第4章 第14話 フィールド調査
鉱山迷宮八一階層に転移してから八二階層の攻略を再開する。
ここの階層の魔物は身長二メートルの人型ゴーレムが二種類いた。魔脈鉄鋼の身体と武器と盾に日緋色金の追加装甲の魔法型ゴーレムと、神鉄鋼の身体と武器と盾に日緋色金の追加装甲の物理型ゴーレムである。
「ちょっと試し斬りを……」
湊が日緋色金合金製の打刀を抜いてゴーレムで試し斬りをはじめると、祥悟、エフィ、ミヤビ、アリスレーゼとアマリエまで試し斬りに参加しだした。
元々天銀合金製の打刀で日緋色金の柱を斬っていたのだから斬れて当たり前なのだが、動く的を相手に斬りたい欲求が我慢できなかったようだ。
野菜でも斬るようにスパスパと魔核ごと両断、あるいは魔核を刺突で貫通していく。
ある程度斬って満足したところで、魔脈鉄鋼武器と神鉄鋼武器のままの祥悟チームに獲物を譲って鍛錬と経験を積ませる。
八三階層からは日緋色金の身体で日緋色金の武器と装甲を持ったゴーレムや、日緋色金のゴーレムより硬いと感じる陸亀、針鼠、人間大の蟷螂などが出た。
虫系の魔物によくあるのだが、首を刎ねたり魔石を潰したりしてもしばらく動く。百足型の魔物などは、胴を両断しても前半分と後ろ半分がそれぞれ暴れる。倒したつもりでも予想外の反撃にあったりするので、非常に戦い難い。蟷螂も斃すと腹から寄生虫が出て来て阿鼻叫喚になる。現代人には気持ち悪すぎてキツイ。エフィが離れたところから火魔法で焼き殺している意味が分かった。
八五階層に到達すると、今までは迷宮構造だったのが突然フィールドタイプに変わった。空があり、雲が流れ、遠くに山が聳える。地上は草木の茂る平野で、遠くの山の裾野には樹海が広がっている。
「おお、なんかファンタジーだな」
祥悟が手を目の上に翳して、空や遠くの風景を見渡しながらそう漏らした。
「どうみても野外だけど、一応ダンジョンの中よね?」
湊も目の前の開放的な雰囲気に思わず感嘆する。
「ん。フィールド型迷宮でこういう風景はたまにある。鉱山迷宮の中にあるとは思っていなかったけど」
エフィが解説してくれる。やはり迷宮内であることには変わりがないらしい。
「樹海の方、何か飛んでいるな?四つ足の赤い竜?」
悠里が遠い空を飛ぶ竜の雄姿に見惚れていると、四つ足の赤い竜が空中で縦に裂け、二つになって落ちていった。
「……今の、すごい魔力と氣の爆発みたいなものを感じたな」
悠里が愕然とした様子で呟く。四つ足の赤い竜が縦に裂けたタイミングで、爆発的な魔力と氣の気配が吹き上がり、一瞬で消えた。
エフィが言うところの、いわゆる“【彼岸花】流の一撃”のような反応だった。
「魔物なのか探索者なのか?敵性体なのか?友好的に接することができる相手なのか。探ってみないとです」
ユーフェミアの意見にメノアが同意して頷き、やる気をみせた。
「久しぶりに斥候らしい役回りですね。頑張ります」
「調査するのは同意するけど、無茶しないようにね?あれだけ魔力と氣を制御してるってことは、感知距離も広いだろうし」
祥悟が二人に慎重性を求めて意見した。
平野部は丈の短い草原のようで、兎や鳥に狐などを見かけた。いずれも魔物化したものではなく、普通の動物のようだった。
一行は樹海に入る前に箱馬車で一泊し、しっかり休んでから樹海に潜ることにした。樹海の中でも鹿や熊など魔物というよりは動物の範囲の生物が多く、植生豊かな森という印象だ。樹海の中で深い方へ行くほど普通の動物は減っていき、魔物が現れるようになってくる。
その魔物も鉱物要素のない熊型や狼型、豹型、蛇型などの動物系の魔物で、八五階層らしい強さもない。雰囲気が変わりすぎていた。
「鉱山迷宮の面影が全然ないねぇ」
森歩きの中、カルラが“平和な森”の様子に、緊張感が緩みそうになるのを欠伸と一緒に呑み込む。
樹海はかなり広く、最初にみた四つ足の赤い竜の死骸が見つかるまでに三日かかった。死骸は綺麗に真っ二つになっており、動物型の魔物が断面に集って食いついていたが、強力な魔物が食欲にモノを言わせて食い荒らしたような痕跡はなかった。
唯一見て気になったのは心臓が抉り取られていた点だろうか。おそらくは竜を真っ二つにした存在が持ち去ったのだろう。
「心臓以外は放置か。食べるためでも素材回収のためでもない?いや、心臓だけ持っていかれてるんだから、必要だった素材だけ持って行った……?」
悠里が残っていた竜素材を丸ごと【異空間収納】に回収しながら思案する。
「ユーリ様、私達以外の足跡らしきものが」
竜の周囲を探っていたユーフェミアがそれに気付き、悠里に報告した。
「人間サイズくらいの足跡だな。靴跡の様子からみると単独行動っぽいか」
痕跡は樹海の奥、山の方へ向かっているようだった。
竜素材を回収した地点から更に奥に行くと、竜種が見かけられるようになってきた。見つけ次第で倒して素材や肉を回収しているが、鉱山迷宮の八五階層の強さにはまだ足りていない気がする。
樹海の奥で山側の斜面を登るように歩いていると、唐突に視界が開けたとメノアから報告が入った。現場まで行ってみると……。
「ん?んん?」
森の開けた場所にあったのは、どうみても露天風呂であった。それも周囲を大きめの岩で囲ってあって、真ん中にはズドンと大岩が聳えている、風情ある露天風呂だ。男湯と女湯が分かれているような様子はなく、大きな露天風呂が一つあるのみ。傍には東屋があり、人の手が入っていることを強調しているようだった。
「温泉……?だよな?」
「露天だねぇ」
悠里の呟きに湊も感心半分放心半分な様子で答えた。
「おう、人間じゃな。久しぶりの気配じゃ」
老年男性の嗄れたイケボが聞こえ、悠里達は一斉に身構えた。
「呵々っ!そう身構えんでもよかろう、一緒に湯に浸かろうではないか」
発声源を探ると、湯場の真ん中の聳え立つ大岩の陰から聞こえてくることが分かった。皆の視線が大岩の陰に集中する。風魔法で湯気を払ったのか、湯煙の向こうにいる人影が見えてきた。
「人間なぞとんと見とらんかったからな。久しぶりに話でもしようぞ」
湯煙の向こうから現れたのは、肩まで湯に浸かって右手を振る板金鎧姿の大男だった。
「は?え?ナンデ甲冑?」
何故か甲冑姿の大男が湯に浸かっていた。
「呵々っ!細かいことはええじゃろ?まずは一緒に湯に浸かろうではないか!」
「は?えぇ……。甲冑姿で温泉に浸かる変態に、嫁の裸みせる訳ないでしょう」
悠里がどっと疲れた顔で冷静にそう返した。
「む?この声と外観が悪いと?」
湯に浸かる甲冑が喉に手を当て、ん゛ん゛っと喉を鳴らし、
「これでどうじゃ?まだ気になるか?」
妙齢の女性の綺麗な声になり、縦にも横にも縮まった女性用の甲冑姿になっていた。
「えぇ……??」
湯に浸かった甲冑姿の性別が、女性に変わった。状況についていけず疑問符しか湧いてこない。
「どうじゃ?儂も女性型になれば問題なかろう?」
「いや……?えぇ……?」
とりあえず好戦的な雰囲気は感じないため、構えていた刀を鞘に戻した。
「む、刀か。刀は良い物よの。美しく良く斬れる。ならこっちでどうじゃ?」
西洋甲冑姿が和風甲冑姿に変わって、満足げに鬼女の面頬をうんうんと縦に振る。
「なんかもう色々と意味分からないんで。とりあえず自己紹介しましょうか?」
深く考えることを止めた悠里がそういうと、鬼女の面頬が再び縦に振られた。
「そうよの。では儂からじゃ。儂の名はアイギス。見ての通り“≪【知性ある甲冑】≫”じゃ」
「いや、見ても分からないんですけど。え?“≪知性ある甲冑≫”ってことは“動く甲冑”とは別なんです?」
「“動く甲冑”は魔物じゃろう?知性体には程遠いわ。
儂は元々、鎧型の“先史文明遺物”じゃった。自我が芽生えたのは三千年くらい前かの?知り合うた≪迷い人≫は、儂を付喪神みたいな物と言っておったな」
アイギスは鬼女の面頬な和風甲冑の姿から今度は西洋甲冑のドレス・アーマーに形が変わり、兜を両手で持ち上げてみせる。兜の中は何もなく、肉体を持たない“鎧だけ”なのだということが分かった。アイギスは持ち上げた兜を手桶代わりに使って自分の身体に掛け湯する。
「ほれ、儂は男でも女でもないじゃろ?一緒に風呂に入ってなにが悪い?」
「風呂で甲冑なのが悪い」
悠里の真顔の即答に、アイギスは自分の頭を湯に落とした。
「肉がなければ湯にも浸かっちゃならんのか?人権なしか?この人でなしめ」
肩を落とし寂しげに、湯に落とした兜を手探りで探しだすアイギス。
「ん゛ん゛っ!えーと、俺は悠里。≪迷い人≫の一人だ。シエロギスタン王国の貴族位もあるが、本分は探索者ギルド所属の探索者だ。【彼岸花】というクランを率いている。そしてその仲間達がこちら」
アイギスに変に動かれるとツッコミしか出来なくなるので、隙をみてざっと自分達の所属を紹介する悠里。
「うむ。≪迷い人≫で【彼岸花】のユーリじゃな。他の仲間達の名前は後々で良いぞ。一辺に自己紹介されても覚えきれんでな」
ようやく頭を見付けたのか、湯の中から持ち上げた頭からザバーっとお湯を流して元の位置に戻した。
「で、その【彼岸花】のユーリ達はここまで何をしに?」
「修行と素材集めで鉱山迷宮にいたんだが、八五階層がこんなフィールド型の階層で戸惑っていた。下の階層への階段と転移魔法陣の捜索をしつつ、竜を一刀両断した何者かの調査をしていたところだ」
「あぁ、儂がこの間斬った……。なるほどなるほど」
なにやら納得したらしく、兜を振って頷くアイギス。この反応で竜を斬ったのがアイギスであったと確信した悠里達。
「ところでまだ湯に入らんのか?いい湯じゃぞ?」
「遠慮しときます」
「ちょっとだけ、先っぽだけ!絶対気持ちいいから!」
「言い方ぁ!先っぽが一番やばいところだそれぇ!」
「あ、じゃあ儂に入る?入っちゃう?合体しちゃう??」
「断る!」
「まぁまぁ、最初は皆そういうんだよ?だけど一度試せばめっちゃ(魔力と氣を)出しちゃってさ、直ぐにハマるからさぁ!」
「断る!ことわーる!」
これと同じ世界観で別人達の短編をちらほら。短いのでお気軽にどぞ。
短編1 アンリ・マユ 編
https://ncode.syosetu.com/n3957lb/
短編2 長門清継 編
https://ncode.syosetu.com/n4541lb/