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神隠しにあった俺達はこの異世界で生きていく~異世界では脳筋戦闘職が天職でした~  作者: 篠見 雨
第4章 クラン【彼岸花《リコリス》】と聖なる鎧
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第4章 第17話 四つ足有翼の竜

 新しい仲間、パイドを迎えて一行は山麓へと向かう。


 パイドは最初は悠里の足元をうろちょろしていたが、直に悠里の匂いのする悠里嫁達(湊、エフィ、アリスレーゼ、アマリエ、ミヤビ)の足元に纏わりついて尻の匂いを嗅ぎはじめた。


 犬は相手の尻の匂いを嗅いで、その健康状態や性別、相手の気分などの情報を得て挨拶をする。人間でいえば名刺交換のようにお互い尻の匂いを嗅ぎ合う。

 しかし、パイドは雌だと分かっていても、しきりに尻の匂いを嗅がれている女子としては微妙な気持ちになる。


 悠里嫁達の匂いを嗅いで満足したのか、次は祥悟とその嫁達(レティシア、クローディア、カルラ、メノア、ユーフェミア)に“挨拶”をしはじめた。


「……犬にとっては大事な挨拶なのかも知れんが、勘弁して欲しいなこれ」


 匂いを嗅がれながら祥悟がげんなりした顔をする。


「……お股の匂い嗅いで『あ、そういうことね』って顔されるの、かなり嫌ですね……」


 犬程ではないが嗅覚に優れたメノアは人一倍嫌そうにしていた。鼻が利く故に察するものがあるのだろう。




「ギャオオオオンッ!!」


 山の裾野に差し掛かり上り坂になってきたところで、腹に響く咆哮が聞こえた。


「強い魔力マナの反応がするな。そろそろ遭遇するか?」


 祥悟が前方の空を枝葉の隙間から覗く。


「やはりというか、空から来ますね。どうやって堕とします?」


 ユーフェミアが捕捉したのか、空を見上げながら悠里に判断を仰いだ。


 悠里も空を見上げて観測しようと目を凝らしつつ、手を考える。【彼岸花リコリス】は魔法使いが多いので、魔法の一斉射か。それとも普段あまり使えていない剛弓を使うか。


「剛弓と魔法、各自自己判断で撃墜準備!!」


 あまりコレと決めずに、各自の判断に委ねることにする。


 悠里と祥悟と湊、それにユーフェミアは剛弓を構え、エフィ達他のメンバーは魔法の発動触媒を兼ねた武器の鞘を空へ向けた。


 見上げた木漏れ日の中、空からの影が迫ってくる。ドラゴンの方も縄張りの侵入者に気付いているのか、樹上で羽ばたきながらホバリングするように止まると、威嚇の咆哮をあげてきた。


「グルルァァアッ!!」


 アイギスが斬った死骸はみていたが、生きている物は初見である。四つ足有翼のドラゴンは日本人がイメージする西洋スタイルのドラゴンそのもので、赤い光沢のない身体から発せられる魔力は強大そのものである。

 こうして生きている状態で見てみると、このドラゴンは全身に濃縮された魔力が行き渡り魔力による自己強化と飛行が行われている。逆に、プラーナは体内で廻っているが然程協力ではなく、その膨大な魔力頼みで活動していた。


 剛弓組が魔力マナプラーナを熾して廻し、槍のような専用の矢を番えて弦を引き絞る。プラーナ魔力マナの片方だけの身体強化だと真面まともに引き絞ることのできない、攻城兵器の如き剛弓がしなり、その圧倒的な力が解放される瞬間を待つ。


 魔法組も魔力マナを廻して準備を完了しており、何時でも発動可能な状態だ。


 ドラゴンが咆哮後に首を仰け反らせ、口端から火炎が零れる。明らかな竜の息吹(ブレス)の予兆に、悠里は即座に攻撃開始の合図を出す。


「撃てぇッ!!」


 エフィとミヤビ、カルラとメノアの【雷撃】が最速でドラゴンを襲いその巨躯をスタンさせた。


「ガッ?!」


 続いて四本の槍の如き矢がドラゴンの右翼幕を弾け飛ばし、右前脚を断裂させ、尻尾を抉り飛ばし、左脇腹を穿った矢がドラゴンの臓腑を撒き散らす。


 アリスレーゼとレティシアの【氷槍】が残った左翼幕を貫き、クローディアの用意していた【岩槍】は、地上に墜ちてきたドラゴンの翼幕を地に縫い留めた。


 ドラゴンは声にならない悲鳴を上げ、咥内で発射寸前だった竜の息吹(ブレス)が霧散する。


 生涯味わったことのないだろう激痛に、ドラゴンの瞳に怯えの色がみえた。それこそ、武力を背景に隷属契約を迫ればあっさり吞みそうな程に。


(眷属化しても良いけど、ダンジョンの入口潜れないだろうし、外に連れ出せたとしても悪目立ちしすぎるよな……)


 戦闘の意思を完全に放棄したドラゴンにゆっくりと近付いていく。ドラゴンの表情は人間には分かり難いが、細かな震えは恐怖の感情に違いない。


 悠里はドラゴンの鼻先から頬にかけて指先を這わせ、その首筋を掌で慈しむように撫でる。



「悪いな。死んでくれ」


 悠里は緋色一文字を一閃して、四つ足有翼のドラゴンの首を刎ねた。



 四つ足有翼のドラゴンの死骸と、弓や魔法で削ぎ落していた腕や尻尾を回収する。パイドが三つ首になって尻尾の断面に顔を突っ込み無心に貪っていたが、無情に徹して収納した。三つ首で振り返る顔は顔面血だらけのスプラッタな有様。顔に【清浄】をかけて綺麗にしてやるが、絶望したようなショック顔のまま。だが、まだあと一匹、倒して回収しなければならない。


「パイド、まだもう一匹はドラゴンを倒さないといけないから。食事は後だ」


 顎を下げ上目遣いで悠里を見上げるパイドは、首を一つに戻してペロリと鼻の頭を舐める。諦めたのか聞き分けたのか分からないが、切り替えてくれたらしい。


 一行は次の獲物を探しに、再び山登りを再開した。


「それにしても。剛弓、思っていた以上に威力があったね」


 悠里が前を向きながら声をかけると、祥悟が後ろ姿ながら頷いたのが分かる。


「そうだな。一方的に先制攻撃ができる状態ならもっと頻繁に使っても良いんじゃないか?乱戦で誤射して仲間殺しとかは勘弁だけど」


「そうだな。ユーフェミアにもっと指導してもらおうかな……」


 祥悟の同意と警鐘に頷きつつ、今後の日課に剛弓で的を射る訓練の時間を増やそうと思った。懸念事項は、街中では危なくて使えないことだろうか。まずこのバリスタの如き破城の矢を受け止めきれる的の用意が難しい。仮に用意できたとして、的を外したら飛んだ先で建物や壁を破壊して大惨事になるだろう。


「街中での練習なら、プラーナ魔力マナを使わないでも引ける程度の弓で練習しましょう?」


 話題に出てきたユーフェミアが振り向きながらそう言ってきた。


「そうするしかないと思うけど、本番《実戦》に使う剛弓と練習用の弓じゃ矢の軌道が全然違うよね。飛距離とか速度とかも全然違うし」


「それを言ったらダンジョンや人気のない魔境でしか練習できませんよ?」


「それもそうか。どうせなら矢の方も色々試してみたいかな。槍のような今の矢弾でも十分だけど、杭のような太くて重い矢弾を用意して、真面に射れるかどうか」


「今は鎧着てるから良いけど、最低でも胸当てと左手に籠手くらいは用意しないと練習するのも駄目だよ?あんな剛弓を射った弦の戻りを舐めちゃ駄目。胸筋抉れるからね?普通の女子弓道でも胸当て必須なんだから」


 悠里は横から会話に混ざってきた湊に顔を向け、視線を少し下にずらして頷いた。


「湊の胸部装甲は今以上に頑丈に作ってもらわないとね」


 視線の先は湊の鎧の胸当て。弦が掠ったのか、粗いやすりで傷をつけたかのようになっている。


「うん、鎧の上から弦に打たれただけだけど、結構響いたよ。天銀ミスリル合金繊維の服程度だったら【治癒魔法】のお世話になってたかも」


 弓道着を着て優美に和式の長弓を構え、静謐な空間を裂いて的を射抜く矢。


 湊に似合う美しい所作が想像できてしまうが、それを剛弓でやれば胸が大変なことになるのだろう。そういえば、アマゾネスは弓を使った狩りや戦いのために乳房を切り落とす者もいたと聞いた事がある。弦に打たれるより切り落とす方が良いと思うくらい、痛みと怪我を伴うのだろうか。


 そんな事を考えながら歩いていると、祥悟が山の中腹あたりを旋回している四つ足有翼のドラゴンの姿を見付けた。


「追加もう一匹が見えてきたな。まだ結構距離あるけどどうする?何か空に魔法撃って俺達の存在をアピールしてみるか?」


「それで逃げられたら面倒だけど……。このまま射程圏内に近付く間に移動される可能性もあるよな」


 祥悟の確認に悠里が首を捻り肩を回しながら考えを口に出す。しばらく考えた後、結局魔法を空に撃って存在をアピールしてみる案に乗った。


「エフィ、空に魔法飛ばして爆発とか光とかであいつの気を引ける?」


「ん。気が惹ければ良いだけなら」


「じゃあ、お願い。ドラゴンがこっちに来たらさっきみたいに迎撃するってことで」


 悠里の指示にエフィが応え、空に向けて【雷撃】と【爆裂】を重ねて発した。空に光が立ち昇り破裂するように光った直後、派手な爆発音と共に炎塊が四散する。


「おぉ、良い感じに派手だね」


 悠里が想定以上の迫力に驚く。エフィは元から魔法が得意であったが、二つの魔法をこうも自在に並行使用をしているのはみたことがない。悠里達が自主トレを積んでるようにエフィも己の手札を増やすために努力を惜しまず積んできたことがよく伝わってきた。


「グルルァッ!!」


 山側で旋回していた四つ足有翼のドラゴンがエフィの派手なパフォーマンに首を巡らせ、光と爆発の元へと軌道を変えて飛んでくる。


「おぉ、上手く釣れたな!」


 祥悟が剛弓に槍矢を番えつつ、ニヤリと笑んだ。


「よし、迎撃用意!」


 悠里も剛弓に槍矢を番えてタイミングを計る。

 ユーフェミアと湊は兎も角、悠里と祥悟は弓の練度が低い。当たり易い胴体に当てると、お目当ての心臓を潰してしまう可能性がある。かといって頭や首を狙って当てられるかというと、その自信はない。

 なるべく近くまで引き寄せて、近距離で撃ち落とす。前回の様に中空で二足立ちの様なホバリング状態で止まってくれれば胸を避けて腹を狙い易くなるのだが……。


 今回のドラゴンは中空でホバリングをせず、悠里達の方へと飛行したままで早々に灼熱の竜の息吹(ブレス)を吐いてきた。魔法によって撃ち上げた目印の元を確認するより、焼き払うという単純明快な解決法を選ぶドラゴンに思わず悪態をつきたくなる。が、それは後の話。先ずはこの竜の息吹(ブレス)を生き残らなければならない。


「ッ!?総員対竜の息吹(ブレス)防御ッ!!」


 エフィ、アリスレーゼ、カルラが【氷壁】を展開し、アマリエ、クローディア、メノア、ユーフェミアが【氷壁】の裏に【土壁】を重ねる。七層の壁が竜の息吹(ブレス)の熱線に溶かされ、徐々に侵食を受けていく。


(これは……耐えきれるのか?最近防戦一方な展開。不味いな)


 内心冷や汗を垂らしながら悠里が思考を巡らせる。


「祥悟、湊、俺達も障壁系を!」


「「応!」」


 祥悟が【土壁】を重ね、悠里と湊が【氷壁】を補強する。それでも竜の息吹(ブレス)は【氷壁】を溶かしきり、土壁を赤熱させていく。


「【氷壁】、【土壁】の裏に再補填!」


(魔物の攻撃力ってのを舐めてた。最近弛んでたな。しかし竜の息吹(ブレス)だって無限に照射できる訳じゃないだろう?息継ぎくらいに途切れくらいあるはず……)


「障壁、破られた者から張り直しを!」


 状況のせいか時間が長く感じられる。途切れと同時に攻めに転じる。そのために今は耐える時。


 その時、パイドが悠里の前に出て珍しく吠えた。


「ワンッ!」


 このフィールド層で出会ってからはじめての吠え声。


 パイドの前に空間から滲みだすように扉、いや両開きの門が現れ、障壁の殿についた。両開きの門が開くとその中は暗闇なのか光を一切通さない物質なのか、悠里達には判断がつかないが、ただただ黒かった。

 パイドが自主的に障壁補強に動いたのだ。結果はどうあれ生きていれば後で褒め散らかしてやろうと思考が逸れる。


 各自が障壁を張り直そうとしたタイミングが重なり、竜の息吹(ブレス)に【氷壁】と【土壁】を抜かれてパイドの門に放射され……その熱線のすべてが、門の中へと消えていった。


「おお……?」


 思わず感嘆の声が出る。竜の息吹(ブレス)はそのまま門の中に消えていき、竜の息吹(ブレス)が止まった。


「ッ!総員反撃!次の竜の息吹(ブレス)を撃たせるな!!」


 我に返った悠里が叫び、一斉攻撃が飛んでいく。悠里と祥悟の槍矢が右の翼幕を射抜き大穴を開け、湊の槍矢はドラゴンの下半身、骨盤を穿ち砕いた。ユーフェミアの槍矢はドラゴンの口腔に吸い込まれその後頭部を四散させた。


 ユーフェミアの槍矢で絶命したドラゴンは、慣性に曳かれるまま斜め下方へと墜ちていく。墜ちた四つ足有翼のドラゴンの死骸を二頭分確保できたため、今回のノルマは達成である。


 ドラゴンの討伐が成功した時点で、パイドが出した黒い門はすうっと存在が薄まるように消えていた。


「……なんとか凌げたな。今のは結構ヤバかった。ユーフェミアは流石の腕だったよ。パイドもお手柄だ」


 悠里はユーフェミアの狙撃精度を改めて称賛し、最後の護りをみせてくれたパイドの頭を撫でて褒め、【異空間収納】からドラゴンのカットした肉塊を出してパイドの前に置いてやる。


 悠里と肉とを交互にみてそわそわしているパイドに食事の許可を出す。


「喰っていいぞ」


 パイドがふんすーっと鼻息を荒げながら肉塊にかぶりつく。

 血走った目で肉塊から目を離さず、三つ首になって頭三つで奪い合うように噛りつき喰い千切っては咀嚼する。完食して満足したパイドは首を一つに戻して口周りを舐めとるようにぺろりとするのだが、短頭種なので肉に突っ込んでいた顔面がスプラッタな血塗れのままだ。悠里はパイドに【清浄】をかけてから頭を撫でてやると、パイドは機嫌良さげに目を細めた。


「そういえば、さっきの門みたいなのはパイドが出したんだろうけど、何だったんだ?闇とかの魔法?」


 悠里がエフィに振り向いて訊くと、エフィが首を振って応える。


「正確には分からない。けれど、ケルベロスが使う【地獄門】だと思う」


 【地獄門】。いかにもケルベロスが使いそうな能力だ。しかしケルベロスは地獄門を守る側で、勝手に開けるのは職務違反の気がする。これは良いのだろうか。


「この犬、ケルベロスで確定なのか?何かイメージと乖離し過ぎてて微妙だ……」


 祥悟がジト目でパイドを眺める。


「そうね。何かこう……頭が三つあるドーベルマンとかシベリアンハスキーとか、そういう姿で大きいのを想像してたよね。でも、これはこれで好き」


 湊も祥悟に同意するが、パイドを見る目は優しい。迫力や威厳を求めたい心理よりも、愛嬌に負けている。


 一行は素材《心臓二個》の回収も済み、一旦アイギスの家に戻ることにした。


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