第3章 第10話 オークション最終日(1)
オークション開始から三日目の最終日で、アリスレーゼとミヤビを身請けしてから二日目。
悠里達四人は日課の早朝鍛錬のため起床すると着替え、アリスレーゼとミヤビを迎えに行った。二人も既に起きており、動きやすそうな恰好に着替えている。
「おはよう。ミヤビは脚の具合どう?走ったりできそう?」
祥悟がミヤビに確認し、ミヤビはその場でぴょんぴょんジャンプを繰り返して頷いた。
「はい、もう大丈夫みたいです」
「それはよかった。今日はまず聞き取り調査からです。どのくらい何が出来そうなのかの確認をしますね。正直に答えてください。まずは魔力とか氣ってわかりますか?自分で認識して操作したりできますか?魔法はどのくらい使えますか?あと、実戦経験の有無などは?」
悠里が代表して二人に話をしていると、何時の間にか湊と祥悟、エフィはいつもの日課をスタートして走り去っていた。
まずはアリスレーゼに目を向けるとアリスレーゼが答える。
「魔力の操作、制御は割と得意で、魔法もそれなりに使えます。氣も集中していればそこそこ使えると思いますが、魔力と氣の同時使用はできないです。魔物も野盗も討伐経験があります」
次にミヤビに目を向けると、ミヤビも応えはじめた。
「私も殆どアリスレーゼさんと同じくらいだと思います。魔力の操作、制御は得意な方で、魔法はそれなりに使えます。氣も集中していればそこそこ使えますが、魔力と氣の同時使用はできないです。魔物も野盗も討伐経験があります」
二人の回答に悠里は満足げに頷いた。
「前にちょっと鍛えた子達は氣が全然分からない状態からのスタートで大変だったけど、二人は大丈夫そうだね。安心したよ」
三人で宿から東門広場を通って街の外へ。外壁沿いにランニングしながら魔力操作するように指示する。
二人のペースに合わせて走りながら、後ろから二人の様子を確認する。
「(走りながら魔力操作は出来ているかな。制御は拙いけど)」
ある程度走ったところで、今度は氣を操作しながらのランニングに変更してもらう。
自己申請通り氣操作はふわふわした感じで拙く、ランニングしながら操作・維持に苦戦しているのがみてとれる。
ある程度走ったところで休憩を宣言して脚を止めさせ、評価を伝える。
「魔力操作と制御はそれなりに出来ているという自己申請通りに感じたよ。ちょっと制御が粗くて魔力が散漫になってはいたけど、初日と思えばすごく良い」
二人の魔力操作を先ず褒める。次に氣に触れる。
「それに対して、氣は自己申請通り苦手なのが良く分かった。これからの毎朝の早朝鍛錬では、二人は走りながら魔力操作したり氣操作したりの基礎訓練にしよう。魔力も氣も日常的に操作して綺麗に制御できている状態を目指すよ」
「「おねがいします!」」
「実際に魔法の訓練や戦闘訓練をするのは、基礎がある程度できるようになってから。
焦る必要はないけど、歩いている間や料理の到着待ちの、お風呂でリラックスしながらとか、隙間時間に氣や魔力の訓練をするようにすると意外と早いと思う。頑張ってね」
二人にアドバイスをして再びランニングを再開する。二人共、氣操作をしながら走る練習を頑張っている。悠里はそれを見ながら微笑ましく思い口角が緩んだ。
早朝訓練が終わったら朝の食事に移動する。二人には【生活魔法】はあまり勉強してこなかったのか、【清浄】をかけてあげるとお礼を言われた。
一度宿に戻り、一階の食堂で朝食にする。
「早朝訓練で身体をいっぱい使ったからね。朝からしっかり蛋白質取るように」
「たんぱくしつ?なんでしょうそれは?」
「あぁ、えっとお肉とか卵、ミルクやチーズなんかに入っている筋肉の材料になるような栄養のこと。身体を鍛えた後にお肉を食べれば、効率よく身体を鍛えられるということ」
「なるほど、がんばります!」
「朝食後は木刀を持って探索者ギルドの訓練場に行く。そこで木刀を使った素振りや足運び、体術なんかを練習する。この練習中にもしっかり魔力や氣を操作するように頑張ること」
「「はい!」」
「午前の訓練は早朝訓練と同じで身体を使う運動が多いから、お昼ごはんにもお肉とかで栄養をしっかりとること。午後からは探索者ギルドの訓練場に行って、広いところで魔法や魔力、氣なんかの練習をする。たまに模擬戦やったりもするかな。夕方まで訓練したら一日の訓練は終わり。夜のごはんを食べて宿に帰り、お風呂にはいるとか寝るまでに好きなことをして良い自由時間だよ」
「あの、探索で野営する様な時は早朝訓練とかどうするんですか?」
「走り回ると危ないから、しずかに魔力や氣、魔法の練習をするよ。素振りもやるけどね」
「なるほど、ほんとにストイックなんですね」
「あははは、俺達≪迷い人≫でこっちの世界にきてから生き残るのに必死でさ。常に努力してないと不安になるんだよね。努力をさぼったから仲間が死んだ、とか絶対嫌だから」
「「ッ!!今のは【異空間収納】や【治癒魔法】並みに秘密案件ですよね……?」」
「そこまでではないけど、なるべく秘密にしてもらえると嬉しいかな」
「「わかりました」」
◆◆◆◆
午後の鍛錬に皆でギルドの訓練場に行き、空いてるところで新人二名に魔力や氣のレクチャーや悠里から二人の体内の魔力や氣を刺激したりと鍛錬を積む。
そして男二人が美女美少女を四人も連れていれば絡みにくる馬鹿が出て来て、模擬戦の名の下に木刀でボッコにして掃いて捨てる。
午後の鍛錬をしていると本舎からギルド長のシャーレンリットがやってきた。
「こんにちは?どうかしましたか?」
「伝言かな?昨夜はオークション会場に顔を出さなかったでしょ?最終日の今日はまた顔を出して欲しいってさ。途中参加でもいいから、最後にオークションは愉しめましたか?って挨拶してほしいと」
「でも行かなくても問題はないですよね?」
「うん。規則や罰則があるわけじゃないからね。でも出品者としては普通、どれだけ盛り上がっていたか見たいものじゃないの?」
シャーレンリットが小首を傾げて疑問の声をあげる。
「初日、みてても特に面白くなかったですよ?」
悠里がアリスレーゼとミヤビを見て聞く。
「オークションに出品してる側で今日が最終日なんだけど、観に行ってみたいと思う?」
「主様達が出品者なんですか?気になります」
「私も連れて行っていただけるなら観てみたいです」
アリスレーゼとミヤビが意外と興味を示したため、最終日はまた行くことにした。
夕方前に訓練を切り上げ、宿で汗を流して正装(のつもりの軽金属鎧)に着替え、腰には打刀と脇差を差す。
【彼岸花】メンバー六人ともお揃いの騎士団風装備である。
「アリスレーゼとミヤビも騎士の装いが似合っているね。かっこいいよ」
「ありがとう、主様たちもかっこいいよ」
「着慣れないので不思議な感じですが……。似合っていると言ってもらえるならよかったです」
宿のスタッフにお願いして、オークションハウスまで馬車を出してもらった。
馬車が会場に到着すると悠里と祥悟から降り、女性陣四人に手を差し出して下車をエスコートする。
馬車から降りただけで注目の的になった。やはりこの装備は目立ちすぎる。あと女性陣がみんな美形だから余計に注目を浴びるのだ。見惚れるなと言う方が難しい。
悠里が湊とエフィをエスコートし、祥悟がアリスレーゼとミヤビをエスコートする。「関係者以外立ち入り禁止」の通路に向かっていき警備のスタッフに関係者で出品者の【彼岸花】チームであることを告げ、ギルドプレートの認証機能でそれを証明する。
警備のスタッフは快く道を空けてくれた。初日に来た通路を逆に進む感じで歩いていると、前回VIP室で相手をしてくれたスタッフが悠里達に気付き、走り寄ってきた。
「【彼岸花】の皆さん、お待ちしておりました。あれ、メンバーが増えました?」
「こんばんは。えぇ、ちょっとした縁でチームメンバーが増えました。今日も案内をお願いしてもいいですか?」
「畏まりました。それではVIP席にご案内いたしますね。ドリンクや軽食は部屋付きのスタッフにお申し付けください」
初日の時と同じステージを見下ろせる二階席の個室に六人で座り、開始の時間を待つ。談笑しながらステージの方をみているのだが、他のVIP席の個室から推定貴族達の視線を感じている。
「初日の時より見られてる」
エフィがお澄まし顔のままそう呟く。
「そうね。初日と二日目のオークションで何かあったのかしら?」
湊も澄まし顔で他VIP席を直接みないようにしつつ疑問を口にした。
「分からんけど出品物の競り合いが白熱して物凄い金額が連発したとか?」
祥悟が適当に推理する。が、こういう適当なのが意外と当たるのだ。
「三日連続で【彼岸花】チーム単独による出品物オークションなんでしょ?一チームだけでそんな事できるのって、そりゃ注目されるわよ」
「ですね。一日目と二日目は魔物素材で、三日目のこれからは財宝や武具でしたか。どんな商品にどんな値段が付くのか気になりますね」
アリスレーゼが呆れたように言い、ミヤビがチーム内で一番愉しみにしていそうな様子をみせる。
「競るっていってもハンドサインとか番号札とかのルールを知らないから、観てても良く分からないんだよね」
「私は出身国でなら競る側で参加したことあるけど、ここの合図が一緒とは限らないし。VIP席くらい、ハンドサインや番号札とコールの仕方とか、ルールがわかる表でも置いてくれないかしら?」
アリスレーゼがそんな案を話すと、祥悟が手を叩いてアリスレーゼを天才と呼びそうな勢いで褒めた。
「あ、それ良いな!次回があったらお願いしてみようぜ!」
「次回って……そんな頻繁に財宝が手に入る訳ではないでしょう?」
「魔物素材なら森にいけばいくらでも取れるし、魔物素材だけの主催なら出来そうじゃない?」
「別に合同出品の時にひょっこり混ざっても良いじゃない。他人の出品物に意外な掘り出し物が見つかるかもしれないわよ?」
周囲の熱気と温度差が酷いこのVIP席は雑談に興じており、おそらく会場内で一番冷静な集団になっている。
雑談しているとステージ上にスポットライトが当たり、盛り上げ上手なオークショニアの男が壇上に姿を現した。
初日、二日目の競りのハイライトを熱く語り、そして三日目最終日の出し物が武具や財宝の類であること重ねて発表し、いよいよ会場のテンションが爆上がりしだす様子がみえる。
一方、会場のテンションについていけず、すんとした顔の悠里達。
【彼岸花】は探索者であり、稼いだお金の最も重要な使い道は、己の命を預ける武器や防具である。
この街に来たばかりの頃には五千万ゼニーで販売されていた日本刀を欲しいと思っていたが、森の中の古城の宝物庫から武器も防具もかなり高性能な物が沢山手に入ってしまった。今の武具より上となると、正直どんな物がどのくらいの売値であるのか想像が出来ない。なので、具体的な金銭欲が湧かないのだ。
せいぜい皆で住める館を買って、宿屋を卒業しようかな?くらいの使い道しか思いついていない。「金はあればあるだけ良い」とは言うが、金を使わず貯め込んでいると経済に悪影響が出る。持っている人間は持っているなりに使うべきなのだ。だが何を買うとか思いつかず、思考のループにハマッていく。
「お金を使うって難しいね」
悠里が呟いたのを湊とエフィが拾った。
「急にどうしたの?」
「多分、お金が貯まっても使うアテがなくて経済的にどうとか考えてる」
「さすがエフィ、正解だ。ほら、宝物庫で皆の武器も防具も良いのが揃ったでしょ?だから大きな買い物の予定が無くなっちゃったし、貯まったお金どうしようかなと。エフィは今使ってる武器より良い物とか知ってる?」
「ん。有名どころの鉱物素材だと、魔透鉱、神鉄鋼、日緋色金、神代黄金などの合金がある。
魔透鉱から作る魔脈鉄鋼は仕上がりに不思議な模様が出来るので工芸的な価値が高いのと、魔力が通りやすいけど氣が通りにくい。
神鉄鋼は魔力が通りにくいけど、氣がよく通る。
日緋色金は天銀の完全上位互換で、どっちも良く通る。ただ赤い金属なのでちょっと目立つ。
神代黄金は日緋色金の更に上位互換だけど、希少すぎてほぼ手に入らない。
このチームは魔力も氣も同時に使う訓練をしているから、天銀合金の次は日緋色金合金が良いと思う。
後は、魔物由来の素材を合金に混ぜたりした特製品とか。工房独自の秘伝の技なので、見付けるのが大変」
「なるほど。さすがにエフィは詳しいね。より良い武器の価格次第?億とは平気で飛んでいきそうだから、現実味はないけど。それなら皆で住む館でも買った方が良い気がする」
「この街に家を買うの?森に飽きたら西の迷宮都市に行くんでしょ?」
湊が悠里を見上げて聞いた。
「その時次第じゃない?戻ってくるつもりがない移動なら館は売ってから西に行けば良いし」
「それもそうね。でも館を買うのが現実的って、経済感覚ぶっ壊れてますな~」
「ははは。オークションの売上で【彼岸花】に入ってくるお金がどのくらいになるのか確認してないし。ただの皮算用だよ」
雑談している間にも次々と競売が進行している。何かどよめきが聞こえたりもしたが、何に驚いていたのか分からない。
一方、前回は速攻寝ていた祥悟が、今は起きていてアリスレーゼとミヤビとで楽しそうに雑談している。その姿をみて、キャバクラで接待されている人みたい(偏見)と思いつつ、楽しそうなら別に良いか、と思い直した。




