第2章 第1話 初遠征からの帰還
翌朝。悠里は目を覚ますと天幕から這い出て、不寝番の三番手をしていた祥悟に挨拶をする。
「おはよう、祥悟」
「おはよう、悠里」
「【空間認識阻害】の効果はどうだった?」
倒木に腰かけた祥悟が振り向いて答える。
「この辺りに獣や魔物の気配は近づいてこなかったよ。範囲外の辺りをウロウロする気配は感じたけど、人間の気配を感じられず諦めて離れていった感じかな?」
祥悟からの話を聞く限り、なかなかの有効性を感じる。ハズレっぽい出だしをしていた【空間魔法】も、やはり磨けば光る部分があるのだな、と頬が緩んだ。
「一応効果があったという事かな?やるじゃん【空間魔法】」
悠里が両手を組んでウンウンと頷いていると、祥悟が笑って言う。
「どうせなら、“範囲内に入れない”とか、“境界を超えられたら警報が鳴る”とかも出来るようになってくれよ?そしたら不寝番も不要になるかもしれんし」
「いいね、それ。【空間魔法】君の今後の活躍に期待してくれ」
祥悟と軽口を躱すと悠里は両腕を上げて伸びをし、そのまま柔軟体操を開始する。
「日課か?静かにやれよ?」
祥悟が悠里に呆れた目線を送り、それに悠里は頷き返す。
「分かってる」
悠里は全身の柔軟体操を丁寧に行い、一通り筋肉を解すと肩、肘、肩甲骨、股関節などの可動域を確認していく。
右腕を背中に回し、上から左手を背中に回して背中で両手を組もうとして、右肩に痛みが走った。
「痛ッ……こりゃ右肩痛めてるな。昨日の食人鬼族戦の時か」
右肩の他、左脇腹の腹斜筋や左大腿部の外側広筋にも痛みが残っているのを確認した悠里は、ゴソゴソと上着を脱いで上半身裸になると、治癒の水薬を痛みのある場所に塗り込んでいく。
「あー、治癒の水薬ってすげーなぁ。こんな即効性の高い物、日本にもねーよ。これが日本にあったらバカ売れするな」
「あぁ、色々妙なところで日本を上回ってくるよな……。侮れないぜ異世界。探索者ギルドのプレートとかも無茶苦茶な魔道具だしな」
「魔力認証の機能だっけ?ギルドのプレート一枚で身分証、本人認証、ギルドの銀行機能の利用。魔力パターンで開閉するセキュリティのカードキー……。魔法科学っていう感じ?」
悠里はズボンのウェストを緩めてウェストから左手を突っ込み、掬った水薬を外側広筋に塗り込んでいると、天幕から湊が這い出てきた。
「……なんで半裸でズボンに手を突っ込んでるの?野外プレイなの?セクハラだよ?」
眠そうな半眼ジト目を向けられ悠里は慌てて首を横に振る。
「違いますぅ。昨日のダメージがまだ残ってたから、治癒の水薬を塗り込んでたんですぅ」
悠里としては、ここはしっかり訂正しておかないと変態呼ばわりされかねないと、断固として否定した。塗り込み終わったらズボンから手を抜いてウェストを締め直し、脱いでいた上着を頭から被り直した。
「だとしても、天幕の中でやりなさいよ。はしたない」
湊の尤もな意見に思わずのけ反り、謝る。
「それは……その通りだな。うん、俺が無作法だった。見苦しいところをみせてすまんかった」
湊も起きてきたので、三人でいつもの日課に取り組む。助けた三人の天幕から離れすぎも良くないと思い、天幕の傍で木剣を手に型をなぞる。
元々は湊の古武術で刀を使うための技術だが、この世界に刀があるかは不明だし、王都の武具屋でも近い形のサーベルやシミター、ファルシオンなどしか見つからなかった。そこで、湊が直剣を扱うために型を試行錯誤し、新しい技として確立した直剣の扱い方を教示してくれていた。
「西洋型の直剣は実家の流派にはない武器だから、完全に我流になっちゃうけど。それでも良ければ」
と湊は言っていたが、そもそも刀の扱い方を詳しく知らない悠里と祥悟には、どう変更されているのかも分かっていない。ただ武器の扱いを習うなら湊から、と決めていたため、湊に頼み込んで教えてもらうことになった。
直剣の扱いは湊自身が試行錯誤していたため、最初に習ったのは槍術だった。次に習ったのが格闘術である。直剣の指導がはじまったのは、ギルドの初心者講習の終盤の頃であった。
手本として湊が直剣をゆっくりと軌道を認識できるように振るう。ブレがなく刃筋を立てる剣筋である。湊が見せた手本を参考に、悠里と祥悟も同じ構えから同じ軌道でゆっくりと、精確さ重視であえてスローモーションの様に振るう。悪いところは指摘し、適宜修正させていく。
精確性の高い振りを身体に染み込ませ、無意識で再現できるようにするための土台作りである。
直剣で湊が二人に教えているのは、基本となる九つの剣筋である。
頭上から頭部に真っ向から振り下ろす軌道の≪斬落≫、
斬り下ろした剣を下から上へと跳ねさせる≪斬上≫、
右上から左下へと斬り下ろす≪袈裟斬≫、
袈裟斬りの軌道を左下から右上に斬り上げる≪右斬上≫、
左上から右下へと斬り下ろす≪逆袈裟斬≫、
逆袈裟斬りの軌道を右下から左上に斬り上げる≪左斬上≫、
左横から右横へと振るう≪右薙≫、
右横から左横へと振るう≪左薙≫、
切っ先を相手に向け突き出す≪刺突≫
先ずはこの九つの素振りを叩きこんでいる。
次に多少なりとも実戦に備えるため、打ち合い稽古で受け流し、受け止め、脚運びや体捌きなど、攻撃を避けるための技術を学ぶ。
そこに真剣同士の場合に追加されるのが、≪バインド≫と呼ばれる技術である。≪バインド≫とは刃物同士がぶつかり合い刃先が喰い込み合うと発生する、刃が嚙み合って固定されてしまう状態を指す。こうなると押しても引いても刃物は滑らない。≪バインド≫状態の競り合いを剥がすには剣を引いて抜くか、相手を押し切って突き放すか、或いは剣身を捩じって結合箇所を解除しつつ、次の手に繋げる等がある。
≪バインド≫状態からの有効な技としては、剣身を捩じって結合を解き、自由になった剣身にて刺突あるいは斬撃へと繋ぐ技術を教えていた。
当然ながら木剣や刃引きされた剣同士では発生せず、対人戦を真剣で打ち合ったこともないため、今のところ実戦経験のない技術である。しかしいざ対人戦となった時に焦らず済むようにと、豚頭族から入手した真剣を二振を使って打ち合い、実際の≪バインド≫状態を作り、それを実体験させていた。
湊の教えとして、刃物の基本で“斬る”という動作の意味と斬り方を教えたりもしている。例えば刃を立てて当て、押し当てるだけでは物はあまり斬れない。勿論、斬る対象や刃の研ぎ具合にもよるのだが、刃物は刃筋を立てて滑らせることで斬撃と化す。
刀は反りによって振りに応じて自然と刃筋を滑らせ、斬れ味で切断する構造をしている。それに対し西洋型の直剣は反りがないため、的に直角に当てるだけでは“押し斬る”ことが中心となり、あまり斬れ味を生かせない。
そのため、湊は刀の技術以上に意識して“擦り斬る”動きと“突き刺す”動きを意識させるように指導していた。
抜刀術に関しては直剣は明確に向かない。鞘から剣身を引き抜く動作と、抜いた剣で攻撃に繋げる動作が二アクションの手間が掛かる。
抜刀動作自体を攻撃動作にできるのは、やはり日本刀の曲線と長さが必要だった。
また、当然ながら刃が潰れたり血脂が纏わりついて斬れ味が低下していれば、“斬る”という動作に刃がついてこなくなる。要は刃引きされた刃物型の鈍器の様になる。この場合、“刃物で擦る”という意識を捨てて、鈍器と割り切って“押し斬る”にように振るうことも必要になる。
ただ、教官達からの情報として、それなりの製品には【血払い】などの刀身に血や脂が残らないという効果が付与されているものもあるらしく、そういった武器が手に入ればまた色々と事情が変わるかもしれない。
初心者講習の時に湊が気付いたのだが、この辺りの剣術では“刺突”が重視されている。基本の構えからして刺突狙いの構えなのだ。
“斬る”と“刺す”が両立できる剣というジャンルにおいて、何故刺突を優先するのか?と思ったのだが、答えは単純で、盾の普及が原因だった。
要は、片手に剣を持ち片手に盾を持つオーソドックスな構えが相手になると、盾が基本の八つの斬撃に障害として立ち塞がる。
盾ごと斬り払うような剛剣であれば話は違うのだろうが、技量が同程度であればフェイントの掛け合いで盾の位置を誘導させ、空いた隙間に剣先を刺し込むという技術が効率的なのだろう。
また、盾を持たない貴族流の剣術、細剣の扱いに関しても刺突が基本である。こちらは“刺される前に刺す”ための発展形で、間合いの測り合いと突きの捌き合いが肝要である。
湊はこちらの世界の武術はほとんど探索者ギルドの合宿や訓練場でしか知見がないのだが、どちらの世界でも基本は同じだと考えている。
ところが応用となると、こちらの世界では魔力や氣による【身体強化】、【武装強化】、魔法の併用など、様々な要因が加わって、元の世界より余程奥深く険しいものだと感じている。おまけに、日本ではありえなかった猛獣や空想上の怪物が実在していて、探索者として戦うことが出来るのだ。一武術家として滾らない訳がなかった。
悠里と祥悟は湊から湊流の直剣術と槍術を主軸に、護身用に格闘術も学んでいる。湊自身は他に鎖鎌や弓術、杖術、投擲術など多種多様な技術を包括して修めているのだが、学んできた時間とこれからの時間の使い方を考えれば、悠里と祥悟に教える物は絞らざるを得ない。
結果、携帯性と殺傷力のバランスが良い直剣と、携帯性と取り回しは悪いが間合いに優れる大身槍、ゴロツキの撃退用に格闘術を中心に教えている。
今は直剣をベースに教えているが、湊としては過去の≪迷い人≫が恐らく日本刀の製法をこちらの世界に持ち込んでいる筈だと思っている。そのため、根気強く探せばこちらの世界でも日本刀が入手できる筈だと期待している。
初心者講習の合宿の時から日課としている早朝訓練の内、ランニング以外を終え、汗と汚れを【清浄】で落とし身綺麗に整え直す。自分たちが使った天幕を片付けてテーブルと椅子を出し、朝食の準備をする。
あれこれとガサゴソしていると、ネロ、エンリフェ、シエラも起きて天幕から出てきた。
「「「おはようございます」」」
三人が朝の挨拶をしてきたので、悠里達も「おはよう」と返し、椅子に座るように勧める。三人も席に着くと【異空間収納】から出来立てのポトフの鍋とパン、皿やカトラリーも出して配膳し、皆で朝食を摂った。
「遠征中に食べられる物じゃないですよ……。贅沢に慣れたら元の生活に戻れなくなります……」
エンリフェがポツリと溢し、それにネロとシエラも頷いていた。
「まぁ得したな、とでも思っておいて」
悠里が適当に返し、祥悟が苦笑いする。
「それより、今日の予定なんだけど。このまま南下して森を抜け王都まで送るって事で良いのかな?」
「はい、おねがいします」
シエラが代表して返事をし、他二人も頭を下げてきた。
「了解。それじゃ、食事が済んだら向かいますか」
◆◆◆◆
朝食後の片付けも終え、出発準備が完了した。
ネロとエンリフェの添え木代わりの木剣も外せている。昨日の今日で開放骨折寸前だった大怪我が完治していた。足取りもしっかりしているし、何なら小走りで移動しているのもみえた。現代日本の文明レベルを経験していても、魔法薬と治癒魔法の凄さには驚かされる。異世界は凄い。
今日も先行する斥候は祥悟が行っている。それに続いて悠里、エンリフェとシエラ、最後尾に湊とネロである。ネロは本隊の後方で【気配察知】を繰り返して、本隊周辺の警戒をしている。
道すがら遭遇した豚頭族や小鬼族、犬頭族に獣型の猛獣類(野熊など)は根絶やしにする勢いで仕留めて、【異空間収納】にしまっていく。ネロとエンリフェ、シエラの三人の支援によって昨日よりもずっと戦闘が楽だった。
ネロは後衛二人の護衛と戦闘中の周囲の警戒を担当してくれる事で前衛三人《悠里、祥悟、湊》が戦闘に集中できるのも大きいし、エンリフェの魔法で敵の足元を深い泥濘に変えたり樹木魔法で植物による束縛、土壁による敵集団の分断と、様々な支援が入ることで、戦闘が終始有利に進行した。
そして、怪我をしてもシエラの治癒魔法があるという圧倒的な安心感。
チーム・バランスについて教官達が耳にタコができるほど言い聞かされてきたが、実際に体験してみると想像以上に快適で、思わず積極的に敵を見つけては狩りに回っていた。
「後衛の支援があるってはじめてなんだけど、すごく戦い易いね。チーム・バランスについて皆が気にするのも身に染みて納得できちゃった」
湊の感想に祥悟と悠里も頷き返した。
「そうだな。三人でもやれなくはないけど、こんな楽を覚えちゃうと今後の狩りで贅沢な不満を感じてしまいそうだ」
祥悟が笑って同意した。
「皆さんの方こそ、動きが凄く良いです。安心して見ていられると言いますか……」
シエラが感じたようにネロとエンリフェも感じていたので、二人とも頷いている。
「燃費の悪い攻撃魔法を使わなくても、ちょっとした支援魔法だけであっという間に片付けてしまって凄いです。あの食人鬼族を三人で斃してしまっただけはありますね」
エンリフェも柔らかい笑顔でシエラに追随した。
「うん、あの時はシエラは気絶してたし私とエンリフェも途中で気絶しちゃったけど。凄かったよね!」
ネロが頭上の獣耳をぴこぴこさせながら、明るい笑顔をみせる。
「あの時は俺も途中で気絶しちゃってたからなぁ……。祥悟と片倉が頑張ってくれたお陰で俺も命拾いできたよ」
悠里の言葉に、湊が何か言いたそうな顔で悠里に無言の抗議を入れるが、悠里はそれを黙殺する。
「さて。先を急ごうか。夕方までには王都に着きたいしね」
悠里が皆に行動を促し、意を汲んだ祥悟がさっと斥候に戻っていった。
昼過ぎの頃にようやく森を抜け、開けた場所で昼食休憩の時間をとった。森を抜けたことで緊張感が解れたのか、皆の顔に笑顔と安心感がみてとれた。
「森も抜けたし、ようやく一息吐けたね」
湊の言葉にネロ達三人組が頷き返した。
「うん、絶体絶命でもう森から出ることも出来ないと思っていたから、本当に助かりました」
代表してエンリフェが再度感謝の意を述べ、頭を下げた。
「気にしないでくれって言ってるだろ?困ったときはお互い様ってやつだよ」
祥悟が困った顔で頭を上げさせた。
「たまたま、食人鬼族に襲われているチームを見つけた。たまたま、食人鬼族を斃してみたくなった。この話はそれだけ。終わりにしよう?それより、王都までの道程で野盗にでも引っかからないか、そっちの方が心配じゃないか?」
悠里が居心地悪い思いで無理矢理話を切り上げて、注意を他の話に逸らす。
「野盗かぁ……。まだ会ったことないけど、討伐対象だよね?」
湊が悠里の逸らした方向に乗っかった。
「野盗の類は討伐対象ですね。生け捕りにして街の衛兵に引き渡せば報酬が出ます。討伐した場合、首でも持って帰って衛兵に渡せば安いですが一応報酬は出ます。人相書とかで顔の売れた野盗だった場合、討伐指定された首という事で賞金が出ますね」
エンリフェが野盗について教えてくれる。
「え、賞金首の生首持ち歩くの?【異空間収納】でもあんまり入れたくないなぁ……」
悠里が想像して引き攣った顔で言うと、ネロからフォローが入った。
「生首も氷漬けにしておけば気持ち悪さが減って良いですよ」
「あぁ、なるほど……。それなら【異空間収納】で持ち歩けそうだよ」
「他に、野盗の身ぐるみ剥いで装備や財布を自分の物にできたり、塒を聞き出して襲撃すれば、野盗が貯め込んでた略奪品や装備にお金も全部自分達の物にして良いんですよ」
ネロが追加で知っていることを教えてくれた。
「野盗の本拠地には、奴隷にするために捕えた人や、自分たちで凌辱するための女性が捕えられている場合もあります。救助できた場合は衛兵に引き渡すか自分たちで送り届けるかすれば、礼金が出る場合があります」
シエラがネロの話を引き継いだ。
「なるほど。人助けとお小遣いになるってことだね。末端の実行役だけじゃなくて、本拠地も潰せれば実入りも良さそうだ」
悠里が皆から野盗の話を聞いて、何度も頷いた。そして湊と祥悟の顔を順にみていく。
「ということで、いざという時の覚悟は決めておくように」
悠里の言葉に、祥悟と湊は神妙な顔で頷いた。
王都への帰路は野盗に出会うこともなく進み、探索者ギルド最寄りの北門から王都に帰還した。
探索者ギルドに到着すると、シエラが代表してメンバー三人の死亡の報告をし、遺品のギルドプレートを提出していた。その際、壊滅状態の彼女らを救出したことについて、ギルド職員のリューネから聞き取り調査を受けた。
「人命救助のためとはいえ、無理は駄目ですよ?食人鬼族は本来、≪初心者≫ランクの三人で狩る相手じゃないんですからね?」
リューネからのお小言に悠里は後頭部を掻きながら頭を下げた。
「ハハハ、身に染みて理解した、とだけ言っておきます」
そんなやり取りを聞いていたシエラ、エンリフェ、ネロが目を丸くした。
「え?本当に≪初心者≫ランクなんですか?あんなに強かったのに?≪下級≫上位か≪中級≫下位のあたりだとばかり……」
エンリフェが驚きを露わにして聞いてきた。
「あぁ、実は初心者講習が終わって≪初心者≫ランクに登録されたばかりなんだ。今回が講習後の初遠征だったんだよ」
祥悟が襟元から≪初心者≫ランクを示す鉄製プレートを出してみせた。
「あぁ、それともう一つ報告というか相談というか、ネタがありまして」
悠里がリューネに追加報告を始めた。
「王都北の森で大きな陥没穴があったんですが、分かりますか?」
「ほぼ真北への進行で森の中にある切り立った崖で囲まれた大きな穴がある場所ですね?」
リューネが頷きながら話を受ける。
「そうです。その途中にある岩場の穴がありまして、穴を抜けるとあの陥没穴の内側に出るみたいなんです。ウチの祥悟が豚頭族を追跡していてその抜け道を発見しました」
「豚頭族を追跡してですか?続けてください」
「それで、抜け穴の先で陥没穴の中の森を確認したのですが、どうも奥の方で炊事の煙と思われる煙が複数立ち昇っていたのです。豚頭族って日常的に炊事して食事するような習慣がありますか?あるいは上位種が出るとそういうこともするようになる、とか?豚頭族の集落が出来ていて強力な上位種も居たとしたら、うち等だけでは厳しいかと思って手は出さなかったんですけど。どうなんでしょうか?」
悠里の報告に何度も頷きながら聞いていたリューネが真剣な顔になっている。
「よく報告してくれました。それは懸念通り、豚頭族に強力な指揮者の個体が生まれて、群れを強化していると思った方が良いです。念のためギルドの斥候に現地の確認をさせます。今回のご報告の件、調査後にギルド貢献ポイントに加算します」
リューネが悠里達に頭を下げ、斥候を出すための手続きのために奥へと引き上げていった。
聞き取り調査から開放されると六人は解体場に赴き、今回狩ってきた獲物たちの討伐証明部位や死骸を丸ごとを出して解体と買取を依頼した。悠里達三人だけで狩った獲物と、ネロ達三人と一緒に狩った獲物は別精算になるように手配をした。解体はギルド任せで、手数料は最終的な売値からの天引きで頼んである。
小鬼族、犬頭族は討伐証明部位である左耳、回収した魔石を精算し、野狼と野猪、野熊は毛皮と食肉に解体される予定でギルドに買取してもらう。
豚頭族も食用肉として買取されていった。討伐証明部位の左耳と魔石もちゃんと計上してもらった。
食人鬼族は何に使うのかは分からなかったが一部の内臓と角、討伐証明の左耳と魔石を買取してもらい、残ったほとんど全身の部位は廃棄ということで処分費が天引きされた。
先に六人で狩った分の精算と目録の作成が終わり、買取と討伐証明の報告を受け取った。買取と討伐証明の目録を持って受付に行き、六等分した額をネロ、エンリフェ、シエラにそれぞれ受け取らせた。ギルド貢献ポイントの付与も六等分で付けてもらった。
「そんな、助けていただいた上に王都までの護衛までしていただいたのに……」
シエラ達が遠慮してきたが、六人で斃した成果だからと報酬を受け取らせた。
「シエラ達は大変な目にあったばかりでしょ?今日くらいはしっかり寝れる良い宿に泊まって、疲れを癒すと良いよ」
湊の言葉に三人は礼を口にすると、ギルド本館から出ていった。
「さて。そしたら俺達もまずは今夜の宿を探さないとね」
今日のこの後の予定として悠里が宿探しを提案する。
「宿が決まったら使った食料の買い足しとかもしておかないと」
宿探しに頷いた湊が、昨日今日で消費した消耗品や食料の買い足しについて言及した。
「そうだね。それじゃ、さっきの六等分にした報酬を預けておくから、祥悟と片倉で宿探しと食料の調達をお願いして良いかい?」
「おう、構わないぞ。悠里は残りの精算待ちか?」
悠里の依頼に湊は頷き、祥悟は頷きながら確認をした。
「そうだね。三人で狩った分の精算待ちは俺がしておく。報酬をもらったら【念話】で居場所を訊くから、それで合流しようか」
「分かったわ。橋本君、行きましょ」
「おう、んじゃ悠里、また後で」
祥悟が軽く手を振ってきたので、悠里も雑に手を振り返して解体場に戻った。
解体場の職員が忙しく確認に駆け回り、個体ごとの傷付き具合で査定されていく。出来あがった目録を受け取るとギルド本館に戻り、そこの買取窓口に再び提出する。
「解体場に獲物を渡してきました。こちら、解体場で受け取った目録になります」
「はい、では確認させていただきますね」
鳶色の髪の受付嬢が目録を受け取り、数量と評価をチェックしていく。
「≪初心者≫デビュー初日に食人鬼族討伐とは、さすがですね。でもあまり無理しないで下さいよ?探索者は生き残ってこそなんですから」
「はい、気を付けます」
「えーと、小鬼族や犬頭族、野狼、野猪に関しては討伐数が固定依頼の各数量に達しているため、固定依頼達成の扱いにしておきます。ギルド貢献ポイントと報酬に加算しておきますね」
ギルド貢献ポイントはチーム三人に等分に付与された。報酬金は三人分の革袋を用意しておいたので、そこに三等分してしまっておく。
「ありがとうございます」
「いえいえ、今回の≪迷い人≫の皆さんは優秀で評判良いんですよ?今後のご活躍、楽しみにしてますよ」
「はい、頑張りますね」
鳶色の髪の受付嬢の笑顔に悠里も笑顔で答え、ギルドを後にした。
『(祥悟?こっちの精算終わったよ。宿は取れたか?)」
『(おつかれさん。宿は個室を三部屋押さえた。とりあえず一泊分の支払いをしてある)』
『(了解、合流するからどこら辺に居るか教えて)』
『(ん。場所は……)』
【念話】のお陰で、湊と祥悟をすぐに見つけることができた。その後食料を中心とした買い出しを行い、宿に戻ってから悠里の個室に集まり等分した報酬を分配した。
「報酬についてまずは三等分にした革袋を渡す」
悠里がギルドでもらった革袋入りの報酬を湊と祥悟に渡した。
「で、ここからが相談なんだけどさ。チーム運用資金と個別のお小遣いを別にしないか?」
「というと?」
祥悟が詳しく聞こうと悠里に問う。
「遠征するための食料や消耗品、宿代とか武装の調達なんかをチーム運用資金で購入するようにしたい。いちいち個人ごとに割り勘で支払いするんじゃなくて、チーム運用資金から出すようにした方が楽だし、誰かが金欠に陥っていても活動に支障は出ないで済むだろう?」
悠里の言いたい事に理解を示した湊が口を開く。
「そうね、私も賛成かな。割合はどうするの?五割運用資金に回して残り五割を分配?」
「まずは八割をチーム運用資金に回したい。残り二割を個人の財布に入れよう」
「小遣いは二割?ちょっと寂しいな?」
祥悟ががっくりと肩を落とす。
「個人の小遣いで何をするって予定もないから良いだろ?それより俺達は今、ギルドからの中古装備の貸し出し品を使ってる訳だ。貸し出し期間が終わる前に自前の装備を揃えておかないと、貸し出し期間の延長料金を支払うか、借りてる武装を返却して武装なしになる。まずは何としてでも全員分の武装を揃えておきたい。どうだ?」
「そうね、いつまでも借り物という訳にもいかないし……」
「あぁ、小遣いは寂しいが今は仕方ないか」
悠里の提案は受け入れられ、一度分配した革袋から貨幣を集めてチーム運用資金用の革袋を決めて、報酬の八割はその革袋にしまいこんだ。残り二割を三人で分割し、端数はチーム運用資金にプールした。
「それじゃ、改めて当面の目標は自前の武装の調達とする。明日からも宜しくな」
悠里の仕切りで解散し、各自自室に戻っていくのだった。




