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第2話『ボクはチビなんて名前じゃない。東雲翼だ!』

天野と出会った日から半年。


ボクは今まで寝たきりだったのが嘘みたいに、元気な姿で外へ出かけられる様になった。


でも、体が弱いという事自体は変わらなかったらしく、あまり長時間外に居たりすると倒れてしまう様だった。


だからなるべく無理はしない様にと、お医者さんにも言われてしまったが、今までの事を考えれば現在の状態はまるで天国だ。


多くを望むまい。


家族が居て、少しずつだけど友達も出来て、素晴らしい事ばかりだ。


ただ、唯一不満があるとすれば、ここ一ヶ月くらい、天野が家に来てくれなくなった事が不満だった。


だから、その寂しさを少しでも埋めようと、天野の事を木製のベンチに座りながら日記に書いていた。


悲しい気持ちはあるけれど、天野の事を考えて少し良い気持ちになっていたのに!


それなのに!!


「ワハハ。天野が良い奴? そんな事を言う奴に会えるなんてな! 長生きはするもんだぜ」


「うー! 天野を悪く言うな!」


ボクの日記を変な奴が勝手に見た上に、バカにしてきたのだ。


信じられない。


とんでもない奴だ。


「悪くは言ってねぇさ。ただアイツが、あの天野が良い奴だって言われてるのが、ただ面白くてな! ワハハ、ワハハハハ!」


「それが! 悪く言ってるって事だろ! 敵か! お前!」


「おいおい。止めろ。俺は敵じゃない」


ボクは座っていた木製の大きなベンチから飛び降りて、拳を握り締めて怪しい男に殴りかかる。


しかし男は容易くボクの拳を受け止めて、笑っていた。


憎たらしい。


しかし、そんな憎たらしい敵を討つだけの力をボクは持っていない。


悔しい!


「そういきり立つなチビ」


「ボクはチビなんて名前じゃない。東雲翼だ!」


「おぉ、そうか。落ち着け翼」


「うぅー!! ぐるるるる」


「まるで獣だな」


ボクは歯を食いしばりながら、隙を見て噛みつこうとしたが、上手く逃げられてしまった。


しかし、それから後も何度か挑んでみたが、上手く避けられてしまった為、ボクは一度抵抗を止めた。


「ふぃー。ようやく落ちついたか。まったく。野生の狼じゃねぇんだからさ。少しは理性を持ってくれ」


「お前のせいだ!」


「おーおー。悪かったよ。まったく、こんな危険な獣だってんなら、最初から言っといて欲しいぜ。天野の奴」


「お前! 天野の知り合いなのか!? まさか、友達!?」


「あー。まぁ。友達と言えば、友達かな?」


「嘘吐くな!!」


「嘘じゃない。こんな嘘ついてもしょうがないだろ? 天野の友達だ。なんて自慢出来る事じゃねぇぜ。こうして猛獣に噛まれそうになってるしな」


怪しい。


ただひたすらに怪しい。


ボクに近づいて何か企んでいるのではないだろうか。


「見ず知らずの人間に警戒心を持つのは大事だがな。まぁ落ち着け。俺は天野から伝言を持ってきただけだ」


「伝言? なら、早く教えて」


「噛まないと約束できるか?」


「内容による」


「……俺は帰る」


ボクは背を向け歩き始めた男に飛び移り、その腕に噛みついてやった。


男は叫び声を上げながら、地面に倒れるが、ボクは天野の事を聞くまでその腕を離すつもりは無かった。


「分かった。話すから、離れろ!」


ボクは一度顎から力を抜いて、そのままの姿勢で話すように視線で訴えかける。


「ったく、ピラニアみたいな奴だな。信じられん事をしてくる」


「あやく!」


「わーてるよ。天野から伝言だ。当分はそっちの家に行けない。何かあったら長瀬に言ってくれ。との事だ」


「長瀬?」


「あぁ、俺の事だ」


「がう!」


「いでぇ!!?」


ボクは天野が当分家に来ないという悲しみを紛らわせる為に近くにあった物に噛みついた。


寂しい。寂しいよ。天野。




それから、ボクの日常は少しだけ変わった。


たまに来ていた天野が来なくなり、ボクは長瀬と共に日々を送る事になった。


お父さんもお母さんも何故か長瀬を怪しいとは思わず普通に受け入れてくれて、ボクの傍にいても警察を呼ぶような事は無かった。


お姉ちゃんは山を越えて町に引っ越したお陰で昔の友達に再会出来たらしく、その子の追っかけをする事で忙しいらしい。


まぁ立花君だが。


その立花君にお姉ちゃんはご執心なのだ。


彼は格好いいからね。気持ちは分かる。


でもまぁ、ボクから言わせればいい子ちゃん過ぎるかな!


「そう。やっぱり格好い人っていうのはちょっと悪っぽい雰囲気がある方が良いよね!」


「なんだ。翼。天野の話か?」


「誰もそうとは言ってないだろ!!」


「いや、お前の知り合いで道外してるタイプって言ったら、天野か俺くらいしか居ないだろ。まさか俺に……って痛ェ!!」


「がうがう!」


「分かった! 悪かった!! だから噛むな!!」


長瀬はボクから急いで離れ、左腕をスリスリと撫でていた。


男らしくない。天野だったら噛みつかれても、きっと笑いながら頭を撫でてくれるだろう。


やんちゃだな。お前は、みたいな感じで。


「てか翼も不良に憧れる年ごろかぁ。選ぶなら真っ当な奴が良いと思うがね。お兄さん的には」


「頼まれても長瀬みたいな奴は選ばないから、大丈夫だよ」


「いや、今しれっと外したけど。天野も大概カスだからな? 選んじゃ駄目だぞ」


「天野を悪く言うな!!」


「わーかった! 分かったから噛むな! ったく。猛獣め。油断も隙もねぇ」


「長瀬がすぐ天野の事を悪く言うからだ。長瀬が悪い」


「はいはい。わるーございました」


長瀬は溜息を吐いて遠くを見る。


今日はボクが絵を描きたい気分だったので、見晴らしのいい丘に来ていたのだが、長瀬はそれに付き合ってくれた形だ。


しかし、長瀬は絵を描くでもなく、ただ空を眺めている。


退屈では無いのだろうか。


「長瀬は、なんでボクに付き合ってくれるの?」


「あー? まぁ特に理由はねぇよ」


「理由が無いって事は無いだろう? 何かあるんじゃないか?」


「疑り深いな。そんなに疑ってもこれ以上何も出ねぇぞ」


「揺らせば何か出るかも」


「んな訳あるかぁ! このクソガキがぁー! お仕置きじゃ!!」


「アハハ。止めてよ! 長瀬! あはは!」


長瀬がボクをくすぐって、ボクはケラケラと笑いながら地面の上を転がった。


そしてひとしきり笑った後、ボクはどこまでも突き抜けるような青空を見て、少しだけ泣いた。


「翼」


「大丈夫。大丈夫だから。長瀬も居るし。寂しくないよ」


天野が最後に来た日から既に一年が経過していた。


長瀬は何も言わない。


次いつ来るのか。長瀬は知っているハズなのに。何も言わない。


ボクも聞き出したいとは思わなかった。


むしろ聞くことも怖い。


もし、もうずっと来ないと言われたらどうしよう。


そう思ってしまうのだ。


「無理すんな」


「無理なんかしてないよ」


「はぁー。ったく。可愛くねぇガキだ。寂しい時はな。寂しいって言うんだよ!」


「……言ったって、何も変わらない」


「んな事ねぇさ。世界に叶わない願いなんて無い! ただし、どんな願いも言葉にしなけりゃ叶わないぞ」


「……」


「ほれ。そんな風に意地張ってねぇで。言ってみろって」


「……いたい」


「あー? 聞こえねぇなぁ!」


「天野に会いたい!」


「だそうだぞ。天野。こんな小さなガキをいつまでも俺に押し付けてんなよ。俺はベビーシッターじゃねぇんだ」


「……?」


長瀬は突然手に持っていた物を耳にあてて大きな声で話し始めた。


そして、それをボクの耳に当てる様に促してくる。


『あー。すまなかったな。翼。来週あたりそっちに寄るよ。また話を聞かせてくれ』


「あ、天野!?」


『あぁ、そうだ。連絡が遅れてすまないな』


「ううん! 全然。全然気にしてないよ! だから無理しないで……」


「だからさっさと帰ってこい。ボケ! カス! だってよ! じゃあな」


「あ! あー!! なんて事するんだよ!」


「ケッ。人の携帯でイチャ付きやがって。いつまでもウジウジ会話されたら電話代が高くつくんだよ」


「うー!!」


「素直になれって言ったろ。あのアホは。天野は人の気持ちとか分からないサイコ野郎だからな。言うならハッキリ言わないとだめだ。次への教訓だな」


「天野の悪口言うな!!」


ボクは地面に座っていた長瀬の横で立ち上がり、そのお尻を強く蹴り飛ばした。


そしてすぐに背を向けて座り、胸の奥がドキドキする感覚に頬を染めながら、笑う。


天野が帰ってくる。


それがただ嬉しくて、ニヤニヤと笑うのを止める事は難しかった。

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