第4章 第7話 貴族関連の手続きと湊さん
悠里が名誉討滅伯としてユーリ・フォン・カタクラを名乗ることを決めた翌日。
朝から王城に出向いて、彼岸花と刀が×の字で交差する紋章のデザインとカタクラの家名、湊を正室としてエフィ、ミヤビ、アリスレーゼ、アマリエが側室として正式に婚姻関係を登録した。
手続きのカウンターの奥で元担任教師の横田が軽く手を振っていた。見えるところには横田しかいないが、官職希望した者達も城のどこかで働いているのかもしれない。
祥悟の方も名誉伯爵としてショーゴ・フォン・ハシモトで正式に申請し、紋章は縦の彼岸花に茎の下側で刀二振が×の字で交差する紋章のデザインでの登録だった。正室にはレティシアが就き、側室にはカルラ、メノア、ユーフェミア、クローディアと正式に婚姻関係を登録した。
必要情報の登録手続きが終わったので、後は紋章旗と紋章が入れられた短剣、貴族用の身分証明プレートの更新、家紋入りの指輪等の仕上がり待ちである。
王城で各種手続きが終わった帰り際、第四王子カールライヒから呼び出しがあった。案内役の騎士に連れられてカールライヒの元へ向う。
「おぉ!ユーリ討滅伯とショーゴ伯爵!よく来てくれた!」
「カールライヒ殿下、お呼びとのことで参上いたしました」
「んむ、用向きは大地の大幻獣の解体倉庫兼研究設備と工房の件だ。箱ができたのでそこの解体場に大地の大幻獣を出してもらいたい。」
「はっ。では施設の方にお伺いいたします」
「助かる。私も立ち会いたい。共に行こう。アレを収納できる箱だ。デカいぞ。【空間拡張】、【自動環境適応】、【状態維持】、【防腐】、【防臭】、【空気清浄】など長期間に渡り死骸を研究するための施設に仕上がったのだ」
カールライヒからの話は大地の大幻獣の件で用意を進めていた倉庫兼研究設備と工房がほぼ完成したらしく、大地の大幻獣をその建物の中に設置する要請だった。
騎士の護衛付きで一緒に施設に移動すると、以前は広い庭だったところに大きな建物が出来上がっていた。王子が設備のこだわりポイントなどを嬉々として語ってくれたが、すごーい倉庫ということだけは分かった。
「こちらの広間にお出しすればよろしいので?」
「うむ!これでやっと研究に着手できる!感謝するぞ、ユーリ討滅伯、ショーゴ伯爵!」
大地の大幻獣を指定の場所に安置すると、相変わらずデカい声で感謝された。
「おっと、これを渡すのを忘れていた」
カールライヒ王子が、王家からの探索者ギルドへの推薦状を手渡してくれた。
王城での用事を済ませると 【彼岸花の館】に戻って昼食を食べる。今日のメニューはドライカレー入りのオムライスだった。ここの料理人は≪迷い人≫由来の料理が得意らしく、悠里達の舌に合う。そのお陰もあり外食の回数も減ってきた。
午後、久しぶりに王都の探索者ギルドを訪れた。今日はクラン全員、フルメンバーである。王都時代に馴染みだった受付嬢のアーシャに挨拶していると、へらへらしたゴロツキ風の探索者が女所帯に絡んで来ようとした。が、悠里達を覚えていた仲間が慌てて止めて引っ張って行った。悠里達は全く覚えていない顔だったが、あの慌て様は身体に教育してやった者の一人で、シルトヴェルドから流れてきたやつなのかもしれない。
祥悟を含めた旧本家メンバーは王都のギルド長ことゴルモアからの推薦状もその場で発行され、二ギルドからの推薦と王家からの推薦が揃い、正式に≪特級≫ランクに達した。祥悟とアマリエのメンバー交替の手続きもその場で行った。≪特級≫の祥悟が率いる旧分家チームは祥悟以外は≪上級≫チームのままであるが、実力的にそう遠くないうちに≪特級≫に到達すると思われる。
王都にいる間に、シルトヴェルドの街の大氾濫で大量に手に入れていた素材を探索者ギルドに売り払うことにした。
物量的に一度では収めきれないので、王都にいる間に小出しに何度も訪れることにする。売値が安かったり解体の手間が楽だったりする物から出していき、【異空間収納】の中身を減らしていく。大物を混ぜるとまたオークション行きになるかも知れない。出来ればまとめて放出したい。
ギルド方面に行ったついでに、王都にいた頃に馴染みだった武具屋の店主にも挨拶できた。
朝からあれこれやって夕方に帰宅した。夕食のメニューはほろほろに解れた脛肉が煮込まれたブラウンシチューに、柔らかいパンとサラダ。これも美味かった。日本にいた頃はシチューといえばホワイトシチューが多かったが、こっちではブラウンシチューの方がよく見かける。
三階の浴場でゆったりとリラックスした悠里は自室に戻って魔力と氣の混合制御を鍛錬していると、部屋がノックされた。地道に励んできた【気配察知】のお陰で訪ねてきたのが湊だとすぐに気付いた。
「湊?開いてるからどうぞ?」
がちゃり。扉が開くと湊が顔だけひょっこりドアの隙間から出し、部屋の中が悠里一人だと分かると室内に入ってきた。
「こんばんは、悠里君」
「こんばんは、湊」
「あー、えーとですね?その……」
何か言いにくそうにモジモジしている湊に悠里はきょとんとし、とりあえず用件を聞くまではと待っていた。
「えーと、結婚式とかあげてないけど今日から夫婦だよね?新婚さんだよね?」
「うん、湊は俺の奥さんで正室になったし俺は湊の旦那さんになったね」
「うん、なのでね……」
湊が悠里と距離を詰めてきて悠里に抱き着いた。耳まで真っ赤になっているのが分かる。
「つまり、あれです。初夜というやつです。今夜は私だけで……良いかな?」
「あ……。湊から言わせてごめん。そういうのは俺からお願いすべきだよな。ごめん、そしてよろしくお願いします」
悠里は湊と軽いキスを交わすと横抱きに抱き上げて寝室へと向かう。
「えとね?最初は一人ずつ、お願い。連日になるけど皆待ってるからさ?」
悠里は湊の言葉に照れ笑いをしつつ頷いて、二人はバカデカベッドに一緒に倒れ込んだ。
◆◆◆◆
あれこれ貴族関連の手続きをしてから一週間後、王城からの先触れと時間差で迎えの馬車がやってきたので、悠里と祥悟が二人で王城へ向かった。
貴族への叙爵の正式な文書と家紋入りの指輪や短剣、それぞれ一〇枚ずつの紋章旗を受け取った。これで封蝋なども家紋の指輪で押せるようになったし、指輪や短剣など貴族用プレート以外でも身分の証明ができるようになった。いざ貴族と揉めた時のための武器である。しっかり【異空間収納】に収めた。
元クラスメイトの女子達の店≪ヨコハマヤ≫に天銀合金糸の服の注文をしてから二週間が経過した。注文品の状況を確認しに行っただけだが、あと一週間で納品できるだろうとの事だった。無事に天銀合金糸の服が完成しそうで一安心である。
それから一週間後、クラスメイト達による一着目の天銀合金糸の服が届いた。見た目はブレザータイプの制服っぽさがあるが、ジャケットの丈の長さなどこちらの世界の長さに合わせ長くしてあり、受け入れられ易いデザインにカスタマイズされている。スカートの中にはホットパンツが隠れていてそっちの意味での防御力もばっちりである。サイハイソックスにロングブーツ、シャツにリボンタイなどもセットになっており、上出来な完成度であった。
男子バージョンの揃いの衣装も、脚は長ズボンに変えてあったりジャケットもデザインは共通ながらもリボンタイの代わりにループタイにアレンジされていて十分良い出来だった。
悠里も注文していた女子とデザイン的にセットになった制服風の衣装に着替えている。
「うん、防御力高そうでデザインも揃いだし、イイ感じに仕上がったね。ありがとう、菊池さん」
「先行投資あざまっす!残った資金で研究開発を進めて、もっと良いものを作れるようになっておくよ!」
「あぁ、楽しみにしとく」
「ところで相原君。片倉姓に変わったってホント?」
「……あぁ、変えたよ。湊と結婚したんで、語感の響き的にその方が良かったから」
「お嫁さん、探索者のチームメンバーを五人共ってホント?」
「……ハイ」
「橋本君の方も同じなんだよね?探索者のチームメンバー五人?」
「……ハイ」
「へー?」
「……あまりつっこまないでもらえると嬉しい」
「ふーん?」
「(……くっ、疚しいことはないがいたたまれないっ!)」
「あ、そうだ。橋本君のところからも注文受けてて。また来週届けにくるから、伝えておいて」
「了解、祥悟経由で伝えておくね」
祥悟のチームも女子同士の会話で天銀合金糸の服の件の話が共有されていて、発注済みだったらしい。




