第3章 第16話 お祭りイベントと指先の先(2)
街壁の壁上から、今はじまらんという戦端に皆の視線が集中する。街壁中央付近の者達が見ているのは、遠目にみて人数が一二人編成のクランだという事は分かるが、その容貌などは遠すぎて分からない。
「確か【彼岸花】だったな。実戦みるのははじめてだがさてさて……?」
押し寄せる獣型の魔物を火や雷の魔法が派手に迎え撃つ。先頭にいる三人は槍を振り回しながら魔物を突き殺し、斬り払い、蹴り飛ばして密集地帯に大岩を降らせる。
「……なんですかあれ?土魔法なんですかね?」
「さぁな。詳しくは分らん。けれど、彼らの周りだけ生きた魔物がいなくなってるな」
「そうですね……。魔物が避けて通ろうとしてますよ」
隊長はそんな【彼岸花】の戦いに目を奪われていたが、自分達も仕事をしなければならない。
「おっと、仕事だ野郎ども!!弓兵構え!!一斉射、てぇぇぇ!!!」
街壁上から飛び出した無数の矢が大地を埋め尽くす魔物達に降り注いでいく。打ち下ろされた矢が魔物に刺さり、貫き、倒れた魔物が倒れれば後続の群れに踏まれ砕かれ地面のシミになっていく。
「さぁ次だ次!狙ってもどうせ狙い通りにはあたらん!!構えたら射れ!!どんどん行け!!どうした射れ!!矢樽が減ってないぞ!!」
統制のとれた動きは早々に終わり、兵士も探索者もひたすら弓に矢を番えて思い切り射る。狙わなくても適当に当たる。だから次々射って射って射る。
「腕が付かれた?指の皮が剥けた?治癒魔法部隊、とっとと治して弓を引かせろ!!」
普段から弓矢の修練をしている兵士は兎も角、滅多に弓矢を使わない探索者達の疲労が激しい。しかし休憩など与えてもらえず、弓を引けなくなったら勝手に治され戦線に復帰させられる。
「俺、矢の残りを気にせずこんなに撃ちまくるの、はじめてなんだけど」
「あぁ、喜べ!!大氾濫が終わった頃には、立派な弓兵になれるな!!」
矢の雨の中を突破して街壁にまで取りついた魔物達が、死んだ魔物を足場にどんどん積み上がって登ってくる。
「油をおとせ!!火をつけろ!!街壁を越えさせるな!!」
「翼竜確認!!数は無数!!」
「バリスタ隊、撃ち落とせぇ!!」
「喜べ野郎ども!!大氾濫が終わったら翼竜ステーキ食い放題だぞ!!」
「「「「「「高級肉でパーティだぁ!!」」」」」」
「いいぞ、飛んでる飯を撃ち落とせぇ!!」
終わりのみえない怒涛の波に、無理矢理テンションを上げて煽って動かす。先人達は誰も諦めなかった。
だから、この街が今もある。
◆◆◆◆
魔物達はただ前進するだけの烏合の衆。普段の魔物程の知性もない。目の前で死ぬ同胞をみても止まれない。止まれば後ろから踏み潰される。結果として悠里達に駆け寄ったものから両断されていく。
「迎撃だけじゃ足りないな?前進しようか」
そう言って悠里が大身槍を振り回して間合いを確保し続けているが、徐々に強まる圧力に槍が使いにくくなっていく。【異空間収納】に大身槍を回収して打刀を抜き、一刀一殺で屍の山を築き進んでいく。その左右もまた、悠里に続いて前に進みながら一刀一殺で血河を作っている。
魔物の駆けるスピードより速く殺す。斬って殺し、突いて殺し、圧し潰して殺す。
【炎壁】が広がり、【落雷】が打ち据える。
中央を抜けない魔物達が左右に流れようとするのを、湊と祥悟が悠里から離れて持ち場を広げ、斬り突き横に逃がさないように先回りして殺し尽くす。それでも後ろに漏らした魔物は街壁と兵士、探索者が何とかする。
振り返ることなく、立ちはだかるのみ。
脚の早い獣型の波が落ち着いてくると、次は豚頭族や食人鬼が出て来た。獣型と比べて格段に足が遅い。逃げられる前に首を刎ねていく。首に届かなければ脚を斬り落とし、下がった首を斬り落とす。
豚頭族や食人鬼の波は直ぐに途切れ、双角竜が、甲殻竜が、翼竜が現れ、何れも一刀で首を刎ねて屍山の一部と化す。飛んでいる翼竜は魔法部隊が地上に引き摺り落とし、お膳立てされた三人が首を刎ねて往く。
竜種と縄張り争いをしていた巨獣が竜種以上のスピードで駆けて来るが、通り抜け様の一閃が息の根を止め、ただの肉の山となり果てる。
次はなんだ?斬ってない獲物はどこだ?魔法から漏れた生き残りのトドメを刺さないと。寄らば斬るの極地は結界の如し。屍山血河が広がり続ける。斬って突いて抉って潰して。生きてさえいれば斬って良い相手だ。
前衛たった三人が作り上げる斬撃の結界は、前線の中央部だけが抜かれぬ楔となり奥へ奥へと道を拓いていく。
戦いの最中、悠里達は久しぶりに“扉が開いた”。その先へ。
一閃の纏う魔力と氣が刀身を伸ばし、斬撃範囲を広げだす。竜種が、巨獣が、縦に、横に、両断される。
それははじめは悠里が。直ぐに続いて湊と祥悟が、斬撃範囲を広げだす。
“次の世界”に、指先がわずかに掛かる。
前衛三人の距離が左右に更に開き、拡張された剣閃がより大量の命を効率よく刈り取っていく。
そして波が止まった。
斬るべき相手が既に居らず、振った一閃は、何時の間にか目の前の森の大樹を斬り倒していた。
周りを見回して、北と南に斬るべき獲物がまだいることを察し、湊と祥悟がそちら側へと歩を進めて往く。
悠里は斬った大樹の前から動かない。まだ、居る。まだ、来ていない。予感は地面を振動させて、悠里に告げる。
「ッ!!」
悠里がその場から跳び下がる。地面が盛り上がり、二つの巨大な歪んだ円錐が空を衝き、夜の暗がりのような、深い紫色の巨体が現わしていく。
現れた巨躯は身震いして土を振り飛ばし、両の前脚を踏みしめ這うように進んで、後ろ脚を、尾を、ようやく地上に現した。
全高一五メートル、全長六〇メートル。深い深い紫色のナニカ。天を衝く歪んだ両の角。大地を踏みしめる脚ですら、竜種の胴体の様。
◆◆◆◆
「隊長、なんですか、あの巨大な魔物?毎年あんなのが来てたんですか?」
「……いや。見たのもはじめてだし聞いた事もない」
「森から出てきた?いや、地面から生えてきた?」
街壁上の防衛隊ですら遠目にみえている。明らかに縮尺を間違ったような、巨大な魔物。
「あんなのきたら幾らこの街壁でも持たないんじゃ……」
「うるせぇ!!!手が止まってんじゃねぇか、撃て撃て撃て!!!」
「でもどうするんですか、隊長!!」
「馬鹿野郎!!あんな化け物はそれ以上の化け物が片付けるに決まってるだろうが!!」
睨む先には一二人のクラン。あの化け物を超える可能性のある、人間種の化け物達。
「おう、防衛隊の隊長さんでも知らない化け物だってよ!!」
「探索者でもはじめてみるわ!!」
ひたすら矢を射って、油を撒いて、火矢を打ち込んで。各自がやれることをやり続ける。手を止める訳にはいかない。
「けど。なんかわっかんねぇけど。あの化け物にやられる気がしねぇな?」
「だな。なんでだろうな?」
◆◆◆◆
悠里はその魔物の名前を知らない。その魔物の伝承を知らない。故にただただ“斬りたい”という本能に従い、正面から駆けていく。
その魔物は、目の前の小さな命が自分を“呼んだ”ことを理解している。口に入れれば租借する必要もなく呑み込めるような、小さな命を“敵視”する。
魔物は這うように前進しながら口を開き、噛み砕かんとその命に迫る。
その魔物は知らなかった。
噛み砕こうとした小さな命が跳び上がり、鼻先から眉間へと奔り、振り下ろす物の力を知らなかった。
眉間に打ち付けられた斬り下ろしが毛を断ち、皮膚を断ち、頭蓋を打ち据える。
「グオォォォン!!」
取るに足らない小さな命が、自分に“痛み”を与えてくる理不尽に、咆哮した。
「グルルァァァ!!」
咆哮は空気を振動させ、悠里の身体を打ち据える。眉間から滑り落ちそうになり、剣先を皮膚に突き立て堪える。
魔物が首を振り、“敵”を振り落とそうと暴れる。
悠里は脇差も抜き、左右の刀を突き立て眉間へ、頭上へと這い上がっていく。
魔物が後ろ脚で立ち上がり、頭を振り上げた。
◆◆◆◆
「なっ!あの体格で立ち上がるだと?!」
距離はあるが目視で理解できる。街壁を超える高さから頭を振り降ろし、強大な二本角が街壁を圧し潰し、崩すであろう未来が見える。
「……まじか……」
防衛隊の矢を射る手も止まり、ただ茫然と、巨大な魔物がやろうとすることをみていた。
◆◆◆◆
「チッ!!」
急激に変わる足場と高度に悠里は舌打ちし、刺した両の刀を強く握りしめる。
「グァ゛ル゛ア゛ァァァン!!」
立ち上がった魔物が空へと咆哮する。
「(ッ!?地面に頭を降り降ろす気か!?)」
魔物が次にする行動を読み、咄嗟に対策を考える。時間はない。数秒後には地面に両の角を突き立てるため、頭を振り下ろすだろう。
皮膚に突き立てた打刀と脇差。両の手で握りしめ、悠里は【空間魔法】を発動していた。狙った訳ではない。ただの反射的な行動だった。しかしそれが正解を引いていたことを、すぐに悟った。
【空間安定化】の魔法で足場が安定し、悠里が魔物の眉間まで走り抜ける手段となった。
頭を振り降ろされる前に、もう一撃。眉間に再度兜割を叩きこむが、再び頭蓋骨に阻まれる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァッ!!」
悠里が吼えた。魔物が頭を降り下ろす勢いに抗い、魔力と氣を全力で廻す。【空間魔法】で打ち据えられる衝撃を相殺する。
眉間に刺した脇差はそのままに、もう一度打刀を両手で振り上げ、宿った力の全てを兜割に転ずる。
「うらァああ゛あ゛ァァッ!!」
◆◆◆◆
街壁上の防衛隊は魔物のとった行動に戦慄しつつ、次の行動を見定めようと目を凝らす。
「なんだ?砂塵でみえねぇ」
「いよいよこっちに来る気か?」
防衛隊が見守るその先では、砂塵の中で抗う【彼岸花】の皆が居た。
「砂塵を晴らす!!【颶風】ッ!!」
珍しくエフィが叫び、強烈な風が舞い上がった砂塵を飛ばし晴らしていく。
「悠里!!」
「相原君!!」
祥悟と湊が降り下ろされた巨大な魔物の眼前に走りよる。
「主様ッ!!」
「大丈夫です、契約魔法が生きていますッ!!」
アリスレーゼが取り乱し、ミヤビが冷静に告げる。
◆◆◆◆
一閃。悠里渾身の兜割が刀身の根本まで埋まり、全てを注ぎ込んだ魔力と氣が成した巨大な剣閃が。ついに頭蓋骨を貫き、脳髄を両断した。
魔物は地上に現れ、何を成すことも叶わず、頭を振り降ろした勢いのまま滑るように崩れ落ちて、地面を抉ると動かなくなった。
悠里は指先が掛かっていた“次の世界”を掴み取った。
大地の大幻獣の打倒が、成された。
悠里は打刀を片手にゆらりと立ち上がり、自分が生き残れたことを実感すると、天を仰いだ。
ピシッ
聞こえた亀裂音に反応して打刀に目を落とすと、細かな亀裂が無数に走り、不壊かと思えていた刃が崩れ去っていく。
「(あぁ……。相棒……)」
文字通り命を託した愛刀の死に感謝と敬意を捧げ、その最後を看取った。




