第4章 第10話 レギン工房
探索者ギルドのスキンヘッド氏に教えてもらった工房の一つ、西側地区の上層の方にある【レギン工房】を訪ねてみた。
工房の表の入り口は鍵が閉まっていて扉が開かない。しかし中からは鎚を打つ音が聞こえている。扉についてノッカーで叩いてみるが、反応がない。職人によくいる(偏見)集中すると周りが分からなくなるタイプだろうか。
しばらく表の扉前で時折ノックしつつ鎚の音が止まるのを待っていたが、夕暮れ時になっても一向に止まず。初日は諦めて宿に帰ることにした。
宿への帰り道で開いていた客の入りの良さそうな食堂に入ると、鉱山族の鉱山都市の標準なのか、揚げ物とエールが人気の様だった。揚げ物を食べた口の中を洗い流すエールの組み合わせは王道である。
翌朝、宿で朝食をとって再びレギン工房を訪ねてみた。今朝は鎚の音がしていない。「寝入ったところを叩き起こしたら怒って作ってくれないかも」と思ったが、元々「駄目元で訪ねてみろ」というスキンヘッド氏の言葉を思い出し、正面入り口のノッカーをガンガンガンと三回鳴らしてしばらく待つ。反応がない。ノッカーを追加で叩こうとしたところで店内の気配に変化があり、表口の扉の方へ移動してくるのが分った。悠里はノッカーから手を放して待つ。正面扉の内側から覗き穴が開き、眠そうな目が現れた。
「……誰じゃ?」
「おはようございます。探索者ギルドのスキンヘッドの職員からの紹介で来ました。クラン【彼岸花】の代表、悠里と申します」
「探索者ギルドのスキンヘッド?……あぁ、あやつか。それで?」
「我々は鉱山族の鉱山都市マインレーヴェに、日緋色金合金製の刀を探しにきました。マインレーヴェ百器店で探してみたのですが満足のいく品がなく、こちらにお伺いさせて頂いた次第です」
「日緋色金合金製の刀ねぇ……。開けるから中で話聞こうか」
ドアの覗き穴が塞がれ少し待つと扉が開かれた。
「入ってくれ……って女が多いな?そういう接待は要らんぞ?」
「あぁ、いえ。彼女達はクランのメンバーで、そういう目的じゃないです」
鉱山族にしては高身長の一五〇センチ近い身長で、盛り上がった筋肉、男らしい顎鬚は鍛冶の邪魔にならないように整えられている。
「そうか。なら中に入りな。椅子が足りねぇけど」
「椅子の不足分はこちらで出します」
工房の入り口にぞろぞろと入って行き、商談用と思われるテーブルセットに案内された。ソファは三人掛けが二つに、工房主の座るシングルのソファが一つ。不足する分として女子三人が座れる長椅子を二つ出して皆で腰かけて工房主をみる。
「探索者ギルドのスキンヘッドの紹介なら分かってるだろうが、俺が工房主のレギンだ。で、日緋色金合金製の刀を打って欲しいって話で合ってたか?」
レギンが進行役は悠里だと理解して悠里に問いかける。
「その通りです。先ずはこちらの刀をみてもらえますか?」
悠里は【異空間収納】から≪緋色一文字≫を取り出して、レギンの前に置いた。
「うん?こいつは……。ちょっと触るぞ」
返事を待たずレギンは緋色一文字を手にして拵えをざっと見ると、鞘から刃を引き抜いた。
「んあ?なんだこりゃ。魔脈鉄鋼合金の皮金に包んだ?日緋色金合金の刃金か?いや、氣の通りも良いな。心金が神鉄鋼合金?いや、それだと反発し合うし粘りが出ねぇか。分からん。製造工程が全く分からんが、とびっきりの大業物なのは理解した」
緋色一文字の魔脈鉄鋼合金調の黒と金色の地肌、波紋だけ緋色をした異様にレギンの眠そうだった眼も冴えてきた。
「私も製造工程がどう鍛えられた刀なのか分かっていません。これと同じとはいかないでしょうが、レギン殿には日緋色金合金製の大業物を依頼したいと思って参りました」
「ははっ!確かにこの訳の分からねぇ製造工程の再現は無理だが、大業物の刀なら用意してやれるだろうさ」
「では頼んでも?」
「まぁ待て。日緋色金合金製の刀が欲しい連中の試し斬りをみせてくれ。魔脈鉄鋼合金製でもなく神鉄鋼合金製でもない、あえて日緋色金合金製の刀と指定しているんだ。その理由が見られるんだろ?」
「試し斬りですか。分かりました。的の用意と場所は?」
悠里はレギンの要求に迷いなく頷き、何を斬れば良いのかと問う。
「裏庭に回ってくれ。的は持って行く」
レギンの案内で工房裏の庭に通され、そこにレギンが精錬済みの日緋色金の柱を出した。魔法の鞄を持っているようにも見えなかったので、“鞄型じゃない収納具”か【異空間収納】を持っている可能性がある。
日緋色金の柱はいくつものインゴットを纏めて柱型にした物の様で、縦二メートル直径三〇センチ程に見える。
「合金にした方が強度は上がるんだが、ここは鍛冶屋だからな。精錬しただけの素材の状態で悪いが斬ってくれ。あぁ、いきなり真ん中とかで斬るなよ?何人も試し斬りするなら配慮して斬ってくれ」
レギンは、悠里達が日緋色金のインゴットを斬れると踏んでの提案だった。
「それでは、私から」
悠里が天銀合金製の脇差を取り出し、魔力と氣を熾して廻し、刃の先まで浸透させた。この一連の魔力と氣の操作も今では意識せずとも自然にかつ一瞬で行えるようになった。悠里は気負うことなく日緋色金の柱の上の方を切断してみせた。
「ふむ。どんどんやってくれ」
レギンは悠里に頷くと、そう急かした。
「では次は俺が」
祥悟は天銀合金製の打刀で悠里と同じように切断してみせ、続いて湊とエフィも天銀合金製の打刀で柱をスライスしていく。四人が終わると自然と目はアリスレーゼ、ミヤビ、アマリエに向いた。
「えっと?私達は多分まだ両断は出来ないですよ?」
ミヤビが向けられた期待の目に尻込みして念押しだけし、天銀合金製の打刀を振るう。日緋色金の柱の三分の一程に食い込んで刃が止まった。その後に続いたアリスレーゼとアマリエも多少誤差はあるが似たような結果になった。
レティシア、クローディア、カルラ、メノア、ユーフェミアの五人は練度不足を理由に辞退した。
「多分、刃を折るか潰してしまうと思うので……」
とのことだった。
レギンは試し斬りを真剣な目でみていたが、挑戦者は終わりということで腕組みを解くと両手の掌をパンッと打ち合わせ頷いた。
「天銀合金製の武器で両断した四人は別格だな。大したもんだ。刃を食い込ませた三人も今後の修練で斬れるようになるんだろう。十分合格だ」
機嫌良さげにそう言った。
「数はどうする?打刀六振と脇差七振か?それとも一人分は長剣と細剣にするか?」
「すべて刀で内刀と脇差をまとめて頼みたいところですが、先ずは一振。試しに打ってもらえますか?その出来と価格とで予算と相談しますので」
「分かった。こっちだけ試してそっちが試さないのはフェアじゃないしな。試しなら拵えは後で良いな?」
レギンは気分を害することもなく応じてくれた。
「ありがとうございます。拵えは後回しで構いません。連絡どうしましょう?」
「そうだな。打ち始めるとノッカーで叩かれても気付かねぇから、出来たら呼ぶので良いか?宿と部屋番号を教えてくれ」
「わかりました」
悠里は紙に宿名と部屋番号を書いてレギンに渡した。
「≪金色亭≫か。わかった。試しの一振目は二週間で仕上げる。研ぎは弟子を呼んで仕上げさせるが良いな?その頃に連絡が付くようにしておいてくれれば良い。価格は出来に応じてってことで」
「あまり吹っ掛けないでくださいよ?」
「適正価格がモットーだ。安心しろ」
「わかりました。後はよろしくお願いしますね」
レギンの言葉に返事を返すと、宿へと引き上げた。
宿に着くと先ずは滞在期間を先払いして三週間に延長する。試しの一振の出来次第では、数週間か数ヶ月か、マインレーヴェに留まることになるだろう。その場合は借家を借りるか宿をそのまま使うか、改めて考えることにする。
宿に着いてから昼食までの間は、魔馬四頭、芦毛のシロエとユキノ、青毛のゲンブとコクヨウに会いに行き、ゴシゴシとブラッシングしたり首や頭を撫でたりして過ごした。
魔馬達との交流の時間を過ごした後は昼食を宿でとり、探索者ギルドに移動する。
探索者ギルドに入ると、ホールの喧騒がヒソヒソ声に変わった。初日の先制が効いたようで何よりである。相変わらず列の短いスキンヘッド氏のところに並び、順番が来たところでマインレーヴェでの依頼について話を聞いてみた。
「近隣の魔物退治や野盗退治、鉱山関連の採掘や魔物の駆除、荷運びの護衛なんかが主な仕事だな。特殊なところだと、鉱山迷宮なんてものもある」
「鉱山迷宮?鉱山が迷宮化したようなものか?」
「迷宮の雰囲気はそんなところだ。それより出て来る魔物の方に特徴がある」
「というと?」
「ヤドカリや亀のような、鉱物素材のような生体部位をもつ魔物や、鉱物素材のゴーレムなんてのも出て来る。“鉱山迷宮を掘ってくる”なんてスラングが生まれるくらいにはメジャーな金策だよ。まぁ、余程いい魔法の鞄持ちか【異空間収納】持ちじゃないと満足に素材を持ち帰れないだろうがな」
スキンヘッド氏の説明を受けてクランメンバー同士で顔を見合わせる。
『(鉱山迷宮に行ってみたい?)』
悠里の念話への返事は、満場一致で“行ってみたい”だった。今なら一年くらい潜れる程に備蓄ができていて、行ける状態にある。
「ちなみにどんな素材が?」
「浅いところだと魔銅や魔鉄からはじまって、深いところや希少な魔物では天銀や魔透鉱、神鉄鋼、日緋色金なんかもある。“神代黄金が見つかった”という、半分伝説みたいな噂も残っているな」
高額素材の宝庫らしい。日緋色金が取れれば刀の材料費の代わりになるだろう。神代黄金が手に入れば、期待している以上の武具が誂えれる可能性が出てきた。
「鉱山迷宮の攻略済みの層の地図とか売ってないか?」
「五〇階層までの地図ならギルドで売っている。それより深い地図だと個人取引だ。精度や信頼性についてはギルドは保証しない」
「それじゃ、五〇階層までの地図を売ってくれ」
「鉱山迷宮の入口までの地図もつけて五〇万ゼニーだ」
思ったより高いが、浅い層で無駄に時間を食うよりマシだろう。悠里は躊躇いなく小金貨一枚五〇万ゼニーを支払って地図を購入する。
「早速行ってみる。入場記録は迷宮の入口で?」
「あぁ、小屋にギルド職員が常駐している。そっちで入場記録つけていくと良い。だが≪特級≫と≪上級≫の二チームが遭難するような場所だと、普通は救助できないからな?」
「わかってる。それじゃまた」
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