第2章 第10話 討伐隊侵攻
巨大陥没穴につながる大岩の割れ目に到着し、陥没穴外部の制圧担当の≪中級≫チーム、リーダーのマルセルが、内部突入組のリーダー達に頭を下げて挨拶した。
「自分らはここで退路の確保をしっかりやります。テセウスさん、アレイユさん、フォームズさん、ひよっこ共の世話、頼みます」
“ひよっこ”とは悠里達≪下級≫チームと一誠達≪初心者≫チームのことだ。悠里達からすれば初心者合宿の頃からギルド内でたまに顔を見かけて、ちらっと話をした事があるだけの仲である。
それでもマルセルひいてはギルドの職員達も、悠里達≪迷い人≫組のことは気にかけている。 それは初心者講習の時の受講態度や、それぞれが自発的に訓練に励む普段の姿勢が評価されていて、かつ【異空間収納】という圧倒的アドバンテージに期待が寄せられているからだ。
今回の前線入りも、そういった期待や【異空間収納】への期待もあって、経験を積ませるのに丁度良いという皆の心遣いだった。
「あぁ、任せとけ!」
テセウスがマルセルの肩に手を乗せて大きく頷いた。
「言われなくても。味見もしてないかわいい後輩達を、むざむざ死なせたりしないさ」
ミルクティー色の長髪を後頭部で束ねた、二〇歳頃にみえる美女が、ちらりと≪迷い人≫組に流し目して応える。言動からして噂の上級チーム、≪送らせ狼≫のリーダーだろう。アレイユという名前らしい。
「俺達≪鋼の盾≫は、内部側の退路確保と逃げ出す豚頭族の処理が担当だから直接フォローは出来ないが、退路の確保以外にも何かあればやれるだけやるよ」
焦げ茶色の短髪でがっちりした重鎧姿、大楯を背負った内部制圧担当の≪中級≫チームのリーダー、ウォールズも≪迷い人≫組をみて頷いてみせた。
「≪槍の穂先≫が先陣を切って陥没穴内部に突入する。≪送らせ狼≫は≪槍の穂先≫に続いてくれ」
「任せな」
アレイユが短く答えた。
「≪送らせ狼≫の後から、≪旅行者達≫と≪名無し≫のチームが続き、最後に≪鋼の盾≫だ」
悠里が小声で一誠に話かける。
「ヒソヒソ(≪旅行者達≫って一誠のとこのチーム名?)」
「ヒソヒソ(そうだよ。相原達はまだ≪名無し≫なんだな)」
「ヒソヒソ(いや、ほら……うちって固定三名とお試し三名みたいなもんだからさ……時期尚早かなと)」
「ヒソヒソ(成る程。ついていけるかの様子見か)」
「ヒソヒソ(そんな感じ。あとチーム名考えるのが面倒)」
悠里が一誠とヒソヒソ話しているとリネット教官に見つかり、二人は頭に手刀を頂いた。
テセウスの仕切りで、陥没穴内部の制圧部隊が大岩の割れ目こと入口に入って行く。
緩いS字に曲がった通路を抜けると、明かりの差し込む陥没穴の壁面に出た。
出た先は踊り場、あるいはテラスやバルコニーの様な棚台になっており、そこから陥没穴の底部の森を眺めると底部の森の奥側に煙が立ち昇っているのがみえる。心なしか、煙の発生している辺りの森が以前より拓かれたようにもみえる。
壁伝いのスロープのような下り坂を陥没穴の全員で底部まで降りていく。ここからは悠里達には初挑戦の戦域である。
坂道の登り口周辺は≪鋼の盾≫が制圧して維持する手筈だ。
「豚頭族と遭遇する前に復習だ。俺達≪槍の穂先≫にはユーノス教官と≪旅行者達≫が付く。≪送らせ狼≫にはリネット教官と≪名無し≫のところだ。この陥没穴底部の森は、既に敵地だということを忘れるな。【気配察知】に長けた者は全員で周囲の警戒をしろ。格下相手だからと舐めては囲まれて痛い目に遭うからな」
テセウスの指示を聞き漏らすまいと、悠里達も真剣な表情で傾聴して頷いた。
「豚頭族の集落は森の奥側と想定されている。先ずはそこ目指して移動するが、【気配察知】や豚頭族の迎撃状況次第で流れは変わる。≪上級≫チームが進路を変えたら、それに合わせて動けよ」
≪鋼の盾≫に見送られて≪上級≫二チームと≪初心者≫二チーム、≪初心者≫チームの護衛に二人の教官。豚頭族達の拠点への侵攻を開始した。
◆◆◆◆
陥没穴底部の森に侵入者が現れたことは豚頭族達に早々気付かれ、次から次へとやってきた。
≪槍の穂先≫と≪送らせ狼≫が先行し、豚頭族を見つけ次第駆除していく。≪迷い人≫組は斃された豚頭族の回収と、前方以外からやってきた豚頭族の処理に奔走していた。
はじめは疎らに襲ってきていた豚頭族達だが、今ではある程度まとまった人数で行動するようになっている。
豚頭族達は木製の大盾と石材や骨材で作られた長槍で武装し、密集隊形で大盾と槍を構えて立ち向かってくる。密集した前衛の背後からは、弓や魔法による攻撃も飛んできていた。
「ちょ、っと?豚頭族の練度、高過ぎない?!これって所謂ファランクスだよね?!」
豚頭族達の統制の取れた戦術に、思わず悠里が叫ぶ。
「規模的にファランクスと言って良いのかは分からないけれど、まぁファランクスよね」
湊が悠里に同意しつつ、携えた長剣を振るう。突き出された五本の長槍を長剣で斬り払い、大楯を左手で押し開いて出来た隙間から、長剣で豚頭族の喉元を突き殺す。
「槍の柄が木製で助かったな。柄まで金属製だったら斬り払うのも難しかったんじゃないか?」
祥悟の感想に悠里と湊はその状況を想像し、顔を顰めた。
「≪名無し≫の新人君達もやるじゃないか!まだまだ粗いけど、≪中級≫クラスの戦いが出来てるじゃない!」
≪送らせ狼≫のアレイユが悠里達の働きを見て機嫌良さそうに称賛の声をあげた。
「ありがとうございます!けど褒めて持ち上げても何も出しませんよ?」
悠里がアレイユに言い返すと、アレイユが快活に笑った。
「ははは!出す気になったら貰ってあげるよ、少年!」
アレイユの軽口に湊から負の圧を感じて、悠里は慌てて断った。
「被害者友の会に入りたくないんで、遠慮します!」
「それなら私達が……イエ、ナンデモナイデス」
ネロがノリで混ざろうとして、湊からの負の圧を受けて身を竦めた。
迫りくる豚頭族の集団との戦闘に、自分たちや≪送らせ狼≫が斃した豚頭族の死骸の回収にと目まぐるしく戦場を駆け回っていると、気が付けば≪槍の穂先≫や≪旅行者達≫と逸れていた。
「アレイユさん、≪槍の穂先≫と逸れましたけど?合流どうしますか?」
「奥地に行けば自然と合流するでしょ?」
「あ、はい」
信頼なのか適当なのか、奥地に踏み込めば自ずと合流するだろうという判断だった。
◆◆◆◆
≪上級≫チーム≪送らせ狼≫の戦闘は圧巻だった。悠里達も≪下級≫チームでありながら≪中級≫相当と評価され、それなりに自信がついてきた。しかし≪上級≫チーム≪送らせ狼≫は、他の≪中級≫チームと比べても頭抜けた活躍をみせている。
「≪中級≫から≪上級≫になる時の壁は厚いと聞いていたけれど。ここまで差があると、凄すぎて何がどう凄いのかが逆に良く解らないな?氣と魔力も出力や総量が段違いだってことくらいは解るけどさ」
ファランクスで迎撃しようとする豚頭族の群れを鎧袖一触に蹴散らしていくアレイユ達をみて、自分たちが「“≪下級≫ランクにしては”出来る方だ」ということを再認識することになった。
「(褒められ慣れて、慢心してはいけないな……)」
悠里は気を引き締め直し、仲間と共に≪送らせ狼≫の蹂躙劇に喰いついていった。
森の深部にまで侵攻が進むと、ちらほらと豚頭族達の居住施設がみられるようになってきた。悠里達にとっては豚頭族の集落など初めての体験であり、豚頭族に抱いていた未開のイメージを裏切るような、立派な小屋が建てられている。
「妙だな?小屋一つとってみても文化の発展ぶりが著しい」
アレイユが訝しげな声をあげた。そのまま小屋に押し入り、家具や雑貨のような物を眺めては眉間に皺を寄せている。
「普通の豚頭族の居住施設とそんなに違うものなんですか?」
湊がアレイユに尋ねると、アレイユは湊を振り返って頷き答えた。
「普通の豚頭族の居住施設だったら、洞穴とかいわゆる竪穴式住居って感じだよ」
「それはまた……随分と文明レベルが違う感じですね?」
湊が頤に指を添えて思案気な様子をみせる。
「そうだね。豚頭族王が率いていれば豚頭族達の知性や文化が発展する例は過去にもあると聞いたことがあるけど。ここまで人間社会に近いレベルに発展しているのは、流石に聞いたことがない」
アレイユも眉間に皺を寄せてそう返す。
「……もしかすると、豚頭族王の更に上位とか?」
「……豚頭族皇帝か?あまり想像したくないな」
祥悟の問いにアレイユが苦い顔をして肩を竦めた。
最初に見つけた家は、放り出されたままの道具や作りかけの料理らしき物が残された、生活臭の残る状態だった。二軒目、三軒目と様子を窺ってみたものの、いずれも住人は不在で、日常生活中にどこかへ緊急避難したと思われる状態であった。
三軒目の確認が終わり外に出たところで、先行していた≪送らせ狼≫の斥候が戻りアレイユに報告した。
「アレイユ隊長、集落の中央には空堀と丸太の防御壁、柵茂木なんかも用意されてました。完全に野戦築城っス」
斥候の報告に一同が黙り込んでしまった。
「……これは完全に想定の上をいかれてるね。まずは≪槍の穂先≫の部隊と合流しよう」
アレイユが苦々しげにそう答えた。




