第4章 第5話 晩餐会と邸宅
待合室で彼女達のドレスの鑑賞会をしていると、晩餐会がはじまった。部屋付きの使用人に【彼岸花】は行かなくて良いのかと聞いたところ、入場は最後の方で王族の方々の前だという。ただ会場に入場するだけでもそういった貴族世界のルールがあるのかと思い、うんざりとした。
やがて呼び出しが掛かって待合室から出る時がくる。悠里の右腕に湊が絡み、左腕にはエフィが絡む。後ろにアリスレーゼ、アマリエ、ミヤビが続き、五人掛かりで連行されている様な、妙な絵面になった。
それは祥悟の方にも発生していて、右腕にレティシア、左腕にカルラ、後ろにクローディア、ユーフェミア、メノアと続いている。
ドアマンが会場の扉を開けてくれて軽く頭を下げて礼を言いつつ入場する。会場に入ると歓談中の貴族達が一斉に悠里達の方を向いた。顔や身体ごと向けてくる者もいれば、ちらちらと横目で観察するような者もいる。控え目に言って居心地が悪い。
案内の使用人に連れてこられた一角で、ウェルカムドリンクを何にするかと聞かれ、悠里は蜂蜜酒を注文する。以前にエールと葡萄酒を試したのだが、その美味さというのは分らなかった。葡萄酒なら発酵前のジュースの方が美味しいし、エールは自分で冷やして飲んでみたが、脂っこい料理に口の中をエールでリセットするのには合っていると思った。しかし単品で飲むなら蜂蜜酒が今のところは一番好みらしい。
立食用のテーブルを四卓繋げて皆で囲み、ウェルカムドリンクが行き渡ったところで仲間内で乾杯をする。
蜂蜜の甘味が強く酒精の匂いがしない好みの蜂蜜酒だった。何処だったか大衆食堂のようなところで以前に飲んだ蜂蜜酒は、蜂蜜酒のふりをした蜂蜜ワインで、酸味と渋みがあって酒精の匂いも結構あった覚えがある。
立ち話をしているうちに招待客とは別の出入口が開き、王族ご入来のコールが掛かった。これには皆が一旦話と手を止め、開いた扉から王族の会場入りを見守る。
第四王子カールライヒが一瞬悠里の方をみて器用にウインクをしてきたのがみえた。
国王陛下からこの度新たに【討滅伯】と【討滅官】という爵位と役職が出来たこと、任命された者の紹介として、王族の隣に呼び出された【彼岸花】一二名が並び立ち、各自が紹介に合わせて立礼をしていった。個々人の自己紹介を終えたところでカールライヒ王子がさらっと情報を追加した。
「こちらが凄腕のクラン【彼岸花】の美しい女性陣ですが、全員が団長ユーリと副団長ショーゴの奥方です。横恋慕や暗躍のターゲットにするには命賭けであることを皆さんに周知しておきます。彼らには【彼岸花】のクランメンバーを守るためなら高位貴族だろうが殺していい許可をだしますので」
無体な高位貴族を消す許可がいきなりぶっこまれ、慌てて冷静を装いながら【彼岸花】の自己紹介と挨拶が終わったところで、カールライヒ王子が再び前に出てきて、今回の目玉である伝説級の魔物、大地の大幻獣を姿をご照覧あれと演説し、王子の挨拶で会場の片側のカーテンが全て引かれ、戸も開け放たれた。
会場に居る者達の目に巨大な何かが映ることになる。噂で聞いていた例の魔物に違いないと皆が思い、しかし近くで見てよいものかと悩んで首を伸ばしている。
「さぁ、皆さま。遠目に見るだけでは勿体ない!是非お近くでご覧ください!」
カールライヒの言葉で大地の大幻獣が上下からライトアップされ、その姿を現した。
会場はどよめきに包まれ、徐々に庭園へと出て大地の大幻獣を囲む人の壁ができあがった。興味津々、一生に一度も普通はみることの叶わない魔物の姿に、会場の皆が口を開け目を見開き、これを人が倒したのかと感嘆する。
一方、悠里達はもう何度も観たし何なら倒した本人のため、大地の大幻獣には向かわない。会場の目が大地の大幻獣に向いている今こそ食べ時とばかりに、自分達のテーブルで食事を楽しむのだった。
◆◆◆◆
ダンスの練習もさせられていたのでダンスの時間があるのかと身構えていたが、結局今夜はダンスの時間はなく食べて飲んでしているうちに閉会した。遠巻きに【彼岸花】メンバー、主に女性陣をみている視線は多かったが、直接手を出してくることはなかったので放置した。
「こういう時は道理の通らない馬鹿が絡んでくるものだけど。そこまでの馬鹿はいなかったね」
「あぁ、そんなのが来てたら悠里が手足へし折って会場の外に捨ててただろうにな」
「場合によっては壁か地面のシミになってもらわないとな」
「ふふふ、私達は主様を独占できないけど、主様に独占されるのは嬉しいものだね」
アマリエがにやにやしながら見上げてきた。揶揄われた方の悠里は自覚のある我儘のため何とも言えず、アマリエの頭を撫でて誤魔化した。
閉会後、悠里達はまだ会場に残っていた。
「ユーリ討滅伯、そろそろ大地の大幻獣の回収を頼む」
カールライヒ王子からの依頼である。庭園に出していた大地の大幻獣を【異空間収納】に回収する。
「うむ、研究棟が完成したら、そこに大地の大幻獣の設置を頼む。それまでは預かっていてくれたまえ」
「畏まりました。時が来ましたらまたお声掛けください」
悠里はカールライヒ王子に丁寧に礼を返し、仕事も終わったので改めてエッジブランド魔境伯の邸宅へと馬車で移動した。
「【彼岸花】の皆、お疲れ様」
エッジブランド魔境伯がリビングで迎えてくれた。
「もう少し【彼岸花】への反発とか嫌がらせとかあるかと構えていたんですが、特になかったので拍子抜けしました」
悠里が本音で返すと、魔境伯は呵々大笑した。
「陛下から下賜された打刀が、王家が後ろ盾にいるという宣言になっているし、宮廷魔法使い達が全力で作った神鉄鋼合金並の柱を、あっさりと綺麗に斬ってみせた腕前もある。下手に触れない方が良いと判断されたのだろうさ」
「それが抑止力になっているのなら、陛下には益々感謝しなければなりませんね」
悠里は肩の力の抜ける思いでカールライト王子を含めた王家の皆に感謝した。
「そういえば、陛下が王都に屋敷を下賜してくださるそうなのですが、何か聞いていますか?」
「初耳だね。でも下賜されるとしたら今は王家の預かりになっている屋敷だろうし、いくつかの候補は思いつくかな」
「なんでも取り潰しにした貴族の邸宅で、今は扱いが浮いている物件と聞きました」
「それなら、近年取り潰された貴族派の一派の屋敷のどれかだろうね。結構大物だった貴族家も取り潰されたから、ユーリ君達が想像もしてないような豪邸が与えられるかもしれないよ」
「そんなにですか?そういえば、執事や使用人も王家が雇用して派遣で屋敷を管理してくださるとも言ってました」
「ふむ。それは王家の間諜も兼ねていそうだけど。ユーリ君たちに王家に隠したいような、バレたら困るものもないだろう?」
「ないですね。もしクーデター騒ぎがあれば、王家の味方に付きたいと思うくらいには恩を感じていますから」
悠里は間諜兼任の使用人を逡巡なく受け入れる腹積もりであった。
「王都に屋敷が貰えるとして、王都でそれを待った方が良いのか、それとも呼ばれるまでシルトヴェルドの街に帰った方が良いのか、悩みますね」
「うちに泊まって待っていれば良いんじゃないかね?急いでシルトヴェルドに帰る用事もないだろう?」
「そうですね……。それでは、お言葉に甘えさせてもらいます」
◆◆◆◆
エッジブランド魔境伯の王都の邸宅に居候すること二週間。王城から屋敷の準備ができたと連絡が入った。魔境伯邸では魔境伯の許可をもらって敷地内で鍛錬をしたり、魔境伯軍の兵との模擬戦をしたりして過ごせてもらったので、思いの外退屈せずに済んだ。
邸宅の案内を任されてやってきた役人のトワソン氏に挨拶し、早速馬車に乗って恩賜された邸宅に案内してもらった。
「こちらになります」
トワソン氏に案内された先は、三階建ての本館は棟がコの字型に中庭を囲った作りで、コの字の空いた部分が南側を向いている。
「……ご案内してもよろしいでしょうか?」
トワソン氏が遠慮がちに声を掛けてきたので、案内をお願いした。
本館の入り口はコの字の中央棟にあり、東棟と西棟にも勝手口がついている。中央棟の裏には陛下にお願いしていた男湯と女湯が別になった大浴場が裏庭側に増築して作られていた。増築部分の二階は男女別の使用人用、三階は主人勢専用の浴場がついている。
他、キッチンや洗濯室、トイレなどの水代わりが一通り。ダイニングが館の主人用と使用人用とで分かれており、リビング、応接室、会議室も一階にあった。東棟の一階の端から廊下で繋げられた大ホールがあり、雨天の訓練場やダンスホール、パーティ会場などに使われるらしい。
二階の各居住可能な部屋には使用人や執事達の部屋があり、各部屋が【空間拡張】されて快適な広さを持ち、全ての部屋に新しいベッドと家具が備えつけられているという。一階に増設された浴大場の二階部分には使用人専用の浴場があり、東館と南館をつなぐ中央棟にラウンジもある。
三階館の主人勢のための構造で、東西の棟をつなぐ中央棟にラウンジや図書室、執務室などの共用スペースがあり、東棟は悠里達が、西棟は祥悟達が使う。
三階の居住用の部屋はシルトヴェルドの街の悠里達が使っているような作りである。扉を開けるとリビングがあり、そこから寝室、トイレ、浴場、衣裳部屋がつながっており、【空間拡張】で見た目より広い室内に、【防諜】、【自動環境適応】、【空気清浄】、【虫除け】などの魔法が付与された快適な作りである。寝室のベッドは天蓋付きのダブルベッドで広々としていた。
「こちら、奥様方のお部屋となります。次に、旦那様方のお部屋タイプのご案内になります」
と案内された部屋では、ベースは女性陣用の部屋と同じなのだが、リビングや寝室が広かった。寝室にはキングサイズのベッドを二台並べて縦にも大きくしたような特注品の巨大な天蓋付きベッドが鎮座していた。
「こちら、寝室には【空間拡張】と【防諜】と【自動環境適応】、【空間安定化】、【空気清浄】、【虫除け】など生活に便利な付与魔法が施されております。【清浄】の魔道具も用意されておりますので、ご利用ください」
トワソン氏がいたって真面目な顔で説明してくれるのがいたたまれなかった。完全にアレする目的の寝室にしかみえない。
離宮はゲストハウス扱い。別館は鍛冶工房や錬金術工房などの工房設備が備わった施設で、見た目より付与効果で作業場が広く、静かで快適らしい。
倉庫も【空間拡張】と【空間適応】、【空気清浄】、【虫除け】に更に【状態維持】までかけられた、探索者ギルドの素材倉庫のような性能である。
中庭は東屋もありお茶会向けの様に整えられている。
館の裏手には浴場用に増設された棟があるが、その向こう側に大規模な訓練場があり、訓練場の隣には二階建ての兵士宿舎まである。
「あちら、兵士の宿舎ですが、【空間拡張】された作りで二〇〇名規模が生活できるようになっております」
館の表側の端には馬場と厩、馬車置き場があり、自前の馬車を設置しろと言わんばかりである。
一通り説明を受けて皆が思ったのは、「デカすぎ」である。
「ひょっとして公爵か侯爵級の方の邸宅だったのでは?」
「はい。元の持ち主は侯爵でございました」
討滅伯などという侯爵級の貴族家になったのだから、このくらい当然だと言わんばかりのトワソン氏の笑顔に、悠里は内心で頭を抱えていた。やりすぎである。ここまでの規模にされるとは思ってもいなかった。特に兵舎とか何。私兵を雇えと?
「案内ありがとうございます。かなり沢山の使用人を抱えないと回らない屋敷だと理解できました」
「何かご相談ごとがあれば執事にご用命いただければ私ともにも伝わるようにしておきますので」
物件の案内を受けた翌日。
執事と侍従長の二人が使用人や警備兵達を引き連れて到着し、使用人達を【彼岸花】の皆に紹介して、【彼岸花】側も使用人達に挨拶した。
執事ヴィンセントは歳の頃は五〇台だががっしりした鍛えられた身体付きをしている。侍従長アリーナは二〇台後半の若さだが家庭のある女性で、一家で二階のファミリールーム的な部屋に入っている。
使用人には執事や侍女、侍従もいれば庭師や料理人もおり、数はそう多くないが警備兵も連れた大所帯だったため、入居初日は引っ越し作業だけで終わってしまった。
王家から借り受けた彼ら彼女らに今後の屋敷の管理をお願いすることになる。シルトヴェルドの館と違い、ここではアマリエ、ユーフェミア、メノアもメイド組、レティシア、クローディア、カルラの護衛組も、この館の中ではただの主人待遇である。




