2.二人の宇宙飛行士
「また、ボブと組んで任務というわけ?」
パイロットライセンスを持つ宇宙軍少尉、かつ化学博士で惑星土壌研究者としての顔も持つアリス・サンチェスは、少々不満そうな表情をみせた。
「へっ! こっちだって同じ感想さ」
苦笑しながら彼女に言い返した彼は、ロバート・カーター。同じく宇宙軍技術部隊所属で、システムエンジニアでロケット工学技術者でもある。同僚や上司からは、ボブの愛称で呼ばれることが多かった。
「二人とも、いいかね?」
作戦指揮官のチャールズ・ペレスは、たしなめるような口調で言った。「これは君たち二人の、過去の実績をもとに決定されたことだ」
「はい了解」「分かっています」
「よろしい。まあ、君たちのことは、今に始まったことではないだろうがね」
チャールズ指揮官は、いつものことだ、とでもいうような面持ちで資料を示しながらつづけた。
「今回の対象は五八一号惑星というところだ」
「それで、どうして有人探査が必要なのかしら?」アリスは疑問を口にした。「過去に、無人探査機での調査は、かなりの回数をしているはずですよね?」
「そうだな」ロバートもアリスに同調した。「人類未踏の領域ならまだしも、ありふれた地球型惑星で、特に変わったような環境でもないわけだ。今は高性能な無人の自律探査機がいっぱいある。それで事が足りるんじゃありませんか? 通信がダメになるというなら、まずはその分野のエンジニアを呼んでくるべきだ」
「問題はそこだよ」
チャールズ指揮官は次の資料を示した。
それは惑星の地上の映像であった。真っ白な大地に、遠くには地平線が横切っていて、空は青い景色。起伏は見られず、まるで低精度CGでつくられた景色のようだった。
「これは、なんです?」「惑星の地表映像か? 探査機からの」
「そのとおりだ。唯一、まともに探査機から送られたものだ」
「つまらない景色だぜ、こりゃあ」
「重要なのはそこではないぞ、ボブ。この映像は、探査機の着陸直後に送られてきたものだ」
「その、なにが問題なのかしら?」アリスが聞き返す。
「それでは二人とも、このデータ容量を、よく確認してみまえ」
その映像データのサイズを見て、二人は眉をひそめた。
「ん? 容量限界までの時間が記録されているのか?」
「これは記録装置の故障ですか? これ、ざっと概算すると数千時間以上の記録になっているみたいですけど」
「そうだ。探査開始直後に、記録限度いっぱいの映像が送られてきた次第だ」
「それはおかしな話だ。あるいは、電離放射線とかフレアの影響なんかで、装置に異常が起きたか」
「その可能性は低いと見積もられている。軌道上の観測においては、電磁波や放射線の異常は確認されていない。恒星の活動も含めて」
「探査機そのものはどうなんだ?」ボブが訊いた。
「この惑星に限らず、探査機は部品の製造段階から何重にも品質チェックをされ、組み立てられた。そして飛ばされて、運用されている」
「じゃあ、本来なら異常はないわけね」アリスは怪訝そうに呟いた。
「だが結局のところ、その実際の探査では芳しくない成果という次第だ。しかも現在は、すべての探査機が通信途絶。根本的な原因も不明。無論、担当の解析班とその技術者たちは頭を抱えているよ」
「あるいは、設計部署に長老がいたとみえる」ボブが冗談めかして言った。「きっと、動作プログラムの中身でインチ法とメートル法を間違えたところがあるんだ」
「ボブ、いったいそんな昔話など、今どきの子供だって信じないだろう」
「もちろん冗談ですよ」
だがボブは怪訝そうな表情で続けた。「にしてもだな。こんな怪奇現象のかたまりみたいな惑星に、僕らみたいな生身の人間が行っても大丈夫なんですかね? 有人探査にリスクが付きものなのは当然のこと、覚悟しているつもりだが……明らかに機器に異常が起きると分かっているところへ出向くのは、気が進みませんねえ。系外遠距離宇宙探査ならまだしも、宇宙船に異常が起きて、戻ってこれなくなるような事態はゴメンですよ」
「その点は問題無いと考えられる。衛星軌道からの観測では、重力、大気、各種の放射線、恒星からの電磁波も、深刻な影響を与えるような数値は出ていない。もちろんのこと、宇宙服は身につけてもらう必要があるが、物理的特性においては、なんら悪影響は無い環境であると考えられる。帰還用ロケットも同時に送り込むし、必要なら前線指令部のほかにも衛星軌道上に救援部隊を待機させる」
「それなら安心ね」アリスも言った。「でも、それはそれで、大げさすぎるようにも思えますけど」
「今回の探査計画は、最高クラスの機密に分類されることが決定している。万全に対処できるよう配慮されているという次第だ」
「へぇ、壊れた探査機を確認するだけなのに?」
「実は、私も詳細な目的までは知らされていない。いずれにせよ、宇宙軍作戦参謀本部で決定された計画になる」
「じゃあ、納得だ。上層部の考えることは、現場の理解が及ばないことが多々あるからな!」
「計画の背景はこれ以上、気にしない方がよさそうね」
「どのみち、聞いても答えてはくれるまい」チャールズ指揮官も二人に応えるように冗談交じりに言った。
「それで、探査の時間はどのくらいです?」
「想定する最大の滞在期間は、約一カ月」
「そんなにも?」
「送り込んだ無人探査機の状態をチャックしてもらうのだ。全部の数をだ。むしろ短いくらいだろう」
「なら、そうかもな」
「ずいぶんと広範囲ですけど、その、探査機自体の回収はしないんですか?」
「できれば、実行したいところだが、現状の計画では、本体の全ての記録データ媒体、採取サンプルの回収が最大の目標だ。もちろん、探査機の状態についての観察記録も併せてだがな」
「ですが、直接見てまわるのは大変そうですけど」
「君たち二人には、これまでの無人探査機が比較的密集していると考えられる地域へ向かってもらう。離れている場所は探査ドローンを利用してもらう。以上だ」
それから有人探査のための準備と訓練の期間は、あっという間に過ぎていった。もっとも二人にとっては、その行程はおおよそ慣れたものであった。