第4章 第11話 鉱山迷宮
マインレーヴェの街の西側の山の、街とは逆の山腹に鉱山迷宮の入口があった。入口前に入退場記録を付けている職員の小屋があったので、そこでクラン全員の入場記録を付けた。
「初顔だな。≪特級≫と≪上級≫の二チームか。既に知っているかもしれないが一応説明を聞いていってくれ」
「わかった。頼む」
「ここの迷宮は入口に入ってすぐに魔法陣のホールがある。この魔法陣は攻略済みの階層をショートカットできる転移の魔法陣だ。未攻略だと反応しない。
攻略済みの登録方法は、迷宮内にある転移魔法陣で入口の転移魔法陣に戻ることで記録される。帰還用の転移魔法陣は大体は次の層へ降りる階段の傍にホールがあって、そこに転移魔法陣がある。転移魔法陣のあるホールは魔物が湧かず侵入もしてこないので、休憩には持ってこいだ。
戻り用の転移魔法陣に登録していないと、入口からの転移に同行できないからメンバー変更する場合は注意してくれ」
「撤退も容易で攻略も続きから再開でき、転移魔法陣のホールは魔物に対する安全地帯。挑戦者に都合が良すぎないか?」
「先史文明がレジャー感覚で作ったなんて説もあるからな。攻略する側としては便利でありがたいだろ?」
ギルド職員にスキンヘッド氏から聞いていない情報がごろごろと出てきた。しかも【異空間収納】持ちの自分達にとってかなり有利な狩場だと思う。
レギン工房の仕事の確認もあるので二週間で一度切り上げなければならなかったため、再開する階層が記録できるならかなり便利だ。
「それでも鉱物資源の回収は重量もあるし嵩張る。小まめな往復が必要だ」
「他には何か特徴はあるか?」
「聞いてるだろうが、基本的に敵が硬い。あと、迷宮に罠は殆どないはずだ。ギルドで確認済みの五〇階層までは無いと言い切れる」
「わかった、ありがとう。とりあえず二週間くらいで戻る予定だ」
「……長いな。一気に攻略階層を進めるつもりか」
「そんな感じだ。行ってくる」
◆◆◆◆
探索者ギルドの公式地図の最短ルートを進んでいく。懐中時計の魔道具で時間を確認し、紙に日数経過のメモを付けながら攻略していく。ずっと迷宮の中にいると時間感覚がズレていって帰還予定日を過ぎる可能性があったためだ
敵が硬いとは聞いていたが、主力は日緋色金の柱を輪切りにできる面子である。あえて≪上級≫組の実戦経験と鍛錬を中心にしながらの進行でも、一二日で目標の五〇階層の踏破を達成し、帰還魔法陣で地上に戻って来た。
ここまでの収穫物は魔銅、魔鉄、魔鋼、銀や金などの貴金属と、天銀が手に入った。スキンヘッド氏の言っていた魔透鉱や神鉄鋼、日緋色金はもっと深いところからの様だ。
鉱山迷宮に近い街の外縁のあたりは精錬所の工房が多く、売買し易いインゴットに加工してくれるらしい。直接交渉してみても良かったが、ギルドを通した方が確実なのでギルドで採ってきた鉱物を売りに出した。その量にスキンヘッド氏には呆れた顔をされたが。
宿の≪金色亭≫に戻ると、レギンの連絡が来るまでは各自休養日とした。鉱山都市の観光をする組と、宿で留守番をしつつ氣と魔力の制御の鍛錬をする組に分かれる。
悠里は期待していた街一番の大型武具店≪マインレーヴェ百器店≫が残念な結果だったので、街歩きより留守番組に立候補していた。久しぶりに魔馬達の世話にも行けた。四頭を購入してからはじめての長期不在だったため魔馬も不安だったのかもしれない。かなり入念に、しつこく四方から顔を擦り付けられた。会いにくるのに長期間空いたとしても、ちゃんと戻って来ると学習してくれたなら良いのだが。
約束の二週間に一日早い一三日目にレギンが≪金色亭≫にやってきた。
「おお、居たかユーリ。出来上がった試作品を持ってきたぞ」
「自信ありそうな顔してますね。けれどすみません。鑑定できる祥悟が街に出ていて居ないので、明日の朝に工房に見に行くってことにしてもらっても良いですか?」
「そうか、それは残念だ」
肩を落とし残念そうな顔で帰って行くレギンに心の中で重ねて謝罪する悠里だった。
夕食の時間には自然と全員帰ってきていた。
「今日レギンさんが宿に来たよ。祥悟がいなかったので、明日の朝に工房に行くってことで帰ってもらった。なので明日は朝からレギン工房に行くよ」
「あぁ、わかった」
祥悟が予定を了承したので、翌朝のレギン工房行きが確定した。
◆◆◆◆
翌朝、早速クラン全員でレギン工房を訪ねてみた。いつも通りノッカーを叩くとすぐに覗き窓が開いた。
「おぉ、きたか。待っておったぞ」
覗き窓が閉まるとすぐに扉が開き、レギンが歓迎してくれた。そのまま打ち合わせコーナーのソファセットの方へ案内されたので、前回と同様に長椅子二つを追加で出してクランメンバー全員が腰を掛ける。
「今日は鑑定できるやつがいるな?早速だが出して良いか?」
「えぇ、お願いします」
レギンが【異空間収納】から一振の刀を取り出し、テーブル上にそっと置いた。
柄だけ仮で付けられているが、他の拵えはない素の状態の打刀だ。刃紋だけ緋色で、地肌の部分は黒く仕上げられている。
「詳しくは省略するが、三種類の日緋色金合金を組み合わせて鍛えた。早速鑑定してくれ」
「では……」
祥悟がテーブルに置かれた抜き身の打刀を手に取り、じっと見つめる。
無銘
付与:【血払い・大】、【自動清浄・大】、【耐久度強化・大】、【斬れ味強化・大】、【貫通強化・大】、【打撃強化・大】、【自動修復・大】、【魔力浸透率強化・大】、【氣浸透率強化・大】
特殊:【魔払い・大】
「おぉ……。≪マインレーヴェ百器店≫にあったのとは別物レベルで良い刀だな。特殊効果こそ緋色一文字に劣るが、打刀としての性能は並び立つ程だ」
祥悟の鑑定結果を聞いて皆で感嘆の息を深く吐いた。
「試し斬りしていくか。前回、天銀合金製の打刀で日緋色金の柱を斬れなかった嬢ちゃん三人に試してもらいてぇ」
「良いのですか?」
「それならお言葉に甘えてますね」
「私も良いのかな?刀の使い方は最近覚えはじめたばかりだけど」
ミヤビ、アリスレーゼ、アマリエが試し斬りしてみることになり、裏庭に回ってレギンが日緋色金の柱を出した。三分の一程で止まった斬り込みが三ヶ所あるので、前回の柱と同じ物だろう。
自信がありそうなレギンの不敵な顔をみて期待値が上がる。クランメンバーが見守る中、三人が順に試し斬りをしていく。
「はっ!」
一番手のミヤビの一閃が、日緋色金の柱の上の方を輪切りにした。
「すごいっ!魔力と氣の浸透が何時もと全然違いました!」
ミヤビは試しの一振を改めて眺め、によによ顔になっている。
「ミヤビ、次、次」
アリスレーゼに急かされ、ミヤビがアリスレーゼに打刀を渡す。
「ふっ!」
アリスレーゼの一閃も日緋色金の柱を輪切りにし、最後にアマリエも試して輪切りに成功した。
「これは凄いですね……。今の天銀合金製の打刀でも凄く良く斬れると思っていましたが、全然その上をいってます」
輪切りに成功した三人がしきりに感心してみせ、レギンがそれを見ながら笑顔で頷いている。
「で、どうだ?試しは合格か?」
「えぇ、十分です。この試しの一振を含めて拵えまでの込み込みで完成させてもらいたい。その他に打刀を六振と脇差を七振。金額と所用期間の見積りをもらえますか?」
「おう、続きは中でやろうや」
レギンに促されて元の打合せコーナーに戻った。
「先に言っておくと、工房にある素材の在庫的に打刀で残り五振分だ。先ずは打刀五振を追加で打って、試しの一振と合わせて六振を仕上げる。期間は十二週間、四ヶ月。付与の触媒に漬けて馴染ませるのにも時間がかかる。他に受けてる仕事もあるから、ここらが限界だ。打刀の代金は一振三億ゼニー、六振で一八億ゼニー。出せるか?」
「安すぎませんか?あの出来ならもっと高くても納得できますが?」
「嬉しいことを言ってくれる。だが使って欲しい相手に作って買ってもらえる。これは“やらせて欲しい仕事”だな。武具屋を通さない卸売価格だとでも思ってくれ」
「……ありがとうございます。脇差の方は材料が揃ったらですね。鉱山迷宮で採れるものなら集めてみますが?」
「必要な素材を持ってきてくれるならその分値引きはしよう。付与の触媒は鉱山迷宮には無いから、別途取り寄せしておく」
「わかりました。とりあえず打刀六振分の一八億ゼニーです」
悠里はテーブル上に一枚五千万ゼニーの大白金貨を三六枚だして置く。
「お、おう。引き渡しの時に支払いで良かったんだぞ?」
言ってもいないのに打刀六振の全額を先払いで出されて、レギンが困惑する。
「万が一で取引先が行方不明とか、売り先がいなくなってたら困るでしょう?それに足りない付与触媒の購入資金も必要でしょうし。安くして貰った分、先払いさせてください」
悠里はクラン共用資産からポンと出した現金一括払いで、レギンに二コリと笑いかけた。




