第2章 第14話 蹂躙(2)
ナガトがマギーとイライザをターゲットにしたのを理解したテセウスが、ナガトの横から打ち掛かるが、左腕の籠手で払われて攻撃が通らない。
「(くそ、止められねぇ!)」
悠々とマギーとイライザに向かうナガトの背に臍を噛む。気持ちばかり焦りが募る中、深く息を吐き大きく深呼吸をして気持ちを鎮めると天銀合金の長剣を両手持ちの上段に構え、魔力による【身体強化】を最大限に強化する。魔力操作よりは苦手だが、氣操作も並行して行い、防御を捨てたテセウスが出せる最強の一撃を目指して深く集中する。
◆◆◆◆
≪上級≫ランクの二チームが危機に陥っている中、右翼側を担当する悠里、祥悟、湊の三人は撤退戦をしながらも次々と豚頭族達を打ち倒し、気付けば右翼後方の奥に豚頭族の後衛八匹が見えた。
「!豚頭族の後衛が見えた。反転して後衛陣に打撃を与える!」
悠里が叫び、祥悟と湊は悠里に従い同時に前へと突撃に進路を変えた。多少残っていた前衛と中衛は通り過ぎ様に首を刎ね、丸見えになった豚頭族の後衛陣は慌てだし、近付けないように遠距離攻撃で手を打ってくる。
矢逸らしの効果で矢は直撃せず、矢より目立つ魔法攻撃は氣操作で覆った魔鋼合金製の長剣で斬り払う。間合いを詰めた三人はそれぞれ後衛豚頭族達の首を跳ねて回る。
右翼後衛陣まで全て片付けた悠里達は中央の状況を確認する。デカい二体の王は大斧を肩に担いだまま動かず、ナガトが戦っているのを観戦している。そのように命令が出ている様だった。
一先ず動いていない王二体は放置し、ナガトと交戦中の≪上級≫二チームの方を見る。
アレイユは倒れ、≪槍の穂先≫の前衛はテセウスだけが立っており、ナガトは≪送らせ狼≫の前衛二人に向かって歩いていた。
「くそッ!≪上級≫二チームが全然撤退出来ていないじゃないか!」
悠里が悪態を吐きつつ、素早くナガトに駆けていく。
祥悟は迷いなく狙われている≪送らせ狼≫のマギーとイライザの前に立ち塞がり、正眼に構えた長剣でナガトを牽制した。
湊は悠里と共にナガトへ攻撃すべく、追走する。ちらりとナガトの背後のテセウスをみると、彼は上段に構えた天銀合金の長剣にプラーナを纏わせ、渾身の一撃のために集中している様子を察した。
「相原君!ナガトの足止め!」
「おう!」
湊の指示に悠里が短く返事をし、ナガトの右側面から斬り落としを仕掛ける。ナガトが右手に持った大鉈で受けられることを前提に、敢えて力を抜いて放った斬り落としは、手への衝撃を十分軽減させて次の繋ぎに余裕を持たせた。
ナガトが悠里の一撃を大鉈で受けた事により出来た死角。大鉈とナガトの腕の下に出来た死角に湊が滑り込み、ナガトの右膝上に長剣の刺突で突貫を敢行する。意識外からの攻撃はナガトの油断により身体強化が緩んでいたのか、湊の剣先がずぶりと腱に深く突き刺さった。
「痛ッ?!」
ナガトが反射で悲鳴を上げ、湊に振り向く。湊は剣の鍔を握りながら両手で捩じり込み、柄を両手で握り直して横薙ぎに全力で振り抜いた。ぶちぶちと腱が断裂し、ナガトが顔を歪めて雑に大鉈で湊を振り解いた。
「チッ!」
ナガトの雑な反撃を後退して回避した湊が、悠里と並ぶ。
「『あー……。お前らは日本人の転移者だよな?同郷の誼だ。女置いていくなら逃げても良いぞ?』」
ナガトの厚意(?)に悠里は交渉にならないと思いつつも、一応返す。
「『女を諦めてくれるなら素直に帰るけど?』」
「『それは出来んな。隣の美人さんは是非とも欲しい。男は……まぁ死んでくれ』」
ナガトとの成立しようがない交渉は一瞬で決裂し、ナガトの大鉈の斬り下ろしが悠里を襲う。
悠里は一歩分横に避け、斬り下ろしてきたナガトの右手の手首に、悠里の氣で強化した斬り下ろしを振るった。
ガキィン!
「くッ?!」
金属質な音が響き、悠里の剣が弾かれた。ナガトの籠手は裂いていたが、身体強化を集中したと思われる上腕で刃が弾かれた。流石に無傷ではなく血も流れてはいるが、それは戦いの形勢を変えるようなダメージではない。
「『身体強化した状態なら斬れないみたいだな?』」
ナガトが身体強化で剣を防げる自信を持ち、余裕を見せつつ悠里達を煽る。
「『……右脚のダメージは軽くないはずだけど。けどまだまだやる気だね?』」
悠里がナガトに問いかけ、ナガトが嗤う。
「『クハハッ!このくらいハンデにしといてやる!』」
「『腹立たしいけど、油断が無くなったなら厳しいわね……』」
悠里と並ぶ湊も苦い表情で正眼のまま様子を窺う。
「『とはいえ、斬らなきゃ勝てない以上は何度も斬りつけるしか』」
悠里がそう零し正眼から飛び込んでの刺突を繰り出す。悠里の動きに合わせ湊も別角度から刺突で仕掛けた。ナガトの大鉈に受けられることを前提にした連続突きで、何とか防御を抜こうと畳み掛ける。
「『クハハッ!良いぞ良いぞ、受け損ねるまでいくらでも突いてみると良い!』
ナガトの気が悠里と湊に向かっているところ、ナガトの斜め後背で様子を見ていた祥悟が≪送らせ狼≫の女剣士マギーとイライザ三人で頷き合い、ナガトの背後、死角から三人掛かりで斬りかかる。祥悟はナガトの背後から袈裟斬りで脊髄を狙い、女剣士三人はそれぞれ両脇背後から脇の下の装甲の薄い箇所に突きを放った。
祥悟の袈裟斬りはナガトの鎧を裂いてみせたが、肉体には浅い傷止まりだった。続いてマギーとイライザがナガトの両脇の下へと二人掛かりで突きを繰り出し、アレイユが放った突きより深く刺さり、動脈を断ったのか期待以上に出血を強いることができた。
「ヌグァッ!エェィ、忌々シイ!王達、背後ノ三人ヲヤレ!男ハ殺シテイイ!女ハ気絶サセルカ、脚デ モ折ッテヤレ!」
一対五の状態はナガトを十分に苛つかせ、待機させていた豚頭族王二体に後方三人の対処を命令した。
「む、くそ!豚頭族王二体が来る、離れるぞ!」
祥悟が叫び、左右に着いた女剣士二人も後退して豚頭族王に備える。
「(豚頭族王は初だけど……刃さえ通れば何とかなるか……?)
女剣士二人が位置の近い方の王に交互に袈裟斬りと逆袈裟斬りで切り掛かる。その剣は革鎧を裂き肉を浅くだが断った様子が見えた。
祥悟は自分の刃も通ると確信し、全力で練った氣を剣に纏わせると、鎧の裂け目を狙って刺突を放つ。刺突は鎧の裂け目に正確に吸い込まれ、剣先が深く沈み込んだ。
「ピギィッ?!」
深く突き刺さった剣先を捩じり引き抜くと、派手に出血した。心臓か傍の大動脈かを切り裂いた様で、王は数歩ふらついてから俯せに倒れていった。
三人掛かりで豚頭族王一体を何とか屠ったが、体勢を整え直す前にもう一体の豚頭族王が大斧を振り上げて祥悟に迫っていた。
崩れた体勢で回避は間に合わず、何とか剣で受けようと祥悟は肚をくくったが、後衛陣からの魔法の適格な援護射撃が入り、王は斧を振り下ろさずに大きく後ろに跳んだ。
その隙に体勢を立て直した祥悟と女剣士二人が、今度は後衛陣からの援護付きで王の残り一体と向かい合う。
先に一体を倒せたことから、三人は落ち着いて残り一体の王と向き合うことができた。
一方、ナガトを中心としたもう一つの戦闘では、悠里と湊がナガトの攻撃を何とか捌いていた。特にナガトが殺す気で攻める悠里は防御に徹している。湊は攻撃寄りの立ち回りだが、たまに拳打が湊を襲うため、捨て身のような攻めは出来ずにいる。
奥で祥悟達が豚頭族王の一体目を倒したのが視界に入り、湊も防御重視の立ち回りになってナガトを釘付けにする。
ナガトの注意が完全に悠里と湊に向いている最中、集中していたテセウスが目を開きナガトを急襲した。
「破ッ!!」
テセウスが練り上げた氣の一閃が、ナガトを鎧ごと逆袈裟斬りにし、血飛沫を舞わせた。身体強化した状態のナガトの肩口から、左肩甲骨を断って背骨近くまでの深い裂傷が刻まれた。
「グゥッ……死ニ損ナイガ!」
背後から斬られたナガトは前のめりにバランスを崩し、右脚で大地を踏みしめようとして膝に力が入らず右膝を着いた。
背後を振り返り、剣を振り切った体勢のテセウスを確認すると、ナガトは即座に大鉈で右薙ぎに強打し、テセウスを弾き飛ばした。
「がはッ……」
斬られたテセウスは、地面で何度もバウンドしながら転がっていった。
湊がつけた右膝の上側の靭帯の裂傷、テセウスが与えた背面左肩から背骨間際までの大きな裂傷、二つの傷で左腕と右脚の動きがぎこちなくなったナガトだが、それでも雑な大振り一発で人間を弾き飛ばす膂力が残っている。
左足を軸にナガトがふらつきながら立ち上がり、悠里と湊を睨みつける。ナガトの背後で二体目の豚頭族王が倒された気配を察っした。
「フゥゥゥゥ……」
ナガトが深く深呼吸し、
「【復元】」
と一言発した。
瞬間、ナガトの身体からごっそりと魔力が消費され、代わりに受けていた傷が全て逆再生のように塞がっていく。
「……まじかー……」
そのあまりな光景に、悠里達は呆然とするしかなかった。




