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第10話『これで東雲翼の冒険は終わりなのだ。』

彼はまさに燃え滾る炎の様だ。


多くの人の願いを、祈りを、希望を背負って現れた光佑君は、まるで恒星の様に輝いている。


その輝きは、これからも人々に多くの希望を見せるだろう。


でもその輝きは、その炎が光佑君自身も燃やしてしまっている。


天野への願いが叶えば助かると分かっていても、ボクは不安を消す事が出来なかった。


『ここぞ! ここぞという時に現れた!! 救世主となるか! 立花君!!』


病室でテレビを見ていたボクは、頭の中に響いた天野の声に導かれて白い世界へと落ちて、気が付けば光佑君達が戦っている会場に立っていた。


観客席にある階段の真ん中。


遠く向こうに広がる戦場には睨み合う大野少年と光佑君が立っていた。


多くの人が彼らの周りには居るのに、まるで二人きりの世界に居るかのようだ。


これから二人の戦いが行われる。


しかしそんな戦いの直前になって、未だ二人の勝敗は視えていなかった。


未来はこの一瞬一瞬に変わっている。


ならば、とボクは両手を握り、祈る。


どうかこの勝負の結末は光佑君が望んだ未来になる様にと。


そして、そんな願いが届いたのか。光佑君の努力が実を結んだのか。


光佑君が振るったバットは大野少年の投げた球を打ち返し、ぐんぐんと空に向かって飛んでいく。


『打ったー!! やはり救世主! その実力を見せつけて……! 見事、スタンドイーン!! 倉敷の怪物、大野君を打ち取ったー!! サヨナラホームランだー!!』


テレビの声が嬉しそうに響いている。


そして多くの人の声援を受けながら、光佑君は半ば歩くように走り、そして大野少年の待っている場所へとたどり着いた。


『立花君をライバルの大野君が迎えます。中学時代の相棒は雌雄を決し、再び友へ……おや? どうした。立花君が? 何かトラブルか?』


「翼」


「うん。分かったよ。行こうか」


ボクは急いで運び出されてゆく光佑君を見送りながら、天野の声に応えてさらに深く世界へ潜ってゆく。


気が付けば周りにあれほどいた観客たちは居なくなっていて、ボクは暗闇の世界に立っていた。


しかしすぐ後ろには天野が居て、ボクの立っている先を指さした。


そこには疲れたように膝を立てながら座っている光佑君が居た。


ボクは迷わず彼に近寄ると、すぐ横に座るのだった。


「やぁ。さっきぶりだね。光佑君」


「翼、先輩?」


「そう。ボクだよ」


「あれ? さっきまで球場に居た様な……?」


「うん。見てたよ。ガツーンと凄いホームランだったね。うんうん。痺れたよ。最高だった!」


「あ、はは。そうですか? なんか無我夢中でしたけど。喜んでもらえたのなら良かったです」


「うん。そうだね。光佑君。ボクも君のお陰で勇気が沸いたよ。もしかしたら長瀬もこんな気持ちだったのかもしれないな」


「翼先輩?」


「光佑君。君はもう大丈夫だ。もう何も怖い事はない。君の望む未来は、君がその手で掴め」


ボクは力いっぱい光佑君の手を引っ張って、立ち上がらせながら笑う。


「君の未来は無限に広がっている」


「その星空の様に輝く世界で、君は生きろ」


「ボクも、君の事をいつまでも見守っているよ」


ボクは既に立ち上がった光佑君に背を向けて歩き始めた。


ボクをジッと見ている天野に頷いて、天野が差し出した手を握る。


「じゃあね。光佑君。君の幸せをボクは願っているよ」


「翼先輩……! 駄目だ!!」


ボクは振り向いて光佑君に微笑みながら、天野に全てを委ねた。


多くの命が僕から失われていくのを感じる。


それは目を覆いたくなる様な眩い光になってこの世界を照らしてゆく。


暗く、ともすれば消えてしまいそうな儚い世界に、確かな命を灯すのだった。


そしてボクの意識は光の世界に溶けて、消えた。




と思っていたのだけれど。


あれからボクはふよふよと幽霊の様にまだこの世界に存在していた。


理由は明確だ。


世界から消えそうになる瞬間に、世界の全てを見て、遠くない未来に、消えてしまう人を見つけてしまったからだ。


だから、ボクは消える事も出来ず、こうして漂っている。


「……つばさ。どうして」


声が届けば、慰められるのに。


触れられれば、その流れている涙を止められるのに。


ボクの手は生きている真帆に触れる事が出来ず、声も届かない。


ただ見守る事しか出来ないのだ。


だから、せめて真帆を救ってくれる人が現れる様にと祈っているのだが、いかんせん真帆はあれからずっと引きこもっており、どうにも出来ない。


家族も入る事が出来ない部屋の中で一人泣くばかりだ。


でも、真帆は強い子だし。いつか立ち直ってくれるかもしれない。なんて想いはどうやら通じないらしく。


真帆は携帯を見ながらボクとのやり取りを見返して、やがて決心した様に頷いて外へと抜け出した。


深夜という事もあり、家族は気づいていない。


ボクは相変わらずふよふよと浮きながら、何をするのだろうと後ろを付いていったのだが、真帆はなんと橋から川に飛び込もうとしていたのだ。


信じられない!!


「今、会いに行くよ。翼」


『君は何をしているんだ!! そんな事をしても、ボクは喜ばないぞ!!』


ゆっくりと手すりを乗り越えようとする真帆にボクの声はやはり届かず、手も触れられない。


命を失ってもなお、なんて役に立たない体なんだろう!!


と怒りに震えるボクだったが、そういえばと思い出して空に向きながら叫んだ。


『天野!! 真帆を止めて!!』


その願いはすぐに叶い、不意に現れた天野が手すりを乗り越えようとしている真帆の体を掴み、橋の上に落とした。


やや乱暴だった様な気もするが、死ぬよりマシである。


「何すんのよ!! 邪魔しないで!! 何なのよアンタ!!」


「俺の意思じゃない。俺は頼まれただけだ」


「はぁ!? 誰が」


「東雲翼だ」


「……は?」


「見えないだろうが、今もここに居るぞ」


「うそ」


「嘘を吐いても仕方ないだろう。お前にそんな事をするメリットも無いしな」


「なら、本当に居るっていうのなら、私にも見せてみなさいよ!」


「それは願いか?」


「そうよ! 願いよ! 私を置いて、一人で先に行った親友に、会わせて、みなさいよ」


「分かった。ならばお前に東雲翼の魂が見える様に、その声が聞こえる様にしてやる」


「……っ」


天野が真帆に手を翳すと、写真のフラッシュの様に世界が一瞬白く染まり、そのすぐ後に真帆は眼を開いて、ボクを見た。


驚愕に見開かれた瞳から、すぐ泣きそうな顔になり、ボクに抱き着こうとして、すり抜ける。


「あだっ」


『だ、大丈夫? 真帆』


真帆は勢い余って、橋の手すりにぶつかっていたが、すぐに体をこっちに向けるとボクをその鋭い目で射抜いた。


まるで狩人の様な目である。


「翼? 本当に翼なの?」


『うん。ボクだよ』


「つばさ……翼ぁ!」


『なんだか。いつもと逆になっちゃったね。泣き虫な真帆なんて新鮮だよ』


「なんで、アンタ。居なくなっちゃうのよ! わたし」


『それに関してはごめんとしか言えないんだけど。でもまぁ死んじゃったものは仕方ないし。ボクの事は忘れて』


「バカァ!!」


『ひぅ』


「忘れられるわけ無いじゃない! 忘れるなんて、出来る訳ない」


『でもさ。これから真帆には真帆の人生があるんだし。百年もすればまた会えるんだしさ? あんまり気にしなくて良いんじゃないかな』


「気にするに決まってるでしょ! そんなの! もう良い。分かった。私やっぱり死ぬ。それで翼と一緒に居る」


『駄目だって! あー、もう! って、そうだ。忘れてた! 真帆!』


「何よ」


『もし真帆が今死んじゃっても、ボクすぐに転生しちゃうからまた離れ離れになっちゃうよ。意味ないからね!』


「何それ。転生って」


『ボクが、ボクの記憶とか意識を持ったまま別の子供として生まれるってこと。そしたら今度はボクが生きてるから、真帆とは一緒に居られないよ。だってボクは真帆の声が聞こえなくなっちゃうもん』


「なら、どうすれば良いの? 今すぐ子供を作って、その子が翼になる様にすれば良い? そしたら私がお母さんになるから、翼の全部が私の物になるね? そうすれば良いの?」


『いやいや、怖いから。そうじゃなくて、ボクもボクの人生をこれから歩むからさ。延長戦って奴。それで真帆も自分の人生を歩んでよ。それでさ。天国でまた会おう? そしたら今度はずっと一緒だよ。それで良いじゃない』


「良くない」


『えぇー!? 良くないの!?』


「でも、どうやっても今すぐ翼と一緒に居られないのは、分かった」


『そ、そうなんだよ。だから今ここで死んじゃうのは勿体ないよ?』


「そうみたいね。うん。ごめんね。心配かけちゃった」


『ううん! 全然気にしてないよ。でも、これで自殺とかはもうしないよね?』


「うん。する意味が無いからね。大丈夫。もう心配いらないよ」


『なら良かった! じゃあ、ボクは先に行くからさ。何かあったらそこに居る天野にお願いするとどんな願いでも叶うよ。代償とか言われるけど、本当にどうしようもない時は頼って。って、勝手に言っちゃった。良いかな。天野』


「あぁ。俺は問題ない」


「そう。どんな、願いでも……ね」


『ふぃー。これで一件落着だね。じゃあ天野。真帆の事、お願いね。真帆。また天国で、会おうね』


「あぁ」


「そうね。天国で」


ボクは二人に手を振って、満足感に包まれたまま世界に意識を溶け込ませてゆく。


一応真帆の未来を視たが、十年後には満面の笑みで過ごしている。


きっと問題はないだろう。


本当は光佑君やお姉ちゃんたちの事も気になるけど、ボクに出来る事はもうない。


これで東雲翼の冒険は終わりなのだ。


あぁ、本当に。


これで、終わりだ。


そしてボクは、完全にその意識を消した。

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