拾われた男と3番目のお姫様【4】
「あの、ごめんなさい。自分でやる。迷惑かけないから」
「迷惑じゃないわよ。なんで謝るの?」
アリシアが浴槽に湯をはり、準備をしてくれたのでリベルトを連れてくる。
さすがにアリシアはリベルトに触れることを嫌がり、逃げ出してしまった。
エレオノーラは全く気にも留めず、むしろ楽しんで腕をまくる。
毛先の緩やかな長い白銀の髪をまとめると、手を入れて湯加減を確かめていた。
そこに服を着たまま立ち尽くすリベルトが近寄ってきて、小さな声で謝りだす。
リベルトがそこまで委縮する理由がエレオノーラにはわからなかった。
「女の人、怒らせたらダメだから」
リベルトのその一言がエレオノーラに現実をみせた。
切り傷を治したときにちらっと見えたのは、古い傷跡だった。
それがどうやって出来たのかをようやくエレオノーラは理解したのだった。
「……あなたのその傷はそれで出来たの?」
あえて言葉にして聞くも、リベルトは答えようとしなかった。
(なんてこと……。これじゃあ、女の方が危ないじゃない)
辛い気持ちを抑え込むリベルトにエレオノーラは味方になりたいと思った。
エレオノーラよりも背も高く、骨格や肉のつき方が異なり、細くとも強く見えてしまう。
けれどもリベルトは何も変わらない。
むしろやさしさというものに触れていない。
わからないことが多い。
でも、理解したかった。
そしてリベルトは綺麗なのだと自覚してもらいたいと思った。
エレオノーラは込み上げてくるあたたかい気持ちを胸に、リベルトの髪に触れる。
煤で手が汚れても気にしなかった。
「怒ったりしない。大丈夫、私があなたを守る」
「守る?」
瞬きを繰り返すリベルトにエレオノーラはほころんで笑う。
くすぐったさがエレオノーラに背伸びをさせていた。
「なーんて、カッコつけちゃったけど私そんなに魔力高くないのよね」
相応しくない発言に段々と口角が下がりそうになる。
魔女たるもの、王族たるもの、弱さを見せてはいけない。
そうやって育ってきたエレオノーラは口角を持ち上げる術を身に着けていた。
道化師になることは慣れている。
リベルトにエレオノーラの弱さは必要ない。
だからエレオノーラはただ笑って、焦がれる黒髪に触れていた。
「黒髪の人は魔力が高いのよ。いつもすごいなぁって思ってるの。姫だから表立って言ってこないけど、情けないわ。お姉様たちはとても綺麗な髪なのに」
(どうしてだろう。普段はこんなこと口にしないのに)
なぜ、隠せないのだろうか。
リベルトはエレオノーラが守るべき対象なのに。
今、リベルトに必要なのは安心できるやさしさだ。
これではただの毒だというのに、口が止まらなかった。
「綺麗なのは、あ、あなただ! とても眩しい……」
怯えていただけのリベルトがエレオノーラの腕をつかみ、食いついてくる。
真っ直ぐに、必死になってエレオノーラを見つめてくるリベルトから目をそらせない。
腕をつかんでいた手があがり、エレオノーラの白銀の髪を求めて伸びていた。
指先が、髪を絡めとる。
「怖くない。あなたは、輝いてる。黒いのはいやだ」
「ふっ……ふふ。あはは、そんなのはじめて言われた」
凝り固まったエレオノーラの価値観が変わった気がした。
ずっと黒色ばかりを見上げていたが、目の前の人はエレオノーラの色が良いと言ってくれる。
蔑まれたエレオノーラが輝いていると言われ、心の枷から解放されていくのがわかる。
「ありがとう、リベルト」
「……うん」
リベルトが解けた笑顔を浮かべる。
その表情が愛らしく、キュッと胸が高鳴った。
誰かの言葉に救われる。こんなにもうれしいことがあるのだと、生まれてはじめて知る感情であった。
涙がこみあげてくる。喉が焼けそうに熱くて、言いなれたはずの言葉がかすれてしまった。
(嬉しいな。それに、リベルトってかわいいのね。全然思っていた男と違う)