第6話『行ってくるね。長瀬』
朝起きて、顔を洗いながらボクは鏡を見て、酷い顔だなと自嘲気味に笑う。
なんてことはない。
また夢を見ただけだ。
長瀬が冷たくなっていく夢を。
「頑張ろう」
深く溜息を吐いて、視えた未来をもう一度頭の中で映し出す。
ボクが死んだ事で、嘆き悲しみ落ち込むお姉ちゃんを光佑君が慰める事で結ばれた二人。
でも、それは光佑君が世界に大きな希望を示して亡くなる為の前準備に過ぎない。
お姉ちゃんは光佑君が足を止めない為に、その心に大きな楔を打ち込んで亡くなる。
光佑君は希望を示したら、その命を奪われ、世界は悲劇を知り、より大きな希望を求める様になる。
「最悪だな」
考えうる限りの最悪だ。
どうやら神様はボクの大切な人の命を奪うのが好きらしい。
ふざけた話だ。
ボクは勢いよく壁に手をついて、鏡の向こうを睨みつけた。
「もう、お前に何も奪わせるもんか」
それは神様への宣戦布告だ。
立ち止まればきっと泣き崩れて、進むことが出来なくなってしまうボクの、精一杯の強がりだ。
それでも、進み続ける為の力はもう貰っていた。
『お前自身がつかみ取れ。お前の望んだ未来を』
「うん。行ってくるね。長瀬」
ボクは鏡の向こうに笑いかけて、出かける準備をした。
あれから二年の月日が経った。
ボクは中学生になり、光佑君が通う予定の中学校に通っている。
ずっと切っていなかった髪を整えて、それとなく立ち振る舞いを意識した所、どうやらそれなりにモテるという事が分かった。
これは僥倖。
無理やりお姉ちゃんから光佑君を奪う必要が無くなってなによりである。
まぁ無理やりでなくても、奪うのだから非道な行いに代わりは無いのだけれど、その辺りは許してもらいたい所がある。
さて、とりあえず本命を狙いに行く前に練習がてらクラスメイトを誘惑する練習でもするか。
なんて考えていたのだけれど。
「東雲! 俺、お前の事が……好きだ」
「ごめんなさい」
「東雲。お前、好きな奴っているか? 居ないならさ。俺とか、どうだ」
「ごめんなさい」
「なぁ、東雲。東雲ってなんかいい匂いするよな」
「ごめんなさい」
なんかおかしな事になってるな!?
ボクは大変混乱しつつ、自称恋愛マスターであり、ボクの数少ない友人である近藤真帆に、中学に入ってから半年の間に起こった奇妙な事について相談した。
しかし、ボクの深刻な相談に反して、真帆の反応は冷ややかな物だった。
「当たり前でしょ」
「えぇー? どういう事?」
「どういうもクソも無いわよ。アンタ。自覚なしにやってたの? 殺すよ?」
「え、え。怖いんだけど。何? 本当に説明下さい」
「ハァー! ったく。しょうがない。なら説明してあげましょう」
「ありがたいです。真帆様ー!」
「あざとい……やっぱり処すか?」
「ちょ! 勘弁して!」
真顔でシャーペンを握り締める真帆にボクは焦りながら両手を上げ、降伏を宣言するが真帆の視線は鋭いままだった。
両手を握り、首を傾げながら愛想笑いを浮かべて見るが、逆効果で視線はさらに鋭くなってしまう。
どうにもならない。八方塞がりである。
肝心な所で役に立たない未来視に内心で文句を言いながら、何とか機嫌が戻らないかと試行錯誤していたら、深い、深ーい溜息を吐いて何とか真帆は機嫌を戻すのだった。
「元々さ。小学校の時からアンタは人気があったのよ。ただ、小学生の男子ってバカじゃない? いや、今でも結構バカだけど。だから好きな子には意地悪するみたいな奴が多いんだけど。アンタは病弱だったから、そういう事も出来なかったって訳」
「フンフン」
「そういう意味でこう気持ちが行き場を無くして溜まってたんでしょうね。中学になって、それなりに元気になって通い始めてからその気持ちをどうにかしようとアンタに接触し始めたって訳よ」
「なるほどね」
「で! 問題はそこからのアンタの対応!!」
ボクは真帆の話をただ聞いていたのだが、不意に人差し指を顔の前に突き出され、怯んで少し後ろに下がる。
恐ろしい剣幕だった。
「無自覚なんだろうけどね。アンタの距離感おかしいのよ。普通のクラスメイトの距離感じゃないの。近すぎ。下心ありきで近づいてきた奴に対して接近するな。明らかにわざとぶつかってるのに、ごめんねじゃないんだよ! もっと嫌がれ! 気持ち悪いんだよ、このカスとか言え! ウジウジ、おどおどした奴に優しくするな。ゆっくりで良いんだよとか言うな! 近寄るなゴミとか言え!」
「いや、それは人としてどうなの?」
「そうやって誰だろうと分け隔てなく手を差し伸べる天使の様な東雲翼に対して、みんな同じ事思ってるんだよ。分かる? 『あれ? もしかして、東雲翼って俺、私の事好きなんじゃね? 俺、私でもワンチャンあるんじゃね?』ってね」
「でも、ほら。お断りしてるし」
「は? アンタ。付き合ってを断ったら終わると思ってるの? バカなの?」
「えぇー? 終わらない、の?」
「終わる訳無いでしょ。むしろ何故断ったんだ。何か原因があるんじゃないか。って私の所に相談に来る奴が増えたわよ」
「わ、わぁー。流石は恋愛マスターだね」
「……良い挑発ね。私のペットとして生涯生きてみる? 今すぐ首輪買ってきて、ウチで飼うけど?」
「勘弁してください!」
「次舐めた事言ったら、ワンかにゃあ以外言えない体に調教するからね?」
「はい! 気を付けます!!」
ボクは怒れる友にしっかりと頭を下げて謝罪する。
その最中に周りから首輪を付けた東雲か。とか東雲さんをペットにするの良いわね。とか狂った言葉が聞こえてきた気がするが、聞こえなかった事にする。
クラスメイトにそんなヤバイ人が居るだなんて信じたくはない。
「それにさ。アンタがたまにやってるなんか妙に格好つけた口調。アレ何なの?」
「あぁ、あれかい? 格好いいだろう? ボクも気に入ってるんだ」
「うっっっっっっっ、か、顔が良い!!」
「真帆?」
「ちょっと、へにゃら無いで。ずっと格好いい顔してなさい」
「えぇー。やだよ。疲れるもん」
「なら、初めからやるな!! 私たち乙女を狂わせるな!!」
怒られてしまった。
お姉ちゃんから借りた漫画を読みながら、そこに出てくる格好いい男の子をイメージしてやっていたのだけれど、真帆は気に入らなかったらしい。
奇声を上げながら頭を振り回していた。
正直、怖い。
「とにかく! アンタが誰彼構わず、思わせぶりな態度をとるから、勘違い共が増えてんのよ! 自覚して自重しろ!!」
「分かったよ」
ボクは現状を理解し、どうやら色々と改善しなくてはいけない事が多い様だと日々の生活について考える。
思わせぶりな態度を取らなければ良いのだろう? なら、簡単だ。
向こうが近づいてきたら『好きでもない人にこんな事しちゃ駄目だよ』って言えば良い。
これで全部解決するだろう。
更に『ボク、勘違いしちゃうよ?』なんて付け加えれば完璧じゃないだろうか。
うんうん。良さそう。
ボクは天才じゃなかろうか。
まぁなんにせよ光佑君をボクに惚れさせて、お姉ちゃんと結ばれない様にするぞ計画は順調だ。
ボクにかかれば、何てこともなく容易く出来るという事が判明したのだから。
うんうん。今日は良い日だな!
なんて、笑っていた一か月後。
真帆に激しく問い詰められる事を、この時のボクは知る由も無いのだった。