第3章 第9話 【彼岸花《リコリス》】と新メンバー(2)
奴隷館を出た後、新メンバーの二人、アリスレーゼとミヤビを連れて食事に出かけた。事前の話し合いの通り、アリスレーゼとミヤビには同じテーブルを囲んでもらい、一緒に食事をする。優良店といっても食事事情は満足とは言い難かったようで、しきりに「おいしいです」と言いながら嬉しそうに食べていた。
食事が終わると今度は私服や下着の類を買いにテーラーに行き、既製品の下着と服で【サイズ調整】付きの物をそれぞれ数着ずつ買い与え、試着室で着替えてもらった。
二人共外見は悠里達と同年代から少し上にみえる美女美少女のため、着飾らせ甲斐があって湊が張り切っていた。傍に居づらい男子二人は、少し離れたメンズ用品のコーナーで自分達の衣類を見繕って購入した。
アリスレーゼとミヤビの衣装チェンジが終わると、今度は全員で探索者ギルドに行ってアリスレーゼとミヤビの探索者登録をした。講習はスキップで登録したので、二人共≪駆け出し≫の木製プレートからのスタートである。二人は【彼岸花】のメンバーとして登録してもらった。
宿に戻って空き部屋の確認をお願いし、二人部屋が一室あったので、そこに一ヶ月分の先払いで二人に寝床を提供した。
とりあえず二人を悠里達の四人部屋のリビングに案内し、そこで二人に装備を渡す。
「二人は武器の経験や使ってみたい武器種類とか何かあるかい?」
悠里が聞いてみると、アリスレーゼは直剣と細剣の経験があり、ミヤビは薙刀と弓の経験があるという。手に入れてチームの共有財産にした装備類を思い浮かべてみるが、薙刀はなかった。
「ごめん、薙刀は用意がないや。打刀とか脇差を使ってみる?大身槍の方もでも良いと思うけど」
「それなら、皆さんお揃いの打刀とか脇差を使ってみたいです。大身槍もあれば使う機会がありそうですし、お願いします」
「分かった。在庫ならまだあるから大丈夫」
ミヤビに代替案を提示して考えてもらう。すると打刀と脇差を所望したので【異空間収納】から出して渡した。剛弓も渡しておくが、多分いきなりは弦を引けないとおもう。試させたけど引けてなかった。魔法が使えるんだし、遠距離攻撃は魔法でも良いかなと思う。
「アリスレーゼは武器どうする?何が良い?」
「探索者活動ですと魔物と戦う感じですよね?細剣より直剣の方が良さそうに感じますが……。皆さんお揃いの刀という武器なんですよね?私もお揃いの同じ物を使わせてもらえたら嬉しいです」
「分かった。ミヤビと同じ打刀と脇差を渡すね」
「あ、悠里。刀の練習させるなら木刀もあげないと」
祥悟に指摘されて木刀の存在を思い出し、二人に一振ずつ渡した。
「この木刀は訓練や模擬戦の時用ね。実践では普通に打刀か脇差を使ってね」
二人の武器が決まった後、今度は重金属鎧と軽金属鎧、革鎧の三点セットを防具として与えた。
「うちらの場合だけど、正体を隠したい時や噂の大氾濫の時に重金属鎧にして、正装が必要な時は軽金属鎧。普段使うのは革鎧にしてる。デザインや性能は俺達と一緒だから。結構良い物だよ」
「あー、そうだ。野営道具とか渡そうと思ったんだけど、【異空間収納】のスキル持ってたりしないよね?」
「「ないです」」
ですよねー。何が何だか呑み込めない内に、どんどん装備を渡されて困り顔の二人。
「それじゃ、魔道具屋に魔法の鞄を買いに行こうか」
魔法の鞄が買えるところをギルドに聞きに行ったら、ギルド内のショップを紹介された。二人に沢山渡した装備や、野営道具なんかも収容できる物を確認し、どの種類を持つかは本人達に選択の自由を与えた。
容量と鞄のサイズは必ずしも一致しないようで、エフィのポストマンバッグのタイプでエフィの奴と同じくらいの容量の製品は滅茶苦茶高かった。ちょっと妥協してもらい、比較的安い(とはいえ大金が動く)物から選んで貰うと、結局二人は両手が空くリュックタイプの物を選んだ。コスパが良くて必要な物もしまえるサイズということで悠里達としても納得の選択である。前に買ったマントと毛布も二人分追加で現金払いして二人に与えた。
「今更ですけど、主様達はものすごくお金持ちなんですね?」
アリスレーゼがそう感想を述べ、ミヤビも気になっていたようで興味津々顔である。
「結構頑張って稼いだけど、多分お金の使い方は粗いと思う。けれど二人が路頭に迷うような生活はさせるつもりないよ」
悠里が苦笑いしつつ答え、祥悟と湊もそれに頷いている。
魔法の鞄を二人分購入したら再び宿に戻り、先程出しっぱなしにしていた装備や買った着替えの類をと野営道具を魔法の鞄にしまってもらった。
「さて、突然あれこれ言われたり渡されたりして混乱してるだろうから、今日はここまでにしよう。夕食時には部屋まで迎えにいくから、二人は部屋に戻ってゆっくり休んでいて良いよ」
「「わかりました」」
◆◆◆◆
二人部屋に戻ったアリスレーゼとミヤビはリュックを床に下ろすと、ベッドに倒れ込んだ。
「なんだか凄い人たちに買ってもらえたみたいだね?」
アリスレーゼがミヤビに話し掛けた。
「そうですね。貸して頂いた装備とかも見たことがないくらい凄いのばかりでした」
ミヤビもアリスレーゼに同意して顔をあげた。
「うん。そういうのも確かに凄かったけど、私達に対する距離感?対応の仕方?自分達が奴隷だってことを忘れちゃいそう」
「私もそう思いました。せめて使用人兼従者くらいの動きが出来る様にならないと」
「なるほど。使用人兼従者。良い立ち位置かもしれないわね」
「そういえばこの二人部屋、お風呂がついてるらしいですよ。一緒に入りませんか?」
「お風呂まであるの?入ろう!けど、私達にお金かけ過ぎじゃない?なんだか心配になるんだけど……」
「そうですね。チームのお財布事情とかも分かるようになって、私達があれこれ管理しないとですね」
アリスレーゼとミヤビは二人でお風呂に行き、気持ちよく身体を洗って湯舟でリラックスし、久しぶりの幸福を味わうのだった。
◆◆◆◆
夕食時になって四人は新しい仲間達の部屋に迎えに行き、ドアをノックした。しばらく待っていると、慌てた様子でアリスレーゼとミヤビが顔を出した。
「お待たせしました。お風呂でリラックスし過ぎて遅くなりました」
アリスリーゼとミヤビが頭を下げてくる。二人とも風呂上りの上気した顔で色っぽい。
「あぁ、良いよ良いよ。久しぶりにのんびりできる空間と時間だったんだよね?」
悠里がちょっとドキドキしたのを笑って誤魔化した。
「これから夕食に行くから呼びに来た。すぐ出られそう?」
祥悟が二人に用件を切り出し、食事に誘う。
「はい、大丈夫です。ご一緒させていただきますね」
「うん、行こう。どんなものが食べたい?肉料理とか魚料理とか、何か希望はある?」
湊が二人に食事の希望について聞いてみる。
「お肉料理が良いです」
アリスレーゼが真っ先に答え、ミヤビがその勢いに目を見開いて驚く。一拍おいて自分も聞かれていることを思い出し、ミヤビも答えた。
「あ、私もお肉料理大好きです」
二人の要望を聞いて湊が嬉しそうに頷いた。
「わかった、おいしいお肉料理が食べられる店を聞いてくるね」
湊が一階ロビーまで降りると宿のスタッフに声を掛け、近所でおいしいお肉が食べられる店を聞き出して戻ってきた。
宿泊中の宿、【森の城塞館】から程近い場所にある、ちょっと高級そうな肉料理が売りの酒場、【肉料理バル≪幸福亭≫】に入る。
「六名です。席は空いてますか?」
「六名様ですね。横のテーブルと寄せて繋げれば六名様の席が作れますので、そちらのご案内でよろしいでしょうか?」
湊が店員に聞き、店員は営業スマイルで丁寧なお辞儀をして店の中へと迎え入れた。六人席を作ってもらった後、店員にお勧めのメニューを聞く湊。
「弊店の一番人気は、翼竜肉のトマホークステーキとTボーンステーキです。翼竜の脛肉をじっくり煮込んだブラウンシチューも、肉が口の中でほろほろに解けると人気のメニューでございます」
店員さんの返事を聞いてお互い顔を見合わせる。
「トマホークとTボーン、ミディアムレアで。ブラウンシチューと蜂蜜酒を」
悠里がお勧めは全部食べるとばかりに豪快に注文した。それに笑顔を浮かべた祥悟と湊が乗っかる。
「同じ注文で」、「私も同じく!」
「ん。私はTボーンのミディアムレアとブラウンシチューに蜂蜜酒でお願い」
エフィはTボーンとブラウンシチューだけのトマホーク抜きで注文した。
「皆さん健啖家なんですね?私も三つセットをミディアムレアで蜂蜜酒をお願いします」
「私も三つセットのミディアムレアで、蜂蜜酒を」
ミヤビにアリスレーゼも悠里達と同じメニューを頼んだ。
「かしこまりました。ごゆっくりお寛ぎください」
注文内容のメモをとった店員が一礼して離れていく。
店員が離れたところでアリスレーゼが身を乗り出した。
「立場的にもっと遠慮するべきだと思いますが、皆さまは遠慮のない素の姿の方が喜んでもらえるのかなと思いまして、そう振舞いました。いかがだったでしょうか?ご不快でしたら次から改善しますので、忌憚なくご感想をいただけると助かります」
悠里はちょっと真面目な顔で祥悟と湊、エフィを見回し、最後に隣のミヤビをみると、ミヤビも笑顔で頷き返した。
「立場とか気にせず、出来るだけ素で過ごせるようにしたいかな?」
「私もアリスレーゼと同じ考えで振舞いました。いかがだったしょうか?」
ミヤビもアリスレーゼをフォローするように、自分も同じ思いだったことを伝える。
「うん、ちゃんと分かってくれてるようで嬉しいよ。俺達は君達を“奴隷”として仕えさせたいんじゃなくて、探索者の“仲間”として一緒に活動できる人を探したんだ。それで君達に辿り着いただけだから、奴隷になる前の素の自分に戻っても良いんだよ。
……あ、嘘発見器だして言うべきだった?」
悠里の発言に三人は笑って同意した。それをみて、アリスレーゼとミヤビは思っていた以上に良い主人に恵まれたことを、その巡り合わせに感謝した。
評判の店の自信のメニューだっただけあり六人とも自然と笑顔で会話も弾んだ。翼竜肉は地球の日本でいうところのA五ランクの牛肉のような味で、見た目から鶏肉っぽい味を想像していたので、良い意味で裏切られた。
総じて大満足である。大遠征のためにこの店で沢山料理をお願いして、【異空間収納】に入れておきたいと店員さんに相談を持ち掛けると、大寸胴鍋やステーキを入れる容器などを持参のうえで適正価格を払えば対応してくれるという。
その答えに皆で喜び、厨房でブラウンシチュー用に大寸胴鍋五つと、ステーキを入れておく用の容器を沢山引き渡した。いつ受け取れるかを相談して、夕方開店の時間帯の指定で、明日から五日間に分けて引き渡すという約束に落ち着いた。
魔境の探索中にこれだけ美味しい物が食べられれば前回より精神的に安定してもっと頑張れる気がする。一同の顔は明るかった。
◆◆◆◆
食後は皆が笑顔で、それぞれの部屋に引き上げる。
「あ、いつも早朝鍛錬をやるんだけど、一緒にどう?」
湊が別れ際にアリスレーゼとミヤビに問う。
「あ、よろしくお願いします。一日でも早く皆さまのお役に立てるようになりたいです」
「私もです。お願いします」
アリスレーゼとミヤビの返事を聞き、湊は満足して四人部屋に引き上げて行った。
二人部屋に戻ったアリスレーゼとミヤビは、今日の出来事を振り返って話をする。
「一.探索者で≪上級≫クラスということもあるけど、かなり上位の猛者達だと思う。
二.【異空間収納】が三人。【異空間収納】ない者には魔法の鞄を支給。すごい。
三.ミヤビの欠損を治す時、悠里さんがしようとしたけど祥悟さんが立候補して代わりに再生させてくれた。多分、欠損を再生できるほどの治癒魔法使いが複数いるということ。
四.庶民では手が出せないような衣服と装備をあっさり支給する。すごい。
五.契約前の約束通り、奴隷というより仲間として歓迎してくれているのが分る。
六.約束通り性奴隷にされそうな気配は感じない。ただ若い男性なので、顔や胸などに時々視線を感じるのは仕方ない。それに、嫌な気分にはならなかった。この件は本人達に知らせたら悶絶必至だと思うので知らないフリで。
七.チーム内の仲は非常に良好そうよね。過ごし易そうな空気だった。ひょっとしたら男子二人と女子二人がそれぞれ付き合ってるのかも?」
アリスリーゼが指折り数えて思ったことをつらつら述べていく。ミヤビはそれに相槌を打ちながら黙って聞く。
「朝に買われてからが怒涛の展開でした。もう何日も経ったような気がします」
「私もそう思うわ。ミヤビは何か気付いた点とかあった?」
アリスレーゼに聞かれてミヤビは少し考える。
「皆さんにあの若さであの凄さですから、きっとすごくストイックな生活してると思います」
「そうね。皆さんの助けになれるように、一緒に鍛錬を頑張りましょう?」
「はい、一緒に頑張ります」




