帰っていく人魚
「そっか、それはすごく残念だな」
本当にさみしそうに笑うあなたに、心臓が捻れてしまいそうだった。
「君といられて、僕はすごく楽しかったから」
紛うことなき本心であろうその言葉に、ただ私は俯くしかない。
「すごくね、君のこと好きだったんだ!君に会えて本当に良かったと思ってる!」
やめて、もうやめて。
あなたの純粋な笑顔に、心がどんどん刺されていく。
「また、たまには顔、見せてよ!」
屈託のないその表情に、いよいよ私があなたの「大切なもののひとつ」にすぎないことを思い知る。
欲張ってしまったんだ。欲張りたかったんだ。
私はその中の、いちばん上になりたかった。
大地を踏む度に痛みの走るこの足で、それでもあなたに憧れて、もっと知りたくてそばにいたくて……ずっと頑張って歩いてきたけれど、空気というものに、あなたの輝きに、私は乾いていく一方だった。
“うん”
“ばいばい”
そっと土の上に文字を残して、振り返らずに海を目指す。
頬を伝う涙の味は塩辛くて、思わず笑った。だって海にいた頃は、そんなの知らなかったから。
涙が粒になって煌めくこんな世界じゃなくて、泣いていることすらも溶けてわからなくなってしまう、そんな場所に私は帰る。
体の重さも吐息も、涙も感情さえも、全てを委ねて漂えるあの場所へ。
本当は帰ることをまだ認めたくない……そんな気持ちを嘲笑うように、歩く痛みを噛み締めた。