第2章 第11話 金色
斥候同士の接触から≪槍の穂先≫と≪旅行者達≫の組と合流を果たし、豚頭族達の野戦築城を遠目に観察していた。
≪送らせ狼≫のアレイユが樹木の枝の上から観察していた敵陣地の状況を言葉にする。
「目測で空堀は深さ二メートル以上で幅が四メートル。丸太の防壁が高さ三メートル。空堀の底からみれば高さ七メートル以上の絶壁ね。身体強化して飛び越えるのは難しそう。鉤爪ロープを引っかけて登攀なら入り込めそうかな……?
普通に出入り出来そうなのは正面の跳ね橋のみ。……跳ね橋よね?多分。まぁ普通の橋でも扉は閉められると思う。
周辺の民家は軒並み空き家だったのを考えると、豚頭族達は壁の中に籠城して臨戦態勢でしょう」
≪槍の穂先≫のテセウスが、アレイユに続き苦虫を嚙み潰したような顔で唸る。
「むぅ……。防壁の上に豚頭族が見えるから、壁の裏側には足場もあるな?高さと壁のアドバンテージは大きいぞ。真正直に攻めればこちらも被害なしとはいかないな……」
一誠が右手を挙げてテセウスとアレイユに聞こえるように意見する。
「……あのー。素人目線ですけど。これ、もう軍隊の案件では?」
「防衛設備の対策を考えようと思えば確かに軍隊案件だ。しかし規模からみれば軍隊が出張るほどでもない……。難しいところだな」
テセウスがオークの陣地から目を離さず答え、ガシガシと頭を雑に掻く。
「敢えて門前に姿を出して、様子をみましょう?跳ね橋をあげて防衛を固めるのか、それとも中から打って出てくるのか」
アレイユが、正面にみえる跳ね橋の方を睨みつけながらそう言った。
「そうだな。籠城するようであれば、ギルドに戻って軍に要請を出してもらおう。陣地から出てくるようなら、可能な限り敵戦力を削る。それでいいか?」
テセウスがアレイユに振り返り、方針を打ち出した。
「異論なし」
アレイユが即断で答え、残りの面子も頷いて同意を示した。
木々の隙間で四チームの前衛が並び立ち、そこに≪槍の穂先≫と≪送らせ狼≫の後衛陣から【矢逸らし】などの強化魔法が付与された。≪旅行者達≫と悠里達の後衛の強化魔法は彼らの魔法に比べて効果が低いため、今回は出番なしである。
草木を掻き分けて陣地周辺の伐採されて見通しの良い場所まで出ると、見張りをしていた豚頭族がこちらの姿を認め、猛烈に銅鑼を叩き出した。
「“襲撃者あり”って警告かしら」
≪旅行者達≫の古淵リオンが落ち着いて呟き、ユーノス教官が肯定した。
「そうね。叫ぶより効率的に陣地内に知らせる方法。やっぱりこの群れは頭が良いわね」
跳ね橋を渡りやってくる豚頭族達は、皆が金属製の武器を手にしていた。更にこれまでの豚頭族がほぼ全裸に腰に革を巻いただけだったのに対し、より人間的な皮革製の防具まで身に着けている。
豚頭族達の前衛には大盾と金属製の大長槍を持つ豚頭族達が並び、その後方に剣、斧といった雑多な武装の豚頭族達が続き、最後方には弓や杖を手にした豚頭族達が並んでいる。
「武装した豚頭族がわらわらと出てきたわね。森の中で戦った奴らより体格も立派かしら……?」
様子を窺っていた湊が呟きつつ、大身槍を両手で握りなおした。湊の呟きに心の中で同意しつつ、悠里と祥悟も大身槍を油断なく構える。
大柄な豚頭族達が五〇体は出てきたところで、最後に上級豚頭族より大柄で大斧を持ち目立つ豚頭族が二体と、毛色が違い一際大きな体躯の豚頭族が橋を渡って出てきた。
金属製の鉄札鎧らしき防具を着込み、金色の毛並みを逆立てた個体が、身の丈程の大鉈を肩に担いでいる。サイズ感が全然違うが、形状的には中華包丁が近そうだった。
「……どうみても普通の豚頭族じゃないな?」
テセウスが、冷や汗を拭いながらそうぼやく。
「そうね……。大きい二体は王か将軍かしら?金色のやつは皇帝なの?」
アレイユも金色の豚頭族の放つ圧に緊張を隠せずにいた。
「人間!オデ達ノ縄張リニ何ノ用ダ?」
発音し難そうに、妙なイントネーションで金色の豚頭族が声を張り上げた。想像の埒外の反応に、討伐隊がざわつく。
「人語を理解して話せる個体?聞いたことないぞ……」
「賢い群れだとは思っていたが、まさか言葉まで……」
「王や皇帝でも人語を操るとか聞いたことない。新種なのか?」
討伐隊がざわつく中、テセウスが一歩踏み出して問う。
「……金色の。人間の言葉を話せるのか?」
「話シテイルダロウ?バカナノカ?」
「それもそうだな。金色の。名前はあるのか?」
「アル。豚頭族ノ勇者、ナガト・キヨツグ」
「(ナガト・キヨツグ?長門清継……?日本人か?)」
悠里は金色の豚頭族の名前からそう想像し、目を見開いた。
「ン……?ソノ外見……モシカシテ日本人カ?『日本語はわかるか?』」
「『日本語?!勇者?!おいおいおい。お前、ひょっとして元日本人なのか?こっちの世界で豚頭族に転生したって事?』」
悠里の横で一誠が額に手を当て首を横に振り、日本語で金色の豚頭族ナガトに問いかけた。
「『そうだ。神には会ってないがな。お前達は転移なのか?』」
ナガトが一誠に目線をやりながら日本語で問う。
「『そうだ。突然、この世界に迷い込んだ。こっちも神様には会っていない』」
テセウスやアレイユ達は未知の言語で会話をする両者を訝しんでいたが、琴子やリオンが迷い込む前の世界の言語だとフォローを入れて同時通訳をはじめた。
「『そうか。人間のままとは羨ましいぜ。で、こんだけ人集めて俺達の討伐にでも来たのか?近くに人里でもあるのかね?』」
ナガトが右手で蟀谷を掻きつつ一誠に聞き、一誠がそれに答える。
「『そうだ。ここは大規模な人里に近い。人間に敵対する気がないなら、人里離れた場所への引っ越しを仲介してやろうか?』」
「『ほう?』」
一誠とナガトの話は、一誠の言葉を琴子が、ナガトの言葉をリオンが同時通訳している。ナガトは一誠の提案を聞いて暫し考えるように間を開け、空を仰いだ。
「『知ってるか?この世界の豚頭族は豚頭族同士の交尾で増えるんだぜ。人間を苗床にして繁殖とかできない。薄い本とは違うのよ……』」
ナガトの突然の話題転換についていけず、一誠が思わず黙り込んだ。
「『でも俺は人間の頃の美醜の感覚が残ってるからな。雌の豚頭族と交尾とか絶対無理な訳。でも豚頭族だからか、性欲がすごくて頭が狂いそうなんだよね』」
空を見ていたナガトが目線を戻し、探索者達を見渡した。
「『俺が何で態々陣地から出てきたのか分るか?人間の女をみて勃起が治まらないからだよ!!本物の“くっころ”を味わいたくてギンギンだ!!』」
ナガトが鎧の前垂れを持ち上げて、股間に出来た天幕を見せつける。
「うげっ」
「ひっ」
「やだキモイっ」
ナガトの発言で女性陣が呻き、ドン引きして後ろに下がった。ナガトはそれを見ながら舌なめずりをする。
「女ハ殺スナ!傷モ出来ルダケ無シダ!!男ハ皆殺シデ喰ッテイイ!!」
ナガトはそう宣言すると、大鉈を大振りに振り回し、討伐隊に突きつけた。
「(あぁ、これは和解は無理だわ……)」
悠里は溜息を吐き、ナガトとの話し合いを早々に諦めた。
「……言葉は通じても話し合う余地は無し、か」
テセウスもリオンの通訳を聞いて戦闘態勢に入った。テセウスに続き、討伐隊全員が武器を構える。
「『残念だけど豚頭族は好みじゃないのよね。来世に期待してどうぞ』」
美玖がナガトを煽るが、ナガトは嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべるだけだった。
「『良いね。屈服させ甲斐があるってもんだ』」
「ウオォォォォォォォッ!!オデハ、豚頭族ノ勇者、ナガト!!オデノ楽シイ異世界生活ノ糧トナレ!!」
ナガトは大咆哮を挙げ、討伐隊に向かって大鉈を振り下ろした。それを合図に、五〇体程の豚頭族の精鋭兵達が一斉に前進をはじめた。




