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第5話『お前自身がつかみ取れ。お前の望んだ未来を』

ボクは走り回っていた。


全てが凶器と化した街の中を。


長瀬に背負われて、ただひたすらに。


走り回っていた。




始まりはお昼ご飯を食べ終わってからだったと思う。


お店を出て一歩進もうとした時、長瀬に体を後ろへ引っ張られた。


その直後に上から勢いよく大量の金具と大きな板が落ちてきて、ボクの居た場所に降り注いでいた。


地面に落ちた金属の板も金具も耳を塞ぎたくなる様な音を立てながら地面を削り、直撃していたらどうなっていたか。なんて考えるまでもない。


驚き悲鳴を上げる通行人や店の人を無視して、長瀬はボクを抱き上げると店の外へ走り始めた。


そして長瀬と同じ速さで横を走る天野は飛来してくる様々な物を腕で防いでいた。


「唐突に始まったな。予定では夜だった筈だが」


「こっちも止める気満々だったからな。天罰って奴だろ」


「用意周到な事だ。しかし、動き始めた以上、運命は干渉しやすい場所にあるはずだ。俺はそれを止める。その間、願いの力でお前たちを守るが。良いな?」


「いや、要らん」


長瀬は飛んでくる物体を避けながら、何でもない事の様にそう言い放った。


その言葉に天野は眉間の皺を深くする。


「おい。話しが違うぞ」


「悪いな。だが、お前のソレはイザという時まで取っておいてくれや!」


「長瀬!!」


長瀬は横を走っていた天野を突き飛ばすと、そのままボクを抱えて走り続ける。


あっという間に天野の姿は消えていったが、長瀬は何も気にした様子はなく速度を落とさずに走っていた。


「ねぇ! 良かったの!?」


「何がだ」


「だって、天野がボクたちを守ろうとしてくれてたんでしょ?」


「あぁ、そうだな。だが、それを願えば天野はその願いを叶える為に、死ぬ。命も存在も全て燃やし尽くして、神のクソッたれ計画をぶっ潰す為に力を使うつもりだ。そんな事、させてたまるか」


「そんな……」


「だからな。悪いが、ちょっとばかし、付き合ってもらうぞ!!」


長瀬はそう言いながら、飛来物を避けつつ走る。


体は至る場所が傷ついて、血を流している。それでも、長瀬は止まらず、ただボクが生きる未来を目指していた。


そして、大きなビル影に隠れたり、落下物や飛来物の来ない場所を選びつつ休憩を挟んで、長瀬はその場所に辿り着いた。


大きな廃ビルのすぐ近くにある、空き地へ。


「ここか」


長瀬がその空き地に入ると、今まで大量の危険物が飛んできていたのが嘘の様に静かになっていた。


終わったのだろうか。


「天野が何とかしてくれたのかな」


「いや、天野は間に合わない」


重く、呟かれたその言葉にボクは疑問を返そうとしたが、それよりも早くボクは地面に立たされ、強く抱きしめられた。


その力はとても強くて息苦しいほどだ。


ボクはいつもの様に文句を言おうと、その腕から抜け出そうとした。


しかし。


「動くな!!」


「っ!」


強い長瀬の声に、体を震わせてしまい動く事が出来ない。


そして、その言葉の直後、強い衝撃が長瀬の体を襲い、ボクに伝わる。


まるで何かが長瀬の体にぶつかった様な衝撃だ。


「な、長瀬! どうしたの!? 疲れちゃったの!? なら、ボクが一人で逃げるから、放して!」


「駄目だ。お前はそのまま動かず、ジッとしていろ。すぐに終わる」


こんな会話をしている間も長瀬の体は絶えず何かを受け止めていて、その衝撃がボクに何度も伝わっていた。


そして長瀬の服がだんだんと赤く染まってゆき、真っ白だったシャツが赤い色に変わってしまう頃、長瀬はようやく手を緩めてボクを解放してくれた。


「長瀬!!」


「よく……我慢したな、偉いぞ」


「きゅ、救急車を呼ばないと」


「無駄だ。この傷じゃ、助からん。それよりも天野を呼んでくれ」


「分かった」


ボクは膝をつき、荒い呼吸を繰り返す長瀬を見て、動揺し溢れていた涙を拭って、キョロキョロと天野を探す。


しかし、当然の様に天野はおらず、ボクは空に向かって天野の名を呼ぶことにした。


こんな事で天野が来てくれるかは分からないけれど、ボクは何度も、何度も天野の名を呼んだ。


「翼!」


「あ、まの……長瀬が、長瀬が」


「そうか」


天野は辛そうな顔をして長瀬を見る。


白かったシャツは朱色に染まり、背中にはいくつもの鋭いガラスや細い金属の棒が刺さっていた。


そのどれもが痛いなんて物ではない事が分かる。


このままでは死んでしまう。


「ねぇ、天野! 長瀬を助けて!」


「それは……長瀬が望めば、だ」


「長瀬!」


「残念だが、お断りだ」


「なんでさ!」


「俺がここで死ねば、翼への呪いは、消える。もう、怖い思いをしなくても良いんだぞ。翼」


「違う! そんなの! そんなの望んでないよ!」


「気にするな。大嫌いな俺が消えるだけだ」


冗談の様に笑って言った長瀬のその言葉にボクは胸の奥が握りつぶされた様な苦しさを覚えた。


そんな、つもりじゃなかった。


そんなつもりで言った訳じゃない!!


「違う。違うよ。ボクはそんなつもりで、そんな気持ちで言ってたんじゃない。長瀬に消えて欲しいなんて、そんな事思った事もないよ。ねぇ、お願いだよ。居なくならないでよ」


「ったく、我儘なチビだ。天野。前に言ってた事、頼めるか?」


「あぁ」


ボクは嫌な予感に顔を上げて天野を見た。


でも、天野はボクに何も言ってくれず、ただ目を閉じて長瀬の体に触れる。


そして長瀬は血まみれの手で、ボクの頬に手を当てると、柔らかく笑った。


いつもとは違う、力のない手の感覚にボクは震えるほどの恐怖を覚え、その手を握り締める。


「翼。お前に立ちはだかっていた死の運命はここで消える。だが、人生は先の分からない怖い事だらけだ。だから、お前にコイツを託す」


「こいつ?」


「未来を視る、力だ。これがあれば大抵の事は何とかなるさ。俺の命と一緒に持っていけ」


「長瀬は」


「俺はもうこの先には行けねぇ。だから悪いな。後はお前自身がつかみ取れ。お前の望んだ未来を」


「ながせ……」


長瀬はそれ以上何も話す事は無く、ボクに触れていた手は力なく地面に落ちた。


でも顔だけは安らかで、何の苦しみも無く、満足そうだった。


それが酷く悔しくて、悲しくて、ボクは泣いた。


ただ助けられるばかりだった、こんな弱いボクに苛立ち、泣いた。


もっと力があれば長瀬はこんな事にならなかったのだろうか。


頭に疑問を浮かべたとて、答えは出ない。


そして、ボクは悲しみを抱いたまま天野に自宅へ送ってもらう事にした。


久しぶりに帰ってきた我が家は、出て行く前と何も変わらない。


ボクの服が汚れている事に気づいたお母さんがお風呂に入ってきなさいと言ったり。


腕に擦り傷がある事に気づいたお姉ちゃんが手当てをしてくれたり。


一ヵ月出かけて楽しかったか? とお父さんが笑顔で聞いてくれたりした。


何も変わらない。平穏な日常がここにはあった。


でも、ボクの世界は決定的に変わってしまった。


それは長瀬が居なくなった事だけじゃない。


天野が当分ボクと会う事が無くなった事でもない。


ボクに未来が視える様になったという事だ。


そして、その視えた未来に、ボクは右手を強く握りしめる。


『お前自身がつかみ取れ。お前の望んだ未来を』


長瀬の言葉を噛み締めながら、ボクは決める。


お姉ちゃんと、光佑君に纏わりつく、死の未来を必ず潰してみせると。


長瀬の様に。


今度はボクが、誰かを助けてみせると。


そう、心に誓うのだった。

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