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第2章 第13話 蹂躙(1)

「撤退だ!殿は≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫と≪送らせ狼≫!両翼は速やかに後退して≪鋼の盾(スチール・シールド)≫に合流しろ!」


 テセウスの指示に悠里達は素早く反応し、後退しながら戦線を下げていく。


「殿は≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫と≪送らせ狼≫がやるって言われても……。こっちも無防備に下がれるような状況じゃないっての」


 悠里がぼやき、祥悟と湊が同意する。


「私たち三人だけなら全力で走れば逃げ切れるかもだけど、後衛組は豚頭族オークに追いつかれちゃうよね」

「だよな」


 湊の見解に祥悟も相槌を打ちつつ、追ってくる豚頭族オークの攻撃を長剣で弾いてから蹴り飛ばした。


『(ネロ、シエラ、エンリフェにリネット教官。前衛三人で豚頭族オークを足止めしながら後退するから、先に≪鋼の盾(スチール・シールド)≫のところまで走って)』


『(ユーリさん達を置いて行けと?!)』


『(私達も支えます!!)』


 悠里の念話にシエラとエンリフェが躊躇して言い返すものの、冷静なネロとリネット教官に腕を掴まれ引かれる。


「足手まといって事よ。ユーリ君達の足を引っ張りたくないでしょ?だから行こう」


 リネット教官がユーリ達の意図を汲んで説得すると、シエラとエンリフェは口惜しさを顔に出しつつも渋々同意し、走りはじめた。



『(よし、上級チームに殿を引き継げるまでは俺達で踏ん張るぞ)』


『『(了解)』』


 悠里の念話に祥悟と湊が返事を返し、後退しながらの応戦に専念しはじめた。


◆◆◆◆


 ≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫と≪送らせ狼≫が、ナガトと接敵した時に遡る。


「人間。オ前達ニハ聞ギタイ事ガ沢山アル。武器ヲ捨デデ降伏スルナラ、マシナ扱イヲシデヤル」


「断る!」


 ナガトの誘いの言葉を、テセウスが即断で遮った。


「ソウカ。マァ良イ。先ニ聞カセロ。オ前達ハ人間ノ基準デ言ウト、ドノ程度ノ戦力ダ?」


「……探索者シーカーという括りの中で、上級の下位から中位というところだ。人類の戦力としては上澄みの一端だが、俺達より強い奴等はゴロゴロと居る」


 テセウスが愛用の長剣をナガトに向けながらそう答える。


「ソウカ。参考ニナッタ」


「俺からも質問させてもらう。貴様は勇者ブレイヴァーと言ったな。かなり上位の豚頭族オークだと見受けるが、その割に配下は練度こそ高いが突出した個体が側近二体しか見当たらない。何故だ?もっと血縁の配下が居てもおかしくない筈だ」


 会話を契機に、ナガトの群れの情報を得ようと、テセウスが問う。


「突出シタ個体?血縁?ナルホド。オデハ豚頭族オークノ雌ト交尾シタクナイカラナ」


「人間の女相手じゃないとヤる気にならねぇってか?(統率個体に見合わない群れの違和感はこれが理由か……)」


「ソウダ。豚頭族オークノ強者カラ強者ガ産マレルドイウナラ、見付ケタラ種馬ニシヨウ。側近ノ二体ハキングダカラ調度イイ。奴ラニ増ヤサセヨウ。良イ話ヲ聞カセデクレタ礼ダ。女ヲ置イテイケバ見逃シデヤルゾ?」


「断る!」

「私も豚頭族オークは無理かな」


 テセウスとアレイユが拒絶の意思を示し、前に踏み出す。近接攻撃役のメンバー達がそれに続いて前に出る。盾役達は後衛陣を守るべく、大盾を構えて陣形を固めた。


「宜シイ。ナラバ力尽クダ。ダーガ、ドーガ、指揮ハ任セル」


 ナガトが口端をあげて不敵に嗤い、配下の豚頭族オークキングに指示を出す。ナガト自身は大鉈を担いだまま、テセウスとアレイユに向かって駆け出した。


「(速いッ!!)」


 テセウスはナガトの上段からの斬り下ろしを辛うじてサイドステップで回避し、同時に長剣で右薙ぎでカウンターを合わせようとするが、振り抜く長剣の柄を拳ごとナガトの左手に掴まれて止められた。


「なッ?!」


 避けるなり受け流すなりされるならば追撃の二手目の用意があった。それを剣に勢いが乗る前に掴み取られるなど、これまでに経験したことのない対処方法に、テセウスの意識に空白ができてしまった。


「がはッ?!」


 ナガトの膝蹴りがテセウスの腹を痛打して宙に浮かせ、大鉈を持った拳がテセウスを殴り飛ばした。テセウスは咄嗟に丸盾で直撃を防いだが、盾越しのダメージで大きく飛ばされ転がっていく。


 テセウスを殴り飛ばして伸びた腕によりできた死角からアレイユが飛び出す。装甲の薄いナガトの右腋の下へと全力で刺突を繰り出す。


「はっ!!」


 アレイユが【身体強化】を全開にして放った一撃はナガトの鎧の間隙を突いてずぶりと肉を貫いたが、手応えは浅い。


「(くっ……硬い!?)」


 アレイユが長剣の柄頭にもう片手を添えて両手で押し込むが、致命傷になる程には押し込められずにいた。


「痛デェナ、女ァ」


 ナガトがアレイユの首に左手を伸ばす。


「ッ!爆ぜろッ!!」


 アレイユは咄嗟に魔力を剣身に流し込む。天銀ミスリル合金の刃を伝わり、肉に埋まった剣先を起点に爆発を起こす。アレイユの最高火力である【爆刃】という技だ。


「グッ……」


 ナガトは想定外の熱と衝撃に右脇の下の肉を抉られ、アレイユを捕まえようと伸ばした手は空振りに終わった。アレイユはその隙にバックステップで距離を取り、呼吸を整える。


 アレイユと入れ替わるように≪送らせ狼≫の女剣士の二人、マギーとイライザが≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫の槍使いガイラスと共に前衛に出てナガトに攻撃を仕掛ける。その立ち回りは回避重視で、隙があれば突くが決して深追いはしない。生存重視、時間稼ぎのための戦い方だ。



「(【身体強化】全開で急所を刺した。【爆刃】も使った。でも全然致命傷になっていない……)」


 アレイユが口惜しさに唇を噛む。

 殴り飛ばされていたテセウスが戦線に復帰してアレイユに並ぶ。


「痛ってぇな畜生。今のはアレイユの【爆刃】か?手応えは?」


「右腕を根本から抉り取る気でやって、右脇の肉を少し削れた程度」


「そうか……。それじゃ俺の【震撃】も大して通らないだろうな」


 【震撃】はテセウスの得意技で、刃を覆った魔力を振動させ切断力を上げたり鈍器のような衝撃をぶつけたりできる、応用に富んだ技である。応用は利くのだが、単純な殺傷力としては【爆刃】に一歩及ばない。


「自動再生はしていなそう。長期戦覚悟ならいずれ斃せそうだけど」


「その前に討伐隊に死人が出そうだな」


「……そうね。仲間の命を掛けてまで今斃さなきゃいけないっていう訳じゃないと思うわ……。あの金色が豚頭族オークの繁殖に関わらないのなら。猶更緊急性は下がるはず」


「……とはいえ、ナガトの後ろにいる側近二体が豚頭族オークキングって言ってたぞ」


「そうだったわね。最低でもキングの二体は倒しておかないと不味いわね。先に部下のキングをぶつけてくれれば簡単だったのに」


 アレイユとテセウスが退き時を検討しはじめたところで、ナガトの相手をしていた前衛が崩された。回避するには崩れすぎた体勢のところをナガトの大鉈による横薙ぎが払われ、長槍で受けつつ凌いでいたガイラスが、槍の柄ごと胴を両断されて弾き飛ばされた。


「「ッ!!」」


 ガイラスが左薙ぎで飛ばされ、血とはらわたを撒きながら力なく転がっていく。確かめる必要もなく、即死である。


 テセウスとアレイユは咄嗟に前衛に空いた空間を埋めるべく前に出る。


「ハッ!!態々前衛ノ相手ダゲスルト思ウナヨ?」


 ナガトは大鉈を体の前に横構えした状態で、飛び込んできたテセウスとアレイユに体ごと当たりにいく。


「ぐぁっ?!」「がぁっ?!」


 アレイユとテセウスは二人掛かりでナガトの吶喊とっかんを抑え切れず、撥ね飛ばされて地面を転がり、這いつくばる。ナガトはそのままの勢いで後衛側へと抜け、後衛陣の守護に大盾を構えていた≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫の盾役シルトに迫ると、巨大な大鉈の連撃を浴びせはじめた。


「グッ……重い!早い!」


 シルト自身かなり手練れの大盾使いなのだが、ナガトの圧倒的なパワーとスピードにバランスを崩し、上体が泳いだ。


「ギャハハ!!根性ミセロヨォ!!」


 ナガトが愉悦の滲み出た嗤い声を上げつつ、何度も大鉈を叩きつける。抜かれた前衛達はナガトに追いすがり背後から奇襲を掛けるが、その動きを把握していたのか、ナガトが背後を薙ぎ払う大振りの攻撃によって、追い縋っていた二人がまとめて弾き飛ばされた。


「ぐッ。重、過ぎる……ッ!ぐあ!?」


 遂にシルトの鉄壁の防御を抜かれ、右薙ぎに薙ぎ払われて甲冑ごと胴回りの半分ほどを裂かれ、大鉈が食い込んだ。


「ンァ?斬レ味悪ィナ?」


 ナガトはシルトの背骨まで断ったが両断できなかった甲冑の男をみて不満げに鼻を鳴らすと、大鉈を大きく振ってシルトだった肉塊を放り飛ばした。大鉈が自由になったところで後衛達に向き直り、ニチャッとした嗤いをみせつける。


「ヒッ!」

「う、うわぁぁぁぁッ!?」

「こ、殺される!?」


 ナガトの圧倒的な暴力を前に後衛陣から悲鳴があがる。


「(くそッ、あいつ(ナガト)、今まで手を抜いてやがった!!)」


 テセウスは自分達の想定の甘さを悔みつつ、全体指示の声を張り上げた。

 

「撤退だ!殿は≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫と≪送らせ狼≫!両翼は速やかに後退して≪鋼の盾(スチール・シールド)≫に合流しろ!」


 テセウスは撤退指示を出したものの、誰かがナガトを抑えないと逃げ切ることも困難だと理解していた。まだ動ける≪送り狼≫の女剣士二人、マギーとイライザがナガトの背後をから斬り込むが、ナガトはせせら嗤う愉悦を滲ませながら振り向き、大鉈や籠手の拳打でそれを捌く。


 テセウス達に遅れてアレイユも戦線に復帰したものの、ダメージを引き摺り動きに精彩を欠いている。ナガトはそんなアレイユをみて唇を一舐めすると、大鉈を峰打ちに持ち替えてアレイユの下肢を払った。


「ッあ゛ァァッ?!」


 ナガトの一撃がアレイユの両足を払い、仰向けに倒れ込んだ。ナガトは返す大鉈でアレイユの無防備な腹に強烈な峰打ちを叩き込んだ。


「がはッ……」

「アレイユ!」「「隊長!」」


 アレイユは肺から息を全て吐き出されたように呻き、そのまま気絶した。

 アレイユの状況を確認した討伐隊達が悲鳴をあげ、動揺が伝播する。


「ギャハハッ!!先ズハ一人。コレデ逃ゲラレネェダロ?!ソレトモ、女ヲ見捨テテ逃ゲルカ?ギャハハッ!!」


 ナガトが両手を広げて気持ちよく煽りながら、次に捕獲する女を品定めする。気絶済みのアレイユを除いて、≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫は男性四人。うち二人は死亡で、女性は≪送らせ狼≫の後衛の三人と前衛剣士の二人のみ。ナガトは生き残っている男二人の内、≪槍の穂先(スピア・ヘッド)≫弓使いで斥候役のアーチに迫ると袈裟斬りに両断して即死させた。

 対して≪送らせ狼≫は気絶させられたアレイユを含め、女性六人ともが健在である。ナガトは舌舐めずりしながら次の獲物として前衛側、テセウスへと視線を運ぶ。


 ナガトが次の獲物をテセウスに決めると、前衛に残っているマギーとイライザの攻撃を捌きながらテセウスに向き直った。


 ≪送らせ狼≫で長剣使いの前衛二人、マギーとイライザはナガトの威圧と周囲の惨状に呑まれ、カタカタと武器を持った手と膝が震えて止まらない。


「次ハオ前達ヲ捕マエルカナァ?」


 ナガトはにちゃりとした厭な笑顔でマギーとイライザを眺め、恐怖を煽るように態とゆっくり近寄っていく。


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