1.探査計画概要
宇宙軍人事局のデイヴィッド・テイラー局長は探査計画の概要に目を通すと、少しばかり怪訝な表情をみせた。
「有人での探査計画……ですか?」
「そうだ」
デイヴィッド局長が向かい合っているのは、宇宙軍探査隊司令部トップのマービン・ミラー長官であった。
「長官、この計画の対象は例の惑星ですか?」
「もちろんだとも。これまでの報告を総合するに、なんとも奇妙なところだ」
それから長官は部屋を暗くして、大判のスライドに各種資料と写真を映し出した。
有人探査計画の対象となる惑星は、たんに第五八一号惑星とだけ呼ばれている。
おおよそ地球と同じ質量、衛星軌道上からの分析によれば、大気のほとんどが窒素で構成されており、大気圧も地球と同程度であろうと見積もられていた。
その表面はまるで、かつて南米大陸のアンデス山脈に存在したウユニ塩湖のような景色が、どこまでも広がっているかのようだった。大気圏外から眺めてみる惑星の姿は、全凍結惑星を思わせる恰好だった。
さらに衛星軌道上からの観測によると、地表は起伏に乏しく、目立つ谷や山といった地形はみられなかった。大気中には微量の水が存在すると思われたが、湖や海と言えるような場所は、まったく確認できなかった。
長官はスライドに映る資料に、それとなく補足を付け加えながら説明をした。
「この写真と映像は、これまでの探査で唯一、高精度に得ることができたものだ」長官は局長のほうを向いた。「どうだね、デイヴ。この殺風景な惑星を、誰が気に入ると思う?」
「ええと……私は、そんなに嫌いではないようにも思いますけどね。幼少期に旅行先で目にした、広い塩原を思い出します。今はもう、それは見ることができませんから」
「そうかね?」長官は意外そうな面持ちになった。
「もちろんのこと、そこで何日も過ごさないといけない、とおっしゃるのならば、話は別です」
「まあ、それはそうだろうな」
「その、ところで長官。これまでの無人探査機から得られた、五八一号惑星の地上の映像は、これで全てですか?」
「そうなる。一番まともなものは、これだけだ」長官は小さく肩をすくめた。「どれもこれも探査機は地上での探査開始直前、マーカーデータだけを送って寄こすと、後は通信が途絶して、そのままだ」
「しかし、探査機そのものの着陸は上手くいっているわけですよね?」
「ああ」
そして長官は、新たに次の資料を示した。
惑星の衛星軌道上に周回している、探査衛星の観測望遠鏡から撮影された映像がスライドに映し出された。遠方から惑星地表に向かって拡大していき、次第に地上のようすを映し出しす。真っ白な地面にポツンと、黒っぽい点が一つ見えた。それはおそらく、地上に展開した探査機であると思われた。
「探査機が見えてきましたね」
「ああ、だな」
しかし映像は、その途中から全体のピントがずれたように、ぼやけた映像になった。
「これは、いったいどうしたんです?」
「見てのとおりだよ。探査機そのものは、ひとまず着陸して展開したと思われる」
「ですけど、これは」
「ご覧の通り。どうしても一定高度の距離から先の地表を観測できず、地上の詳細を見ることができない。可視光を中心に顕著だ、この現象が起きるのは」
局長もため息をもらした。「今回の探査は、不可解なことが多そうですね」
「たしかにだな」
「もしかすると、それが有人探査の理由でしょうか?」
「まあ、そんなところだろう。全部が機械任せでは、実際の現場で何が起きているのか不明。そこで、作戦参謀では有人探査の話が持ち上がった、という次第だ。直接人の目で確かめようという魂胆だ」
「しかし、このような惑星を有人探査というのも、リスク面を考えるといかがなものかと」
「うむ、」局長の言葉に、長官は静かに小さくうなずいた。「懸念は分かる」
「長官は、その、どのようにお考えなのですか?」
「私としては、いささかの不安がないわけではない」
「参謀本部へは、懸念についての具申をされなかったのですか?」
「もちろんしたとも。しかし、芳しくない無人探査に比べたら推し測れない発見があるかもしれない、とのことだった、いやはや」
それから長官は、気を取り直すようにして次の資料を示した。
今度は隣のスライドに別の資料が映し出される。
宇宙軍所属の宇宙飛行士二名分の、顔写真、出生から現在までの経歴、個人の性格まで、こと細かい事項まで含まれた人事ファイルだった。
「ところでだが、」長官は小さく咳ばらいをした。「今回のミッションの候補者だが、この二人は大丈夫なのか?」
「ええ、それについては大丈夫です」局長は自信を持って答えた。「若いですが、この二人の技術技能は優秀です」
「確かに、試験や訓練の記録を見るには、優秀な二人だと思うが、ただ……」
「ただ、なんです?」
「いや、この二人は、記録によれば、暇さえあれば軽口叩きとお互いの罵り合いをしているように思えるのだがね。懸念はないのか?」
「大丈夫ですよ。それに、飽きずに単調な長期探査をするには、そのくらいの性格が暇を持て余さないで済むでしょう」
「まあ、人事局をまとめ上げている君が言うのなら、よかろう」