第1章 第5話 ギルドにて鑑定と面談を
「えー、私、王都エル・ラジッドの探索者ギルドで鑑定官をしているラターバと申します。順番に全員を鑑定しますので、一列に並んでください」
ローブ姿の男が鑑定官で、名をラターバというらしい。
「先生達大人組からどうぞ?」
一誠が大人組を先に行かせ、その後ろに男女入り乱れて並び始めた。
「はい、でははじめますね。よろしくお願いします」
ラターバが頭を下げて再び挨拶し、先頭になった横田浜治から鑑定をはじめる。
「横田浜治……こちらの文化だとハマジ・ヨコタですかね?」
「ファーストネームが先でファミリーネームが後がこのあたりの標準ですね。ハマジ・ヨコタ殿は……ほうほう、【自動言語理解 三】と【異空間収納 三】を持っていますね。これは幸先が良い。他に【指導 二】や【体力強化 二】、【睡眠耐性 二】を持っています。次の方どうぞ?」
鑑定結果を横に座った受付嬢がささっと記録をつけていく。
横田はパッとしないスキルだったが、悠里たちのやり取りで能力を修得したり成長させたりできることは馬車内で把握していたので、然程ショックは受けていないようだった。
横田が横にずれると運転手の長後時継がラターバの前に進んだ。
「トキツグ・チョウゴです。お願いします」
「ふむふむ?【自動言語理解 三】と【異空間収納 三】、【睡眠耐性 二】、【疲労耐性 二】、【体力強化 二】ですな。もしかして全員、【自動言語理解 三】と【異空間収納 三】を持っているのでは?」
横田が退くと、添乗員の鶴間が前に進み出た。
「カリナ・ツルマです。お願いします」
「はい、お願いします。【自動言語理解 三】と【異空間収納 三】、【生活魔法 二】、【毒耐性 一】、【睡眠耐性 二】でございます」
この調子で、受付嬢が記録を付けながらラターバが鑑定するという流れで進んで行った。大人の次は町田グループ、運動部グループ、桜木グループ、藤沢グループと続いて、最後に祥悟、湊、悠里の鑑定が行われた。
町田グループが前衛と後衛が半々のバランスの良い戦闘が出来そうなチーム構成であった。
運動部グループは全員が身体強化等の物理的な強化が入るスキルを持っていて、イメージ通りの前衛集団であった。
鴨居の【剛力 二】というのは予測されていたものだったが、女子剣道部の中山叶や女子バスケ部の東神奈にも【剛力 一】や【剛力 二】がついていた。
桜木グループも町田グループと同じように前衛と後衛が入り乱れたグループになっており、女子四人が揃って後衛で魔法使いの適性を持っていた。
男子はほぼ全員が前衛系だったが、サッカー部の杉田新は投擲や弓術、隠形などの斥候系スキルで、バスケ部の本郷大輔と図書委員の大船時子は貴重な回復役となる能力をもっているらしい。
藤沢グループは男子三名が前衛系で女子二名が後衛系、片瀬詠子が回復役の能力をもっていた。
最後に同じ馬車に乗車してフライングで訓練を開始していた三人であるが、祥悟が【鑑定 四】、【気配察知 四】、【隠形 三】、【鑑定隠蔽 三】、【五感強化 三】、【氣操作 一】と、事前の鑑定通りであった。
湊が【身体強化 三】、【魔力強化 三】、【武芸百般 三】、【遅滞世界 三】、【氣操作 二】と、こちらも全体的にスキルレベルが上がって、【氣操作 二】まで身に付けている。
悠里は【念話 三】、【空間魔法 三】、【仙氣功 三】にそれぞれの能力が上がっていたものの、新規に取得したものはなかった。
「はい、これで全員の鑑定が終わりました。記録はアーシャ君の方で出来ているね?」
鑑定官のラターバが横で紙に記録を書き起こしていた受付嬢に声を掛けた。受付嬢のアーシャがラターバに頷き返し、書類束を纏めていた。
「では、次に各自の面談を行わせてもらう。鑑定記録の順番通りに呼び出すので、隣の面談室で個別に対応とする」
大男が小柄な男を伴って大講堂から出て行った。おそらく面談の準備だろう。それをサポートするためにアーシャが書類束を持って追いかけていく。
三人が出て行ったところで、悠里がラターバに話し掛けた。
「ラターバさん、でよろしかったですね?」
「えぇ、ラターバです。どうかしましたか?」
「記録を取っていた受付嬢の職員がアーシャさんですよね?仕切り役の大男の方と、小柄な方のお名前と肩書を教えて貰っても?」
悠里の問いにラターバが苦笑いをした。
「そういえば自己紹介せずに行っちゃいましたね。大きい方がゴルモア。この王都の探索者ギルドのギルド長です。小柄な方が真偽判定官のローレンです」
ゴルモアとローレン。一先ずは彼らの名前と肩書が把握出来たので、悠里は礼を言って下がった。
「しかし、皆さん全員が【自動言語理解 三】と【異空間収納 三】を持っているとは、非常に運が良いですよ」
ラターバが皆を見渡してそう言う。
「【自動言語理解 三】があれば読み書きに問題はないでしょうし、皆さま学生さんという事は計算も問題ないですよね?更に【異空間収納 三】は荷馬車一台分くらいの荷物を異空間に出し入れできて、異空間に収納している間は時の進行が停止するという優れた能力です。新鮮な食材や作りたての食事、淹れたての香草茶を何時でも何処でも取り出せると言えば、この有用さがご理解頂けるかと」
ラターバの解説で自分達が得た“能力”がとても有用な物であることに気付く。
「これらがあるなら、役人などの公職は勿論、商人なども検討できると思います。鑑定に現れない技術やノウハウ次第ですが、将来的には外交官や代官などの官職も視野に入るかと」
ラターバの笑顔での解説に、鑑定結果に不安を覚えていた面々の顔に光が灯った。
「そうか……兵士や傭兵、探索者みたいに戦う事を前提に考えていたけど、非戦闘員で身を立てる道もあるんですね」
一誠が目から鱗というように、明るい口調で確認した。
「えぇ、≪迷い人≫はこの世界に来るまで戦闘経験のない素人が殆どだと伝え聞いています。その反面、教育レベルは高かったりするらしいですね?それであれば非戦闘員で適性のある仕事をご紹介するのも、我ら探索者ギルドが提供する業務に含まれています」
この話に横田がホッと胸を撫で下ろしていた。
「それは良かった。私は非戦闘員の仕事が出来るなら、そちらの方が助かります」
「私も、戦いはちょっと……。最初の小鬼族との戦いだけでもうお腹一杯です……」
添乗員の鶴間も早々に非戦闘員への進路を決めてしまった。隣で運転手の長後も頷いているので、おそらく長後も非戦闘員の仕事を斡旋してもらいたいのだろう。
「戦闘職に興味がある者は、一般的な戦闘訓練や能力の使い方の指導を受けられるような機会はありますか?」
桜木遥がラターバに質問した。
「ありますよ。探索者ギルドの初心者合宿や兵士の新人訓練課程を体験してみて、興味があればそちらに。やはり駄目そうだなと思えば、その後に非戦闘員の職業を考えてみるのも良いかと」
思った以上に手厚いケアと選択肢が与えられている事が分かった。
「戦いに向かない性格のメンバーに、それでも無理矢理戦えと言わずに済むのは、大変ありがたいですね」
桜木遥が頷いて、グループの仲間達を見回した。
軽音部の派手ギャルの三人は分からないが、図書委員の大船時子は確実に非戦闘員を選ぶだろう。図書館勤務を希望する予感しかしない。
藤沢グループも、藤沢圭吾以外は非戦闘員を選びそうだ。そうなると、戦闘に向いてそうな圭吾自身も非戦闘員の仕事を選ぶ可能性もある。
「あたしらはどうしようか?身体動かすのは好きだけど、戦いに身を置けるかどうかは試してみないとわからないわね」
「そうだね……。スポーツと戦闘はやっぱり違いそうだし……」
【剛力 一】を得ていた中山叶の言葉に、【剛力 二】を得ていた東神奈も同意した。
「そうね。でも非戦闘員と言っても公務員?とかも何か趣味じゃないんだよねぇ」
バレー部の菊名唯子も【身体強化】などの戦闘向きな能力は持っていたが、戦いに身を置くのも公職についてお役所仕事するのも何か違う気がしていた。
「そういう場合はさ、日本の服のデザインを活かして服飾ブランド立ち上げるとか、セレクトショップやっちゃうとかもあるんじゃない?【異空間収納】のお陰で、荷物の持ち運びとかも楽に安全に出来そうだしさ」
運動部グループの話し合いに、横から成瀬美玖がアドバイスをし出した。
「へぇ、そっか……、そういう商売やるのも自分達次第なんだね。そう考えると結構、将来の自由度高くない?日本の文化とかデザインとか流用して、こっちで流行らせたりとかも面白そう」
美玖のアドバイスに感心したように、大口鶫が頷いて笑顔を見せた。
今後の生活について色々と想像を巡らせていく内に、皆の顔が明るくなってきた。
「俺は戦闘職かな。こういう世界ならやってみたいと思ってたんだ」
桜木がニヤリと笑った。
「俺も!モンスター・ハントなゲームみたいな生き方、してみたいと思ってたんよ」
柔道部の台場洋光が桜木に追随した。
町田グループの 相模原太が、一誠に顔を向けて声を掛け、一瞬溜めをつくる。
「一誠、俺らはやっぱり……」
「「「「「「探索者やるっしょ!!」」」」」」
グループ・メンバーの六人が全員、前のめりに探索者志望を表明した。
「アニメも漫画もゲームも、ネットすらない世界だ。娯楽的な意味でも探索者しか考えられないわな」
一誠がカカカッと笑い、仲間を見回した。
「そうだな。傭兵や兵士だと戦争がメインっぽい気がするしな」
「当分貧しいかもしれないけど、生活の自由度まで考えれば探索者が良さそうだよね」
「だね。モンスター・ハントな生活はワクワクするね」
そんな町田グループの様子をみて、運動部グループと桜木グループはどういう生活をしてみたいか、各自が今一度考え直してみる。
「運動部グループと俺んとこのグループは、非戦闘職と戦闘職で進路が別々になりそうだよな?場合によっては戦闘職志望同士で合流して、チーム作るのも一考の余地ありだな?」
桜木がそう言い、【剛力 二】をもった空手部の鴨居が頷き返した。
「女子が嫌がる生き方を無理強いしたくは無いし。バラけるようなら、こっちっとそっちで合流して組むのも良いかもな」
クラスメイト達が面談を始める前からアレコレと考えて盛り上がりはじめ、それを眺めていた悠里達三人は顔を見合わせた。
「俺は探索者希望。祥悟と片倉は?」
「俺も探索者だな」
「私もそれかな」
フライング三人組は探索者志望で一致し、自然と一緒に組む前提で考えていた。
そんな感じで大講堂が盛り上がる中、アーシャに呼ばれて横田が面談室に移って行った。暫くすると横田が戻り、長後に声を掛ける。
「次、長後さんらしいですよ。いってらっしゃい」
「わかりました」
「面談早かったですね?どんなでしたか?」
悠里が横田に訊いてみる。
「うん?非戦闘職で何か適性のある仕事につきたいですって話だけかな?あとは犯罪経験や思想の確認みたいな、調査っぽい質問がいくらかあった感じだ。多分真偽判定官って人が嘘か真か見分けてるんだろうね」
「なるほど。ありがとうございます」
真偽判定官の同伴で凡そ嘘を排した回答で人品を確認し、仕事の斡旋先の候補が変わる、という事だろう。趣旨を理解して悠里は礼を言った。
しばらく後に長後が戻ってきて、今度は鶴間が呼ばれて行った。やはり鑑定した順番に呼ばれている様だった。
◆◆◆◆
【鑑定】で最後だった悠里は、面談でも最後だった。
面談室に呼ばれて席に着くと、ギルド長のゴルモアから声が掛けられた。ゴルモアの隣には真偽判定官のローレンが座っている。
少し離れた席で、アーシャが書類にペンを向けて控えていた。ここでも受け答えの記録係なのだろう。
「最後、ユーリ・アイハラか。お前も探索者志望だと聞いたが、それで合ってるか?」
ゴルモアの問いに悠里は首肯する。
「はい、そのつもりです。こっちの世界の常識を学んだ後に、初心者合宿でしたっけ?それに参加して探索者のイロハを教えてもらいたいと思っています」
「【鑑定】結果は【自動言語理解 三】、【異空間収納 三】、【念話 三】、【空間魔法 三】、【仙氣功 三】となっているな。もう氣と魔力の扱いは理解できたのか?」
「独学ですが凡そ……。魔力は心臓から全身に血流と共に魔力を流すイメージで、氣は臍の下の丹田から全身に巡らせるイメージだと思っています。これ、合ってますかね……?」
悠里の辿り着いた自説を回答し、それに対して探索者のプロの意見を求める。
「あぁ、それで合ってると思うぞ。空間魔法と念話、仙氣功までもレベル三になっているが、これはショーゴやミナトと一緒に我流の訓練でレベルをあげたのか?」
「はい。≪メルカドの街≫からこの王都に着くまでの移動が暇だったもので。馬車の荷台で出来る範囲で我流ながら訓練してみた結果です」
「そうか。先人の知恵や教えに頼らなかったのに理由はあるのか?」
「暇だったからとしか。祥悟の【鑑定】で【仙氣功】や【空間魔法】の存在、念話の習熟度にも気付けましたので、王都に着くまでの時間でどれだけ使えるようになるか、色々と試してみた結果です。今後はしっかりとした指導者に教えてもらえるのであれば、その方が良いと思っています」
ここまでのやり取りでゴルモアが蟀谷に指を当てたままローレンを横目に見る。ローレンはゴルモアに軽く頷くだけで何も言わなかった。
「なるほど。次は思想チェックだ。国家転覆や国家反逆に興味は?」
「全くないです」
「富と権力、名声と地位や女。求めるならどれだ?」
「ん~。どれも特には……。自由に生きられるだけの市民権があって、生活に困らない程度に金があり、世間から罵声を浴びせられるような悪い意味での名声がなければそれで満足です。更に美味い飯が喰えれば大満足ですね。更に言えば、便利で清潔な生活が出来れば嬉しいです。女は……まぁ、恋人くらいは欲しいかなと」
「そうか。殺人や強姦、放火の経験は?日常的な盗み癖、その他の犯罪行為と自覚できるような癖は?」
「殺人、強姦、放火も経験ないです。虫以外で殺したのはこの間の小鬼族がはじめてですね。盗み癖や日常的な犯罪行為の習慣はないと思います。まぁ、こちらの法律次第だとは思います。税金や貴族の対応とかで気付かずに法を犯す可能性はありますので……」
悠里は淀みなく答えていった。
「貴族関連や行政関連で元の世界との差異に戸惑う可能性はあるか。確かにな。しかし安定した公職に就く選択肢もあるはずだ。何故探索者を志望する?」
ゴルモアが悠里の目を覗き込むように訊く。
「面白そうだから」
悠里はゴルモアの目を真っ直ぐ見返して答えた。
「探索者として活動する中で能力を伸ばし、鍛え、強さを磨くことになると思うが、力を求める思想は?」
「力……。それはあると思います。いざという時に自分の身や仲間を守れないと、きっと後悔すると思うので。自分の能力をもっと詳しく把握したいですし、鍛えていきたい。持っていない能力も学べば身に付くと分かってるので、良い物はどんどん吸収していきたいですね」
ゴルモアがローレンに再び目をやるが、ローレンは何も言わず再度軽く頷いただけである。
「……お前さんも、つくづく真面だな?探索者なんて稼業は頭のぶっ壊れた奴が目指すもんなんだがなぁ……」
ゴルモアのボヤキに悠里は一旦考えて、答えを返す。
「それは……。多分、命に関わるような経験がないからだと思います。この間の小鬼族の襲撃くらいしか命に直結する危機を感じた事はないので。前の世界は兎に角、平和だったんです。この世界で九死に一生を得るような体験をすれば、また意見が変わるかもですね」
ゴルモアがローレンに再び目をやるが、ローレンは何も言わず軽く頷いただけである。
「わかった。面談はこれで終わりだ」
◆◆◆◆
面談が終わると大講堂に戻り、皆と合流する。
「おつかれ」
「おつかれさま」
祥悟と湊が労いの声を掛けてくれた。悠里はそれに頬を緩めて、手を上げて応えた。
面談室から悠里に続いて、ゴルモアとローレン、アーシャが戻ってきた。
「とりあえず本日の「【鑑定】」と「面談」はこれで終わりだ。セルジュ殿には明日の朝に調査書をお渡しする。王城に連れて行く特別待遇はなしだ」
ゴルモアの発言にセルジュが頷いた。
「承知した。宿泊できるだけの宿舎は空いているだろうか?なければ訓練場に天幕を設置して宿泊するのでも構わない」
セルジュからの確認にゴルモアがアーシャを見る。
「……四人部屋を女性陣の分だけなら何とか」
アーシャが答えると、ゴルモアが後を続ける。
「だそうだ。騎士含めて男どもは天幕で我慢してくれ」
「承知した」
神隠し当日の夜から、毎晩が野宿か天幕での就寝である。柔らかいベッドが恋しいが、野営めいた生活にも大分慣れつつあった。
「≪迷い人≫諸君は、明日から一般常識を勉強してもらう。貨幣の種類や価値、シエロギスタン王国の凡その地理と歴史、周辺国との関係。この国の一般的な食材や料理についても教えていく。屋台で飯を喰うにしても、何の肉か分からないと不安だろう?」
ゴルモアの話を聞いて妥当で必要な知識だと思い、頷き返す。
「探索者活動の勉強は希望者だけ、一般常識の後に合宿形式で実施する予定だ。非戦闘職の希望者は、なるべく希望職種に近い職場体験ができるように手配する。公職とか機密の都合で体験できない分野もあることは理解して欲しい。何か質問は?」
湊が手をあげて質問した。
「一般常識の学習期間はどのくらいでしょうか?」
「諸君次第だ……と言いたいが、目安としては一週間以内で終わらせる予定だ」
ゴルモアの回答で満足したのか、湊はそのまま手を下ろした。
「本日はこれから訓練場に出て天幕を設置する。食事は訓練場で炊き出しをするので安心してくれ」
強面だが意外と気遣いのできるギルド長に安心して、悠里は流れに身を任せる事にした。




