第4章 第9話 鉱山都市へ
今回の旅は自分達で御者をする必要はあるものの、自分達のペースで移動ができるのが快適だった。購入した魔馬達は天然生まれの氣使いで速く力強く、そしてスタミナもあった。その上、メノアに御者の練習を見てもらっている湊が時々魔馬達に治癒魔法で体力を回復させるため、まさに疲れ知らずといった様子だ。先行していた他の馬車をどんどん抜き去っていく。
ヴィンセントの助言に沿って馬車と魔馬を購入したが、これは良い買い物だったと大変満足していた。
道中で食事休憩と野営のための休憩は魔馬達にも必要なため停車するのだが、馬車から離して食事や休憩を取らせてやる。魔馬は前評判通りに大変頭が良いようで、目の届く範囲で思い思いに休憩している。ハーネスに刻んでもらった名前で間違わないように注意して呼んでいると、何時の間にかそれぞれが自分の名前だと理解するようにもなっていた。
食事は過去に狩って【異空間収納】に入れっぱなしの魔物でも出してやれば喜んで食べるし、水は【異空間収納】から出した水のみ台に魔法で水を満たしてやれば良い。
なんなら野営中は少し遠出して狩りをして帰ってきたり、野営地の見張り番を兼ねて馬車の傍で寝ていたりする。
そんな魔馬達のお陰か、野営中に襲撃されることもなければ走行中に襲ってくる野盗も現れないまま一〇日が過ぎ、一〇日目の昼前にようやく鉱山族の鉱山都市【マインレーヴェ】に到着した。
街壁の入り口は長蛇の列で、入市待ちの時間を思いすんとした顔になったが、一般用の門の隣にある貴族用の門を通れる権利を持つことを思い出し、貴族用の門に行ってみた。当然ながら身分確認を求められたので、悠里が貴族プレートで本人認証して見せると門衛達はさっと道を空け、通してくれた。
「門衛さんお仕事お疲れ様です。街の事でちょっと聞きたいのですが、探索者ギルドの位置を教えてもらえますか?」
「こちらは北門なのですが、探索者ギルドは南門の広場に面しております!」
「南門ですね、ありがとうございます」
悠里が丁寧に対応して御者台に上がると、御者をしていた湊と並んで座る。
「南門の広場だって」
「街中の縦断?ゆっくり歩かせた方が良いよね。ちょっと緊張する。住民を轢かないか悠里君も見ててね」
「了解、こっち側は見とくから安全運転でよろしく」
街の北門から南門にかけてのメインストリートは、車道でいうと片側三車線の上り下り合わせて六車線分程の広さがあり、その両端側が歩道なのか通行人が歩いているのがみえる。湊が構えていた割に通行しやすい路上で、ほっと安堵していた。
「歩道側からの飛び出しに気を付ければ良さそうだね」
「そうだな。念のため反対側は見とくから」
街は南北は山間の谷間にあたる部分で平坦な道で馬車は通りやすい。街の西側と東側は鉱山と都市が混じったようになっており、緩やかな斜面を描いている。高低差のある街中での利便性なのか、トリケラトプスのような低重心で足腰の強そうな生物に荷台を曳かせているのが目についた。
メインストリートはやはりというか商店街の色が強く、工房は東西の山際の方に寄せてあるようだ。
ゆっくり目で移動したが昼を過ぎた頃には南門の広場に到着し、探索者ギルドの看板をみつけた。近付いていくと馬車のマークの案内板があったので、馬車留めの方に直接向かうと馬車と魔馬を預けてからクラン全員で探索者ギルドの本舎に入って行く。
悠里達【彼岸花】はどこでも目立つ。案の定、入った瞬間から視線を浴びまくった。カウンターの方を窺うと強面のスキンヘッドの職員の列だけ並んでいる人が少なかったので、そこに並ぶ。
順番待ちの間にも周囲のコソコソした話し声が聞こえてくる。何時も通り、【彼岸花】の女性陣をナンパなのか拉致なのか、どうにかしようという相談である。
そういう連中が男連れなのにお構いなしに声を掛けてくるのは、一緒にいる男が舐められているからだと学習した。悠里と祥悟は頷き合うと周囲に威圧を撒き散らす。特に“攫おう”とか聞こえてきた方には念入りに殺気も込めておく。
「…………」
悠里と祥悟の殺気混じりの威圧で騒がしかったホールは静まり返り、二人が目を合わせようと見渡すと、どいつもこいつも露骨に目線を逸らした。
『(このくらい威圧しとけば馬鹿も寄ってこないかな?)』
『(馬鹿過ぎて寄ってくるやつがいたら、“いつもの”するんだろ?)』
『(あぁ、手足砕いて放り出すやつ?それで絡まれなくなるならやるでしょ?)』
『(俺は悠里みたいに派手にはやらないぞ?躾けはするが)』
『(それは兎も角、攫うとか言ってた奴は世のために消した方が良くないか?)』
『(確かに……。ここで俺らに絡むのを止めたからって、他で被害者がでるなら潰しておいた方が良いかもな)』
念話で悠里と祥悟が馬鹿の相手をする時の対応方法について話し合いをしていると、列が進んでカウンターのスキンヘッド職員に≪特級≫のギルドプレートを出して本人認証してみせる。
スキンヘッド氏は片眉を上げて頷いた。
「マインレーヴェの探索者ギルドへようこそ。今日がはじめてで合ってるか?」
「あぁ、さっき着いたばかりなんだ。この面子と人数なんで、良い宿を紹介して欲しい。宿が抑えられたら武具屋や工房について聞きに来ても良いか?」
「高級宿が希望なら中心街の大通り沿いにある【≪金色亭≫】に行ってみると良い。部屋が空いていなければ代わりの良い宿を紹介してもらえるはずだ。武具屋と工房についても宿で聞けるとは思うが、ギルドで聞きたければこちらにまた来てくれ」
「情報ありがとう。落ち着いたらまた来るよ」
悠里がスキンヘッド氏との会話を切り上げると本舎を後にした。悠里達がギルドから出て行ったのを確認して、ようやくギルドに喧噪が戻ってくる。
「……アレはヤバいな。女は惜しいが命の方が大事だぜ」
「出してるプレート見たか?≪特級≫プレートだったぞ」
「あの男二人だけだろ?」
「王都方面から広がってきた噂の奴等じゃねぇのか?何かヤバい魔物を倒して≪特級≫に昇格したチームと、≪上級≫チームのクランってやつ」
「はぁっ?あの女達はただの取り巻きじゃねぇの?実力で≪上級≫なら男がいないところでも返り討ちに合うわ」
「手を出す前に威圧してくれて良かったと思うとか、はじめてだぜ」
◆◆◆◆
馬車で中央広場に行き、宿屋らしい大きな建物の看板を見て回る。≪金色亭≫は中央広場の西側に面していてすぐにみつかった。宿屋の前に馬車を仮置きし、悠里が部屋を取れそうかカウンターに訊きに行った。一二人全員が入れる部屋は流石になかったが、六人ずつ二部屋ならお高い部屋に空きがあったので、借りることができた。この街にどれだけ滞在するかは分からないが、とりあえず先払いで一週間分は部屋を抑えておいた。
宿の裏手にある厩舎の方に魔馬四頭を預け、馬車本体は【異空間収納】にしまっておく。厩舎暮らしは迫っ苦しい思いをさせるかもしれないが魔馬の巨体は部屋まで連れて行く訳にもいかない。せめて毎日顔をみせてブラッシングしてやろうと思う。
宿の一階の食堂で昼食を済ませると中央広場から南門広場へ徒歩で移動し、探索者ギルドで先程のスキンヘッド氏に手を挙げ、声を掛ける。
「さっきは宿の紹介ありがとう。良い部屋を抑えられたよ。今度は武具屋や工房の件を聞きに来た」
悠里の挨拶にスキンヘッド氏は頷いて答え、紙を取り出して店や工房の名前、場所のざっくりした印がついた地図などを用意してくれた。
「普通は武具屋で取引になるが、あんたらなら工房で直接依頼が出来るかも知れん。武具屋で満足できなければ駄目元で訪ねてみると良い」
悠里は渡された紙を眺めて頷くと、最初に品質と物量の大手武具店【マインレーヴェ百器店】を覘くことにする。ギルドの広場を挟んで斜向かいといった立地で、五階建ての石作り。随分と堅牢そうな店だった。中に入ってディスプレイされている商品を眺めてみると店が堅牢である必要性が分った気がする。どれも高級品で、お値段の張る商品が並んでいた。最安値の武具でも天銀合金製品からで、魔脈鉄鋼合金製、神鉄鋼合金製などが多くディスプレイされている。
パッと見で一階では日緋色金合金の武器は見当たらず、接客待ちしていた店員に訊いてみる。
「すみません、日緋色金合金の刀を探しているんですが、置いてませんか?」
「日緋色金合金の武具でしたら、五階になります。ご案内しましょうか?」
「五階ですね。いってみます」
日緋色金合金の刀の有無ではなく、日緋色金合金の製品の売り場で答えられたため、案内は遠慮して自分達で五階に上がっていく。
「デカいし厳重な店だな?」
祥悟の感想に悠里も頷く。
「そうだな。ここで売ってなかったら工房で依頼する方が早そうだ」
五階に着くと武装した警備員が一段と多いフロアだった。階段を上り切ったすぐのところには日緋色金合金製と思われる武具は確認できなかったため、フロア内を見て回ることにする。一二人の大集団で訪れているため、店員側も警戒しているのか、若干警備員が近い気がした。
何となく日緋色金合金製品の色で探していると、緋色の輝きをもった長剣が目に入った。近付いて札をみてみるとやはり日緋色金合金製で合っていた。
その付近には日緋色金合金製の武具の色が見えるので、ここが日緋色金合金製品の売り場なのだろう。ぐるっと見渡してみたところ、打刀と脇差の一セットがディスプレイされていた。
「一セット在ったわね。出来の方はどんな感じ?」
湊に訊ねられ、祥悟が緋色の打刀と脇差をじっと見つめる。
『(店員の前だし念話にしておくぞ)』
悠里が念話チャンネルを開き、クランメンバー間で念話できる状態にする。
『(了解。性能の方はこんな感じっぽい)』
付与:【血払い】、【自動清浄】、【耐久度強化】、【斬れ味強化】、【貫通強化】、【打撃強化】、【自動修復】、【魔力浸透率強化・大】、【氣浸透率強化・大】
『(≪緋色一文字≫みたいな大業物ではないけど、確実に今の天銀合金製の刀よりは上ね)』
『(そうだな。あれ見ちゃったら物足りなく思えるな)』
湊の感想に祥悟が同意すると、アリスレーゼが呆れたように言う。
『(主様達はすっかり感覚が麻痺しておられるようだ)』
『(む、確かにそうなのかもしれないけど、物足りなく思えるのは仕方がなくないか?)』
祥悟が眉根を顰めて口を尖らせる。
『(私は神鉄鋼合金製の武器で十分満足ですが……)』
『『『(((同意)))』』』
レティシアの念話にメノア、クローディア、カルラも頷いている。魔力と氣の同時運用を精密に熟すエフィ、悠里、祥悟、湊の四人の感覚が違うのだ。
アリスレーゼとミヤビ、アマリエも前より同時運用の練度は上がってきているが、日緋色金合金製に執着心がでる程ではない。
「すみません、日緋色金合金製の刀はこちらの二振しか置いていませんか?」
悠里の問いに店員は済まなそうな顔をして最後の二振であると答えた。
「そうですか、ありがとうございます」
悠里が店員に礼を言って階段へと戻って行く。その後に続くクランメンバー達。
『(駄目元で工房に行ってみようか)』
『『『(((了解)))』』』
展示されていた刀に残念感が残っていた祥悟、湊、エフィが同意した。




