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第1章 第3話 ファースト・コンタクト

 小鬼族ゴブリンの襲撃を撃退してから歩くこと二時間程が経過した。太陽の位置からして地球と同じくらいという前提でだが昼過ぎくらいになった頃、正面から騎馬隊らしきものが見えてきた。


「正面から騎馬兵が五騎くらい、こっちに来てる。薄々分かってたけど、やっぱりファンタジーな異世界だな?敵対と思われないように武器の持ち方に気をつけて」


 悠里が報告で声を上げ、注意喚起する。


「とりあえず話ができる現地人だと信じたい……さっきの緑のが原住民だったら絶望的だ」


 横田は砂塵をあげて走り寄って来る騎馬に向かって歩きつつ、碌に信じてもいない神に祈った。


 目視してから暫くすると、騎馬隊と接触する。


「そこの集団、止まれ!こんなところに徒歩で何をしている!」


 馬を止めた先頭の騎馬兵から、誰何すいかされた。


「あれ?言葉通じてますか?」


 一誠が誰何した騎兵に問う。知らない言語で会話が出来ないパターンも覚悟していたため、良い意味での驚きだった。


「なに?馬鹿にしてんのか?」


 面当を上げた隊長らしき先頭の騎兵が、意味が分らず苛ついた様子をみせた。中身は東欧系の雰囲気を感じさせる、彫りが浅めの白人顔にみえた。


「あぁ、すみません!悪気はないんです!」


 一誠と騎兵の間に横田が割り込んで謝罪した。


「で?お前らはなんだ?目的は?」


 不機嫌そうな顔のままの騎兵に問われ、横田が答える。


「私は横田と申します。我々は乗り物で移動中、気が付いたらこの平原に居まして……。どうしてこの場所に来たのか、ここが何なのか、まだ何も知らない状態なんです。道があったから人里に繋がっているかと思い、ここを歩いていました」


 横田がすかさず正直に答えると、騎兵は目を見開いた。


「なに……?ではお前たちは≪迷い人≫ということか?」


「≪迷い人≫というのは存じませんが、原因不明で突然この世界に放り出されたのは本当です」


「ふむ、≪迷い人≫はこの世界に迷い込んだ≪異世界人≫を指す言葉だ。子供でも知っているくらいの単語だぞ」


「多分、その解釈で合っています。我々はどうやら≪迷い人≫のようです」


「……何か、異世界から来た証明になるような物はあるか?」


 騎兵が問うと、横田が生徒達の揃いの制服を指して訊く。


「この揃いの制服はいかがでしょうか?仕立てなど均一で、珍しいのではないかと思うのですが?あとは、各自の手持ちの鞄とその中身など、必要でしたらご確認ください」


 横田は現地人との初交渉に汗をかきつつ、それっぽいところを答えてみた。


「あ、スマホ!これなら証明しやすいんじゃないかな?」


 茶髪を巻き髪にした山手香織やまて かおりががスマホを取り出し、騎兵にみせた。


「なんだこれは?えらく精巧な板だな?」


 香織がスマホを操作してみせ、騎兵を写真に撮ってそれを表示して見せた。


「こういう事が出来る私達の世界の道具なんですけど、どうでしょう?」


「む?これは私か?今の一瞬でこんな精巧な絵が記録されたのか?」


「概ねその通りです」


 香織のファインプレーに乗っかるように横田が答えると、騎兵は頷いてみせる。


「ふむ。お前たちが申告通り異世界人の≪迷い人≫である可能性が高いと判断する。人里を目指しているのであれば、我々の拠点のある街まで護送しよう」


「良いのですか?先程、緑色の小さい人型の生物に襲われまして……。護衛していただけるとなれば本当に助かります」


「それは小鬼族ゴブリンだな。害獣のような物だ。この巡回で道の周囲の害獣駆除の様なことをしている。ハンセは一足先に街に戻って、訓練場に天幕を立てて受け入れ準備をしておいてくれ。他の者はリッキーを隊長にして巡回を続けるように」


 騎兵が言うにはやはり小鬼族ゴブリンで合っていたらしい。騎兵の代表が後続の部下達に指示を出すと、横田達に振り返って伝えた。


「私の名前はセルジュだ。≪メルカドの街≫まで護送する。ついてこい」



◆◆◆◆


 セルジュに護衛してもらいつつ歩いて行くと、夕方前には防壁で囲まれた≪メルカドの街≫らしき場所が見えてくる。


 セルジュが門番に事情説明に行き、門番が驚いた顔をして道を開けてくれた。


「≪迷い人≫諸君は人数が多い。今日のところは兵舎の訓練場にテントを用意するので、そこで泊まってもらう」


 セルジュの発言に一同は頷いて応える。


「(完全な野宿にはならずに済んだか……)」


 悠里はホッと胸を撫で下ろした。

 テントでの野営とも言えるが、碌に準備もなく野生の獣に怯えながら野宿するより、余程安心できる。


「この街の代官殿には私から話を通しておく。明日の早朝から、馬車数台での移動となるだろう」


「馬車で移動ですか?どのような理由で何処へ向かわれるのか、お訊ねしても?」


 セルジュの言葉に横田が質問をした。


「ここ【シエロギスタン王国】の王都【エル・ジラッド】に向かう。そこの【探索者シーカーズギルド】で【≪迷い人≫保護協定】に基づいた様々な便宜を受けられるだろう。そこまで護送するのが私の役目となる」


「≪迷い人≫保護協定とは?」


「≪迷い人≫というのは、この世界で稀に確認される異界からの来訪者だ。つまり諸君らだ。≪迷い人≫保護協定は、過去の≪迷い人≫が探索者シーカーズギルドに残した慣習で、右も左も分からない≪迷い人≫達を野垂れ死にさせたり野盗化するのを防ぐ目的がある。


 ≪迷い人≫から異界の知識や経験、技術などを探索者シーカーズギルドを通して入手することや、≪異界渡り≫で異能を獲得しているような人材は内容次第で重宝されるだろう。そういったものが探索者シーカーズギルドや国にとっての利益になる。


 対価として、こちらの世界の常識や適正検査、適正に合わせた職の紹介、こちらの世界で生きるための講習会など、諸君らが自立できるように便宜が図られる」


 セルジュの説明を聞いて、狂暴な生物がいるこの世界で一文無しの根無し草で放り出されるようなことは無さそうだと分かり、一同は胸を撫でおろす思いであった。


「因みに、先ほどから良く出ている探索者シーカーズギルドというのは?」


「政府とは切り離された探索者シーカーズギルドという互助組織がある。


 探索者シーカーズギルドは国境を越えて活動する探索者シーカー達の登録や管理、仕事の斡旋などを行っている。街中の清掃や届け物の依頼、薬草などの採取から、魔物の討伐や異変の調査、商会や要人の護衛など、幅広い活動が舞い込む。


 街中で危険が少ないような依頼なら成人前の子供でも出来る稼ぎ扶持もあれば、貴族並の待遇を受ける英雄までピンキリだ」


 セルジュの回答に横田が頷き、一誠が確認に問う。


「いわゆる≪冒険者ギルド≫みたいなものですかね?」


「……?そちらの世界で冒険者ギルドというのがどういったものかは分からぬ。探索者シーカー達は好んで受ける依頼の方向性で名乗る肩書を変える者もいる。自称冒険者(アドベンチャラー)の場合は各地を旅しながらギルドの依頼をこなし、あまり定住せず雑多な依頼を受ける印象だな。魔物狩り専門なら狩猟人ハンターを名乗るし、遺跡やダンジョン専門は財宝探索者トレジャーハンターを名乗るといった具合だ。対人専門は兵士系の仕事に就くか、傭兵ギルドに所属する者もいる。……こんな回答で良いか?」


「はい、詳しい説明ありがとうございます」


 一誠がセルジュに頭を下げて礼を述べた。


「という訳で、諸君らは明日の早朝から王都エル・ジラッドへ向けて移動することになる。王都の探索者シーカーズギルドに届けたら、今度はそちらの職員達に任せることになる。その点、理解しておいて欲しい」


 セルジュの話に、横田が納得して頷いた。話が一段落したタイミングで、湊が手を挙げて元の世界への帰還の目途について問う。


「すみません。知っていたら教えて欲しいのですが、≪迷い人≫というのは元の世界に帰れるものなのでしょうか?」


「≪迷い人≫が元の世界に帰って行ったという話は聞いたことがない。有名な≪迷い人≫はいずれもこの世界で天寿を全うしている」


 湊の問いにセルジュは迷いなく答えた。


「……つまり、元の世界に帰れる目がないから、この世界でどうやって生きるのかの進路相談が王都で行われる、ということでしょうか?」


「その理解で正しい。例えば君たちは貨幣の価値が分かるか?銅貨何枚で銀貨になるか、金貨の価値は銀貨何枚か?この世界の常識すら君達には不足している筈だ。自立して生きるための教養くらいは身に付けねばなるまい?」


 湊の確認にセルジュが答えたた。地球への帰還は絶望的。この世界で生きて行かなければならない。そのためには、この世界の常識を学ばねばならない。その事実が早い段階で判明したといえる。


「「「……」」」


 親兄弟の元に戻りたい、他クラスの恋人や友人と会いたい、食事や文化、娯楽に文明レベル。理由は色々あれど、地球への帰還を望まない者はおらず、一同は昏い顔で押し黙るしかなかった。


 女子など取り乱して暴れたりはしていないものの、理不尽に強制された現実にやり場のない怒りと悲しみが湧き、それが涙となって目尻に溜まっては顎先へと伝い流れていく者も多く居た。


 男子とて元の世界に戻れないとなると、薄っすらと涙を溜め、溢すのを堪えている。


「……これが勇者召喚とかで国に召喚されたというのなら、誘拐だ何だと怒りをぶつける先もあったけど。≪神隠し≫じゃ文句をいう先もないな……」


 一誠が天を仰いで両手で顔を覆い、やり場のない想いを吐き出した。



 セルジュの案内で兵舎の訓練場に着くと、先に戻っていたハンセが他の兵士達と一緒に沢山のテントを立ててくれているところだった。各テント一つに二名分のスペース。毛布も配給された。


 悠里は祥悟とセットで割り当てられたテントで横になり、ぼーっと天幕を見上げる。


「帰還は絶望的。この世界で生きる術を持たなければならない。そのための検査と進路相談、それから常識の勉強が必要……。面倒を見て貰えるだけありがたいと思うべきだな」


 悠里がそう言うと、祥悟が悠里を横目にみた。


「俺は家族仲がそんなに良い方でもなかったからダメージは少ないけど。泣いてる女子をみると、何ともやるせないな」


 祥悟の言葉に悠里は「あぁ、そうだな」と短く答え、思考の纏まらない頭を寝てスッキリさせようと、毛布を被って横向きに転がる。



 その後、訓練場で兵舎の皆さんが炊き出しをしてくれて起こされ、パンとポトフの様な温かい野菜スープを頂いた。味付けも素材も質素だったが、この世界に来てはじめて食べる食事は、そう悪い物ではない。



 翌朝、祥悟に肩を揺すって起こされると、悠里は置かれた状況が夢ではなかったことを残念に思った。


 悠里は祥悟と一緒に朝食の炊き出しの手伝いくらい行おうと思ったのだが、調味料や野菜の味、食材の使い方なども分らず、結局指示された野菜の皮剥き程度の手伝いしか出来なかった。

 その一方、祥悟は初めてみる食材や調味料についてあれこれと聞きながら手伝っていた。料理に関しては悠里が祥悟に勝てる要素は一つもない。


 悠里が大鍋を仕掛けた竈の火の番を買って出てしゃがみ込んでいると、その隣に湊がやってきて悠里の隣にしゃがみ込んだ。湊がジッと悠里の顔を見詰めている。


「……?」


 悠里は小首を傾げ、湊の発言を待つ。湊は一六〇センチの背丈で悠里より頭半個ほど小さい。健康的に痩せたスリムな体型で、更に肌は白くサラサラの黒髪ロングという、悠里の好みに合わせて造形されたような湊は、かなり美人に見えてしまう。その美人に黙って見つめられていると、悠里的に照れが出はじめてきた。


「ふぅ、さっきから頭の中で相原君に話しかけてたんだけど。何も伝わらなかった?」


 湊の言葉を聞いて、何の意図があったのか、納得する。


「昨日の戦いの時のアレか?」


 やってきた湊の意図がようやく分かり、今度は悠里が湊に頭の中で話しかけてみた。


『(あーあー、テステス。片倉は今日も美人だな)』


 悠里がテストすると、さっと湊の顔が紅潮した。どうやら伝わっているらしい。


『(よくそういう恥ずかしいことを平気で言えるわね?相原君てそんな女誑しなタイプだったっけ?)』


『(あ、片倉。今のは聞こえたぞ?女を誑し込んだ記憶はないわ。ナンパとか告白とか、度胸ないから絶対無理な方だぞ?)』


『(なら私は揶揄われてるってこと?)』


『(いや?片倉が美人だと思うのは本音だぞ?色白で黒髪ロングの華奢なスタイルとか、俺の好みに合い過ぎてるからそう見えてるのかもしれんが。なんかほら、美術品を見てるみたいな感じ?)』


『(そ、そう?まぁいいけど……。ところでこの頭の中で会話できるのは何故かしら?私からしようと思っても出来なかったのに、相原君からはじめると返事もできるのね?)』


 悠里は竈に木の枝をくべつつ、視線を湊に向けた。


『(鴨居が得た怪力みたいに、俺に目覚めた能力がこの【念話】ってやつなんじゃない?テレパシーって言い方でも良いけど。この能力を持ってるのが片倉じゃなくて俺だから、俺からの一方通行で声を届けたり、片倉からの返事も受け取れるのか読み取ってるのか、そういうのじゃないかな?)』


『(なるほど、筋が通った解釈ね。チームで連携する時とかすごく便利そう。ちゃんとコントロールできるように練習しておいた方が良いわよ)』


『(そうだな)』


 悠里は枝で火の偏りを均して追加で枝を火にくべた。


『(うん。じゃないと恥ずかしい事とかまで相手に伝わっちゃうからね?視線を感じるより、より具体的にスケベな妄想とかまで伝わってきちゃったら、セクハラすぎてドン引きするからね?)』


『(お、おう……。それは……かなり恥ずかしいな?冗談抜きでヤバ過ぎるやつだ。ちゃんと真面目にコントロールの練習しておく)』


『(王都ってところにいけば自分に何の能力が目覚めたのか教えてもらえるって事よね。少し楽しみかも)』


『(片倉も役に立つ能力だと良いな?俺のコレは相手が居ないと意味がないし、案外ハズレかもしれん)』


『(そうかしら?でもそうかもね。一人の時とか、鴨居君の怪力みたいに分かり易く役に立つ能力の方が、良いのかも知れないわね)』




「(あいつら黙って座って何してんだ?)」


 傍からみると悠里と湊は二人で大鍋の火の番をしているように見えているが、悠里が湊とあそこまで長時間絡んでいるのを祥悟は見た覚えがなかった。その珍しい絵面に思わず首を傾げた。


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