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第8話『……君は、 意地悪だ』

今世紀最大の愚か者は誰だろうかと考えた時に、ボクは真っ先に自分の名前を挙げるだろう。


光佑君がボクに急接近して一年。


お姉ちゃんは既に卒業しており、光佑君との関係は切れている。


恋人になる可能性はほぼあり得ないし。もしそうなったとしても、その関係が光佑君やお姉ちゃんに死を齎す事もない。


だというのに、ボクは未だ光佑君との関係を切る事が出来ずにいた。


純粋にボクを慕い、笑顔を向けてくれる光佑君から離れがたいと感じているのだ。


なんて自分勝手な人間なのだろう。


ボクの未来は高校三年生で終わるというのに。


そこから先は無いと言うのに。


そして、ボクが居る事で、光佑君が死の運命へと進んでいるというのに。


離れる事に恐怖を覚えているなんて、なんて身勝手な人間なのだろう。


愚かだ。ボクは。


「……もう一度言ってくれるかな」


「えぇ、高校は山海高校に行くことに決めました」


何でもない事の様に、そう告げる光佑君に、ボクは今すぐ地獄に落ちたい気分だった。


その高校だけは駄目だ。


いくつもある未来の中で、その高校に進学した場合、ほぼ確実に光佑君は死ぬ。


「駄目だよ」


「翼先輩?」


「その高校だけは駄目だ」


「……」


「倉敷からスカウトされているんだろう? なら、そこで良いじゃないか」


「倉敷は遠いですから」


「なら、家から通える範囲で別の」


「翼先輩。そのどこに行っても、先輩は居ないですから」


「……っ!」


「これは俺の我儘です。翼先輩に何を言われても、俺は山海高校に行きますよ」


「な、ならボクが転校すれば良いんだろ」


「出来ないでしょ。先輩は体が弱いんだから、家からあんまり離れられないって言ってたじゃないですか。ご両親だって許可しなかったんでしょう?」


ボクは一つ一つと逃げ道が塞がれている様な状況に焦り、おそらくは言ってはいけない事を口走ってしまった。


「ボクは、どうせ満足に学校に通えやしない。だから、ボクの為に同じ高校を選ぶなら、無意味だ。いつ命を失ったっておかしくはないんだ。ボクの事なんか忘れて、君は君の未来を歩んで欲しい」


その言葉を口にしてからしまったと気づけたのは、ボクを見る光佑君の目が鋭く射抜くような物に変わったからだ。


真帆と同じ様な目。


お姉ちゃんと同じような目。


ボクが失言した時に、ボクの大切な人はその目になって、すぐ悲しそうな顔になる。


だからすぐに撤回しようとしたのに、光佑君は黙ってボクを強く抱きしめた。


その感覚に、ボクは長瀬を思い出して、動くことが出来なくなる。


「翼先輩。それなら、俺は最後の時まで、一緒に居ます」


「駄目だ……。だって君は山海高校に来たら、酷い目に遭う」


「そんなもの。怖くも何ともないですよ。遠く離れた場所で、あなたが苦しんでいる事に気づけない事に比べれば」


「駄目だよ。そんなの。ボクは嫌だ。そんなの。……ボクは君と一緒になんて居たくないんだ」


「翼先輩。俺は例えあなたに嫌われたとしても、最後まで一緒に居たいんです。それに、本気で俺を遠ざけたいのなら、突き放せばいいでしょう?」


「……君は、 意地悪だ」


「えぇ、そうですよ。今頃気づいたんですか? 俺はそんな優しい人間じゃないんですよ」


ボクは涙を滲ませながらも、光佑君を突き放せない弱さに、呻いた。


いっそどこかに消えてしまえば良いのだけれど、光佑君の前から消えれば光佑君の運命は閉じてしまう。


進む事も戻る事も逃げる事も出来ない。


「翼先輩。先輩が傍に居てくれるなら、俺も無茶はしません。大人しくしてます。それでも、駄目ですか?」


「……駄目だ」


「なら、しょうがないですね。諦めてください」


より強く抱きしめる光佑君にボクは泣いた。


こんなに酷い事ばかり言っているボクに、それでも傍に居てくれるという光佑君に、昏い喜びを感じて。


そんな薄汚い自分自身に、強い嫌悪感を抱いて、泣いた。




時は止まる事なく走り続け、彼は無事山海高校に入学してきた。


いっそ不合格になれば良いとすら願ったのに、そんな奇跡が起きようはずもなく、彼は当たり前の様に合格したのだ。


そして、それからボクは光佑君と付かず離れずな距離を保ちながら日々を過ごした。


とは言っても、満足に動かないポンコツな体のせいで、保健室登校になってしまっているボクの所に毎日の様に来るから、それほど離れる事が出来ていない現状なのだが。


そんな状況を嬉しく感じてしまっているボクは、本当にクズなのだろう。


情けなくて泣きたくなってくる。


かつて自分の命惜しさに長瀬の命を犠牲にして生きながらえた人間が、今度は光佑君を巻き込んで死のうとしている。


笑えない。


でも、そんなクズのボクに光佑君はそれで構わないと言ってくれる。


そんな光佑君の言葉に居心地の良さを覚えて、ボクはなぁなぁな日々を過ごしてしまっていた。


しかしいつまでもこのままという訳にはいかない。


ボクは何とか光佑君がボクから離れる様にと、グラビアアイドルの雑誌を鞄に忍ばせたり、恋人が出来たと嘘を吐いたりした。


したのだが。


「へぇ。どこの誰ですか? その恋人というのは」


「そ、それは、まぁ内緒だけど」


「ふぅん? なるほど。じゃあ近藤先輩に聞いてみますか」


「なんでそこで真帆が出てくるんだ!」


「翼先輩の事は誰よりも詳しいですからね。近藤先輩に聞くのが確実です」


「真帆にも、内緒にしてるから、きっと知らないぞ」


「ほう! そうですか! 殆ど保健室で一緒に過ごしている俺と、登下校や放課後のほとんどの時間を一緒に過ごしている近藤先輩も知らない人。気になりますねぇ」


「う、うぅ」


「近藤先輩は翼先輩が嘘を吐いたって知ったら酷く怒るでしょうねぇ。しかも俺や近藤先輩を遠ざけようとして吐いた嘘。考えるまでもなく、恐ろしい目に遭うでしょうね」


「……」


「さて。嘘だと今白状するなら、近藤先輩には言いませんが? どうします?」


「……うそです」


「でしょうね。では、最後に何か弁明はありますか? 一応聞きますけど」


「えっと? 真帆には言わないって」


「えぇ、言いませんよ。ただ、俺は怒ってます。ただそれだけですね」


「あの、謝ったんだけど」


「謝ったら許されるのは幼稚園児までですね。さ、二度と同じ様な嘘が言えない様に、しましょうか」


それからボクは光佑君が満足するまで、ドキドキするシチュエーションの相手役をさせられた。


妹ちゃん達から借りたという少女漫画を参考にしたソレはボクの貧弱な心臓を追い詰めるには十分な威力を持っており、光佑君が満足したという時には既に満身創痍であった。


こんな技を新たに身に着けて、彼はどこまで進んでいくつもりなのだろうか。


ただでさえ現状ですら非常にモテているというのに。


世界中の人間を落とすつもりなのではないだろうか。


という事は光佑君と近づきすぎた人間は危ないのではないだろうか。


体が高校三年生以上先に持たないだろう。なんていう前に、刺されてしまうかもしれない。


ボクは、そんな姿の見えない恐怖を共有したいと考え、真帆に何気なく話してみるのだった。


「今更?」


「いや、まぁ、確かに今更な話だけどね」


「アンタじゃないわよ。私! の! 話!!」


「真帆の?」


「そうよ。アンタ。私の立ち位置分かってる? 私は、アンタの何!」


「友達でしょ?」


「五十点」


「えぇー? あ、なるほど。親友、だね?」


「四十五点」


「なんで減るのぉ!? あ、あぅ、そっか。実は友達じゃなかったってことかぁ。ただの知り合いって事?」


「-五万点。それ以上間抜けを晒すなら、わからせるわよ?」


「ひ、ひぇ、こ、答えを教えてください」


「唯一の、大親友でしょ。大事な所が抜けてんのよ」


「あれ? でもなら親友で少し点数が上がるんじゃ……いえ! 何でもないです!」


「次は無いから」


ボクは真帆の冷たい目に何度も何度も首を上下に振った。


そして、そんなボクを真帆は呆れた様な目で見ながら話を続ける。


「アンタの、唯一の大親友って事は、ただでさえ薄いアンタの対人関係の中でこれ以上ないくらい強い繋がりって事になんのよ。その上で? アンタはやたらと周囲を勘違いさせて暴走させる天才。好意が暴走しておかしくなった連中が、嫉妬から目を付けるのは誰だと思う? ねぇ?」


「はい。大変申し訳ございませんでした」


「まぁ良いわよ。その辺りは。役得もあるしね。代償として受け入れるわよ。ただ、それをアンタが無自覚っていうのは許せないけど」


「ごめんなさい!」


「うん。じゃあ。私に対して申し訳ないと思っているのなら、分かるわよね?」


「……何がでしょうか?」


「今、アンタが抱えている秘密。全部吐け」


「……」


「何、目を逸らしてんだ。こっち見ろ」


「秘密なんて、何も無いよ。ボクが君に隠し事なんてする訳ないじゃないか」


「そう言うんなら、なんで演技してるのかなー?」


「それは、その。癖で。人と話しているとつい、出ちゃうんだよ」


「ふぅーん。癖かぁ。そっか。癖ねぇ。なら明日の寝起きからその話し方をしている事でしょうねぇ。間違ってもへにゃへにゃの翼は居ない訳よねぇ。居たらどうなるか分かってるもんねぇ」


「寝起きは、その、まぁ難しいかな」


「癖なのに?」


「う」


「無意識に勝手に出ちゃうのに?」


「うぅ」


「寝起きは出てこないんだぁ。へぇー! ふぅーん! そっかぁー!」


「そ、そうなんだよ」


「……明日の朝は覚えてろよ」


「ひぇ」


そしてボクは次の日の朝、酷い目に遭うのだが、それはボクが目を逸らしたい情報であった。


今はまだ何も知らないままのボクでいたい。


そう思うのだった。

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