第4章 第15話 アイギスと錬金術
アイギスと湯に入る入らないで揉めたが、結局あの後も露天風呂には入らず、箱馬車でシャワーで済ませて一晩過ごした。
折角の露天風呂も、あのセクハラ鎧の出汁が出てると思うと途端に萎える。
翌朝、箱馬車から出るとアイギスは湯から去っており姿がみえなかった。
「あいつ居ないな?湯の底に潜んでたりしないか?」
「温泉の中にはいないぞ。もうちょっと先で気配を感じる」
悠里の疑り深い嫌そうな顔に、祥悟が探った結果、方向を指さして伝える。
「はぁ……会いに行くか。下り階段と転移魔法陣の場所だけでも聞いておきたい」
悠里は深いため息を吐いて色々と諦めた。祥悟の指さした方に歩いていく。しばらく歩くと丸太小屋が見えてきた。
「普通だな。もっと特殊な何かに住んでるのかと思ったよ」
悠里の第一印象はそれだった。
「住むところが普通でも良いじゃない。どんなところに住んでると思ってたのさ」
湊は呆れた様子で悠里に聞く。悠里は一瞬考え、イメージを言語化して伝えてみる。
「……祠で奉られてるとか?」
「ははっ!あの自由過ぎる鎧が、大人しく祠で奉られるとかないだろ?」
悠里の祠で奉られてる案は、祥悟に笑い飛ばされて潰えた。
「確かに……中に居そうなんだったらノッカー叩いてみるか」
ガンガンガンッ。ノッカーを叩くと中から返事が聞こえた。
「はいよ~、今手が離せんから、ちょっと待っとくれ~」
しばらく待つと、扉の鍵が開けられて中から女性用甲冑衣装風の姿に何故か白衣を羽織っているアイギスが出てきた。
「へい、らっしゃっせー」
「……(居酒屋のノリ?)あ~、下の階に降りる階段と一階に戻る転移魔法陣の場所を教えて欲しくて来たんだけど」
「えぇ、もう下に行くのかの?勿体ないのう」
「素材集めを兼ねた修行なので……。このフロア、敵が弱いし素材もショボいんで」
「あぁ、この階層は鉱物資源は全くじゃが、珍しい錬金素材が揃っておる階層じゃよ?」
アイギスの返事に悠里がきょとんとして返す。
「え?そうなんですか?珍しい薬草とかキノコとかそういうのが?」
「植物やキノコだけじゃなくて、熊胆とか鹿茸とか生体由来の素材も色々採れるでな」
アイギスは頷きつつ、色々と教えてくれる。
「あー、ひょっとしてこの前の竜の心臓だけ持って帰っていたのも?」
「竜の心臓は良い錬金素材になる。心臓の中に出来る紅玉も、錬金素材にも鍛冶素材にも良い物じゃ」
アイギスが頷きつつ答えてくれる。
「鎧なのに錬金術で水薬とか作っているんですか?」
湊も疑問に感じたのか聞いてみる。
「なんじゃ?≪知性ある甲冑≫が作った水薬は飲めぬと言うのか?お主まで鎧差別か?」
「えーと、いやそうではなくて。鎧の人には水薬要らなくないですか?と思って」
「あぁ、うむ。作ったは良いが使いどころがなくて【異空間収納】に死ぬほど保存してあるわ。あ、でもあれじゃぞ。呪いの解除ができる【呪い解除の水薬】なら儂にも意味があるかもしれんぞ?なるのか知らんが呪物にはされたくないのぅ」
アイギスが人差し指の先を上向きでクルクル回しながら回答した。
「鎧なのに錬金術しながら此処に住んでる。趣味?」
エフィが小首を傾げて疑問符を浮かべる。
「うむ、趣味じゃな。耳長族の嬢ちゃんならわかるじゃろ?戦闘術や魔法の深淵を探求してようが、長く生きておれば飽きもする。だが別に趣味があれば楽しめる。ここ二〇〇年くらいの趣味が錬金術じゃ。あ、でも何時も薬ばかり作っておる訳じゃないぞ?メインは人造人間の製造じゃ」
「人造人間……。実用段階?」
エフィの目が分かりにくく輝いた。
「人工魂魄を入れた人造人間達に、メイドとして働いてもらっとるな。今は人工魂魄をあえて入れていない別用途のものを製造中じゃ」
アイギスが親指を立ててエフィにドヤる。
「人造人間って、外見が全部同じだったり寿命が短かったりするのか?」
知ってるファンタジー要素が出て来て悠里も興味を持った。祥悟も耳を澄ませて聞く体勢である。
「いや?儂の人造人間達は耳長族くらい長生きする筈じゃぞ。外見は個体によって勝手に変わったな」
「勝手に?」
「人工魂魄を入れる前は同じ造形だったんじゃが、人工魂魄を入れたらそれに合わせて変化していった感じかの。まぁ、個性じゃな。気になるなら家の中に入るか?直接みれるぞ」
「「「「みたい」」」」
悠里、祥悟、湊、エフィが同時に答える。後ろでアリスレーゼ達も頷いているので、全員一致として良いだろう。
アイギスの丸太小屋の中は外見からは想像のつかない“お屋敷”で、広いエントランスホールに階段が二階まで曲線を描くように伸びており、一〇名のメイドが整列して出迎えてくれた。このメイド達が、アイギスの作った人造人間達なのだろう。揃いの丈の長いメイド服に身長や体格、髪や瞳の色も多様で顔の作りも皆が整っているが、個体差があるのが良く分かる。
「「「「「「「「「「いらっしゃいませ、お客様」」」」」」」」」」
一糸乱れぬ立礼と歓迎の言葉に驚き怯む≪迷い人≫勢の三人。
「は~……。このメイドさん達全員が人造人間なんです?すごいですわ」
元々分家組のメイド担当だったユーフェミア、メノア、アマリエが感嘆の声をあげた。
「で、あろう、であろう。ここにいるのは屋敷管理の当番の組じゃ。他に錬金素材の採取に出かけている組も同数おる」
アイギスが兜越しにドヤ顔して頷いているのが幻視できた。
「さっき言ってた、“人工魂魄をあえて入れていない別用途の製造中のもの”というのは?」
エフィが知的好奇心故か、アイギスにあれこれと質問している。
「あぁ、それは研究室の方じゃな。こっちじゃ」
アイギスが悠里達に手招きしてずんずんと廊下を進んでいく。途中から下り階段を降り、地下へと入って行った。
扉を開けた先の研究室には、硝子製と思われる巨大な水槽が立ち並び、水槽の中には製造途中なのか人の形をとりつつある人造人間達が浮いている。
「この奥でな。ほれ、この四体が特別製じゃ」
一番奥、横並びの水槽に浮いている四体のホムンクルスは身体の特徴的には普人種型にみえる。人工魂魄が入っていない状態で、既に外観が個々で違う。
一体目は白髪だが背筋の伸びた老年の男で、鋭い顔つきと若々しい絞り込まれた筋肉質な身体をしている。身長は一九〇センチ程とかなり高身長だ。剣に一生を捧げた剣の鬼、という雰囲気である。
次の一体が黒髪で日本人風の顔つきの若い男で、絞り込まれた筋肉の細マッチョ体形。身長は一六五センチ程。顔つきから、過去に交流のあった≪迷い人≫をモデルにしている気がする。
次の一体は湊に雰囲気の似た綺麗な顔立ちの黒髪で、≪迷い人≫風の顔立ちをしている女性だ。華奢だが身体つきは非常に女性らしい。湊より五センチは背が低い一五〇センチ程で、胸部装甲は慎ましやか。これも≪迷い人≫をモデルにしている気がする。
最後の一体は褐色肌に白髪の若い女性で、【彼岸花】の女性陣でもかくやの美貌とスタイルをしている。身長は一六〇センチ程だろうか。胸部装甲は【彼岸花】メンバーの誰より立派である。
どれも共通するのは美形だという事と、身体的には完成していそうだということだった。
「それで、この四体が特別製というのはどういう?」
悠里が訊くとアイギスが頷き返した。
「【魂魄結石】という錬金術で作り出した素材があってのう。簡単にいえば儂の魂魄を人造人間に移し替えたり、この鎧の身体に戻したりもできる」
「自我のあるメイドさん達の方が高性能な気がするんだけど?」
「人造人間としての完成度はその通りじゃよ」
アイギスが頷き、正解した祥悟に頷き返した。
「この四体の良いところは、儂が人造人間の肉の身体を楽しめる点じゃ。人間には当たり前過ぎて分からんかも知れんが、酒に食事に睡眠、その他諸々、肉の身体がないと楽しめないことじゃろう?つまり娯楽が増えるのじゃよ」
アイギスの言葉になんとなく納得し、長く生きてきた≪知性ある甲冑≫の興味が生物としての営みにいくのも当然のように思えた。
「アイギスはさっき製造中と言ってた。【魂魄結石】というのが足りない素材?」
エフィがアイギスに問う。
「大体合ってる。この間の竜の心臓と竜玉で二つ目の【魂魄結石】が完成した。あと二つあれば四体とも使えるようになるんじゃ」
「逆に言えば既に二体は動かせる?」
エフィの冷静な指摘にアイギスが大きく頷いた。
「その通り!二体は動かせるがどれに使うかが悩みどころでな?四つ出来てからまとめて試そうと思うておったんじゃ」
「同性型の二体で十分」
「なぬ?何故じゃ?」
「肉体を得て生活すれば、肉体の性別に精神も引っ張られる。男と女を行ったり来たりしてたら、どっちにもなり切れなくなる。性別転換魔法にもある問題」
「元々儂には性別がないのだから、どちらにもなりきれなくても構わないんではないか?」
「性別を変えられたら一緒に過ごす人間も警戒する。女の見た目で近付いておいて男になられたら、普通は貞操の危機を感じる。だから肉の身体で生活してみたいなら、初めからどちらかに絞った方が無難」
エフィの理路整然とした解説に納得したのか頷いたアイギスが両手を広げて宣言する。
「それじゃ男一体と女一体で試してみて、気に入った方の性別のもう一体分の【魂魄結石】を用意する!これでどうじゃ?」
「試してからメインの身体を決めるってのは理に適っているかなと思いますが、同性二種類も要ります?」
ミヤビの冷静なツッコミに、アイギスが広げていた手を下した。
「変装とか飽きたら交換とかで使うかなーと思っておったんじゃが……。駄目かのう?」
声に元気のなくなるアイギスにエフィが訊く。
「いったん【魂魄結石】を使ったら、他の身体への入れ直しは難しい?」
「一つの【魂魄結石】を二つに切り分けて、片方は肉体側の心臓に同化させ、儂の鎧にも残り半分を吸収させる。付け替えの自由が利く物ではないの」
「それだとそもそも、【魂魄結石】が足りていないのでは?」
クローディアが数量の合わない計算に首を傾げる。
「おぉ、それよそれ。儂が植物系と生体系の触媒を集めておく間に、お主らに山の方に棲み処のある四つ足の赤い竜を倒して心臓を持ってきてくれんか?最低一頭、できれば二頭。そうすれば【魂魄結石】を追加で作れるから、四体を持って外へ行けるようになる」
「?その言い方だと【魂魄結石】で結び付けた人造人間の四体が完成したら、ここを引き払って外にでると?」
レティシアがアイギスの言葉尻をとって意図を確認する。
「うむ。これが完成したら久しぶりに外の世界を愉しむつもりじゃよ」
「メイド二〇体に特殊な人造人間が四体?随分と大規模な引っ越しになりそうね?」
アマリエがソファに背を預けて伸びをしながらそう言う。
「人工魂魄を入れたメイド二〇体は【異空間収納】には入らんからの。まぁ、戦闘技術や魔法を覚えさせたから足手まといにはならんじゃろ
特殊な四体の方は、儂が同化していない間は【異空間収納】に入れておける。あ、儂の甲冑は【異空間収納】に入らんのであしからず」
悠里は軽く握った右拳を顎に当てつつ思案する。
『(俺はアイギスの特別製四体が完成するまで、竜狩りを手伝っても良いかなと思うんだけど、皆はどう思う?)』
悠里が念話でクランメンバー達に訊いてみる。
『(俺は手伝うので構わないよ。アイギスがメイド達連れて外に出るなら確実に帰還魔法陣使うだろうし、一緒に地上に出れば良いんでない?)』
『(私もそれで良いよ)』
祥悟と湊が賛成の意思をみせる。
『(ん。人造人間を製造できるような高位の錬金術師とコネができる。これはすごく良い機会だとおもう)』
エフィが一番積極的にアイギスとの繋がりを推してきた。他のクランメンバー達をみても頷いたり両手で○を作ったりとそれぞれの方法で異論がないことの意思を表示した。
『(おぉ、手伝ってくれるか!感謝するぞい!)』
「うわっ!え?アイギス?今念話に混ざってきた?」
『(呵々ッ!この通り、念話もお手の物じゃよ)』
「えぇ……俺の開いた念話のチャンネルに勝手に混ってるの怖いんだけど。念話ジャックなの?」
結局アイギスの錬金素材集めに協力することになり、【彼岸花】メンバー達は山の方へと歩いていた。時折アイギスのメイドさんが錬金素材らしき物を採取している現場に遭遇し、ぺこりと挨拶してくれる。メイドさんは五人一組で行動しているようで、採取中に周囲の警戒も怠らず役割分担していた。
「アイギスの依頼で四つ足の赤い竜探してるんですけど、このまま山の方に行けばわかりますか?」
こくりと頷くメイドさん。
「山の方は竜以外にも危険が多いので、気を付けてください。人間には猛毒な植物の群生地で、火を使う魔物が植物を焼いての毒煙を使ってきたりもします」
超重要事項を語られた。
(アイギスは鎧だから、毒煙とか意識していないんだろうな……)
悠里が眉根を寄せて真面目な顔でメイドさんに答える。
「それは……怖いですね。なるべく気を付けてみます。火を使う魔物はどんなのですか?」
「犬っころです」
「狼系ですか」
「いえ、犬っころです」
「狼じゃなく?」
「えぇ、犬っころです」
とりあえず遭遇したらこれの事かと分かりそうかな?と思い、悠里達はメイドさん達に礼を言って山へと向かって行った。
これと同じ世界観で別人達の短編をちらほら。短いのでお気軽にどぞ。
短編1 アンリ・マユ 編
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短編2 長門清継 編
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