第3章 第14話 【彼岸花《リコリス》】分家チーム発足!
その日の奴隷館の午後。来館二度目でVIPなお客様がやってきたと店主が言い、注文された条件を挙げて該当する奴隷達を集めていた。
共通条件として、女性のみ。怪我や欠損などの障害と種族、実年齢が不問。探索者として登録されるため、対魔獣や対人間との戦闘を苦にしない者。戦闘経験や戦闘適正の高い者が共通項目。メイド役三名と護衛役三名という六人の枠が予定されている。
メイド役には共通条件の他に【生活魔法】レベルは使えてメイドに従事でき、料理もできる者。
護衛役には共通条件の他に戦闘経験があってメイドや館の護衛ができる者。
それらの条件に合致している者が店主により選ばれていく中で、陽下吸血族のアマリエが店主に掛けあった。
「料理ちょっとしかしたことないけど。頑張って覚えるから、メイド役でも護衛役でも良いので候補に入れて!」
アマリエが料理を覚えるとまで言い、やる気を見せて枠に混ざる事を求めていた。店主はそんなアマリエを見て「ふむ……」と一考した。
「先方は料理の腕も期待しています。他のメイドから料理を覚えてまで頑張るという意思はお客様にお伝えしますよ。それと、今回のVIPは戦闘能力を非常に重視する方々なので、陽下吸血族の力が目に留まれば可能性はありますね」
何とか候補者の枠に潜り込めたアマリエが小さくガッツポーズを決めていた。
◆◆◆◆
応接室に居たのは若い探索者六人で、うち二人はこの奴隷館出身だという。顔見知りだった者が両脚を欠損していた鬼人族が両脚を取り戻して自分の足で立ち上がっていることに驚き、「そういうことをする」方々なのだと悟る。
結局メイドと護衛でそれぞれ二枠は前回の来館時にも顔を合わせた者が選ばれ、新顔からは陽下吸血族のアマリエと、竜人族のクローディアが選ばれた。
竜人族や鬼人族、陽下吸血族に耳長族が選ばれ、戦闘力の高い種族を希望するというのは話は本当だったらしい。
選ばれた六人は【契約魔法】と【守秘契約魔法】を済ませると、その場で怪我や欠損に失明した眼まで全て治癒させてしまった。
そういうことができるコネか財力があるのかと思っていたので、契約主がその場で癒すとは誰も思っていなかった。怪我のなかったレティシアとアマリエは、怪我が欠損、失明に苦しんでいた奴隷仲間達が治癒されたことに驚きと共に感謝の念が湧いた。
「ユーフェミア、耳長族で困る事ってなかった?男に絡まれるとか奴隷狩りに狙われるとか」
「はい、そういった経験はありますね。容貌の良い皆さんなら全員が経験があると思いますけど」
「ん。そんな訳がない。女性らしい顔と身体つきの耳長族は特に高値で売れるのでかなり狙われたはず」
同じ苦労を味わったエフィが言うのだから、実感が籠っている。エフィは自分が使っている、耳の形を誤魔化す魔道具をユーフェミアの耳に取り付け、満足そうに頷いていた。
「これでちょっと減るのを理解できる」
奴隷館を出ると早速探索者ギルドに連れていかれ、“新しい奴隷達に持たせる”ための高価な魔法の鞄を全員に買い与えられた。奴隷という身分のため“貸与された”が正しいのだろうが、それでも全員に持たせられることに驚いた。
次に連れていかれたのは上流階級向けの仕立て屋で、三人の主人の一人である女性が奴隷達用にと大量の衣服を買い与えた。更に驚いたことに、オーダーメイドのドレスまで受注生産してもらうことになり自分達が奴隷だという認識を破壊されるような思いだった。
夕食にするというのでお供した食堂では主の一人悠里から
「うちは奴隷でも一緒のテーブルで一緒に食べるのがルールだからね。覚えておいて」
と宣言され、実際に席に座らされ、本当に主人達と同席で一緒に食事をとることになった。とてもではないが、奴隷の扱い方ではない。間違いない。この主達は変わっている。
食事を終えると今度は石造りの堅牢そうな四階建ての館に連れて行かれた。今日からこの建物に住むらしい。
奴隷用の小部屋に数人詰め込まれるのを予想していたのに、大きな一人部屋を一人に一部屋ずつ与えられた。部屋割りが決まると、主達自ら部屋に柔らかいベッドとソファ、机と椅子、姿見の大きな鏡、ワードローブなどを設置さしていった。その後はリビングに連れられてソファに座らされ、希望する武具を聞かれた。
各自が一応返事をしてから解散になったのだが、今日来た六人は一緒に女子風呂に入ってこいと案内された。洗い場と浴室からなる浴場。貴族クラスの贅沢施設を奴隷も毎日使って良いそうだ。そこそこな貴族より絶対に良い暮らしができる仕事場。
六人まとめて買われてからの目まぐるしい情報量に皆が呆然とし、浴室の温かいお湯に肩まで浸かると、精神的・肉体的な疲れが湯に染み出て流れて行く様だった。極楽。風呂の後は割り当てられた部屋の柔らかい大きなベッドで横になる。目が覚めたらこの境遇が夢だったりしないだろうか。現実だと良いな、と祈りながら眠りに落ちた
翌朝、目が覚めると割り当てられた部屋で目が覚め、昨日のことが現実だったと理解した。
早起きしたメイドと主人達が朝食の用意をしてくれており、ダイニングの大きなテーブルで皆で朝食をとった。
午前中から今日も皆で出かけるといわれ、全員で向かった先は武具工房。
そこで各自の武器や防具をオーダーメイドで発注された。メイドはメイド服を、護衛は騎士服、更にメイドに軽金属鎧、護衛に重金属鎧まで発注していた。
探索者経験者の仲間達が、冗談の高額の武器と防具だと真顔で言っていた。
「命の値段と思えば装備には手を抜けない」
リーダー各の主人が言そう言っていた。つまり主人達はメイド組と護衛組の六人を天銀合金の装備で固めるくらいに価値を感じているらしい。
これからは毎日戦闘訓練を行い、探索者として戦闘とは切っても切れない身になるはずだが、今までの奴隷の扱いを考えると不安は不思議とわかなかった。
正直、主人達の奴隷の扱いは理解はできないが、「報いたい」という気持ちは全員が自然と抱いていた。
◆◆◆◆
【彼岸花】分家チームは最初の三ヶ月は本家メンバーが結構付きっきりであれこれと基礎の基礎を教え込んだ。基礎の基礎の上に個々人ごとの課題や弱点の克服、長所を伸ばすなど、分家チームだけで相談して考えて決めるように教え込んだ。しかし困った事、分からないことは本家にも聞いて相談して良いと言ってある。
最初の内は本家組も横からあれこれ口を出していたが、最近はもうあまり監督しなくても自分達で十分考えて動けるようになってきた。早朝鍛錬、午前鍛錬、午後鍛錬、夜鍛錬。やることは沢山あるのに時間が足りない。メイド組はその上で家事や料理を熟すので、護衛チームは頭が下がる思いである。
チーム発足当初から中古装備や足りない物はそこそこの品を買い与え、鍛錬以外に探索者活動もやらせてきたが、注文していたオーダーメイド品が揃ってからはユーフェミアがチームのリーダーとなり、探索者活動が本格的に動き出した。
「分家の皆、頑張り屋で可愛いよな。実力もメキメキ上がっていくし」
「そうそう。食事にでも誘って仲良くなれたりしないかな?」
「おいばかやめろ!消されるぞ!」
「なんだよ、急に?」
「分家に手を出そうとしたら本家が動くからな。それでもやるならチームを脱退してからにしろ」
「本家?よくわからんが何処かの紐付きってことか?ヤバい貴族とか」
「ちげぇよ、【彼岸花】本家チームだ。≪中級≫クラスの時からシルトヴェルドの≪上級≫クラスを悉く叩き潰したヤベェやつらなんだよ今のシルトヴェルドには【彼岸花】本家に喧嘩売るやつはいねぇ。潰されて大人しくなったか、他所の街に逃げたかだ」
本家チームの噂が口伝で伝わるのだが、それを聞いても与太話だと言って分家に絡みに行ったやつらはいる。そういうやつらは分家自身に叩き潰されるか、本家チームの怒りを買って街から消えていく。
街から消える理由は街を逃げ出すからなのだが、本家チームが殺して回っているかのような噂がまことしやかに囁かれていた。
そんな噂に守られながら半年間に探索者活動を続けたメイド三人と護衛三人の六人チームは、ランク上げの活動を頑張っている。チーム名は【彼岸花】分家。
新居に引っ越してからの半年で≪中級≫上位の実力になっている。もう少しで≪上級≫に手が届きそう、という様子。彼女達が≪上級≫に届いたら、本家が分家の二チームでクラレントの森の奥に、再度長期遠征に連れて行こうと考えている。
彼女達の探索者活動では、「自分達で稼いだお金は、八割をチーム共有活動資産にし、残り二割をチーム六人で分けて個人資産にしてよい」と伝えてある。基本的に衣食住は勿論、武具なども全て悠里達【彼岸花】本家が買い揃えて与えているため、彼女らのチーム共有資産はあまり使われる機会がない。
このお陰でお金持ちな奴隷が育っていく。




