第3章 第1話 護衛依頼とシルトヴェルドへの移動
ギルドでシルトヴェルド行きの護衛依頼を受けた三日後の早朝。
東門前の広場に行くと、二頭曳きの幌馬車二台が待機していた。御者に声をかけてみると、依頼主のクォーツ氏で合っていた。悠里が受注票をみせて確認してもらい、各自で自己紹介をした。
「護衛対象は依頼主の商人クォーツ氏と、その連れの従業員二人、ゼンさんとマイヤさん。二頭曳きの幌馬車が二台とその貨物二台分が保護対象。最優先は依頼主達三人の生命で、馬車と貨物は命の次、ということでよろしいですか?」
「はい、おっしゃる通りでお願いします」
クォーツ氏の合意が取れたことで安心し、もう一チームの到着待ちの間に世間話を交わす。
「シルトヴェルドに行くのははじめてなんですが、道のりはどんな感じですか?」
悠里がクォーツ氏に尋ねると、クォーツ氏が丁寧に答えてくれた。
「開けた平原が殆どですよ。森や林を通る近道もありますが、遠回りしてでも安全度の高いルートを予定しています」
そんな会話をしていると、もう一チームの六人組がやってきた。男四人に女二人の構成である。チームの平均年齢は二〇歳前後に見える。装備からは前衛三人に斥候一人、後衛二人のバランスの良いチームに思える。
「シルトヴェルドまでの護衛依頼の依頼主、クォーツ氏でよろしいでしょうか?お待たせしてしまったようですみません」
代表の男性が柔らかい物腰で確認を取っている。
「はい、そのクォーツは私です」
「護衛依頼を受注しました≪中級≫ランクの【≪不撓不屈≫】です。これから二週間、よろしくお願いしますね」
クォーツ氏が本人かを確認後、挨拶をしつつ受注票を提示してクォーツ氏に確認をしてもらう。チームの紹介後は個人ずつ自己紹介をはじめた。リーダーは代表で話をしていたレーベン氏。
一通り自己紹介と護衛条件、優先度などの確認が済んだところで一行は出発した。商会の依頼主三人は全員馬車の御者台に座り、ゼンとマイアがそれぞれ馬車を操っている。護衛の探索者は全員徒歩である。二台の馬車の左右に二名ずつで計四名、前後に二名ずつで計四名、馬車から先行して斥候を行うのは≪不撓不屈≫の斥候役、ラザック氏で計九名での護衛となる。王都からしばらくは野盗は殆ど寄り付かないらしく、魔物の出現に注意を割くようにレーベン氏から助言をもらった。
護衛開始の初日から五日間は特に襲撃もなく進んだ。最初にクォーツ氏から聞いた通り、見晴らしの良い平原での移動だったため、近寄る物を早期発見できていた。条件的に野盗も魔物も得のないフィールドだったのだろう。
六日目の昼頃、街道近くの茂みに何か潜んでいる気配を感じるとラザック氏が報告にきた。馬車は止めずそのまま進み、しかし件の茂みを警戒しながらで進んでいたが、結局茂みを通り過ぎても何も起こらなかった。ラザック氏は不審に思いつつも再び先行偵察のために走って行った。
隊の最後尾で祥悟とレーベン氏が後ろからの奇襲の可能性を警戒していたが、六日目が終わり、野営を開始しても何も接触がなかった。護衛九名は交代制で不寝番をやりつつ焚火を管理していたのだが、進路後方に何かしらの気配は感じるものの一定の距離を置いていて近付いてくる様子がない。
見通しの良い平原を進んでいるため、気配を感じる程近くにいれば視界に入りそうなものだが、翌日以降も姿のみえない気配が後ろからついてきていた。
「後ろの気配、何だか不気味ですね」
悠里がレーベン氏に話し掛けると、レーベン氏も同じ思いだったようで、後ろを振り返っては首を捻っていた。
「姿が見えないのは認識阻害効果の道具を使っているのかもしれませんね。しかし気配は消せていないので、隠密行動をしたことがない人間のような気がします」
姿がみえないのに気配だけは感じるというちぐはぐな違和感の正体について、言われてみればその通りな気がしてきた。
「その推理が当たっている気がしてきました。レーベンさんは探索者歴が長いんですか?」
「一五歳の頃からなので、今年で五年目ですね」
「五年ですか?きっと色々経験を積んでいるのでしょうね。私は違和感の正体に何も推理出来ませんでした」
悠里はレーベン氏の探索者歴の長さが、自分との経験の差なのかなと感じて、自嘲からくる苦笑いが浮かんでしまう。その苦笑いはレーベン氏に気付かれ、
「経験は時間と密度でいくらでも積んでいけますが、才能の壁は違います。才能の上に努力を積んだ相手には、私達のような凡人ではどう頑張っても追いつけないんですよ」
と、寂しげな様子で悠里のギルドプレートを横目に見ながら話していた。
◆◆◆◆
二週間予定の旅路は順調に消化されていき、一〇日が過ぎた。たまに近寄ってくる魔物を退治することはあったが、ある意味覚悟していた野盗との遭遇はなく、若干肩透かしの気分である。
「大分シルトヴェルドに近づいてきたので、そろそろ木々が増えてくると辺りです。林や森から野盗の襲撃があるかもしれません。注意してください」
レーベン氏からの注意喚起を受け、悠里達三人は気持ちを引き締めた。
一一日目、街道沿いの森側に複数の気配を感じるとラザックからの報告があった。近付き過ぎるとこちらが気付いたことが相手にバレるため、ギリギリのところで気配を探り掴めた範囲だけで、二〇人以上の規模だという。
「これは……狩りに出ている探索者の集団とか、商隊が森で休憩中とか、そういう平和的なものじゃないですよね?」
悠里がラザックに聞くと即答で否定された。
「十中八九で野盗だと思う。接近したところで一気に近付いてきて、馬狙いで弓矢の一斉射。脚を止めてから本隊が接近戦で襲撃するってパターンだ」
ラザックと悠里が話していると、クォーツ氏が横から参加してきた。
「うちの馬車は二台とも【矢避け】が付与された馬具を使ってますので、矢の一斉射は何とかなると思います。むしろ皆さん自身の身を守ってください。接近戦になれば【矢避け】もあまり意味がありませんから、撃退をお任せしますね」
「【矢避け】で対策済みですか。それは助かります。とりあえず皆に状況を伝えてきますので、悠里さんもお仲間二人に情報の共有を」
レーベンが仲間達それぞれに小声で声掛けをしながら状況周知と【矢避け】の件の周知に回っていく。悠里も湊と祥悟に情報を伝えに回る。念話だけだと情報共有してると分からないため、湊と祥悟に近づいてからの念話である。
『(進行方向左手の森に推定野盗が二〇以上。弓矢の一斉射で馬の足止めしてからの接近戦が想定される。馬車は【矢避け】の付与があるから自分達の身を守るように。接敵したら迷わず仕留める)』
『(分かったわ)』、『(了解)』
情報共有が終わると皆が左手の森を意識しながら、何事もないようにこれまで通りの速度で街道をいく。
模擬戦や訓練では対人戦を経験しているが、本物の殺し合いは今回が初めてである。
初心者講習の頃から野盗退治で殺しを意識するように学んできている。
野盗をせざるを得ない同情すべき裏事情があったとしても、それは自分達の命を差し出す理由にはならない。
また、取り逃がしたりすれば今度は別の人間が襲われて不幸になる。これは間接的な人殺しと同義で罪である。可能であればアジトも聞き出して根絶するべき案件だ。
初めての人殺しが罪人相手で運が良かったと思うべき。
そうして理屈的にも感情的にも覚悟は決めてきた。
各自が己自身と折り合いをつけその時を待っていると、森から二〇人以上の人間が走り出て来て迫ってくる。弓矢に自信のある者なのか、脚を止めて弓矢を射る者も出てきた。
しかし矢は全て【矢避け】の効果で全て逸れていく。弓矢の効果がないことを認識すると、接近戦狙いでそのまま馬車へと殺到してくる。
ザラ氏とマイヤ嬢の手綱捌きは素晴らしく、この状況でも馬を落ち着かせている。
護衛九人からみてこちらの倍以上の人数が、明確な殺意を持って命を奪いに来る。殺気は恐ろしく本物であったが、同じ殺気ならもっと強い食人鬼の殺気だって浴びているのだ。今更怖気づくものでもなかった。
人数的にも囲まれての乱戦が予想されるため、今回は大身槍を使うより小回りの利く長剣を抜いて迎え撃つ。
悠里は祥悟や湊よりも早くに相手側へと走り出した。レーベン氏は悠里とほぼ同時に行動を開始していた。
「(先ずは俺が殺す。祥悟と片倉はその後に頑張れば良い)」
悠里は【仙氣功】で身体強化し、雪月花にも氣を流し込んで、先頭の一人を袈裟斬りに両断する。
魔物相手に実戦を繰り返してきた悠里の感想は、ただ「脆い」であった。
最初の一人を斬ったら箍が外れたのか、次の敵へ、もっと沢山、何人でも。豚頭族達よりもずっと弱い人間達を、斬って斬って斬って、斬り捨てていく。
一人突出した悠里を避けて馬車へ迫る野盗を、祥悟と湊が斬り殺していく。刃物によって肉の塊を斬り捨てる感触は魔物相手と大差はない。むしろ魔物より柔らかさすら感じた。
ただ“人を殺す”という当たり前の忌避感を覚えるが、それはそれ。殺されてやる気もなければ、殺しに来てる以上殺されても文句はないだろうと割り切れる。
野盗を斬り殺している最中に思ったのが、「腸を斬ると臭いが酷いな」ということだった。それも考えてみれば当たり前のことで、腸とは即ち食べて飲んだ物が消化吸収されて汚物を生産し、押し込められている長細い袋なのだ。臭くない訳がない。それに気付いてからは腸は避け上半身の臓器、四肢、首などに狙いを絞るようにした。
気が付いた時には悠里や祥悟、湊の周囲にはもう動く敵がおらず、後ろを振り返ると護衛チームのメンバー達がまだ戦闘中だった。
「アジトの場所を吐かせる!何人か生け捕りにしてくれ!」
落ち着いたレーベンの指揮により、残った野盗達は武器を捨てて投降した。
「この場で殺されるのと、アジトまで案内して街で犯罪奴隷に落ちるのと、どちらが良いか選べ」
レーベンが迫った選択肢に、命だけでも助かりたいと思う者達が案内を買って出た。一人二人とアジトを売る者が出始めると、後はもう止まらない。ここでダンマリを通してもただ殺されるだけである。捕虜はロープで手首と首を数珠繋ぎに捕縛し、アジトへと案内させる。アジトは森の中だが洞窟まで馬車の通れるルートがあるとのことで、クォーツ氏達も一緒に移動してもらうことになった。
「いやはやユーリ殿はお若いのにお強いですな!野盗を武器や鎧ごと一刀両断にする姿はまさに鬼神の如しでした!」
道中、クォーツ氏にそう声を掛けられ、悠里は苦笑いする。
「いえ、お恥ずかしい。目の前の敵を殺す事しか頭になくなって、周囲の状況がまるで見えていませんでした。レーベン氏が居なければ捕虜にしてアジトを吐かせるのも忘れて、全部斬っていたかもしれません」
悠里の返答を謙遜ととったのか、クォーツ氏は上機嫌に笑いながら御者台に戻って行った。
「相原君。私もちゃんとやれたからね?」
「あ、俺もちゃんとやったぞ」
湊と祥悟がそう悠里に伝えて、それぞれの持ち場に戻って行った。
「(気を遣われる程の酷い顔でもしてるのかな?)」
悠里は自分の顔をぴしゃりと叩いて拭い、気持ちを切り替えた。
野盗達のアジトは森の中の洞窟を使った場所だった。中には野盗がボスを含めてニ〇人程残っていたが、全て殺し尽くした。捕虜達に聞いて首領と副首領などの賞金を懸けられてそうな首は氷漬けにして【異空間収納】で運ぶ。アジトにあった略奪物は討伐者に権利があるため、護衛達九人で分け合った。悠里的には絶対居ると思っていた慰み物の女性や奴隷商品などは居らず、若干胸のモヤモヤが薄くなった気がした。
一一日目は野盗騒ぎのせいで進行が予定より遅れたが、その後は特に問題は発生せず、予定通り一四日目にシルトヴェルドに到着した。王都の街壁のような巨大なで広大な街壁の異様に圧倒されつつ入市検査待ちの列に並んで待った。
悠里としては気配だけで姿の見えない例の追跡者が、今も入市待ちの列に混ざっているのが気になっている。まるで王都からシルトヴェルドまでお忍びで旅をしてきたソロの人である。なんだったのだろうか。
無事に入市すると西門広場でクォーツ氏の護衛依頼終了のサインを受注票に貰い、レーベン氏に案内してもらってシルトヴェルドの探索者ギルドに行く。シルトヴェルドの探索者ギルドは東門広場に面しているとのことで、街に到着早々、都市を横断することになった。王都のギルドも大きかったが、シルトヴェルドの方が若干大きい気がする。訓練場の敷地や解体場の設備に関しては王都の倍以上ありそうだった。
レーベン氏に教えてもらいながらギルドの拠点登録をシルトヴェルドに変更する手続きを行って、護衛依頼完了のサインをもらった受注票を納品、依頼報酬を受領した。
ちなみに≪不撓不屈≫は拠点変更せず、王都行きの護衛依頼を探して王都に帰るとのことだった。
賞金首の処分の仕方についてもレーベン氏から教わった。衛兵詰め所に持って行き、賞金首と認定されたら賞金が支払われるのだという。持って帰ってきた賞金首を衛兵の詰め所で引き渡すと、賞金首認定が行われてから賞金が支払われるとのことだった。
≪不撓不屈≫と悠里達で五割ずつ分け合おうといったのだが、賞金はすべて悠里達の取り分で良いとのこと返された。悠里達は全く気付いていなかったのだが、賞金首は全て悠里達三人で討伐していたらしい。そういう事ならと、素直に先輩に甘えることにした。
生け捕りにして連れてきていた捕虜に関しては、犯罪奴隷として即金になり不撓不屈に報酬を受け取ってもらえた。
≪不撓不屈≫と衛兵詰め所で別れ、悠里達はギルドに戻った。水色髪の受付嬢にお勧めの宿をいくつか教えてもらい、それから宿を抑えにいく。ギルドに近い路地裏にある宿の≪フクロウ亭≫で一人部屋が三つ空いていたため、そこで一週間分の先払いをして宿泊することにした。
泊まってみて気に入ったら延長し、イマイチだったら別の宿を探す腹積もりである。
このところずっと野営生活を送っていたため、宿屋生活は二週間ぶりである。護衛依頼で他人の目もあったので、食事は皆と同じ保存食で耐えていた。そのため宿一階の食堂で食べた温かい料理がとても美味しく感じた。部屋に戻ったら【清浄】で身体と装備を身綺麗にして鎧を脱いで、ベッドに転がる。
シルトヴェルドの初日、彼らの記憶はそこで途絶えていた。




