第3章 第15話 お祭りイベントと指先の先(1)
【彼岸花】分家が探索者ギルドで頑張ってくれている間、本家は館で鍛錬を続けているか、たまに指名依頼を受けたり何か用事があって森の奥に出かけたりしていた。
森を歩く時は倒木や大岩を見付けるたびに回収している。分かり易い質量兵器として活躍の機会が必ずあると思っている。
本家があまり表に出なかったせいで、最近は【彼岸花】分家の方が目立っていて、【彼岸花】本家を知らない探索者も増えてきた。
この半年の変化の一つとして、祥悟に春が来た。
何時の間にかカルラとレティシアの二人と付き合っていた。この世界では一夫多妻に一妻多夫が許されている。日本だったら刃傷沙汰になっていたかもしれないが、経済的に大丈夫で本人達同士が納得の上のため、問題ないのだ。
そこに更に最近メノアが祥悟に気がある気配があるのでは?と湊が疑っていた。三人目が増えるのかもしれない。
悠里の方は親友が美女美少女にモテているのは素直におめでとう、という気持ちになり、祥悟に【防諜】の魔道具と【消臭】の魔道具をプレゼントした。これに【清浄】の魔法を使っておけば大体の痕跡は消せるだろう。
◆◆◆◆
「大氾濫の気配アリ」
探索者ギルドから正式に発表があった。
シルトヴェルドの領主、ムラマサ・フォン・エッジブランド魔境伯も、精鋭の魔境伯軍を出す準備が進められている。
お祭り騒ぎになるとは聞いていたが、実体験はまだだったので少し楽しみである。毎年大氾濫を跳ね除けてきたから街があるのだ。あまり心配はしていない。
どうなるのかなと思っているうちに、探索者ギルドの方から分家と本家に防衛戦協力の指名依頼がきた。元々参戦する気ではあった。東門が破られたら東門の傍の我が家も危ないため、もとより手を抜くつもりもない。それが指名依頼となれば貢献ポイントが稼げるので好都合である。
大氾濫に指名依頼で【彼岸花】本家と分家が出ることは直ぐに知れ渡り、分家しか知らず本家を見た事ない者たちが本家にも興味津々らしい。これは【彼岸花の館】の庭が訓練場になっているため、ギルドに顔を出す頻度が極端に落ちたからでもある。
大氾濫対策本部は魔境伯軍を率いるエッジブランド魔境伯が総大将で、探索者ギルドの軍勢も指揮下に入る。
とはいえ軍のように統一された集団行動がとれる集団ではないため、大体が壁外での遊撃部隊か、街壁からの遠隔攻撃役かに分かれる。
【彼岸花】は本家の悠里、祥悟、湊、エフィ、アリスレーゼ、ミヤビの六人と、分家のカルラ、レティシア、クローディア、ユーフェミア、メノア、アマリエの六人、計一二名が全員参戦する。持ち場は壁外の遊撃部隊。
悠里達は対策状況の確認のため、探索者ギルドの訓練場に張られた大天幕に顔を出した。中に入るとすぐにギルド長のシャーレンリットが【彼岸花】に気付き、手招きで呼ばれた。
「ギルド長、お疲れ様です。状況はどんな感じですか?」
「明日の朝にはシルトヴェルドにまでやってくるよ。今夜の夜半には東門も封鎖するので、それまでには街を出て、壁外での遊撃部隊を展開して欲しい」
「わかりました。今夜中に街の外に出ておきますね」
時間と役割の目途が聞けたので大天幕から出ようと踵を返すと、シャーレンリットに呼び止められた。
「あ、ユーリ君。ちょっと待って。まだ話がある」
「なんでしょうか?」
「あー、こちらの鬼人族の逞しい歴戦の猛者の紹介を。クラレント魔境領で魔境伯軍の大将になる、領主のムラマサ・フォン・エッジブランド魔境伯です。とりあえず挨拶しておいて」
「領主様?はじめまして。【彼岸花】の悠里です。全一二名で遊撃部隊やらせてもらいます」
「やぁ、はじめまして。私がムラマサ・フォン・エッジブランド魔境伯だ。君が【彼岸花】のリーダーだね。ここしばらく大人しくしてたようだけど、腕は鈍っちゃいないだろうね?」
「ご安心を。半年前の自分を雑魚扱いできるくらいには強くなりましたよ」
「それは頼もしい。今回【彼岸花】には壁外の遊撃隊を頼む訳だけど、街壁から見えるところで先陣切って暴れてもらえないだろうか?」
「先陣ですか?魔境伯軍を差し置いてそんな役目をもらっていいのですか?」
「あぁ、構わない。こっちは堅実にやるからド派手にやってほしい」
「ド派手に?派手に出来るかは分かりませんが、それで士気が上がるなら務めさせてもらいます」
「うん。頼んだよ、ユーリ君」
この街の領主との初顔合わせも終わり、【彼岸花】は今度こそ大天幕を出た。
◆◆◆◆
シルトヴェルドは地形的に北側と南側に山があり、シルトヴェルドがその隘路を塞ぐようにして建造されている。大氾濫はシルトヴェルドの街を突破しないとその向こう側には行けない。とはいえ、翼竜等の航空戦力はシルトヴェルドの頭上を越えて関係なく進むだろう。そっちは魔境伯軍のバリスタ部隊などに任せたい。
「先陣だってさ。ド派手にブチかませと言われても、そんなド派手な演出の攻撃ってある?」
悠里はそう言って笑う。
「隘路の両脇の崖上に大岩仕込んで、落石の計とか?」
「落石じゃ敵の密集地帯に転がり落ちるか次第だし、密集してそうなところに似非メテオ落とす方が効率良さそう」
祥悟が適当に応えて湊が反論する。
「一〇〇体くらいまとめて葬れるような魔法や技があれば良いんだろうけど、うちらの魔法の練度じゃまだそんなことまだできないよね?」
「森から街壁までの隘路に倒木とか大岩とかで通れる部分を誘導して、狭い出口から溢れ来るのを次々片付け続ける、とか」
「その案、良さそうだけど、それができるだけの物資があるかな?流石に不足する気がするんだけど」
「そうだなぁ……。これが終わったら次回以降のために誘導用の壁作りを提案してみようか」
「ん。私達はユーリ達の真似はできないけど、魔法部隊の努力の結果は自信をもって見せつける」
「そうだね、見た目だけ派手にやるなら自信あるもんね」
「やってやります」
エフィ率いる魔法部隊、アリスレーゼとミヤビも気合と覚悟は十分だった。
そして魔法部隊の周囲には分家メンバーが護衛につく。【彼岸花】の一二名だけで、文字通りの孤軍奮闘を見せつけるのだ。
【彼岸花】一二名は一度家に帰ると消耗品の補充をして夜まで仮眠し、普段使わない重金属鎧の装備を身に着け、完全武装の姿で東門から街を出た。
街壁からみえる距離で門の前、最前線の中央に天幕を張る。
他の高ランクチームは、南側と北側に分かれて陣取った。
地上戦力を正面からどれだけ早く大量に潰せるかが、如何に守備隊に「勝てる」と思わせて士気を上げられるか【彼岸花】に期待されている仕事だろう。
天幕で仮眠をとりつつ決戦の時を待つ。
◆◆◆◆
翌朝、微妙に地揺れを感じ始めた。森の方が騒がしい。悠里達は天幕を出て雰囲気の変化を感じ取ると天幕を回収して陣形を整えて待つ。
先頭に悠里、湊、祥悟が大身槍を携えて戦闘に立つ。少し離れた背後に杖を持ったエフィ、アリスレーゼ、ミヤビの三人。
その三人を守るようにユーフェミア、カルラ、レティシア、クローディア、メノア、アマリエが陣取る。
遠く、森の輪郭が歪み始める。まるで森が近付いてくるような錯覚に陥る規模の魔物の津波がやってくる。
「いよいよってなると緊張するような、早く来いっておもうような……。人間同士の戦争でもこんな感じなのかな?」
悠里が呟き、祥悟が首を捻る。
「魔物と人間じゃやっぱ違うんじゃない?単純な個体戦力は魔物が上でも、統制された集団行動が人間の強みだし」
「エフィは大氾濫の経験あるんだよね?」
「ん。何度もやってる。シルトヴェルドでの迎撃もはじめてじゃない」
「そっか、経験者的に何かない?アドバイスとか気持ちの持ち方とか」
「【彼岸花】は強い。自分達の防衛線を抜かれても後ろが何とかする。だからリラックスしてやれば良いだけ。そうすれば必ず≪特級≫にも手が届く。自信を持って」
「そうか、ウチらが失敗しても後ろが何とかするか。確かにな」
「だね。大氾濫初心者だからこその不安ってことかな。やってる最中にベテランになれば良いだけだよね」
エフィの激励に、祥悟と湊が感想を交わし合い、後ろの奴隷チームは前衛三人より何故か落ち着いている。
「魔法組は見栄えなら火魔法と雷魔法でいいよね?」
アリスレーゼがエフィとミヤビ、メノア、アマリエに話しかける。
「ん。後ろがみてるから見栄えは大事。火で行く」
「私な炎と雷をできないので、風で火柱の勢い強くするのを試してみる」
魔法組が自分達の仕事について相談しあっている。
「おー、個体が見えてきたな。ギリギリまで引き付けてドカーンドゴーンで良いよな?」
祥悟が感覚派な表現で話すのを、カルラとレティシアが若干恥ずかしそうに見ている。祥悟と同じ感覚派なメノアには通じたらしく、
「ドカーンの時にピカッてするね」
と言っていた。
「うん、いつもの【彼岸花】だ。大丈夫そうだね。似非メテオは多分ド派手な演出になるから、なるべく多くを巻き込むように引き付けよう」
大氾濫の最前線を、狼系や猪系が走ってくる。十分引き付けたところで後衛からの火柱がいくつも上がり、それを風が巻き上げて延焼範囲を広げる。炎の範囲外に【落雷】が落ちて派手な光と音で盛り上げる。
街壁の方から歓声があがるのが分かった。
「それじゃ、やるか」
既に魔力と氣は準備済み。構えた大身槍にも隅々まで行き渡っている。
炎の壁を抜けてきた個体は一振りで両断し、敵の集団に向けては【異空間収納】から大岩を降らせて集団を圧し潰す。
悠里の左右の湊と祥悟も、魔力と氣を行き渡らせて大身槍を振り回し、大岩を落としていく。
続いてアリスレーゼとユーフェミアの【豪雨】が広範囲に水を撒き散らし、メノアとミヤビの【落雷】が広範囲の魔物を巻き込む。
◆◆◆◆
街壁の上に弓を手にした兵士や探索者達がずらっと並んでいる。大氾濫が射程に入り次第一斉射がはじまる。
弓の射程外に数組の探索者達が点在している。
「あいつら大氾濫相手の先陣っていっても呑み込まれないか?本当にあんなところで孤立させておいて大丈夫なのか?」
兵士や探索者達が、街壁の外にいる≪上級≫クラスの探索者達の身を心配する。
「魔境伯の直接の指示であんなところにいるやつらだよ。普通じゃないからあそこにいるんだ。だから心配するよりどんなド派手な先陣になるのかを楽しみしてやれ」
その部隊の隊長が心配無用とばかりに笑い飛ばした。
「お、森から魔物が出始めたな。おーおー、すげぇ数」
「うわ~……あんな数が大量に押し寄せてくるのに、下にいる大丈夫なんですか?あっという間に呑み込まれそうですよ」
「それでも何とかなっちまうイカレた野郎どもだから下に行かされてるんだよ、ほれ、もうすぐ始まるぞ?」




