第4章 第8話 馬車と魔馬を買いに行こう
≪ヨコハマヤ≫謹製の天銀合金糸の服が祥悟チームにも届いた。≪ヨコハマヤ≫のデザインと品質を気に入った女子組はあれこれと追加注文を重ねている。悠里としては“普段着にできる防具”のつもりでクラン共用資産から出そうとしたのだが、メンバー全員に一〇億ゼニーを分配したこともあり、「自分のお洒落着くらい自分のお小遣いで買います!」と言って箍が外れたように爆買いしている。
経済を回すのは良いことだし、お金の落とし先が知り合いの店だから良しとしているが、お金の使い方がおかしくなってきたらお小言を言う必要もあるかなと思っている。≪ヨコハマヤ≫も【彼岸花】の女子組が歩く広告塔になって売上も順調に伸び、かつ貴族向けや資産家の探索者向けの高級品のラインナップも拡充しているらしい。今までの店舗が手狭に感じるようになってきたそうで、近い内に店舗の移転も検討しているそうだ。
当初は王都での用事が終わったらシルトヴェルドにすぐに帰る予定だったが、王都に恩賜された館の料理人達の料理が美味しく、半分食事目的な形で王都にずるずると長居をしている。毎日の食事の他にも【異空間収納】に溜め込む分の料理作りも頑張ってもらっていて、王国から出ている給金以外にクランの共用資産の方からもボーナスを出している。美味い飯は【異空間収納】にどれだけ備蓄しても損はない。
そんな王都生活からシルトヴェルドの街に戻らないといけない理由も特になく、むしろ大氾濫の後のため、森に行っても獲物が少ない気がする。大氾濫で手に入れた魔物は王都の探索者ギルドを通して順調に売り捌けている。
予てから心配していた貴族による【彼岸花】メンバーへの手出しも表向きには無いようで、特に問題も起こっておらず平和に過ごしていた。悠里達が気付いていないだけで、執事のヴィンセントや侍従長のアリーナが問題にならないように対処してくれている可能性もある。
「そろそろ実戦で鍛錬の成果を確かめたくない?」
悠里の言葉にクランメンバー達が一斉に頷いた。
「しかし、王都周辺だと手応えのありそうな魔物がいないですよね?」
クローディアが首を傾げて何を相手にするつもりなのか探りを入れる。
「王都の迷宮に潜ってみるか、迷宮都市に行ってみるか、シルトヴェルドの魔境に戻るか……」
悠里が指折りしつつ案を挙げていく。
「あ、遠出するなら鉱山族の鉱山都市に行ってみたい」
祥悟が手を挙げて意見を差し込んだ。
「あぁ、鉱山族製の武具か!」
「そうそう。王都の品揃えも悪くないんだけど、魔脈鉄鋼合金や神鉄鋼合金あたりは買えても日緋色金の武器が見つからなかったんだよね」
「魔力と相性が良い反面、氣と相性の悪い魔脈鉄鋼合金。氣と相性の良い反面、魔力と相性の悪い神鉄鋼合金。天銀合金からの乗り換えならどちらでも強くはなると思いますが……?」
クローディアが首を傾げて祥悟に問いかける。
「【彼岸花】流だと魔力も氣もどっちも同時に使うから」
エフィが祥悟の代わりに要点を衝く。
「そう、それ。片方だけ通りが良くて、もう片方の通りが悪いと違和感がね?悠里の≪緋色一文字≫で試し斬りさせてもらって、やっぱ日緋色金合金のやつが欲しいな、と」
「私も日緋色金合金の刀が欲しい。鉱山族の鉱山都市ならありそうだよね?」
祥悟と湊が揃って日緋色金合金の刀を欲しがる。
「それなら鉱山族の鉱山都市に行ってみようか。場所と経路をギルドに確認しないと」
「ん。私も鉱山都市のマインレーヴェには行ったことがある。場所なら分かるけど移動手段と経路については最新の情報が欲しい」
エフィがそう補足してくれた。行ったことがある人間が一緒とは心強い。
次の目標が決まったら動くのは早かった。当日中にギルドに確認しに行き、情報をまとめた。旅の予定が決まったら執事のヴィンセントと侍従長のアリーナに暫く旅に出て来ることを伝え、出立は足の用意が出来次第、と説明した。
以前の様に護衛依頼を受けての移動を考えていたが、ヴィンセントから女性陣への配慮的な意味でアドバイスを受け、【彼岸花】専用の馬車と魔馬を購入することにした。
ヴィンセントの推薦で高級馬車を作る工房に行き色々と見せてもらった中で、外見は黒塗りの箱馬車、【空間拡張】や【空間安定化】、【重量軽減】、【耐久強化】、【虫除け】、【矢逸らし】など様々な付与が施された高級仕様の馬車を買うことにした。
馬車の中には六人が寝れる十分な広さの部屋が四部屋、リビングとダイニングにキッチン、トイレにシャワー室も完備していて、馬車というよりも動く家であった。
ついでに車体の両側面にクランのトレードマークである【彼岸花】を描き入れてもらう。サンプルに【彼岸花】の入った祥悟の紋章旗を一枚渡し、刀の部分なしのデザインで注文して納車待ちである。
次に魔馬の方はどうしようかと相談していると、ヴィンセントから王国軍の軍馬育成施設に行って見繕うと良いと教えてもらった。一般には販売していないが、貴族相手には販売してくれるらしい。
翌朝。魔馬の訓練施設に行くと、軍馬の候補生らしい体躯の良い魔馬達を身近でみることができた。馬車を曳かせる目的のため短距離の速度重視の種類より、スタミナがあって長距離移動が得意な種類を見せてもらう。地球のサラブレットに比べると足回りも太く体高も一回り以上大きく立派である。魔馬は体格の他に食性も違うらしい。普通の馬が草食なのに対し、魔馬は雑食性で、犬や狼のように肉食獣の歯並びをしている。
厩舎のスタッフに声をかけ、貴族プレートで身分証明をしながら箱馬車を曳く馬の性格や特徴などを聞いていく。
「軍馬候補なので、基本的にどの馬も頭が良いですよ。人懐っこい馬もいれば人が近付くと逃げるやつまで、色々です」
スタッフの話を聞きつつ考える。
「相性とかもあるって話でしたけど、例えばどういう風にですか?」
「極端な例だと触らせてくれないとか、主と認めた人間しか乗せないとか、乗せても指示を聞かないとかがありますね。騎士が馬を選ぶ時には、態と馬を威圧して自分を認めさせたりする方も居ます」
魔馬どころか馬自体が初心者の悠里達≪迷い人≫組は、魔馬をみてもどの魔馬が良さそうという勘所が働かない。せいぜい見て分かるのは、体格が大きいか小さいか、筋肉が盛り上がっているかなどの見た目だけである。どう選べば良いのか思案していると、エフィが悠里の袖を引いた。
「とりあえずユーリが魔馬を威圧して回って。ユーリを認めた馬から四頭を選べば良い」
「俺が?」
「そう。ユーリの威圧が一番効くはず」
「エフィがそういうなら、やってみるよ」
厩舎のスタッフに馬場に入って馬選びに威圧してみることを聞いて許可をもらい、悠里が馬場に入って魔馬達に近づいていく。魔馬達は近付いてきた悠里を興味深そうに眺めている。
「それじゃ、とりあえず威圧を」
悠里が魔力と氣を全開にして纏い、魔馬の集団に威圧を発した。
すると、魔馬達は悠里の威圧に脱兎の如く逃げ出すか、その場に横倒しになって気絶してしまう。一頭だけ立ったままの白い魔馬がいて、その魔馬は悠里に近づいて頭を擦り付けてきた。
「逃げた魔馬と倒れた魔馬は駄目。胆力が足りない。戦場でパニックを起こすタイプ」
エフィが悠里に頭を擦り付けた馬の頭を撫でて悠里に頷いた。
「うん、この子なら馬車を任せられる。あと三頭、こうやって見つけてきて」
「了解。何か可哀相だけどちょっと回ってくるよ」
合格した一頭目の白い魔馬は悠里の後をついて回り、悠里の威圧による試験に付き添う。
悠里の威圧に負けた馬は悠里から逃げるようになるため、威圧されるまで大人しい馬に近づいては試していく。威圧に耐えて後ろについてくる馬が増えていく。
結果、黒い牡馬が二頭と茶色い牝馬が一頭、白い牝馬が二頭、悠里の後ろに付いて帰ってきた。
「青毛が二頭と鹿毛が一頭、芦毛が二頭ですね」
スタッフが戻ってきた魔馬を毛色で呼ぶ。
悠里に付き従うように戻ってきた五頭に、エフィが満足そうに頷いて頭を撫でて回る。
「一頭余っちゃうな……。どう思う?」
悠里が後ろのクランメンバーに訊くと、レティシアが答えた。
「私見ながら青毛二頭と芦毛二頭で良いかと」
「理由を訊いても?」
「鹿毛の一頭は他の四頭に比べて後ろで遠慮がちにみえます。胆力はあっても気が弱いのかもしれません」
レティシアの意見を聞いて悠里は頷いた。
「なるほど。皆はどう思う?」
「レティの見立てで良いんじゃない?」
祥悟はレティシアの意見に賛成で、湊も頷いている。他のメンバーも見渡すが異論なさそうなため、青毛二頭と芦毛二頭を購入することにした。馬車につなげる馬具も合わせて一括で支払う。
厩舎のスタッフに馬具の付け方や馬車への繋ぎ方などを習う。毛色が芦毛二頭に青毛二頭のため、見分けを付けるためにハーネスに馬の名前を刻印してもらう。芦毛の牝馬二頭はシロエとユキノ、青毛の牡馬二頭はゲンブとコクヨウになった。しばらくはハーネスにつけた刻印で見分けるが、そのうちハーネス無しでも見分けられるようになりたい。
クローディア、カルラ、ユーフェミア、メノアなどは御者の経験もあり馬具の付け外しも一通り出来るらしい。一方、悠里チームの方は聞くまでも無く馬車には乗る専門だった身分の者が多い。多分一番詳しいのはエフィだろう。チームが別々に行動するパターンも考えると、悠里チームの方も御者や馬具の装着を覚えた方が良いだろう。
買い取った魔馬四頭は手綱を引けば素直に付いてくる。一旦館に連れ帰り、空いていた厩舎に連れて行って皆でブラッシングや餌やりをして新しい仲間を迎え入れた。
馬車の紋章入れを頼んだ三日後に細工職人の仕事が終わったと連絡が入ったため、箱馬車を受け取りに行った。蒔絵のような黒地の車体に金色の【彼岸花】マークが描かれ、思っていた以上の出来に満足して料金を一括支払いした。
【異空間収納】で館に箱馬車を持ち帰り、館の馬場で四頭を箱馬車につないでみた。嫌がる様子もみせず、試しに御者をしたメノアの指示に従って動いてくれているようだ。
メノアの横に湊が座り、御者の仕方を教えてもらっている。この様子なら明日の早朝出発で大丈夫そうだと思った。
悠里は改めてヴィンセントとアリーナに礼を言い、明日の早朝に王都を発つことを伝えた。




