第2章 第6話 ≪初心者≫クラスの日々(2)
今後の見通しとして三週間で自前の装備と野営道具を揃える計画を立て、休息日の翌日にシエラ達を誘ってギルドに顔を出した。
ギルドで確認してみたところ、討伐隊は未発足。見通しを訊くと、別の依頼で王都を離れている≪上級≫ランクのチームがあと数日で王都に戻る予定のはずなので、討伐隊の発足もそのくらいになるのではないか、という推測を訊くことができた。
「討伐隊も今日か明日ってスピード感では動かないみたいだし、また数日間、森にでも行くかね?」
祥悟の確認に悠里はシエラ達に顔を向けて訊いてみる。
「だそうですけど、探索者の先輩達はどう思います?北の森で豚頭族と食人鬼族狩りをするのと同じくらいお金になるなら、他の手段でも良いのかなと思うのですが」
「そうですねぇ……。北の森以外となると迷宮区の≪ダンジョン≫かなと思いますが、豚頭族の討伐隊待ちで王都に居残ってる探索者が多いようなので、きっと混んでると思います」
シエラ代替案の候補を出しつつ、今は不味い気がするという推測まで出してくれた。
「皆さん、食人鬼族より強い獲物を狩ってみようかなと話をしていましたし、北の森の食人鬼族出没地帯を抜けた先のことをギルドで調べてみませんか?」
エンリフェの提案に湊も賛意を示した。
「そうね。狩場と獲物の事はちゃんと調べておきたいし、まずは調査からにしない?」
「そうだな……。そうしようか。リューネさんに参考資料か教官の都合を確認してみよう」
◆◆◆◆
受付嬢のリューネに事情を説明すると呆れられた。
「あのですねぇ。≪下級≫の三人はともかく、≪迷い人≫の御三方はまだ≪初心者≫ランクなんですよ?食人鬼族じゃ物足りないってどういう了見ですか?」
ジト目である。
「と言われましても……。一昨日に買取の明細書を出した通り、斃せるようになったので」
リューネの剣幕にたじろいでしまうが、訊きたいことはちゃんと訊いておかねばならない。
「そういえばそうでしたね!でも暫くは食人鬼族狩りするのかな?と思うじゃないですか」
半ギレのような剣幕で怒られ(?)つつ、伝えるべきところは伝える。
「食人鬼族が豚頭族くらい集団でいっぱい居れば食人鬼族狩りでも良いと思うんですが、個体数が少ないので見つけるのが大変で」
「……まぁ、事情は分かりました。資料室である程度の情報は確認できると思いますが、訓練場に教官がいると思いますので、そちらの方に訊いた方が早いかもしれません。ついでに森の奥に行って良さそうかの判断もしてもらって下さい。教官に駄目って言われたら絶対に行かないでくださいね?命に関わりますからね?」
リューネに念押しされつつ、悠里は頭を下げて礼を伝えた。
「ありがとうございます。先に教官に相談してみますね」
訓練場に移動すると、初心者研修でお世話になったリネット教官が訓練場の見張り当番で立っていた。悠里達が彼女に近付いていくと、リネット教官の方もこちらに気付き振り返った。
「ん?どうした卒業生?」
近付いていく悠里達をみてリネット教官が首を傾げた。
「リネット教官。教官に相談したいことがありまして……」
悠里達が食人鬼族に苦戦しなくなったことと、もう少し森の奥に行ってみたい旨を話してみる。
「食人鬼族の出没地帯の奥について教えて欲しいって事と、今の実力で挑戦できそうかという判断を求めている、と」
「はい、まとめて言えばその二点です」
「そうだな。先にミナト、ショーゴ、ユーリ、あとで≪下級≫組の三人の実力を見せてほしい」
リネット教官が木剣を持って立つ。
「あそこにある訓練用の武器から好きな武器を選んで持って来い。一人ずつ模擬戦で実力確認するぞ」
悠里達三人についてきたネロ達三人も、リネット教官は実力確認の対象にするらしい。
悠里、祥悟、湊はそれぞれ穂先に布を巻かれた木槍を選んで立ち会った。ネロ、エンリフェ、シエラはそれぞれスタンダードな木剣を選んでいる。
リネット教官は最初は好きに打ち込ませ、ある程度確認できると反撃をしてくる。それをどれだけ捌けるかを見ているようだった。
食人鬼族相手に強くなったという実感ができて自信がついてきたのだが、教官の氣の強度を上回ることが出来ず、軽々と捌かれてしまう。それでも成長の跡を感じてもらえたらしく、リネット教官は満足そうに何度も頷いていた。
ネロ達三人は【氣操作】の時点で首を横に振られていた。
「≪下級≫三人はユーリ達に【氣操作】の弟子入りでもして、ある程度使えるようになってから出直してこい」
「「「ハイ……」」」
「ユーリとショーゴ、ミナトは氣の強度と武器への纏いが上達したのが分かる。短期間で良く鍛えてきた」
「「「はい」」」
「で、この六人で組んで食人鬼族地帯より奥に行ってみたいという話しで良かったか?」
悠里がネロ達三人に向き、ネロ達三人は頬を掻きながら頷き返した。
「はい。その相談で伺いました」
悠里がリネット教官に振り向いて首肯した。
「そうか。この六人という話しであれば、森のもう少し奥に行ってみても良い。ただし後衛側の三人はしっかりお前たちで守ることが条件だ」
リネット教官から条件付きだが許可が出た。
「食人鬼族の出没地帯から奥に行くと、大きなトカゲや大きな鳥が出るエリアになる。鳥は飛ぶより走る方が得意な脚の長い奴で、肉が旨い。豚頭族肉より高級品だな。≪迷い人≫組の【異空間収納】に収めてたっぷり持ち帰れば良い稼ぎになるはずだ。大きなトカゲの方は皮革材として重宝される。肉は鶏肉っぽいがパサパサして淡泊であまり旨くはないが、脂質が少なくてダイエットには最適だ。普通は皮革だけ剥いで持って帰るのが基本だが……。お前たちの【異空間収納】を使うなら全身を持って帰って解体場でやらせても良い。他には……」
リネット教官から棲んでる魔物の情報や金になる植物の情報、気をつけるべき魔物の話しなど、かなり具体的に色々と教えてもらえた。
「そういえばお前達、まだギルドの貸し出し装備と道具類を使っているんだよな?」
「はい。三週間くらいを目途に自前の装備や道具を買い揃えようかと考えています」
「そうか。買い替える時にまた顔を出せ。良い店を紹介してやる」
「それは素直に嬉しいです。ありがとうございます!」
◆◆◆◆
ギルドで情報収集を終えるとギルド内の店舗で水薬類の補充をしておく。
ギルドから≪蜂蜜果実亭≫に戻る途中、ギルドで解体してもらった野猪の肉塊を受け取って、宿への帰り道の露店で小麦や野菜、穀物、香草、鶏肉を中心に買い込んだ。
炊き出し用の様な大鍋も購入して宿に着くと、宿の女将さんに声を掛けてお願いしてみる。
購入してきた食材と野猪の肉塊、鶏肉、大鍋を出して見せ、大鍋料理を作って欲しいというリクエストである。
完成した料理は【異空間収納】に収めて温かな食事を遠征先でも楽しめるようにという計画である。料理が完成したら厨房に回収しに行くことも伝え、手間賃に現金と食材の一部での支払いで引き受けてもらえた。
「明日の朝食の頃には完成させて置くから、食べに降りてきた時にでも厨房に回収しに来ておくれ」
女将さんの配慮に感謝しつつ、再び宿を出てパンや屋台飯を買い込んで回る。購入した傍から鞄にしまうフリで【異空間収納】に収めていく。
明日からの遠征に備えて消耗品と食料の補充が終わると、宿に戻り夕食を頂いた。
「遠征中の大鍋料理、引き受けて貰えて良かったな」
「そうね。屋台の食事だけだと飽きるし、温かいシチューが添えられるだけもありがたいわね」
悠里と湊のやり取りに祥悟が口を挟んだ。
「そういえば俺達この宿を二泊三日でとってあるよな?明日でチェックアウトになるけどどうする?」
「明日からは北の森行って野営でしょ?」
湊がきょとんとした顔で訊き返すと、祥悟が頷いて続けた。
「そう。だから訊いてるんだよ。王都に帰ってきた時にまた此処に泊まりたいなら、ネロ達みたいに長期間部屋を押さえておくのもアリじゃないかと。此処みたいに味の良い大鍋料理に対応してくれそうな良い宿を見つけられるなら不要だろうけど、多分見つけるの大変だぞ?」
祥悟の説明で言いたいことを理解すると悠里と湊も沈思黙考する。
「野営期間の宿代までは考慮して無かった。食人鬼族地帯の奥での狩りの成果物は今までより高価になると思えば先払いしておいても良いかな……」
「そうね。このクオリティの宿を経験しちゃうと、質やサービスの劣る宿じゃストレス溜まりそう」
三人とも宿を長期で押さえることで意見を一致させ、三週間分の料金を先払いした。
宿泊費の先払い後、悠里が湊を連れてネロ達の部屋を訪ね、今夜の予定について確認をとった。
「夕食後、ネロ達の三人が泊まってる部屋で氣の訓練する?」
「お願いしたいです。でも部屋を片付けておきたいので、少し待ってもらっても良いですか?」
「了解、部屋にいるから呼びに来てね。あ、片倉も一緒にいてくれると助かる」
「?良いけど、何故?」
ネロ達三人は氣を認識させるところから始めなければならない。氣の感覚を掴むには、対象と接触して対象に氣を流したり、対象自身の氣を操作してみせるのが一番早いと思っている。
「氣操作はそれなりに接触しないと伝えにくいだろ?夜間に女子だけの部屋に一人で行ってそんな訓練してたら怪しいというか、不安がらせるかな?と思って。祥悟に付き合ってもらうのも、押し入ってるみたいで逆効果じゃん?あとほら、丹田のアレとか片倉に目隠ししてもらって手を動かしてもらった方が良いとおもうんだ」
「……なるほど。そういう配慮なら仕方ないわね」
理由を聞けば湊も納得し、女子部屋にお邪魔するお目付け役を買って出てくれた。
◆◆◆◆
夕食後、一人部屋で休んでいた悠里は女子メンバー四人に呼ばれて部屋を出た。
「おじゃましまっす……。流石に広いな?四人部屋?」
「四人部屋ですねぇ。三人部屋はないので」
「なるほど」
部屋に招かれ、ベッドに並んで座る現地人三人に向かい合う位置に椅子を二脚出して座る。隣の椅子には湊が座った。全員が席についたところで、早速本題に入る。
「んじゃ、まずは氣を実感してもらうところからかな。皆両手を前に出して」
最初はネロの両手に悠里が両手を重ねて、右手から氣を流して、流し込んだ氣を左手から抜き取る円環を体験させる。
「今右手から氣を流して左手から抜き取る流れを作ってる。どう?何か感じる?」
「んん?なんとなく温かいのが右手から入ってきて肩を通って左手から抜けていくような……」
「うん、それが氣だね。その感覚を忘れないで」
同じ氣を体験させるのをエンリフェとシエラにも施し、三人とも氣をなんとなくレベルでも体験させることに成功した。
「それじゃ次ね。氣を体内で発生させる感覚を掴んでもらう。片倉、目隠しとか頼む」
そう言うと付き添った湊が布を取り出して悠里に目隠しをし始めた。
「?ユーリさんに目隠しですか?」
「魔力は心臓で熾す。氣は丹田で熾す。俺が君たちの丹田に触れて、そこから氣を強制的に熾す体験をしてもらう。場所が場所なんで、女性の片倉にフォローをお願いする訳だ」
「丹田?場所?」
シエラがきょとんと首を傾げる。
「丹田は臍の下あたりの架空の臓器だと思えば良いわ」
湊が自分の丹田あたりに手を添えて「ここら辺ね」と示す。
「ぇぇ……ちょっとえっちいですね?ほとんど子宮じゃないですかー」
エンリフェが引き気味な声をあげると、悠里が恥ずかしさから耳まで赤くして遮る。
「言葉にしないで!見ないから!でも君たちの丹田に介入するのに地肌に触るから、服はめくってね。俺の手の操作は片倉に任せる。決して疚しい気持ちじゃないんだ!」
目隠ししていても分かる紅潮ぶりに、ネロが悪戯げなニマニマ顔で手をあげた。
「はい、それじゃ私が最初に体験します!」
衣擦れの音の後、右手首を片倉に掴まれた。
「それじゃ当てるよ」
湊が悠里の右手首を動かし、ネロの下腹部の丹田に手を当てさせた。悠里の指先が、柔らかで手触りがよく、それでいて筋肉の引き締まった感覚を併せ持った触感をおぼえた。
「あん♡」
「ぶっ、ちょっと?変な声出さないでくださる?」
悠里が慌てた声をあげて抗議する。
「えーと、それじゃ丹田に氣を流して刺激し、氣を熾させるからね。感覚を覚えてね」
「あ~、あったか~い。ユーリさんに子宮いじられちゃった~♡」
「ちょっと!?やめて!ほんと心臓に悪いから!セクハラしないで!手汗出てきたんだけど!」
「……揶揄い過ぎると進まないから止めなさい」
笑いを堪えて震えながら湊がネロを窘めた。その後、何度か丹田で氣を熾す操作を繰り返して身体に憶えさせると、エンリフェ、シエラにも同様の処置をしていった。
恥ずかしい思いを我慢して協力しているというのに、しっかり三人それぞれに揶揄われ、どっと気疲れさせられた悠里は目隠しのまま両肩を落として溜め息を吐いた。
「はぁ~……。疲れた」
「おつかれさま」
悠里の重たい溜め息に湊が労いの言葉をかけた。悠里は目隠しの状態のまま気を取り直して説明を続けた。
「とりあえず、さっきのが氣を丹田で熾す感覚。あれを憶えておいて。瞑想しながら丹田に火がともって身体中に広がっていくようなイメージで繰り返し練習していると、そのうち自力で氣の熾りに気付けるようになる」
一息吐いて、続きを伝える。
「その後は、最初に氣を身体の中を通した時の感触を思い出して全身に行き渡らせるように。瞑想せず氣を熾せるようになれば、日常生活の中で常に氣を熾して廻すように意識していれば馴染むはずだから。頑張ってね」
伝えるべきことを伝え終わると湊に目隠しを外してもらい、悠里は女子部屋を後にした。
「そんなにすぐには成功しないかも知れないけど、氣操作は根気強くやってれば身につくと思うので頑張ってね」
「「「はい!」」」
悠里から講師役を引き継いだ湊が、三人にプラーナの熾しから指導をはじめた。
◆◆◆◆
日課の早朝稽古を三人でこなして魔法で身綺麗に整えると食堂に寄った。朝食の用意をしていた女将さんに呼ばれて厨房に入り、出来立ての大鍋を回収する。
「女将さんありがとうございます。助かります」
「お代は頂いてるからね、気にしないで良いよ」
「今日からまた探索に出ます。帰ってきたらまたお願いしますね」
女将さんに礼を言って食堂に戻ると、朝食待ちの時間となる。湊が気を利かせて女子部屋の三人を呼びに行ってくれた。
三人は起床して瞑想で氣の訓練をしていたらしい。指導したことを無駄にせずしっかり反復練習していることに悠里も気を良くした。
朝からタンパク質たっぷりの食事を頂いて大満足し、各自部屋に荷物をまとめに戻って一階の食堂で合流した。
基本的に悠里と祥悟、湊の三人に関しては荷物の殆どを【異空間収納】に収めているので、準備らしい準備は特にない。探索に出る探索者らしく背嚢を背負ってそれっぽい雰囲気だけは作っておく。
ネロ達の準備が終わって食堂で集合すると、女将さんに探索に行ってくる旨を改めて伝えて、宿を後にした。
本日から数日間、北の森の食人鬼族出没地帯の更に先へ。




