第2章 第12話 小さな戦争
「ウオォォォォォォォッ!!オデハ、豚頭族ノ勇者、ナガト!!オデノ楽シイ異世界生活ノ糧トナレ!!」
ナガトのあげた咆哮と宣言に、湊が鳥肌がたった腕を摩る。
「生理的に無理……。人間だったとしても無理……」
湊の反応に悠里も同意しつつ、疑問を口にする。
「そもそも豚頭族の勇者って何だ?講習で習わなかったぞ」
祥悟が悠里の疑問に応えてナガトに【鑑定】を試みる。
祥悟の【鑑定】スキルは相手の所持するスキルが視える。相手が【鑑定】を受け入れていれば視える情報量はより詳細になるが、逆に相手の同意がなければ視える情報量は減ったり全く視えない場合もある。
今回、祥悟が視ることができた情報は、
ナガト・キヨツグ
豚頭族
勇者
という、ナガトの口上を裏付ける内容だけであった。
「……【鑑定】したら勇者ってなってるな。詳細までは視えない。あと側近のデカいやつ二体は豚頭族王だ」
「職業的なモノも視えるのようになったのか?新しい機能かな?」
悠里は前進をはじめた豚頭族の軍勢から目を離さず、祥悟との会話を続ける。
「因みに悠里と片倉は“探索者”って出てる。ゲーム的な意味でのジョブやクラスっていうより、称号とか立場、身分みたいなモノっぽい気がする」
「ふーん。それだと、豚頭族の王級とナガトの勇者、どっちが強いのか分らないな?まぁナガトが引き連れているっぽいからナガトの方が格上な気はするが」
悠里の緊張感の混ざった声色に、祥悟が苦笑いで返す。
「あのデカい大鉈?大剣?片手で振り回してるのに弱いってのは無いんじゃね?」
「だな。ナガトの実力次第で撤退もありえるか」
「そうね。上級の先輩方の判断次第、よね」
湊も迫りくる豚頭族達より一際大きなナガトの体躯を視界に捉えつつ、先ずは目先の軍勢へと意識を切り替えた。
整然とした陣形のまま前進をはじめた豚頭族達は、上背が二メートルに近い上に筋肉と脂肪で厚みと幅にも恵まれて、今まで戦った豚頭族達より強い威圧感を放っている。
身の丈に迫る程の長方形の大盾は、ドラム缶から切り出したかのような曲面描いている。五メートルの長さの大長槍は、穂先は小さく立ち並ぶ大盾の隙間から前方へと構えられていた。
豚頭族の前列、大盾と大長槍を構えた前衛が足並みを揃え前進してくる一方、豚頭族の後列側からは矢や魔法による遠距離攻撃が飛んできていた。
討伐隊の面々は、戦力の組織的運用と練度がこれまでの豚頭族達とは段違いであることを早々に悟ることになった。
「前衛、魔法防御備えろッ!!矢は【矢逸らし】を信じろッ!」
テセウスが声を張り上げて指揮をとる。
豚頭族の後衛から降り注ぐ矢と矢型の魔法類は、全て【矢逸らし】によって討伐隊の足元へと落ちていく。【矢逸らし】効果が及ばなかった魔法は、大盾持ちの前衛達が見事に受け止めてみせた。
「敵後衛の魔法威力、想定内!」
【火球】を受け止めた前衛が声を張り上げた。
立ち上がりは文句なしに対処できていることを確かめ、テセウスとミレイユが小声で言葉を交わす。
「金色の側近みたいなデカい二体、将軍か王だよな?。勇者
はなんだ?皇帝級なのか?聞いた事ないぞ……」
「そうね……。強さの程は一当てして確認、かしら」
「そうだな。一当てして無理そうなら、即退却だ」
前衛に立つテセウスとアレイユが、ナガトの存在感に警戒心を強める。
前列の盾持ち豚頭族が二〇体、中列は盾を持たない武器だけの豚頭族が一五体、後列に弓や杖持ちの豚頭族が併せて一五体。
対して、討伐隊は前衛中衛が各チームから盾役と物理攻撃役、二人の教官を併せても一四名に、後衛が併せて一二名。
小規模ながら、その様相は正しく“戦争”のはじまりであった。
「祥悟、片倉。まずは盾持ち一体を確実に落とすぞ!突破口が開いたらそこから食い破る!」
悠里の声掛けに、祥悟と湊が「応」と頷き返す。
悠里は迫りくる大長槍に備え、大身槍の穂先を下段に構える。
「俺が穂先をカチ上げる!二人は潜り込んで仕留めてくれ!!」
「「了ッ!!」」
悠里が下段から上段へと跳ね上げた大身槍の穂先が、豚頭族の大長槍を絡め取って大きく上に弾くことに成功した。
そこに祥悟と湊が駆け、豚頭族の大長槍の懐へと潜り込んで大身槍を振るう。
祥悟が豚頭族の左、大盾側からの鋭い突きを放って大盾での防御を誘い、できた空隙に湊が滑り込んで大身槍の突貫で豚頭族の右胸を貫いた。
湊は豚頭族に前蹴りを放ち、大身槍を引き抜く。右胸を穿たれた豚頭族は、蹴り飛ばされたまま背後の豚頭族にぶつかり、仰向けに倒れていった。
湊が一体目の豚頭族を仕留めた頃には、狙った豚頭族の両サイドの大盾持ちに、悠里と祥悟がそれぞれに側面から仕掛けている。祥悟は槍を持った右側の脇腹から心臓にかけて貫き、一体を仕留めた。
悠里は大盾を持った左側から豚頭族に飛び掛かり、大盾を掴んで押し退け、空いた隙間から短く持った大身槍を突き刺して一体を仕留める。
倒れた大盾持ち三体を踏み越えて、中列の豚頭族達が前に出てくる。悠里が豚頭族の振り回した大振りの戦棍を大身槍で往なすが、その衝撃は強く腕に響いた。
「重ッ!出すぎると囲まれる。下がりつつ迎撃!!」
悠里の号令に「応」と答え、祥悟と湊も下がりながらの迎撃に移行した。悠里は素早く周囲を見渡し、他の前線も崩れていないことを見て取ると、出てきた中列の豚頭族との戦闘に集中した。
一方、悠里達とは逆サイドの左翼にいた一誠達≪旅行者達≫も、順調に前線の豚頭族を蹴散らし中列の豚頭族を削り始めていた。
「練度は高いっぽいけど、豚頭族は豚頭族だな?」
矢部裕斗の独り言に、相模原太が乗って軽口を返す。
「だな。それに勇者が敵役って流行り通りかっ」
相対していた豚頭族に止めを刺しつつ、一誠が首を傾げる。
「でも古いゲームの勇者も不法侵入や窃盗の常習犯だし。昔からでは?」
「……あれ?それもそうだな?」
一誠の指摘に一瞬考え込み、反論が思いつかず原太は唸った。
「ン~?倍ノ数デモ押シ切レ無イノカ。モット質ヲ上ゲルベキカ」
後方で戦線を眺めているナガトがそう分析していると、討伐隊の後衛陣から矢や魔法が飛んできた。ナガトは分厚く身幅も広い大鉈を薙いでそれを迎撃する。
「チッ、コノママデハ女ノ捕獲モママナランカ」
ナガトは首と肩を回して大鉈を担ぎなおすと、戦線に加わるべく前進しはじめた。その左右にはナガトに次ぐ巨躯の二体が大斧を担いで続いていく。
「ッ! 金色が出て来るぞ!」
ナガトの前進に一早く気が付いたアレイユが声を張り上げた。それを受け取ったテセウスが再び声を張り上げる。
「≪槍の穂先≫と≪送らせ狼≫で金色に一当てする!!新人どもと教官は引き続き軍勢の対処だ!!」
「「了ッ!」」
「「応ッ!」」
左翼側に≪旅行者達≫とユーノス教官、右翼側に≪名無し≫とリネット教官。中央に≪槍の穂先≫と≪送らせ狼≫という配置で豚頭族の前進を抑え込んでいたが、ナガトの前進に合わせて豚頭族達の陣形が左右に割れ、道を空け始めた。
「両翼、中央が割れて左右に散った!後衛陣に豚頭族を近付かせるなよ!」
リネット教官が声を張り上げ、両翼で奮闘する≪旅行者達≫と悠里達が了承の意を短く返す。
「「了ッ!」」
「「応ッ!」」
両翼の圧は増したが、それでも大盾と大長槍を持った前列は既に駆逐を完了している。そのため、豚頭族の中列と後列は最初の大盾の列の対応に比べて随分と組し易い相手であった。
豚頭族の中列は陣形の維持より乱戦に持ち込むのが狙いだったようで、間合いを潰され豚頭族に包囲されつつあった悠里達三人は、大身槍を収納して長剣に持ち替え、対処に当たっていた。
中央の様子を窺う余裕はなかったが、重い金属音や悲鳴、苦悶の声が聞こえてくる。
「中央どうなってるんだ?上級二チームで押されてるのか?」
悠里達も中央の様子は気になっているものの、乱戦中では中央の様子まで見通せずにいる。
ギャギィン!と一際大きな金属音が聞こえた直後、鎧姿の大男が車に撥ねられたように飛んできて、悠里が切り結んでいた豚頭族に激突した。一瞬のことで誰かは分らなかったが、見覚えのある鎧姿は中央で奮闘中の≪槍の穂先≫の大盾持ちだと思い至る。
「(何だ?ナガトに殴り飛ばされてきた?)」
悠里は激突されて態勢を崩していた豚頭族の首筋に長剣を突き立て、横薙ぎに首を裂いてトドメを刺す。素早く周囲に目を配り他の豚頭族達は距離がある事を確かめると、飛ばされてきた者を助け起こそうとして、固まった。
「ッ!」
左腰から右胸にかけて鎧ごと切り裂かれ拉げており、その呆然とした顔と瞳からは生気が感じられなかった。一目見て事切れていると察し、悠里は接近してくる豚頭族の迎撃に戻った。
『(≪槍の穂先≫の盾役さん、多分死んでる。撤退指示が出るかも)』
『(ッ!)』
悠里の念話に祥悟と湊が唇を噛む。後方にいるネロとエンリフェ、シエラからも息を飲む気配を感じた。悠里の横に回って豚頭族と剣戟を交わしていたリネット教官が、さっと倒れている≪槍の穂先≫の盾役に目を向け、目を細めて頷いた。
『(盾役が即死ですか。皆さん、撤退指示に備えて)』
リネット教官からの念話の返答に皆が心中で頷いた。
その直後、中央のテセウスが大声で指示を出した。
「撤退だ!殿は≪槍の穂先≫と≪送らせ狼≫!両翼は速やかに後退して≪鋼の盾≫に合流しろ!」




