最高層の身分と底辺の魔女【3】
家族での食事を終え、部屋に戻るとアリシアがエレオノーラを待っていた。
いつもなら優しく出迎えてくれるアリシアの表情は暗い。
リベルトが来てからというもの、アリシアはすっかり嫌悪感を隠せず元気をなくしていた。
それでもメイドの務めはしっかりと果たす。
「こちら、厨房の方がご用意くださいました」
「これでは男には足りないのでは? もう少しないのかしら?」
「充分かと思います。それではまた何かあればお呼びください」
「アリシアッ──……」
お辞儀をして部屋を出てしまうアリシア。
用意されていたのは食パンに卵を焼いたものを挟んだサンドイッチだ。
あまりに簡素で、リベルトに力をつけてもらうには不足している。
栄養が偏る。
サラダとスープをつけてあげたいと思ったが、エレオノーラにはこれ以上何もできなかった。
「ごめんね。明日からはちゃんとするから。さ、食べて、ね?」
笑顔で食べるように促したが、リベルトは食べようとしなかった。
何も反応を示さないリベルトにエレオノーラは不安を覚える。
「リベルト? どうしたの? お腹空いてなかった?」
リベルトは首を横に振る。
顔をあげて、じっとエレオノーラの目を見つめた。
「ちゃんとした、食べ方、わからない」
「食べ方?」
頷き、そのままエレオノーラから目をそらしてしまう。耳が赤く染まっていた。
「汚い、から。エレオノーラ、やさしい。見られたくない」
縮こまるリベルトの気持ちがエレオノーラにはわからない。
だが見られたくないという言葉はわかるので、席を外そうかと気づかいをする。
立ち上がろうとしたが、リベルトはエレオノーラの手を掴んだ。
エレオノーラが瞬きを繰り返してリベルトの漆黒の瞳を覗き込む。
「リベルト?」
「行かないで、置いていかないで。ここは怖い。 エレオノーラがいないと、女ばかり」
リベルトにとって味方のいない場所。
エレオノーラだけがリベルトの安心できる存在。
必要とされていると感じ、エレオノーラはじわじわとあたたかい気持ちを胸に抱いた。
「わかった。ここにいる。汚くてもいいからちゃんと食べてね」
「うん」
嬉しそうにサンドイッチを食べだす。
たまに目をエレオノーラに向けて、照れくさそうに笑う。
あれだけ女に怯えているリベルトがエレオノーラには笑顔を見せてくれる。
嬉しくもあるが、女というくくりになっていないのか疑問に思えてくる。
懐いてくれてると思えばよいのだろうか。
だとしたらそれはとてもかわいらしい。
男だけど、リベルトはリベルトだ。
それと同じ感覚かもしれない。
必要としてくれているとしたら、その気持ちに応えたかった。
***
月が空に昇り切った夜、ゆったりとしたワンピースタイプの寝間着姿のエレオノーラがリベルトの黒髪を撫でる。
「ごめんね、リベルト。近いうちにあなたの部屋用意するから」
まだ来たばかりのリベルトに休むための部屋がない。
エレオノーラの部屋にはふかふかのソファーもあるので眠るのには困らないだろう。
「ソファーも悪くないと思うから。それじゃ、おやすみなさい」
「あ……」
扉を閉めたあと、エレオノーラはリベルトが気がかりではあったが布団に入り、目を閉じた。
***
静かな暗い部屋の中。
エレオノーラは眠ることが出来なかった。
リベルトが心配で頭の中で考えてしまう。
(ちゃんと眠れてるかしら?)
せめてそれを確認すれば安心して眠れるだろうと考え、寝台から降りると部屋を区切る扉を開いた。
すぐにエレオノーラの不安は的中する。
リベルトは扉の真横で膝を抱え、丸くなっていた。
「リベルト? こんなところで何を……。なんでソファーで寝てないの?」
答えようとせず、小さく丸まって顔を埋めている。
震えてる姿を見てエレオノーラはリベルトの恐怖を甘く見ていたと反省した。
いきなり女ばかりの世界に連れてこられた。
女を怖いと思ってるのに、暗闇の中に置き去りにしてはいけなかった。
一人にしたらダメだった。
「リベルト、おいで」
「エレ……」
強張ったリベルトの手を取り、無理やり引っ張っていく。
そして寝室へと連れていく。
扉が閉じられた。
***
「あの……エレオノーラ」
リベルトを寝台に押し付けて、布団をかぶせる。
横になるリベルトの枕元に腕を置いて、そっと手を握った。
「手握っててあげる。そばにいるから安心して寝てね」
リベルトが寝たらどこか寝れる場所探そうと考え、戸惑うリベルトに微笑む。
「エレオノーラ、寝ないの?」
「んー、リベルトが寝たら寝るよ」
「どこで? 女よりいいとこで寝たらダメ」
リベルトはベッドから降りようとする。
怯えてばかりのリベルトに唇を尖らせて、エレオノーラは肩を押し再びベッドに押し付けた。
「私がいいって言ってるんだからいいのよ」
「でも」
(仕方ないなぁ)
ため息をつき、エレオノーラは立ち上がりベッドの反対側から身体を滑り込ませていく。
「エレオノーラ?」
ベッドに入り、リベルトの隣に横になった。
布団をかぶり、顔だけリベルトに向ける。
「私もここで寝れば文句ないでしょ? だからリベルトも寝てね」
「う……」
「ほら、手ちょうだい。大丈夫だから、ね?」
手が重なる。
リベルトの手は固くてでこぼこしていた。
古傷が重なって手の皮が固かった。
震える大きな手を握り返す。
「おやすみなさい、リベルト」
「おや、すみ……」
心穏やかに、エレオノーラは幸せな気持ちで眠ることが出来た。
これを機に二人は手を握り、共に眠ることが当たり前となるのだった。