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第1章 第2話 小鬼の襲撃

 二年B組の生徒と担任教師、バス乗員二名の計三五名は悠里の見付けてきた轍を黙々と歩いていた。


「なぁ、こっち行きで良かったんかね?実は逆向きの方が人里にでたりするかもよ?」


「そんなこと言っても仕方ないべ?誰も知らない場所なんだし」


「それはそう。誰の責任とかあれこれ文句言える状況じゃないっしょ」


 普段であれば一番文句をつけるクレーマー気質な桜木グループでさえ、文句を抑えて黙々と歩いている。


「このままじゃ文明のない野宿だぞ?生き残りたかったら兎に角歩け」


 桜木が前を見据えたまま仲間達に釘を刺すと、不安を口にだしていた連中もすんと静かになった。


「野宿……。はっ!横田先生、ライターって持ってます?運転手さんと添乗員さんでも良いんですけど」


 桜木グループの杉田すぎたあらたが先頭集団に居る大人達に声をかける。


「ライター?私は持ってないぞ?」


「電子タバコに切り替えてからは持ち歩いてないですね」


「わたしも、電子タバコ派なので……」


 横田、長後、鶴間の順で三人ともライターすら携帯していないという。


「おう……。防災セットに着火用ライターはありましたっけ?下手したら焚き火なしの野宿じゃないですか?誰か、きりもみ式で火種作れるサバイバーいる?」


 杉田が周囲を見回すと、事の重大さに気付いたらしい疲れた顔の女子達が絶望的な顔を返す。


「……一応、経験はある。マルチツールのナイフもあるから、火起こしに使えそうな木材とか枯れ葉、枯れ草の類が手に入ればあれば出来るかも」


 一誠がボストンバッグからマルチツールのナイフを取り出して手を挙げた。


「え、町田君すごくない?伊達に異世界召喚されたかった人生送ってなかったのね」


 町田グループのリオンがディスってるのか褒めてるのか微妙な讃え方をする。


「いや、失敗したよ。こんな事なら火打石みたいに使うファイア・スターター付のマルチツールを買っておくべきだった。それと、異世界で知識チート無双できるように書き溜めたアイデア・ノートも持って来るんだった」


「え、そんなの作ってたの?引くわ~」


 悔しそうに呟いた一誠に、同グループの淵野辺ふちのべ琴子ことこがジト目を向けた。


「何を言うか。醤油に味噌、味醂、酒、抗生物質や火薬に銃器……。色んな物の作り方とかレシピをメモしたアレがあれば、異世界で生き残るのに役立った筈なのに……!」


 一誠が琴子に振り向いてキレ気味に言う。


「あー、そうか……。もしホントに異世界だったら親兄弟、友達にも会えなくなって、更に日本食の味が二度と食べられないかもしれないんだね……」


 藤沢グループの鵠沼くげぬま芽衣めいが、泣きそうな顔で肩を落とした。鵠沼の言葉にショックを受けた面々が、どんよりと昏い空気感を醸し出す。


「あぁ、何かすまん。今は兎に角生き残る事だけ考えようぜ……」


 一誠は自分の後頭部を掻きながら謝罪し、口を閉じた。



◆◆◆◆


 それから暫く皆ダンマリと歩いていると、悠里は左手の森らしき木が繁る場所から、何かが動いている気配を感じた。念のため、皆に注意を呼びかける。


「左手の森、何かがこちらと並行するように動いてるのが居る。結構数が多そう」


 一行は一旦立ち止まり、遠目に森の方を眺めてみると、茂みを搔き分けるように緑色の肌をした二足歩行の小柄な生き物がわらわらと姿を現わした。


「え、すげぇ。マジの小鬼族ゴブリンじゃない?」


「少なくとも、地球じゃ物語の中にしか居ない生き物にみえるね?」


 状況に対して今一つ緊張感のない町田グループに、悠里が怒鳴る。


「言ってる場合か?二〇匹くらい来るぞ!棍棒持ちが多いが、鉈とか槍で武装しているのも数匹いる!!見た目で差別はよくないが、とても友好的な相手とは思えないぞ?!」


 悠里が大声で状況の不味さを伝えた。


「話し合い、は……。無理そうだね?涎垂らして黄色い目が血走ってるし、武器も見せつけて威嚇してくるし……」


 クラス委員長の片倉かたくらみなとが眉をひそめながらそう言った。湊は色白の黒髪ロングなストレート・ヘアで、肩も細くて薄い、スレンダーな体型の大和撫子といった風情の美少女である。その彼女が森側に進み出て皆に振り向き、クラスメイト達に声を掛けた。


「女子は後方に下がって!男子は前で戦闘準備!集めた石と石詰めした袋使うよ!」


 湊もボストンバッグを左手で持って盾のように半身に構え、右手に石を詰め込んだ袋を握って更に前に出る。それに続いて、悠里と祥悟、藤沢やその他の男子勢が緊張しながら前に出て来た。藤沢はバスから持ってきたハンマーを持ち、悠里や祥悟、湊と幾人かの男子は石詰めした袋で接近戦の覚悟を決め、オタクグループや体育会系の一部は袋につめた石を掴んでの、先制の投擲を選ぶ。

 皆が、緊張に心臓が煩く跳ねるのを感じていた。


「この世界の原住民が皆アレだったら、俺達に未来はねぇな?」


 膝が笑うのを太腿を叩いて落ち着かせようと強がる十兵衛が、できるだけ平静に聞こえるように軽口を叩く。


 男子たちも狂暴そうな原住生物との戦闘の予感に不安がない訳がない。緊張し、出来れば逃げ出したいとも思いつつ、震える脚でそれでも女子達の前に並んで壁を作る。


「片倉、後ろに居た方が良いんじゃないか?」


 悠里が湊に声を掛けると、湊は微苦笑しながら首を横に振った。


「私、実家で古武術やってるから。たぶんこの中では一番戦える方だと思うの」


「そうかなのか?それは頼もしいな。余裕が出来たら是非とも教えて欲しいね」


「そうね、とりあえず皆で生き残ったらね?」


「あぁ、それで頼む」


 男子が前衛として前に出て後衛の女子達を守る壁に分かれていく。


「皆、推定小鬼族(ゴブリン)と接触するまでに石の投擲準備!ギリギリまで引き寄せてから至近距離で石を投げつければ、素人の拳よりは頼りになるはずよ!女子は男子に石の補充で支援!」


 湊が即興で対応策を指揮し、男子も女子もその指揮に従って集めた石や石入りの袋を握りしめる。委員長の仕切りだからというよりも、それが自分達にできる最善策だと理解しての行動だった。


 各自が拾い集めてきた石をや袋を手に持ち、推定小鬼族(ゴブリン)の集団の接触を待つ。悠里の心臓も早鐘を打つが、不安感よりも気分が高揚するのを強く自覚する。


 距離が近付いてくると、小鬼族ゴブリン達が走りはじめて一気に間合いを詰めに掛かって来た。


「引きつけて!狙わなくても絶対当たる距離まできてから投石を!」


 湊の声掛けに、各自が石を持った利き腕の肩を回し、機を待つ。


 先頭の小鬼族ゴブリンが悠里に飛び掛かろうとするその瞬間、悠里は右手で握り込んだ三個の石を纏めて散弾のように投げつけた。石は鉈を持った小鬼族ゴブリンの上体から頭部にかけて命中し、小鬼族ゴブリンはもんどり打って後ろに倒れ込んだ。


「ぎゃぎゃッ!」


 小鬼族ゴブリンが威嚇なのか抗議なのか分からない鳴き声をあげ、襲い掛かって来る。


 悠里に続いて、近付いてきた小鬼族ゴブリン達に男子勢が投石を決め、間合いを詰められたら石の詰まった袋ごと振り回して打ち据えていく。野球部の関内せきうち久二きゅうじは投擲に絞った方が効果的と判断したようで、次々と投石を続けていく。


 悠里は最初に倒した小鬼族ゴブリンから鉈を奪い取り、首筋にその刃を叩き込んだ。


「ギャッ!?」


 小鬼族ゴブリンの悲鳴と共にブツっという、肉を叩き切る手応えと頸椎の抵抗を感じながらも振り抜いてトドメを刺した。生物に刃物を突き立てる感触に呼吸が乱れ、眉を顰めた。一匹仕留めた悠里は、辺りを見渡してフォローが必要そうなところを探す。


 小柄な人型生物が相手なだけあり、空手部や柔道部のメンバーが素手で近接戦闘を戦えていた。棍棒の攻撃は各自が持つ旅行用バッグを盾のように使って防ぎ、反撃で殴打する。


 柔道部の小机や台場は最初の数体を投げ飛ばしてみたものの、何時もは相手に受け身をとらせるように投げる競技である。敢えて脳天から地面に叩き付けるような、仕留めるための投げ方が咄嗟に出来ず、転がした後に武器を奪い取ってその武器でトドメを刺していく。


「ギャッ!」


 ハンマーを任されていた藤沢も投石に怯んだ推定小鬼族(ゴブリン)に襲い掛かり、ハンマーで頭蓋骨とうがいこつを粉砕して回っている。


 湊は悠里と同じように投石で倒した小鬼族ゴブリンから槍を奪い取り、その槍で迎撃しはじめていた。


『(片倉、自分で言うだけあって良い動きしてるな)』


 悠里が横目に湊の槍捌きをみて思わず舌を巻いていると、


「相原君も!素人とは思えない思い切りの良さね!」


 と、片倉から返事が返って来た。


『(片倉、勘も凄いな?戦闘中なのに考えてることまで読まれてるみたいだ)』


「え?聞こえてるけど?」


「え?」


「え?」


 三匹目の小鬼族ゴブリンを突き殺した湊がきょとんとした顔で悠里に振り向き、すぐにまた前に向き直る。


『(は?!俺声出してないぞ!?サトラレにでもなっちゃった??)』


 誰かが投石で転がした小鬼族ゴブリンに襲い掛かり、首や頭部に何度も鉈を振り下ろしてトドメを刺して回る。混乱した悠里が再び湊をみると、湊も訝し気に首を捻りながら悠里に振り向き、直ぐに別の小鬼族ゴブリンへと向かって行った。


『(あー、テステス。美術品のように綺麗なだけじゃなく、勇敢で強くてカッコイイまで備えた片倉さん聞こえてますかー?)』


 悠里は祥悟が殴り倒した小鬼族ゴブリンに馬乗りになってその頭部に鉈を振り下ろし、返り血を浴びながら息の根を止めた。


「ちょ、ちょっと?!相原君?この状況で何言っているの?!」


 湊が耳まで赤く紅潮した顔で、睨み付けるように悠里にジト目を向けてきた。その反応で悠里は確信する。


「俺、さっきからしゃべってないよ。思った事が片倉に聞こえてるっぽいんだけど?どゆこと?」


「え?」


 湊もきょとんとして悠里を見返し、その隙に後続の小鬼族ゴブリンが襲い掛かった。


『(ばか、前!あぶねぇ!)』


 悠里が心の中で叫んで湊の元にフォローに向かおうとすると、湊がハッとして前に向き直り何とか槍で小鬼族ゴブリンを仕留める。


「投石補充、準備おっけー!接近戦組、ちょい射線開けて!」


 女子から石のつまったエコバッグを受け取った桜木グループの野球部員、関内久二せきうち きゅうじが叫ぶと、近接戦闘に対応していた者達がさっと後ろに下がったり左右に寄ったりして、その投石の射線を開けた。

 石を集めまくった関内の投石は見事で、一度に二、三個の石を散弾のように叩き込み、後続の小鬼族ゴブリンを次々と迎撃していく。


 後続の小鬼族ゴブリン達が倒れたり怯んだりしていると、他の男子勢が再び小鬼族ゴブリン達の武器を強奪して、それを使いトドメを刺して回った。



 やがて二〇匹程の小鬼族ゴブリンが全て死体となり、二-Bのメンバーは打ち身や打撲程度で大きな怪我もなく済んだ事を、皆で拳合わせ(グータッチ)で喜び合う。


「なんとか襲撃を乗り切ったけど……。これで地球の何処かって説はなくなったな?」


 投石に集中していた横田が肩を落として言った。


「地球じゃこんなの絶対居ないし。違う世界に迷い込んだ、が正解みたいね」


 一九〇センチある藤沢と付き合っている体格差カップル、一五〇センチ程の小柄な片瀬かたせ詠子よみこが、溜息混じりに同意する。


 倒した小鬼族ゴブリン達から武器を回収して回り、素手組だったクラスメイト達も襤褸い棍棒や錆びた鉈、槍などで武装を強化できた。奪った棍棒を使うくらいなら石を詰めたバッグを振る方が威力がありそうだが、今のところ各自で持っていたバッグそのものが貴重品であった。それを武器として振り回して破損させるよりかは、壊れてもいい棍棒をメインにしようと考えたようだ。


「うわ、自分らでやっといて何だけど、グロいな。悠里とか良く鉈でトドメさせたな?」


 祥悟に言われ、悠里は首を傾げた。


「そういえばそうだな?虫以外の生き物を初めて殺したのに、特に感慨が湧くこともないな?」


「悠里、実はサイコパスなんじゃね?」


「え、ひどい。それいったら片倉や藤沢、鴨居もめっちゃ倒してたじゃん」


「私に振る?……殺しに来てる相手に手を抜ける程、私達に余裕なんてなかったじゃない……」


 流れ弾に被弾した湊が端正な顔を顰めて反論する。

 祥悟の悠里煽りが湊に飛び火したものの、湊の答えに空手の道場で経験のある鴨居やハンマーを使っていた藤沢も、頷いて返した。


「んだね。でも小鬼族ゴブリンって意外と脆かったな?拳で頭が陥没したし」


 それに異論を唱えるのが野球部で投石を頑張った関内である。


「いやいやいや、そんなことなくね?近距離での投石でもそんな陥没する程じゃなかったじゃん?お前なんかゴリラになってない?」


 関内に言われて、鴨居が首を捻った。


「あー、多分アレだ。異世界に迷い込んだ人に特殊能力が宿るとかいう、異世界テンプレ?鴨居君は筋力が大幅にアップしてるんじゃないか?」


 一誠の言葉を聞いて、鴨居はその場で試しに垂直飛びをしてみると、あからさまに高く跳躍できてしまう。


「おぉ……一誠すげーな?それ当たってるっぽいぞ」


 着地した鴨居が一誠に親指を立ててニヤリと笑ってみせた。




「ボロいけど一応武器も手に入ったし、次はもっと楽に戦えそうかな?」


「私も投石に使えそうな石を拾いながら歩くよ」


 一誠の言葉にリオンが続けて言い、手頃な石を集めてエコバッグに入れていく。


「あ、靴下に石詰めて振り回せばブラックジャックとかいう鈍器にっぽく使えそうじゃない?」


「え、貴重な衣類をそれで駄目にするのはちょっと嫌かな……」


 桜木グループの石川いしかわ十兵衛じゅうべえのアイデアに、大船おおふな時子ときこが嫌がって却下した。その代わりに、時子は石をエコバッグに拾い集め使った分を補充しながら歩くことにした。



「とりあえず、皆大丈夫そうだな?それなら先を急ごう。野宿中に襲われたりしたら命に関わる」


 横田の意見に疲れて座り込んでいた男子も立ち上がり、黙って道なりに歩いていく。


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