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第9話『もしボクが生まれ変わったらさ。また会いに来て』

時間は無情に過ぎてゆき、気が付けば何の対策も打てないままにボクは高校三年生の夏になっていた。


運命の時はすぐ間近である。


が、しかし現状は何も変わらずボクの体は来年以降には持たないだろうし、光佑君に付きまとっている死の運命も変わっていない。


しかも、あまりにも焦りすぎて、光佑君が死ぬって事まで口走ってしまったが、逆に光佑君に慰められてしまう始末だ。


何もしていないどころか状況を悪化させている様な気すらしている。


いっそこのまま光佑君に全て任せてしまった方が良いような気もする……。


「いやいや、長瀬の事を思い出せ。このままで良い事なんて何もない。ボクが何とかしないと」


ボクは病室で一人、首を振りながら情けない考えを振り払った。


しかし、現状のボクに出来る事が何もないのも事実だ。


ただ待つ事しか出来ない。


せめて光佑君が死に引っ張られる原因さえ分かれば、直前で何とかする事も出来るかもしれないが、生憎とどの未来に進むか分からない以上、どの様な形でソレが起きるのか分からない。


無力だ。


こんなに何も見えない状況でも戦っていた長瀬は本当に凄かったのだろう。


それに、天野も……。


天野?


そうだ。天野だ!


天野はボクの病気を治してくれた。


それに長瀬を助ける事も出来ると言っていた。長瀬が願いさえすれば。


という事は、もしかしたら光佑君を助ける事も出来るのではないだろうか。


名案である。


これ以上ないくらい名案だ。


ただし、どうやって天野に連絡を取るのか。という問題が解決できないのだが。


ボクは結局何も進展していない問題に頭を抱えながら、深く溜息を吐いた。


白い天井を眺め、ここに天野が来てくれないかな。なんて考える。


いつかの時の様に。


「天野」


「……なんだ」


「ん?」


「どうした。俺に何か用があるんじゃないのか?」


ボクはすぐ近くから聞こえた声に飛び起きた。


あまりにも勢いよく起きたものだから、胸が痛くなって咳き込んでしまったが、苦しさに涙を浮かべながらも、声のした方へ向き、そこに天野が居る事を確認し、その服を掴んだ。


何処かに消えない様に。


「いきなりだな」


「天野! 天野!! 天野!」


「どこにも行かんから、落ち着け。ゆっくり話せ」


「……うん」


ボクは強く握りしめていた両手を話、右手で天野の腕を掴んで、ベッドの上に置く。


そして先ほど思いついた願いの話を天野にする事にした。


「ねぇ、天野。前に長瀬が言ってたけど。天野は何でもお願いを叶えられるって本当?」


「あぁ。何でも。っていう訳にはいかないが、可能だぞ。何かあるのか。言ってみろ。叶えられるかは分からんが、言うだけはタダだぞ」


「そうだね。そうだよね。なら、聞くね」


「あぁ」


「光佑君がこれから何かがあって命を落としちゃうんだけど。その何かを防ぐ事は出来る?」


「それは難しいな」


「そう、なんだ。なら、その何かは防げなくても、その後に命を助けるって事は出来るかな」


「可能は可能だが、代償がいる」


「代償。まぁただじゃないよね。その代償って何?」


「……誰かの命だ」


「命かぁ。まぁシンプルに分かりやすい話だよね。命が欲しいなら命を出せっていうのは。ちなみにだけどさ。その命って、ボクのでも良いの? もう先があんまり無いと思うんだけど」


「先が無いとは言ってもそれは肉体だけだ。魂は問題ない。だからお前の命でも、大丈夫だ」


「はぁー。良かったぁ。なんだ。なら問題は全部解決だね! ねぇねぇ。じゃあソレ。お願いしても良いかな? あ。でも、すぐはちょっと待って。手紙とか残さないとだし。家族にも真帆にも言っておいた方が良いよね。ありがとうとかごめんねとか」


ボクは一気に問題が解決した喜びで、息を吐きながらこれからやらなきゃいけない事をいくつかピックアップしてゆく。


今度ノートを持ってきてもらって、そこに書くのも良いかもしれない。


「翼は、死ぬのが怖くないのか?」


「ううん。怖いよー。今でも、想像して震えちゃってるもん」


ボクは格好悪く震えてる手を天野に見せながら笑う。


しかしそんなボクを見て、天野は機嫌悪そうに眉をひそめた。


「なら、俺に願わないのか? 生きていたいと」


「出来るなら、願うけどさ。でもさっき天野が言ってたじゃない。光佑君を助ける代償。命には命なんでしょう? ならボクの命を伸ばすのだって、きっと命がいる。だからね。ボクは要らないんだ。そんなモノ」


「……」


「だってもう……一度貰っちゃってる。長瀬に。だからこれ以上貰うのは強欲というものでしょう! なんて、ボクは考えてるんだよ」


「だが、お前はまだ十七だ。まだ十七年間しか生きてない。なら」


「天野。ボクはさ。天野に助けられて外の世界に行ける様になった。長瀬のお陰でここまで生きてくる事が出来た。光佑君のお陰でボクに生きてきた意味が生まれたんだ。もう。満足、なんだよ」


「そういう言葉は、泣かずに言え」


「ごめ……でも、なんか止まらなくて」


ボクは次から次に溢れてくる涙を拭うが、涙はどうやっても止まらなかった。


そしてそんなボクを天野は優しく抱きしめてくれると、笑いかけてくれた。


「なぁ。翼。東雲翼としてではないが、お前に残された命を繋げる方法があると言ったら、どうする?」


「どういう、こと?」


「生まれ変わり。転生とでも言えば良いのかな。別の人間にその心を持ったままもう一度生まれるんだ」


「それは、そうなるなら、嬉しいけど。でも、ボクがどこかの子供として生まれちゃったら、本来その子に宿るハズだった魂はどうなるの? 消えちゃうってこと?」


「いや、魂が宿る事の出来なかった子供に、お前を移す。本来は死産となる予定の子供だ。だから、お前が宿る事で、その子は生きていけるし、親だって悲しむことはない」


「……でも、代償とか」


「そんな物は要らないよ。よく考えてみろ。本来なら翼は東雲翼として百年以上生きるはずだったんだぞ? それを神の身勝手な都合で十七年に縮められてしまったんだ。この程度の補填は当たり前だな。むしろもっと要求していいくらいだぞ。容姿とか性別とか、運動神経とかな」


「そう、なんだ」


「あぁ。俺は嘘を言わん。ほれ、何でも願いを言ってみろ。今なら無料だぞ」


「なら、なら。ボク、次に生まれ変わる時は元気な女の子になりたい。出来れば可愛い方が良いけど。でも、ただ走り回っても疲れない、苦しくならないのが良い」


「あぁ。分かった。他にはないのか?」


「天野」


「なんだ?」


「長瀬はボクの中に居るんでしょう?」


「あぁ、いる」


「なら、長瀬も一緒に生まれ変わらせて欲しい。勿論長瀬が良いなら。だけど」


「分かった。長瀬に聞いてみるさ。他にはないのか」


「ううん。無いよ」


「欲のない奴だな」


「あ。いや、一番大切なのがあった」


「なんだ」


「もしボクが生まれ変わったらさ。また会いに来て。光佑君は普通の人だからもう会えないかもしれないけど、天野は普通の人じゃないから、また会えるでしょ?」


「まぁ、気が向いたらな」


「絶対だよ」


「気が向いたらな」


「何でも願いを叶えるって言ったよ! はい約束。指切りしましょー」


「はぁー。分かったよ」


天野はいやいやながらも指切りをしてくれた。


そして、看護師さんの見回りが来る前に、姿を消していて、また運命の日に来るって言ってくれた。


本当に天野は優しいな。と思う。


転生なんて本当は出来ないだろうに。ボクを安心させようとあんな嘘を吐くなんて。


なんて良い人なんだろう。


涙が止まらない。


これで、全て解決したというのに。


光佑君に纏わりつく死は消せるし、ボクだって満足の一生を送れたのに。


それなのに。


ボクはやっぱり死ぬのが怖かった。嫌だった。こんな所で終わりだなんて嫌だった。


どこか溝のあった家族と、ちゃんと家族になりたかった。


真帆ともっとバカみたいな話をして笑いたかった。


大学に行って、お酒とか飲んでみたかった。


会社で働いたり、遠くに遊びに行ったり、誰かと付き合ったり、結婚したり。


そんなどこにでもある様な幸せが欲しかった。


光佑君に、好きだよって、言いたかった。


ただ、それだけだったのに。


もうボクには何も掴めないのだと知って、理解して、泣いて叫びたくなった。


でも、駄目だ。


もう終わる人間のボクがそんな我儘を言うべきじゃない。


むしろ笑うべきだ。


色々な人に迷惑を掛けてきたのだから、それを謝って、それでも嬉しかったと、伝えないと、駄目だ。


それが今ボクに出来る唯一の事なのだから。


笑え。


何でもない事の様に。振る舞え。


笑え!




天野が来た日の翌日。


ボクは終わりに向けて準備を始めた。


持ってきてもらったノートに終わりまでにやる事を書いてゆく。


もう一ヵ月も無いからね。


忘れ物は無いようにしないと!


大事大事!


「翼。今日は機嫌良いわね。なんかいい事でもあった?」


「うん! 最高の気分だよ!」


「そっか。なら、私も嬉しい」


ボクは安心した様に微笑む真帆に笑いかけた。


そうだ。最後の日まで笑って過ごそう。


真帆とも、家族とも、光佑君とも。


それが残り少ない命のボクに出来る事だから。

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