に続き悠里も食事のトレーを受け取って、カウンター前から離れて行った。
「あいつらすげーな?自力でああいうの調べちゃうとか、努力がちげーわ」
鴨居は二人を見送って賛辞を送った。
「あぁ、そうだな。ああいう奴らがいわゆる“攻略組”ってのになるのかもな」
小机も鴨居に続いて頷き、素直に賛辞を述べた。
◆◆◆◆
昼食は定番のポトフのような野菜スープにパン、ベーコンのような厚切り肉が付いていた。パンは食感が硬いのだが、スープに浸しながら食べると食べやすくふやけて地味に美味かった。アヒージョのオイルにバゲットを浸しながら食べるような感覚である。
「午後からの講習、何やるんかな?」
祥悟が食事しながら合間に話題を振って来た。悠里も口の中の食べかけを咀嚼し飲み込んでから祥悟に答える。
「多分、座学」
悠里の回答に祥悟が目線だけで続きを促す様に見てきた。
「ここのやり方、まずは常識を知ってから次に実践って流れだっただろ?だったら探索者の基本的な情報を座学で教えてから、次に実践に移るんじゃないか?」
悠里の言葉に祥悟も納得して頷いた。
「確かに。まずは探索者とか冒険者の定番のランク制度とか、魔物の知識、野営のイロハなんかを先に覚えることになりそうだな」
「あぁ、あと薬草の話とかもね。森を歩いてて見付けたら随時集めるとか、そういう習慣にするように促されると思うぜ」
悠里が祥悟と話をしながら食事をしていると、女子集団が一画に集まって食事をはじめたのに気が付いた。その集団の中には湊もいて、女子の集まりにちゃんと馴染めている様子で少し安心した。
「あぁ……、片倉が浮いてないか心配して、それから安心したな?」
と祥悟に指摘され、驚いた。
「……そんな具体的な顔してた?」
図星過ぎて思わず苦笑いを返すしかない。特に【念話】も発動していなかった筈なのだが。
「視線が片倉に行って、その後に頬が緩んだ。その変化からの推測。当たってたか」
祥悟の顔色判定技能が高すぎて、そのうち【鑑定】で明記された能力を獲得するんじゃないかと思った。
◆◆◆◆
一方その頃、探索者志望の女子達はグループを越えて集まり一緒に食事を摂っていた。桜木グループの派手目女子三名が町田グループの女子三名とその同室の委員長こと湊を食事に誘ったのだ。
日本の食事には程遠いが、それなりに食べられる味の料理が出るので自然と笑顔も増える。
「それでぇ?委員長は橋本?相原?」
香織がずいと顔を寄せて来てずばりと斬り込んできた。
「え?ぇっと?」
前振りもなくいきなり訊かれて、湊の頭に?が浮かぶ。
「隠さなくていいし。こっち来てから委員長とあの二人とも距離感が近くなってるのはバレてるし」
そこまで言われて何が訊きたいのか漸く気付いた。
「えぇ……。私、そんな顔してる?」
湊が眉根を寄せて困り顔を作った。すると美月が頷いて続ける。
「うん、“雌の貌”一歩手前?笑顔が増えて表情が柔らかくなってきたと思うし」
美月に“雌の貌”呼ばわりされて、湊の顔が紅潮する。
「え、うそ、そこまで?やだ、ほんとに……?」
顔を紅潮させて狼狽しては、心当たりがあるとしか受け取れない。その反応に結衣が笑って頬を突いた。
「委員長、焦りすぎぃ。私的には相原と良い感じっぽい気がする」
「え、何時の間に?」
琴子が驚いて湊に振り返った。
「全然気付かなかった」
美玖が琴子に追随して同意する。
「うちらこの異世界をどう攻略するかに夢中すぎて、湊の様子とかちゃんと見れてなかったね」
琴子に続いてリオンが反省を述べた。
「で、どうなの?」
香織が再び容赦ない追撃を仕掛けた。クラスメイト達の押しの強さに押しに押されてますます顔が赤くなる湊。
「……まぁ、ちょっと?相原君が良いなとは思えてきてた、とおもう、みたいな?」
歯切れの悪い言い方だが素直に白状した湊に、女子達は盛り上がりをみせた。
「え、なんでなんで?切っ掛けは?」
「で、どこまでヤッたの?どうなの?」
ずずいと迫られて、湊は視線を彷徨わせた。
「えっ……と……、うん、切っ掛けは相原君の【念話】で聞こえてきた心の声、かな?」
「「「ほほう?」」」
「はじめ【念話】だと気付かなくて、普通に会話してると勘違いしちゃって。その時に相原君も私に心の声が届いてるとは確信してなくて。片倉は美人だなとか、綺麗だとか、【念話】の心の声で色々言われて、かな?お世辞じゃなくて本音でそう思ってるらしい事が伝わってきて、恥ずかしいやら何やら意識しちゃったといいますか……。移動の時も一緒の馬車に乗ってみたら居心地良いな、と思うようになって……。言ってて自分でチョロイなと思うけど、切っ掛けはそんな感じ」
「「「おお~」」」
「相原君ってそんなストレートな事いうんだ?」
リオンが興味深げに訊いてくる。
「【念話】でだけ、だけどね?」
「口に出さないから言えちゃうとか、思った事が【念話】でバレちゃうとか、そういうのかな?」
リオンが頷きながらそう解釈した。
「おっけー、それなら二人の様子を生温かく見守ろうではないか!」
美月が湊の両肩に手を掛けて、頷いてみせた。
「おお~、世界は変わっても女子の娯楽は恋バナだねぇ!」
結衣がニヤニヤと笑いながら、湊に親指を立てて頷いた。
「でも、そこまでいってるならもうYOU告っちゃえYO!!」
香織が湊を更に煽る。女子バナはより混迷を極めていった。
唐突にここ最近の心情を図星で指摘されて、思わず白状してしまったことに湊は自分で頭を抱えて小さくなるのだった。




