第2章 第5話 ≪初心者≫クラスの日々
王都北の森、滞在三日目。
猛獣類がうろついている浅めの場所で野営し、野営明けの滞在三日目。野営地から南東に進むと豚頭族の集団を見かけるようになった。
「豚頭族が出歩いてるってことは、そろそろ巨大陥没穴の辺りかな?」
湊の言葉に悠里が顔を向ける。
「多分そうじゃないかな?若干登り坂になってきてるし」
『(祥悟、上り坂気味ってことは巨大陥没穴に向かってるよな?登り坂避けて南下しないか?)』
『(ん?陥没穴の様子見をするかなと思ったんだけど、スルーして良いのか?)』
『(うん。王都への到着を急ぎたいかな。豚頭族の討伐隊についてもギルドで聞きたいし、内容次第では宿も取らないと。成果物の換金や食料や消耗品の買い足しもしたいしね)』
『(了解。それじゃ南に進むからな)』
『(頼んだ)』
祥悟との【念話】を終わらせると、祥悟の方向転換について伝えておく。
「巨大陥没穴の豚頭族も気になるけど、今日は王都に戻るのを優先したい。祥悟に【念話】で伝えて方向転換してもらったよ」
悠里の説明を聞いた一同は方向転換に納得して、祥悟の後を追うように移動を再開した。
道中見つけた豚頭族は殲滅しながら進み、昼頃に見覚えのある野営跡地に出たので、そこで昼食休憩の時間をとった。念のため、悠里の【認識阻害空間】を張っている。
「ここからならあと二時間くらいで王都の北門に着けるかな……。門での待ち時間が一時間くらいか?」
悠里の言葉に湊が返事を返した。
「多分そのくらい」
周囲の気配を察知しながらキョロキョロとお落ち着かなそうな様子のネロが口を開いた。
「行きの途中で巨大陥没穴の偵察した時よりも、出歩いている豚頭族が多い気がします」
「そうだね。いよいよ外征準備で食料集めてるのかも知れないね」
悠里も周辺の気配を気にしつつ、ネロに同意した。
「あまりゆっくりしていられないかも知れないな……」
祥悟が机の上の食べ終わった串や皿を【清浄】してしまい、各自が手にしていたコップも片づける。皆が椅子から立ち上がって席を離れるとテーブルや椅子も片づけて、食後の臭いを【消臭】して用意を整えると、森を出るため出発した。
南下を再開すると道中ではやはり豚頭族の集団の数が多く感じた。見つけ次第全て殲滅しながら森を抜けると王都への道程は平和で野盗や猛獣もおらず、順調に王都の北門に辿り着いて入市待ちの行列に並んだ。
北門から王都に入って最初にやることは、北門広場にある探索者ギルドへの訪問と、例の巨大陥没穴の豚頭族の集落の対処についての確認である。これはギルドの受付嬢リューネに報告していた件のため、窓口でリューネを見つけてその列に並んだ。
「リューネさん、こんにちは」
「はい、こんにちは。本日のご用件は?」
「解体場の利用と、巨大陥没穴の中の集落の件の確認に来ました」
リューネは悠里の要件を聞いて頷き、話をしはじめた。
「陥没穴の集落については、調査隊を派遣して確認が取れたわ。集落は推定三〇〇体、うち三割は上級豚頭族。強力な指揮官個体までは確認出来なかったけど、規模と練度からみて最低でも将軍級かそれ以上がいると認定。王級がいる可能性も考えて≪上級≫のチームをいくつか同行させようという話になっているわ。ユーリ君たちの報告の件は第一報としてギルドの貢献ポイントに加算ね」
「ポイントありがとうございます。討伐隊をいつ出せるかは、まだ決まっていない感じですか?」
「そうね。≪上級≫チームが二、三組参加してくれる事が決まれば、討伐隊の募集をかけられるのだけれど……生憎別の依頼の対応中だったり≪ダンジョン≫アタック中だったりで出払っていて、一チームしか確保出来ていないの」
リューネの回答に悠里は礼を述べて窓口から離れると、裏の解体場に皆で向かう。
「≪上級≫ランクのチームって王都にどのくらい居るんだろうね?二組目が捕まるまでどのくらいの待機期間があるのかな」
「≪上級≫なんてそんなにいないと思いますよ?所属は王都でも、実際は各地のダンジョンや依頼対応に散ってるでしょうし……。待機期間は読めませんね」
悠里の疑問にシエラが回答をしてくれる。
解体所の受付に着くと受付に職員が不在だったので、解体場にいる職員に聞こえるようにと声掛けをしてみる。
「すみませ~ん、受付お願いできますか~?」
良く陽に焼けた大柄で厳つい男性が声に振り向くと、悠里達の姿を確認して受付に入ってきた。
「おう、≪迷い人≫の。また大量持ち込みだろ?」
「ども。いつもお世話になってます。今日もお願いします」
受付で名前を記帳して解体場の広いところに案内してもらう。
「小物から出しますね」
野狼、野猪、野熊、小鬼族の討伐証明部位(左耳)と魔石、犬頭族の討伐証明部位(左耳)と魔石を提示する。
次に仕留めた豚頭族と上級豚頭族を丸ごと出していく。こちらは食肉加工されるので丸ごと持ってきた方が良い値がつく。
最後に食人鬼族をずらっと並べた。
「食人鬼族まで丸ごと持って帰ってくんのかよ」
面倒臭そうにボヤかれた。
「換金できる部位がうろ覚えで……。廃棄の手数料の天引きで勘弁して下さい」
「討伐証明が左耳と魔石、換金箇所が角と一部の内臓だ。次から換金部位だけ持ってくるならちゃんと教えれてやるが?」
「すみません、本当は面倒なだけです。今後もお願いします……」
「ちっ、【異空間収納】持ちはこれだから……」
文句を言いつつも職員はちゃんと仕事をしてくれている。起票された受領明細書の目録を確認して職員に礼を言い、表の支払いカウンターの方に移動した。
支払いカウンターで受領明細書を渡すと精算をしてもらう。解体場に卸した目録の内容から、討伐依頼に換算した際の討伐報酬として貢献ポイントに加算され、討伐系依頼の達成数を超えた分の金額が提示される。
「代金の半分はこっちの三人に。もう半分は俺達にお願いします」
悠里がざっくり五割ずつの分け前で三人に渡すことを宣言する。
「わわ、また私たちに半分もですか?前も思いましたけど配分おかしくないですか?」
ネロが困った顔で耳をピクピクさせている。
「おかしくないよ。六人で行ったんだから六等分で良いでしょ?あ、そっちのチーム内の分配は任せるからまとめて渡すね」
精算が済んで報酬の半分が入った革袋を一つ丸ごとエンリフェに手渡しする。
「因みにユーリさん達の配分はどうされてるんですか?」
「三人分で受け取ったお金の総額の八割をチーム運用資金に回して、残り二割を三人で分けてる。端数があったらチーム運用資金行きかな」
悠里が簡単に説明するとエンリフェ達三人に驚かれた。
「それぞれの手取りになる分け前は物凄く少ないですよね、それ?大丈夫なんですか?」
シエラが心配そうに聞いてくる。
「んー、今は借りてる装備や道具を皆の分、自前の物で揃え直す必要があるからね。それに宿代や食費も全部チーム運用資金から出すから、個人のお小遣いはそんなに困らないよ?」
悠里の答えにシエラは八の字眉で困った顔のままである。まだ納得がいかないらしい。
「とりあえず俺達は今夜の宿探さないとな?」
祥悟が別の話題で割り込んでくれたのでそれに乗る。
「あぁ、そうだったな。ネロ達は宿は決まってるのか?」
「はい、長期で借りている部屋があります。食事が美味しくて価格の割に清潔で壁も厚めな良い宿ですよ」
なかなか良さそうな宿の部屋を借りているらしい。
「そうか。それは良さそうな感じだね。部屋が空いてたら俺達も同じ宿に泊まって良いか?」
「分かりました。ご案内しますが、部屋が空いてるかは分からないですよ?」
一応訊くだけ訊いてみて、空いてれば同じ宿に泊まろうという話になった。
ネロ達に案内された≪蜂蜜果実亭≫では一人部屋が三部屋確保できたので、即決で二泊分の支払いをして部屋を借りた。
ネロのお勧めポイントであった食事もメインの肉料理は香草が良く利いていて美味しかった。それと、サラダ代わりの茹で野菜。こちらはなんとマヨネーズが添えられていた。
これも歴代≪迷い人≫が残した痕跡なのだろう。一誠のチームは知識チートでアドバンテージを取ろうと意気込んでいたが、簡単で定番のような遊戯や道具、食材などは、粗方こちらの世界に既に普及している気がした。
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翌日、早朝訓練で湊の指導を受けていると、そろそろ剣の実戦経験を積もうという話になってきた。
不慣れな剣でいきなり食人鬼族は危険なため、最初は豚頭族までの相手で経験を積む計画である。
とはいえ、本日は討伐隊の件の様子見も兼ねて一日休息日としてある。朝食を食べてから三人は武具店やギルド内の店を見て回った。
これまでの収入と支出を踏まえて、半月を目安に装備を入れ替え終わり、野営道具など細かい物も含めれば三週間程を目安として揃えようという事でチーム運用資金の目標が決まった。




