拾われた男と3番目のお姫様【1】
そこはかつて教会と呼ばれた場所。
祈りを捧げたり、愛を誓ったりした神聖な場所だ。
——もうそれは過去の話。
二人だけの結婚式。
今はもう、失われた愛を誓う儀式だ。
祝福されない世界で、二人は幸せを分かち合い、約束する。
互いが最愛の人であり、何時いかなる時も互いを愛すると。
身分も、男も女も関係ない。
『あなたが最愛の人だから』
***
人間には大きく分けて二つの性別がある。
「男」と「女」である。
しかしそれはかつてのもの。
今は劣等種である「男」と、進化を遂げた「魔女」に分かれていた。
魔女とは魔法を使える女のことであり、その力は男が敵うものではなかった。
女が魔女となったのは、子孫を残すために男が女を襲うようになった時代のこと。
男から身を守るため、女は進化し魔女となった。
魔女が誕生し、国の構造は大きく変化する。
魔女を最高層とし、男を最下層扱いしたカースト国家。
魔女と男が居住区を分け、互いの存在を認めない。
住む場所が異なることで、互いがどういう生き物なのかを目にすることのない分断された世界であった。
これは魔女の王族でありながら魔力が低く劣等感を抱えた3番目のお姫様と、魔女が好む黒色を持ちながらも黒色を嫌う男が愛し合うお話。
***
王都の中心に立つ巨大な城。
装飾には魔女の最上を示す黒色が使われている。
女王が執務を行う謁見の間で、この国の3番目の姫・エレオノーラが母である女王と向き合っていた。
母であるリオナは美しい漆黒の髪。
それに対しエレオノーラは魔女の底辺である白銀の髪をしていた。
魔力は髪色に現れる。
黒が最も強く、白が最も弱い。
エレオノーラは魔女の最高峰である王族であるにもかかわらず、魔力の低い異質な存在であった。
そんなエレオノーラの前には頂点に君臨する母と、最下層に生きる男がいた。
床に膝をついて、ボロボロの衣服をまとう男。
汚れていてその色はわかりにくいが、黒い髪と瞳をしていた。
「お母様、これは……」
「ふふ、拾ってきちゃった。男がたくさんいてびっくりしたわぁ」
昨日までリオナは外に出ており、長期間不在にしていた。
帰ってきた翌日、エレオノーラを呼び出したと思えば初めて見る存在を置いていた。
見た目は女とそこまで大きく違わないものの、骨格や肉のつき方等、女とは異なる生き物。
はじめてみる男という存在にエレオノーラは驚き、何も言えずに見つめていた。
「一応、見栄えの良さそうな男を拾ってみたんだけどねぇ」
リオナが大きくため息をつき、男を指先でつつく。
まったく反応を示さない男にリオナは更に息を深くついていた。
「これ、全然喋らないの。何してもほとんど反応なくて飽きちゃった」
飽き性のリオナにとっては無反応の男は退屈な存在だったのだろう。
もはやいじることすらためらっていた。
「でもまたあんな場所に行くのは嫌だし。だからといって殺すのはダメだしぃ」
この国で人殺しは基本的に禁止されている。
それは男であっても同じこと。
リオナにとって男はもう邪魔なお荷物でしかなくとも、殺すことも出来ずに扱いに困っているようだった。
そんなリオナが思いついたのが、エレオノーラという存在であった。
王族であり、家族であるエレオノーラへリオナからのプレゼントとなったのだった。
「エレナは珍しいもの好きだし、ちょうどいいかなぁって。だからエレナにあげる。実物見るのははじめてだろうから好きにしていいわよー」
妖艶なリオナの口角が吊り上がる。
エレオノーラの長いまつ毛が伏せって、表情がかげっていく。
大切にしてくれる母であるというのに、エレオノーラの心は晴れない。
魔女の底辺として嗤われていたエレオノーラにとって、家族だからと守られていることに複雑な思いを抱えていた。
「それは劣等種なんだから。下等な男に見合った扱いを心がけるのよ」
リオナはそれを知らない。
「用はそれだけ。これからお茶会の約束があるからまたねぇ!」
陽気に手を振りながら男を見ることもなく、エレオノーラを一度抱きしめて謁見の間から去っていった。
残されたエレオノーラは膝をついたまま動こうとしない男の前まで歩いていく。
困ってしまったエレオノーラは戸惑いがちに男に笑いかけ、声を出す。
「……立てる?」
だが男に反応はない。
ふと、男の黒髪が目についた。
引き寄せられるように手を伸ばし、男の肩に触れていた。