第3章 第8話 奴隷館に行ってみる
オークション・ハウスが開くのが夕方からだったため、夜の食事がまだである。一階の食堂で食事をとらせてもらってから自室に引き上げた。順番に浴槽を使って風呂に入り、空き時間にはコソ錬して過ごす。やはり仲間だけの空間は落ち着くものだ。
「そういえば、仲間は増やさないの?」
湊に聞かれて悠里が首を傾げる。
「エフィのおかげで今でも十分なメンバーだと思ってるんだけど、増やしたい?」
湊は悠里にそう言われると少し考えてから答える。
「後衛を増やして六人チームになれば、もっと強いチームになれると思う。エフィみたいに縁があって相性も合い、自然とチームに溶け込める人だと完璧だけれど、多分そんなことは早々ないと思うの」
そこで一旦区切り、また少し考えて湊が続ける。
「うちが四人チームだってことは結構有名になってきちゃってるでしょ?あと二枠あるから入れてくれ!っていう人が増えてくると面倒だなーとも思ってる。特に男メンバーが増えるのは嬉しくない」
「なるほど。男所帯になると女子的には色々不安や不快な事が増えるよね?」
悠里が相槌を打つと、湊が頷いた。
「そういうこと。できればあと二人、女性で仲間が増えれば良いなと思ってる」
悠里がなるほど、と相槌を打ちつつ話を聞く。
「で、そこで相談なんだけど。優良な奴隷館に行ってみない?後衛の経験があって女性で信頼できそうなんだけど、例えば怪我とか病気で奴隷落ちしちゃったような子とか身請けして怪我や病気を治してあげるの。それで仲間になってもらうとかどうかな?」
「ふむ。確かにそういう理想的な人材がいたら欲しいね。けど片倉が奴隷を欲しがるとか全く想像してなかったから驚いた」
悠里が素直に驚きを伝えると、湊が顔を赤らめつつ答える。
「ほら、Web小説とかで奴隷で仲間増やして凄く仲が良いとかあるじゃない?そういうのも結構読んでたから、欠損も治せるようになった私達なら良い人材を見つけられるかもと思って」
「あぁ、成程……。そういう系の小説の影響で忌避感が無いのね。俺は奴隷商巡りをしてみても良いよ?でも欠損治せるようになったからと言って、態々欠損のある奴隷から選ばなくても良いと思う。実家が没落して借金奴隷になってしまった子とかもいるだろうし」
「それもそうね。なんか身請けする奴隷=欠損が原因で安価な子ってイメージが先行してた」
「でも、可哀そうだからとか、同情しちゃってとか、そういうのは絶対無しでお願い。厳しいかもしれないけど、そういう理由で身請けしちゃうとキリがなくなると思うから」
悠里がちょっと厳しめに釘をさす。
「そ、そうよね、うん。注意する。他の二人にも話をして、反対がなければ奴隷商巡りに付き合ってもらってもいい?」
「そうだね、エフィと祥悟の返事次第だけど、俺の意見としては付き合うよ」
風呂上りのエフィが戻ってきたところで、また寝ていた祥悟を起こし、奴隷商巡りの件の話を湊にさせた。湊がエフィと祥悟を説得できるかを様子見していたが、ちゃんと自分で話をして許可をもらっていた。
湊は話しをして許可をもらえたのが嬉しかったのか、満足げな様子で風呂場に向かっていった。
◆◆◆◆
翌日、ギルドからの紹介があった奴隷館に行ってみた。
店主は恰幅の良い優しそうな顔のおじさんである。通された応接室はやけに広い。
「それで、どんな奴隷がご入用でしょうか?」
「私達は探索者なので一緒にチームを組める人を探しています。条件は魔法系の後衛職ができる女性で、探索者活動で戦闘にも抵抗がない方を。四肢欠損や病は治せるアテがあるので、状態の悪い方も候補に入れてください。種族の指定はありません」
伝える内容をイメージトレーニングでもしていたのか、湊がすらすらと答えた。
「ふむ、畏まりました。当館で該当する者を確認しますので、こちらの部屋でしばしお待ちください」
店主が部屋から出ていくと入れ替わりでメイド服の奴隷スタッフがやってきてお茶を用意してくれた。綺麗な所作で、育ちの良さが見え隠れする。
「物語じゃない、本当の奴隷館に来ることになるとは思わなかったぞ」
祥悟がそう言って笑った。
「奴隷契約の時に秘密保持の契約とかも出来るから、適当に探索者を募集して人数を増やすよりずっと信用できる。特にこのチームは秘密が多いから」
とはエフィの発言。
悠里と湊はどんな人が連れてこられるのかとそわそわしている。
暫く待っていると、店主が一〇名の奴隷を連れて戻ってきた。中には松葉杖をついた片足欠損の子や、片腕欠損の子、目隠しをしているので多分失明した子などもいる。
店主は連れてきた九名を一人ずつ紹介していく。種族、探索者経験の内容やランクなどの目安、奴隷になった経緯など。
若い子はまだ子供と思える一四歳の少女で、見た目については最大でも二〇台後半くらいで、皆が若くみえる。ただし耳長族、鉱山族、吸血族、竜人族と多様な長命種がいるので、実年齢は全く予想がつかない。
九人とも美女、美少女という容姿の良さで、奴隷館での生活なのにまともな生活をおくらせてもらっている様子が窺える。探索者をやる戦闘での仲間と伝えたはずだが、性奴隷を連れてきたのだろうかと若干疑いの目を向けてしまった。
テーブルの上には店主が出した噓発見機の魔道具が置かれている。
店主による九名の紹介が終わると、今度は本人達からの自己紹介でアピール・ポイントなどを含めて話を聞く。
一人目。普人種の一四歳の少女。一五〇センチに満たなそうな小柄な子で、髪と瞳は透き通った水色で可愛らしい。親の借金による奴隷落ち。探索者経験は浅いが魔法適正が高く、火水風土氷雷にまで適正がある。特に怪我や病気はない。
二人目。鉱山族の女性。赤髪のドワーフ女性らしいトランジスタグラマー体系。可愛いより綺麗系な顔立ち。ドワーフにしてはかなり背が高く、一五〇センチ近い長身。探索者経験はあるが本職は鍛冶師だった。怨恨で両手の指を潰され鍛冶が出来なくなり、探索者稼業にも影響が出て生活苦からの奴隷落ち。両手は包帯が巻かれていて詳しくはみえない。魔法は火土金に適正があるとのこと。
三人目。耳長族の女性。一六〇センチ程。男女差が少なく性差が少ないと言われている耳長族であるが、エフィと同じく女性らしい身体つきと可愛いと綺麗のまとまった雰囲気である。茶色味の入った灰色の髪。探索者経験は三〇年程あり、魔法は火水土風樹光に適正がある。弓も得意。失明し、生活難に陥り生活苦からの奴隷落ち。
四人目。竜人族の女性。色の濃い青髪と瞳で一七〇センチくらいの長身。凛として堂々とした空気感をまとう、クール系の美女。他国の貴族出身で、実家が政争に負けて没落し借金奴隷になった。魔法は水と氷が得意で火属性が苦手。探索者経験はないが種族の特性から成長の見込みが高く、近接戦闘も得意。
五人目。吸血族の女性。しかも陽下吸血族。長い銀髪に赤い瞳、身長は一五〇センチくらいで、綺麗と可愛いが同居した顔立ち。他国の高位貴族出身だが政治的な謀略により奴隷落ちにより家門から追放。探索者経験はないが魔法適正は火水氷風影に適正があり、種族的な特性から近接戦闘も得意。
六人目。鬼人族の女性。一八〇センチくらいの高身長でキリっとした綺麗とかっこいいの混ざったような美女。だいぶ引き締まった体格をしている。黒髪に金眼。探索者経験四〇年。火水氷雷に適正があり魔法も使えるが、本職は剣士。片足と片腕が欠損している。戦争捕虜からの奴隷落ち。
七人目。吸血族の女性。一六〇センチ前後の身長で淡い茶色の髪と水色の瞳。陽下吸血族ではない。火水氷風影雷に適正あり。実家の相続問題で追放され探索者の経験が二〇年ある。チームメンバーの裏切りで借金奴隷に落ちた。
八人目。獣人族の女性。金色の髪と瞳で、一五三センチ、耳と尻尾は狐か狼あたりの雰囲気を感じる。目がくりっとした美少女顔。獣人族にしては珍しく魔法適正が高い。火水土風雷光に適正がある。種続柄、近接戦闘も得意。探索者経験はなく戦争捕虜からの奴隷落ち。両腕欠損。
九人目。鬼人族の女性。両脚欠損で車椅子に座っている。欠損と座っている状態のため身長は分からないが、淡いピンク色の癖のない長髪で瞳は透き通った碧眼。特徴的な太刀の刃先のような双角は赤い色をしている。綺麗可愛い感じの美女。他国のお家騒動で両脚を切断、奴隷に落とされ家門からも追放。魔法適正は火風雷光影。
九人の自己紹介までが終わったところで、悠里が咳払いをし、「実は自分は女です」と声を出す。間を置かず嘘発見機がチーンと音を出したので、嘘発見器に異常がないことを確認できた。
「店主さん、仲間内で相談したいので少し休憩の時間をもらえますか?防音の魔道具を使うので、女性達を下がらせる必要はありません」
悠里が店主に休憩時間を願い出て、店主は頷いた
「私は隣室に行っておりますので、ご相談が終わりましたらメイド服のスタッフにお声がけください」
「わかりました。配慮ありがとうございます」
店主が部屋を出てから机の上に防音の魔道具を出して起動する。これで女性達の方には声が届かない。
「さて。皆の意見を聞きたい」
悠里が仲間を見渡してそういうと、祥悟から口を開いた。
「魔法使いの後衛って前提だよな?」
「うん、それで合ってる」
「俺は陽下吸血族の子と車椅子の子が気になるな。もう少し話をしてみたい」
祥悟は気になる二名を挙げた。
「私もその二人と失明の耳長族の子が気になる」
湊は絞り切れず三人の候補を挙げた。
「エフィは自分の仕事の分担を考えた上で意見は?」
「ん。感じる魔力量とかも考えて、私も陽下吸血族と車椅子の鬼人族を推す。この二人はもう少し会話して、付き合っていけそうかみた方が良いと思う」
「うん、俺もそう思ってた。それじゃその二人に残ってもらって話をさせてもらう感じで良い?」
悠里の確認に全員が頷いて返したので、防音の魔道具を停止してメイド服のスタッフに声を掛けた。
応接質に戻ってきた店主に、悠里が耳打ちする。
「陽下吸血族の子と車椅子の鬼人族の二人が気になるので、その二人と話をさせて欲しいです」
「畏まりました。他の者は下げても?」
「はい、二人だけ残ってもらう状況が良いです」
店主の指示で例の二人だけ部屋に残り、他の子たちは応接室から去っていった。
「さて。残っていただいたお2人ともう少し話をしたくて残ってもらいました。いくつか質問するので、正直に答えてくれれば良いです。コレもありますしね」
悠里がそう言って机の上の嘘発見機を指さした。残った2人は頷いて質問を待つ。
「我々は探索者です。チームの構成から魔法の使える後衛メンバーを探しにきました。お2人は探索者活動に忌避感や恐怖といったものはありますか?」
「「ありません」」
「採用になった場合は探索者として登録してもらい、同じチームの仲間となってもらいます。恐らくお二人とも高貴な出だと思うのですが、戦闘や野営、訓練なんかも頑張れそうですか?」
「「大丈夫です」」
とりあえず最低限の関門は二人ともクリアになり、内心で胸を撫でおろした。
「今うちのチームはこの四人だけです。何か質問とか不安とか、決まる前に確認したいことはありませんか?」
悠里の質問に、二人が少し考える。先に口を開いたのは車椅子の子だ。
「私は両脚がご覧の通りなのですが、それでも良いとおっしゃるのでしょうか?」
「えぇ、そのくらいの怪我ならなんとかします」
「なんとかする、とは?具体的に教えていただけますか?」
「両脚の欠損を治療します。また歩いたり走ったりできるようにしてみせます」
悠里の自信のある断言に嘘発見機は鳴らない。
「本気、なのですね」
「えぇ」
次は陽下吸血族の子が手を挙げて質問を始める。
「あ、あの……。探索者活動で戦闘が前提とのことですが、戦闘奴隷として扱われるという事で良いですよね?」
「えぇ。奴隷というより仲間に成れたら良いなと思っています」
「その……。お夜伽のお当番とか、性奴隷的な扱いはないのでしょうか?」
「おっと……。そういう目的で採用する訳じゃないです。うちのチームは自由恋愛で、お互いの同意があれば好きにして良いと思っていますが、雇用主の立場を振りかざして強要するようなことはないです。……しないよな?祥悟?」
「え、俺?性奴隷扱いは流石にしないよ?自由恋愛の結果なら良いと思うけど」
「分かりました、ありがとうございます」
陽下吸血族の子が頭を下げた。
次は車椅子の子の再質問。
「この国の奴隷は主から衣食住を保証されると聞いています。そのあたり、どの程度対応していただけるのでしょうか?」
「衣服は好きな物を買ってあげますし、武器や防具も提供します。食事は同じテーブルで同じ様に一緒に食べます。住に関しては今のところ宿屋暮らしですが、同じ様に部屋を取りますのでベッドで寝れると思ってください。例外は探索者活動中の野営くらいですかね。一応、天幕や毛布、マントなんかに【虫除け】の効果があるものを支給します。なので、野営生活には慣れて欲しいですね」
車椅子の子も陽下吸血族の子も嘘発見器が鳴らないのをじっとみつめている。
「では、こちらから再度確認させてください。私達の仲間になってもらえますか?付いていけそうにないとか条件が悪いとかあれば遠慮なく言ってください」
「大丈夫です。こちらから是非お願いしたいと思います」
「私も同じく……。二人共契約してもらえるんでしょうか?」
「お二人が良いのなら、お二人とも採用させていただきたいと思います」
「「おねがいします」」
車椅子の子も陽下吸血族の子も頭を下げてそう答えた。
「お決まりになりましたか?」
ずっと気配を消していた店主が声を掛けてきた。
「はい。価格をまだ聞いていませんので予算内か不安ですが、予算内であればこのお二人でお願いしたいと思います」
「畏まりました。契約手数料なども含めてお見積りを作成しますので、少々お待ちください」
店主が一旦応接室を出て、見積りを作成しに行った。
予算内かどうか?悠里達も不安だが陽下吸血族の子と車椅子の子も同じ不安を感じている様子だった。
店主が見積りを持って戻ってきた。奴隷の二人には見えない様にその書面を悠里の前に提示した。
その書面を祥悟と湊が覗き込む。
陽下吸血族の子 四千万ゼニ―。
車椅子の子 二千五百万ゼニ―
隷属契約の費用、店主との間の守秘契約費用、今着ている服ととメイド服まで込み
「(ん?メイド服?)」
妙な項目が目に入るが、今は価格の方を気にする場面である。
「「「……」」」
『(オークションの売上げを待つまでもなく買える価格だけど。買ってもいいかい?)』
『(うん、おねがい)』
『(俺も異議なし)』
『(ん。いいと思う。店主との間の守秘契約も入ってるから、ここで欠損治して連れて帰っても大丈夫)』
『(了解、それじゃ買うね)』
店主がじっと悠里達の反応を待っている。
「この額で結構です。現金一括払いで良いですか?」
「畏まりました。現金一括、むしろありがたいです。隣室で会計をお願いします」
取引が成立したので、隣室の机の上のトレイに大金貨を一三枚置いた。店主は金額を確かめると頷いた。
「代金を確かに受領いたしました。元の部屋で魔法契約を行います」
「お願いします」
隣室に戻ると、契約の魔法的な手続きが行われた。
血液を垂らして混ぜ込んだインクで契約書にサインを行い、【隷属魔法】と【契約魔法】で権利が悠里に移された。これで正式に二人は悠里達の仲間となった。
陽下吸血族の子の名前は【アリスレーゼ】。家紋追放のため姓は無し。
車椅子の鬼人族の子の名前は【ミヤビ】。家紋追放のため姓は無し。
次に【守秘契約】を店主と結ぶ。誰が誰を幾らで買ったか、何を見たのか、そのあたりを全て守秘する内容である。
「はい、結構です。これで権利の譲渡と守秘契約が完了しました。もう治療されても平気ですよ」
店主がにこっと笑いそう言った。悠里は店主に笑顔を返し、ミヤビに向き合った。
「あ、悠里。ミヤビさんの脚、俺が治してみても良い?」
祥悟が治癒魔法役を立候補した。
「祥悟が?良いんじゃない?」
悠里がそう答えて祥悟に場所を譲った。祥悟はミヤビの前に跪いて両脚のあたりに手を翳し、治癒魔法を発動した。
切断された脚のせいでペタッとなっていたスカートが盛り上がった。徐々に両脚が再生されていき、スカートの裾から素足が再生していくのが見えた。
「……ッ」
ミヤビはその様子をじっと見つめ、つぅっと涙を流した。
「再生完了、かな?」
治癒魔法が成功してほっとした祥悟が笑い、ミヤビの手を取った。ミヤビは祥悟にエスコートされるようにそっと床に足をおろし、立ち上がってみた。
「……立てました」
「立てたね。次は歩ける?」
ミヤビをエスコートしたまま応接室内を歩かせてみて、問題ないことを確認した。
「感覚が戻るまで慣らしが必要。走ったり跳んだりは新しい脚に慣れてから、少しずつ試すように」
その様子をみていたエフィがそう伝え、魔法の鞄から自動サイズ調整付きのサンダルを出してミヤビに履かせた。
「皆さま、ありがとうございます」
「おめでとう、ミヤビ」
アリスレーゼもミヤビを祝福した。




