第1章 第4話 馬車の旅
朝食の炊き出しが終わると、場の片付けを手伝っていると、昨日も世話になったセルジュが帰って来た。
「≪迷い人≫諸君は、このあと馬車で王都行きが正式に決まった。我々メルカドの兵士と、探索者ギルドからの護衛が数チームつくことになる。旅程は七日間の予定だ。馬車は簡素な物しか用意できていないが、そこは我慢して欲しい」
セルジュからの伝達に横田ら大人組が対応し、伝達内容を生徒達に周知した。借りたテントや毛布の片付けをしながら待っていると、訓練場に続々と荷馬車が集まって来た。
基本は荷馬車で、雨風が避けれるように幌が掛かっている車体もある。逆にいうと、露天状態で雨ざらしになる荷台の馬車もあった。
荷台には移動中の食料を積んでいる荷馬車もいるため、全てが乗れる訳ではない。一台あたり四人から六人位で乗ればストレスなくパーソナルスペースが保てそうな様子だった。
悠里と祥悟は幌の掛かっている馬車は女子が優先かな、と自然と考えて、屋根のない馬車の荷台に上がっていく。悠里、祥悟と続き、担任教師の横田、バス運転手の長後、バス添乗員の鶴間が続いて乗った。これで五人乗りである。あと一人分くらいのスペースはあったが、そこにひょいと湊が乗って来た。
「私もお邪魔しますね」
湊がスカートを抑えて荷台に座り込む。
「……今朝から二人、なんか妙に距離感近いな?なんかあったか?」
祥悟が悠里と湊を交互に見て問う。
「昨日の戦闘時に気付いたんだけど、鴨居の怪力みたいに俺にも能力が付いてたんだわ。分かった範囲だと【念話】、いわゆるテレパシーかな?声に出さずに話しかけられるような能力だった」
悠里が祥悟に説明をはじめた。
「ほう、それで?」
「たまたま片倉と念話が繋がってね。念話に返事できるかどうかとか、ちょっと検証に付き合ってもらってたんだ」
『(こんな風に、頭に直接聞こえる感じ)』
悠里は祥悟に念話を飛ばすと、祥悟が驚いた顔をしてみせた。
「ファ〇チキ下さいってやってみて」
『(ファミ〇キください)』
「こいつ脳内に直接!!」
祥悟が好きなネタを実演できて非常に満足げな表情になった。
その反応に気になった横田や鶴間も、念話で話しかけて貰って、はじめての体験に驚いている。長後だけ仲間ハズレにするのもアレなので、長後にも念話を飛ばしておくと、やはり驚いていた。
「ということで、相原君に検証で協力したから、今度は私達の能力探しとか暇潰しに付き合ってもらおうかなと。七日間も馬車移動するんだったら時間だけはたっぷりありそうだしね?」
湊がそう答えると、祥悟が納得した顔で頷いた。
「なるほど。それはいいね。ついでに俺の能力もどんなものか見付けて欲しいな」
祥悟が湊と悠里に気軽に頼んだ。
「王都に着いたら調べて貰えるという話だし、急ぐ必要はないと思うが……。暇潰しなら確かに丁度良さそうだな?」
横田も時間を持て余すくらいならと、乗り気になる。
≪迷い人≫三五人がそれぞれの馬車の荷台に納まると、御者役の兵士達が馬車を動かし始めた。
「よし、全員馬車に乗り込んだな?では出発とする!」
セルジュが号令をかけ、馬車の一団が出発した。
◆◆◆◆
≪メルカドの街≫を出て、兵士たちに言われるままに馬車に乗って旅をする。
悠里はこれで良いのかとも思うが、何しろこの世界に関しての知識が無さすぎる。兵士や探索者の護衛達がこちらに向けて来る視線が悪意ではなく興味だと感じるため、その直感を信じて付いていくしかなかった。
移動中は悠里と祥悟、湊を中心にあれこれと実験や検証を続けていた。それで祥悟にいわゆる【鑑定】能力が付いている事に気が付いた。そうなると祥悟に頼んで【鑑定】してもらうことで、気付けていなかった悠里と湊も能力について続々と確認が取れてしまった。
「とりあえず、【自動言語理解 三】というのと【異空間収納 三】ってのが皆に共通しているな。それ以外は人によって色々あるっぽいぞ?」
「とりあえず俺は?」
悠里が祥悟に訊くと、祥悟がジッと悠里を見詰めて確認していく。
「【念話 二】、【空間魔法 二】、【仙氣功 一】ってのが付いてるな。えーと、それぞれの内容は……」
「【念話】はレベル一で一方通行の思念波で話しかけれて、レベル二で思念波で話しかけた相手からの返事を拾える。レベルがあがると繋がる相手を増やしたりできそうだな?グループチャットみたいになれば、集団戦でかなり有用か?あとは賭博でイカサマとか」
祥悟が悠里に伝えると、悠里の頬が緩んだ。
「念話だけじゃなくて良かったよ。その魔法とか仙氣功ってのは?」
悠里の催促に祥悟が解説を続ける。
「次は【空間魔法 二】。レベル一で【異空間収納 一】と同じことができるらしい。あれ?皆に付いてる【異空間収納 三】のが良いよなこれ?勿体ないな。で、レベル二で【空間安定化】ってのが使える様だけど、どうだ?馬車の揺れとか無効化できないか?」
祥悟の言葉に頷きながら、悠里は【空間魔法】の【空間安定化】というのをイメージしてみる。当然ながら魔法の使い方を理解していないため、特に何も変化は起こらなかった。
「次の【仙氣功 一】ってのは、【氣操作】って能力の上位互換らしい。【氣操作】は魔力とは違う氣という力を操作して、身体強化したり出来る技術だそうだ。【空間魔法】は微妙くさいが、こっちは強そうじゃないか?」
祥悟からの説明を訊いて、悠里は思わずグッと拳を握り込んだ。
「片倉、身体強化とか覚えたら例の古武術っての、教えてくれないか?」
悠里が湊に頼み込むと、湊はすぐに頷いて答えた。
「良いよ。相原君に合うかどうかは分からないけど、我流で変な癖付けちゃうよりかは良いかもね」
「次、片倉だけど。伝えて良いか?」
「うん、おねがい」
「【身体強化 二】、【魔力強化 二】、【武芸百般 三】、【遅滞世界 二】らしい」
祥悟が湊を見詰めながら読み上げた。
「ん~?【身体強化】と【魔力強化】は基本スペックが上がるのかな?【武芸百般】とは?私自身に色んな武器の心得があるから?」
「あぁ、確かに。≪神隠し≫の前から持ってた可能性もあるな?」
悠里が湊に羨まし気な視線を向けた。
「最後に【遅滞世界 二】か。これはあれだ、達人がゾーンに入るみたいなの。世界がゆっくりに見えるらしいぞ。改造人間の加速装置かな?」
「最後の能力、すごくない……?任意にゾーンに入れるって事だよね?紙一重の回避やカウンターとか、めっちゃ強そうなんだけど」
祥悟の説明に悠里が再び羨まし気な視線を湊に向けた。
「体験してみないと何ともいえないけど。訊くだけだと確かにすごそうね?」
湊が満更でもない感じで頬を緩めていた。
「で、祥悟は【鑑定】の他はどうなんだ?」
「俺か?【鑑定 三】、【気配察知 四】、【隠形 四】、【鑑定隠蔽 三】、【五感強化 三】らしい。斥候とか諜報員みたいなのが並んでるな」
「能力多いな?レベルも高めだし」
「でも橋本君、身長一八五センチ越えてたよね?身体大きいのにコソコソするスキルが多くて身体能力を上げそうな能力がないのは、何かイメージに合わないわね?」
「それな。俺もそう思う」
言われた祥悟が同意して笑った。
「先生達も祥悟に【鑑定】してもらいますか?」
「いや、王都での【鑑定】まで我慢する。というか、馬車が揺れすぎて吐きそうだ……」
「そうですね。この揺れは気持ち悪いです……お尻痛いし……」
「……私も、ちょっと余裕ないですね」
横田の意見に鶴間と長後も追随していた。どうやら馬車酔いが酷い体質らしい。
「了解です。そしたら俺らだけ能力を発揮する練習でもして過ごすか」
悠里の返事に祥悟と湊も頷いて応じた。
◆◆◆◆
食事時とその合間に馬の休憩を挟む形で旅は進んでいった。荷台には人間ばかりで、樽や木箱などの物は少なく、護衛の騎馬や武装した探索者が周囲を警護している状況である。野盗に狙われることもなく、旅は順調だった。
祥悟は休憩時に他のクラスメイト達の【鑑定】をして伝えてやろうかと考えていたのだが、それをはじめてしまうとキリがなくなると予測し、湊に止められている。ひっきりなしにあちこちで何度も聞かれると思うと祥悟も面倒臭さを感じて、使えるようになった【鑑定】の事は黙っておくことにした。
そんな中で、悠里達はまずは【異空間収納 三】を使えるようになった。旅行用バッグも【異空間収納】に仕舞ってしまえば嵩張らず、荷台を広く使えるようになった。
続いて、悠里は【空間魔法 二】と【仙氣功 一】についてあれこれ試し、手探りの中で【空間安定化】の発動に成功した。
【空間安定化】が効果を現すと馬車の荷台の揺れが途端になくなり、馬車酔いの酷かった大人達も幾分か顔色がマシになってきた。
「相原、ありがとう。これは本当に助かるな……」
何度も馬車酔いで吐いていた横田が、感動のあまり悠里の手を握って感謝を述べていた。
湊は財布から取り出した百円硬貨を親指で弾いて飛ばし、落ちてくるのをキャッチするという行動を繰り返している。【遅滞世界】が成功した時はコインの回転が非常にゆっくり見えて、裏でも表でも自在に狙ってキャッチできるようになった。
悠里は【空間安定化】を切らさず維持しつつ、【仙氣功 一】の感覚を掴もうと練習している。
手探りであれこれ試しているのでその体感だが、魔法は心臓から全身に魔力を巡らせて発動させる物で、【仙氣功】や【氣操作】は腹の下、丹田から全身に氣を巡らせるものだと理解しはじめた。
そのイメージを祥悟と湊に共有すると、二人もその感覚を意識して練習してみることにする。
旅は順調に続き、予定通り出発から七日後に王都の街壁が見え始めた。
「あの壁の向こうが、我らがシエロギスタン王国の王都、エル・ラジッドだ!」
セルジュが後続に続く≪迷い人≫達に、声を張って告げた。国の首都だけあって道中通った街や村とは規模感が全く違う。その長大な街壁は、思わず某巨人漫画をイメージするような、とても立派なものだった。
◆◆◆◆
街壁の門には、馬車の長蛇の列が出来ていた。順次検査が行われている様子が窺える。
「門番に事情を説明してくる。大人しく並んでおくように」
セルジュがそういうと、一騎駆けで門番のところに話をしに行った。門番もこちらを見ている様子が窺える。状況が伝えられると門番の一人が街壁内に駆けて行った。それを確認して、セルジュが馬車群に戻ってくる。
「門番に事情説明をしておいた。探索者ギルドに≪迷い人≫の保護の伝令を頼んでおいたので、入門したらそのまま探索者ギルドへと向かう。王都の探索者ギルドは大きいので、訓練場に天幕を立てるか合宿所に空きがあれば宿舎に泊まれる可能性もある。今日のところは【鑑定】を受けて飯を喰って寝るだけだ。明日以降に、鑑定結果の意見書をギルドから受け取って、城に報告に行く」
「城に行くのは私達全員でしょうか?」
横田が代表してセルジュに確認すると、セルジュは首を横に振って否定した。
「基本的には探索者ギルドでまとめた資料を私が城に持っていくだけの予定だが、鑑定結果次第では同行を頼む者も居るかもしれん」
「鑑定結果と探索者ギルドでの面談次第、という事ですね?承知いたしました」
その後は少しずつ馬車が進むのを待つ。この暇な空き時間を悠里と祥悟、湊は能力の訓練をする時間に当てていた。この段階になると悠里は【空間安定化】を自然と使えるようになっており、【仙氣功 一】も何時の間にか【仙氣功 二】に成長していた。
祥悟は悠里に訊きながら氣の操作を試していたところ、時間はかかったが氣の存在を感じ取れるようになり、ある程度体内で氣を動かせるようになっていた。自分を鑑定して、【氣操作 一】が獲得できていることも確かめられた。能力は後付けで獲得でき、成長させることもできるという実証例となり三人のモチベーションが更に上がる。
湊の【身体強化】は魔力を使うらしい事が分かっていた。祥悟と一緒に氣操作の練習を積んでみた成果が現れ、湊にも【氣操作 一】が獲得できていた。
湊は魔力での【身体強化】と氣での身体強化を使い比べてみて、使用感の違いなどを手探りしているところである。どちらにしろ狭い馬車の荷台では確かめにくく、馬車を降りてからの検証をあれこれと考えていた。
馬車の列待ちの時間を過ごす内に、ようやく門をくぐる順番が回ってきた。
セルジュが進み出て事情説明をし、門番達が樽や木箱、旅行用バッグの中身を確認して回って、ある程度確認が取れたところで通行許可が下りた。
門を潜るとセルジュの先導で探索者ギルドへと向かう。門に入ってすぐの広場は人通りも多く馬車の行き来があって賑やかな様子が窺えた。出店または屋台といった店も並んでいる。
「こっちだ」
セルジュの案内に従って馬車が進んで行くと、大きな建物の裏手で、馬車止めに馬車を停車させて御者達に下車を指示されて地面に降りた。馬は厩舎で休ませるように係員に引き渡しされていた。
今は裏手に来ているが、この表側の建物が目的地だとすると、想像以上に大きな建築物である。建物の横を抜けて表側に戻ると、セルジュがそのまま入口を開いて中に入って行った。
馬車置き場で下車した一行は手荷物を各自で持ち、セルジュと共に表側から探索者ギルドへと入って行った。
探索者ギルドの中は、日本人が≪冒険者ギルド≫と聞いてイメージする、酒場と役所の合同施設のような場所だった。パッと見だと普通の人間が殆どに見えたが、耳の尖った者や子供サイズだが顔はしっかり大人な者もおり、人種は雑多であることが窺えた。
「おぉ……。想像通りの冒険者ギルドって感じで感動するな」
一誠の独り言に内心で同意する。
甲冑姿の兵が先導しているといはいえ、仕立ての良い揃いの制服姿の人間が三〇人以上も並んで入ってきたことで、嫌でも周りからの注目を感じた。探索者達からすると、相手が貴族かもという警戒心が湧き、特に絡まれることもなかった。
「門番に伝令を頼んだメルカドの街のセルジュと申す者だが、≪迷い人≫の保護と鑑定を頼みたい」
セルジュが受付カウンター越しに聞こえる程度の小声で受付嬢に用事を伝えると、受付嬢は頷いてカウンターから出て、裏手に案内してくれた。受付嬢の案内先で階段を登り、二階にあった大学の大講堂のようなイメージの広い部屋に通された。
「すぐにギルド長と鑑定官達を呼んできます。皆さまはこちらのお部屋でお待ちください」
受付嬢は笑顔でそう伝えると、急いで一階へと戻って行った。
しばし待っていると廊下から足音が聞こえ、扉を軽くノックしてから藤沢より筋骨隆々で一九〇センチを超えてそうな大男や、魔法使い然としたローブ姿の者、事務畑で働いていそうなほっそりした体型の者など、バラエティ豊かな面子が先程の受付嬢と共に現れた。
現れた大男が早速口を開いた。
「話は軽く聞いた。メルカドの街の方で保護した≪異世界人≫、≪迷い人≫で合ってるか?しかし思っていたより随分と多いな?」
「えぇ、それで合ってます。【鑑定】と【真偽判定】などで全員の能力や面談をお願いします」
セルジュが大男に依頼する。
「(【真偽判定】?嘘を見破るような能力か……?)」
悠里たちは【鑑定】については事前に教えられていたが、【真偽判定】というのは初耳だった。ここまできて態々情報を偽る必要もないので、特に気にしなくても良さそうではある。それか、「面談」の方で重要になるのかもしれない。