第4章 第1話 戦後後始末と今後の話とWSS
シルトヴェルドの大氾濫は例年にないイレギュラーはありつつも、戦後処理は迅速に行われていた。
街壁近くで回収できる素材は回収し、地面のシミになった魔物は掻き集めて火にくべる。
翼竜や魔猪など食用として人気のある物は優先的に街壁内に運び込まれ、早々に解体して料理人に回される。街中で無料の炊き出しのような屋台が大量に現れて、大氾濫を乗り越えた事を祝し振る舞われる。
大氾濫と戦った兵士や探索者、ギルドからの解体作業依頼を受けた者から優先的に翼竜肉のステーキ串が振る舞われるため、翼竜肉を食べたさに皆が必死に作業を手伝う。
街壁から矢の射程圏内は魔境伯軍と探索者ギルドの共同の戦果としてカウントされ、回収できた素材の販売価格からそれぞれの組織に配当が支払われる。地面のシミになったり油と火で燃え尽きたような魔物は廃棄され火をつけられた死骸の山へと放り込まれる。
街壁から矢の射程外の魔物死骸については遊撃隊が打ち倒した獲物ということで、担当したエリアのクランやチームが回収してその権利を得る。
今回の大氾濫で最も目立ち、最も活躍したとされるのが、クラン【彼岸花】である。
彼ら一二名のクランは全員が魔法の鞄持ちで、中核メンバーには三人もの【異空間収納】持ちがいる。更に火や雷、大岩落としなどで素材が駄目になった数も多いが、首や胴体を綺麗に一刀両断された死骸数が圧倒的で、かなり高品質な素材を回収していた。
大氾濫と街壁上で戦っていた者達がみた超巨大な魔物の正体は、探索者ギルドと魔境伯から連名で伝説級の存在、【大地の大幻獣】であると正式に発表され、街壁上でその姿と討伐されるまでの一部始終を見たという者達が語って聞かせる内容に、街の者も吟遊詩人達も沸きに沸いた。今では誰が一番面白く演出した語り手かで将来の英雄譚を誰が歌うものが定番になるのかと、競い合うように謡われた。
自分達の持ち場の掃除が終わって街に帰ってきたクラン【彼岸花】だが、一晩ゆっくり休んだ翌日には再び指名依頼が出され、他のクランやチームの獲物の回収作業に駆り出されることになった。
「いや、手伝えっていうなら手伝うけどね?放っておいて腐る方が嫌だし。数誤魔化されそうとかは思わないのかなと」
「はははっ!君のとこが今更そんな細かい悪さする訳ないでしょっ?」
アニキ呼びが似合うプロレスラー体型の浅黒い肌のザヴァス氏が、悠里の疑問を笑い飛ばす。シルトヴェルドの大手クラン≪力こそ正義≫のマスターに信用されるのは悪い気分ではない。
「(だけど尻みてくるのは本当に勘弁してほしい)」
女子が男の視線に敏感なのが良く分かる。
そんなザヴァス氏が【彼岸花】を頼ると右に倣えで依頼が増えた。中には頑なに【彼岸花】には触らせたくないというクランもあって、嫌われるような何かをしたっけ?と思ったりもする。悠里は気付いていないが、女所帯が羨ましくてライバル視されているだけなのだが、それは与り知らぬことである。
◆◆◆◆
シルトヴェルドの戦後処理で駆り出されるのも落ち着いた頃。探索者ギルドのギルド長シャーレンリットからクラン全員の呼び出しがあった。
ギルドに入ると度々みかける水色髪の受付嬢が悠里達に気付き、別室に案内された。人数が多いため、応接室ではなく会議室の方に通される。待ち時間の間に水色髪の受付嬢がハーブの茶を淹れてくれた。
「やぁ、クラン【彼岸花】の面々、よく来てくれたね」
「ギルドは解体場とか街壁の向こう側の掃除とか、まだまだお忙しいでしょうに。どうされました?」
「いきなり本題かい?まぁ構わないけどさ。単刀直入に言うと、君達クラン【彼岸花】を≪特級≫クラスに推薦したい」
「≪特級≫というと、昇格条件が面倒だって聞きましたが……?」
悠里はエフィに目配せして、エフィが頷くのを確認した。
「そう、本来ならね。依頼達成率、依頼達成回数、複数のギルド長からの推薦、≪上級≫の枠に留めておくのに無理のある突出した実力。色々な条件を超えて、更に偉業と呼ばれるような何かを達成する必要がある」
「成程……。今回の大氾濫の大地の大幻獣を以って偉業と認定してくれる、という訳ですね?」
「簡単に言えばそういう事だね。王都のギルド長のゴルモアと私が推薦人になろう。魔境伯からも一筆もらっている。王都で例の大地の大幻獣を出して王家に売り払えば、王家からの支持も得られる。≪特級≫にするだけの下地は出来上がった。分家の方は≪上級≫にランクアップのみになるが、申し訳ない」
シャーレンリットが分家メンバーを見渡しつつ頭を下げた。
「いえ、≪上級≫にしてもらえるなら十分ですよ。頭を上げてください」
悠里がシャーレンリットに頭を上げるように言うと、素直に頭を上げてくれる。
「あとね、もう一つ懸念事項というか、足を引っ張るのが大好きな連中がクラン【彼岸花】に因縁をつけて貶めようとすると思うんだよね」
「因縁ですか?さて、どのような?」
「奴隷だよ。悠里君達が奴隷を家族として手厚く扱っていて、【隷属の命令】なんて使っていないことは分かってるけど、そのあたりを槍玉にあげて糾弾してくるのは規定路線だ。奴隷を使う成りあがり者だとか、やってもいない奴隷虐待を捏造して君達から奴隷を取り上げようとしたりね」
シャーレンリットが予想する足の引っ張られ方は、悠里達には流石に想定外だった。国の法律に基づいて正規に購入し、下級貴族が霞むような待遇で家族として扱っているのだ。それを余所の貴族にどうこう言われる筋合いなどない。
「手続き云々より面倒臭いんですが……」
「……私達奴隷組は、主様達の認定の式典?そういうのに出ずに宿で留守番をしておくとかでは駄目なんですか?」
「君達は色んな意味で目立ち過ぎた。同行する方が問題が少なくて済むだろう。例えば裏しかない組織を使って攫われる、とかね」
「……貴族の前に出ずに済む方法はないんですか?」
「ないね。けど、ちょっとだけ隙を減らすための助言ができる」
シャーレンリットは申し訳なさそうな顔で悠里達一同を見回して一拍間を開ける。
「というと?」
悠里が期待薄な顔でおざなりに聞いてみる。
「奴隷、解放しちゃおう?どうせ奴隷解放しても皆はユーリ君達から離れる気はないでしょ?それなら市民として、平民としての身分を得て、奴隷として働かされているという切り口を潰しておくとかどうだい?」
シャーレンリットの言葉に悠里と祥悟、湊、エフィはその手があるかと納得顔で頷くが、奴隷の皆は顔を顰めて嫌そうにしている。
「【隷属契約】はいつでも主様を感じられて正直手放したくない」
アリスレーゼが奴隷のままで居たい理由を話す。
「私達は主様達の奴隷であることに誇りを持っています。ですが、この身の奴隷という立場が主達を危うくすると言われれば……」
ミヤビが感情を抑えてそう言って、シャーレンリットを見返す。
エフィがごそごそと魔法の鞄から嘘発見器を取り出してテーブルに設置し、皆に問う。
「ん。奴隷の身を解放されてもクラン【彼岸花】のメンバーで居続けたい?」
そう一人一人に確認し、皆が噓無く【彼岸花】であり続けたいという意思と言葉を告げていく。
「うん、皆ありがとう。俺達と一緒に居たいと思ってくれてる間はずっと一緒に居て欲しい。こちらからそれをお願いしたいくらいだ。
でも、皆を縛るつもりはない。装備や貸与品は回収させてもらうけど、【彼岸花】からの脱退は認めるし送別会くらいはやらせて欲しいとも思っている。俺達の本音だよ」
悠里の言葉に耳を傾ける奴隷達。
「……主様は私達が離れることを想定してる?」
感情を抑えながら、アリスレーゼが問う。
「もちろん。ありえると思ってる。例えば君達に愛する人が出来て、その人と結婚したいと思うようになったりとか。どうしても他にやりたいことが出来て、そのために脱退したくなるとか。人の気持ちも未来も分からない。そういうものだよ」
悠里が諭すような優しい声色でそう伝えると、どこまでも奴隷自身の意思を尊重してくれるその言葉を噛みしめる。
「奴隷から市民権を持った平民になったら、カルラとレティシアにメノアは祥悟に結婚を迫ったりしても良いんじゃない?奴隷じゃなくなればそれもできるでしょ?」
「ッ?!お、おい悠里ッ?!」
祥悟が突然の被弾に慌てるが、「奴隷じゃ無くなれば結婚できる」というワードは効果が抜群だった。
「そのお話、受けたいと思います」
覚悟のできた顔でカルラが頭を下げ、慌ててレティシアとメノアも頭を下げる。
「ね?奴隷で居続けるより良いことはあるし、皆とは家族で居続ける方が大事なんだから。遠慮なく解放されて欲しい」
悠里の言葉に一同はおずおずと頷き返す。
「はいはーい!私はユーリ様のお嫁さんで!」
アマリエが挙手し爆弾発言を落とす。
「なっ!あ、アマリエ?どさくさ紛れになんて事を!!」
アリスレーゼがアマリエに詰め寄るが、アマリエは飄々としたままである。
「アマリエが……?ちょっとそれは考えてなかった……」
悠里が人生初の告白あるいはプロポーズを受けて真っ赤な顔で動揺する。その様子をみて焦ったアリスレーゼが、手を挙げて叫ぶ。
「はい!はい!私も主様たるユーリ様の妻になります!」
アリスレーゼもやけっぱちのように顔を真っ赤にしながら悠里に宣言した。
「遠慮なしですね?いいでしょう、お2人がその気なら私も手をあげますよ、主様!」
ミヤビがさっと立ち上がり、拳を握りしめてキッとユーリに詰め寄った。
「ん。私もユーリが好き」
一度できた流れに乗り遅れたくなかったのか、そもそも奴隷じゃなかったエフィまで言い出した。
「ちょ、ちょっと待って皆?!相原君は私の方が先に好きだったんだからね!!」
湊が顔を真っ赤にしてテーブルに手のひらをバンバンと叩きつけながら叫んだ。
「え?片倉?」
「え?あっ!」
自分の発言に遅れて気が回り、どさくさ紛れに告白したことで頭を抱えて座り込んだ。
「うふふ、だったら正妻はミナト様になって頂いて、私達は側室ということで良いのでは?」
ミヤビがにこにこしながら取り乱した湊を眺め、そう発言した。
「えぇ……今までそんなそぶりなかったよね?急に皆どうした?」
頭がキャパオーバーになった悠里が茹で上がった頭で聞く。
「ん。皆アピールしてた。抱き着いたりしてたのに、気付いてなかったのは悠里と祥悟だけ」
エフィからの指摘で愕然とする。
「(エフィすら気付いていた……だと……)」
悠里は助けを求めるように祥悟をみると、祥悟はにやにや笑いながら何かを渡してきた。【防諜】と【消臭】の各魔道具である。もちろん悠里がプレゼントした物とは別の品だ。
「いやー、やっとプレゼントを返せる時がきたな。あの時はアリガトウ」
「……祥悟」
祥悟からの意趣返しでがっくりと肩を落とし、プレゼントを受け取って【異空間収納】に隠した。
「そうですね。奴隷解放して平民になれば結婚なんて餌をぶら下げたんですから、責任とって私達をもらってもらいましょう。ね?主様」
アリスレーゼも最初の怒りを抑えた顔から一転し、こそばゆそうに悠里を見つめた。
「あっはっは!いやー、面白い事になった!これで皆は奴隷を解放されて平民となり、ユーリ君とショーゴ君のハーレムクランが完成という訳だね!!」
シャーレンリットが嬉しそうにそうしめた。
「……結婚とはさておき、とりあえず奴隷解放の手続きをしたいんだけど、どこに行けば?」
「領主の城の近くにある市庁舎で解放と市民登録を願い出れば良い。お金はかかるが、君達にはどうってことないだろう?」
「そうですね。では市庁舎に行ってきます」
「それと近い内に魔境伯から王都行きの連絡が来るはずなので、それを待って魔境伯の護衛を兼ねて一緒に移動するように」
悠里はシャーレンリットに頷き返すと席を立ち、皆を引き連れて退室しようとしたところ、アマリエに袖を引かれた。
「?」
悠里はアマリエに振り返ると、ソファで頭を抱えたまま動いていない湊を指さした。
「主様?ミナト様が戻ってこない。ここはお姫様抱っこで運んであげては?」
アマリエの提案に首を横に振って断ると、湊の肩を揺すって気付かせてやる。肩を揺すられてようやく気付いた湊が真っ赤な顔のまま振り向いた。
「片倉、色々手続きに市庁舎に行くよ」
「て、手続き?」
「奴隷解放と平民登録」
「あぁ、そっちね。うん、わかった」
そういうと皆に続いてギルドを退館した。




