クリスマス2025
※時系列:高3の冬
「もうひと月切っちゃったわね」
「ねー。こないだまでまだ夏だしよゆーとか思ってたのにね」
隣を歩くうちの彼女とひと月後に控えた受験を憂う。
絶賛クリスマス中である町中を突っ切っていても、受験生にクリスマスはないのである。
ことし1年を振り返っても勉強、バイト、たまの休みにいちゃいちゃしていた記憶しかない。
「このどんよりした天気でよく来ることで」
「平日でこれって、有給とった人が多いのかしら」
紫苑が前方のピザ屋に同情めいた視線を向ける。
長蛇の列が伸びていて、デリバリーも追いついてないのか宅配員がバイクの前で群れを成していた。
SNSで確認したところ、店によるがどこのメーカーもキャパオーバーらしい。
向かいにあるケーキショップは有名なチェーン店だからか、入店待ちの車が駐車場からあふれている。
ファミレスも普段であればアイドルタイムであろうに、家族連れらしき人や学生集団が次々と入店するのが見える。入口はすし詰め状態になっていた。
「うちとは大違いだねー。なにが違うのやら」
「ハロウィンのときはラストオーダーギリギリまで来ていたのにね……」
18年の人生のなかで、一番クリスマスみのない日になりそうだ。
今週終業式だったからイブもクリスマスもフルでバイト入れたのに、客足悪いからって私らはお昼過ぎに早上がりを命じられたわけさ。
時給アップに釣られたのに予定の半額も稼げるか怪しい。
おまけに、せっかく二人きりのクリスマスなのにどこも激混みで遊べそうにない。
同じく終業式でフリーになった学生が押し寄せてるんだろうけど。
「せっかくだしどっかでケーキ買う? コンビニとかその辺のスーパーなら値引きシールついてるかも」
「あ……ごめん、ケーキは昨日お父さんと頂いてて」
「君もかい」
当日はバイトで潰れる予定だったからね。
大激戦で買えないことを予測してチキンもピザもプレゼント交換も映画デートも、要するにクリスマスっぽいことは前倒しで消化したのが裏目に出てしまったらしい。
べつに私は毎日ケーキでもいけるけど、少食の紫苑に2日連続はきついか。
「うーむ、デートなのに選択肢がない」
「歩き回るだけで十分よ? 二人きりって久しぶりだし」
耳赤くしながらつぶやくのがかわいい。
紫苑は昔からあまり感情を出さない子だったけど、こうして親密になった今もわがままはなかなか出してくれない。あの頃と違って丈夫になってきたんだから、できることは増えているのに。
「クリスマスに届かないとか、混みすぎて買えないとか、毎年炎上してるけどなんで当日にこだわろうとするんだろ。11月後半からクリスマスムードなんだから混み合う時期は避ければいいだけなのに」
「ごもっともだけど、気持ちもわかるんですよ」
うちの家族は季節とか気にしないから、クリスマスだからってプレゼントはないしツリーも飾らない。正月にチャーハン食ってるのを親戚につっこまれて初めて、うちって自由なんだと自覚した。ケーキは食べたい時に食べるのが当たり前だった。
けど、こうして紫苑と付き合うようになってわかった。
たとえば子供のお高いプレゼント要求をできるだけ叶えてあげようとする親御さんや、お店を予約したり季節限定イベントをリサーチするカップル。
特別な時間を過ごしたい人がいるから、イベントってずっと無くならないんだろうって。ソロで楽しんでる人もたくさんいるしね。
って熱弁を振るっていると、紫苑が肩と口元を震わせ始めた。
「え、どこがツボったの?」
「おかしいってわけじゃなくて……かわいいなあって」
「かわいいに全振りしてるアナタがそれ言います?」
いやー、ますますうちの恋人のツボが分からない。深い意味もふくめてかれこれ10年以上の付き合いになるけど、まだまだ彼女の知りたいとこはいっぱい出てくるなあ。
「せっちゃん、かっこつけたかったんだなって。ごめんね気づかなくて」
「か、」
慈愛に満ちた声と微笑みに喉が詰まり、心臓が跳ねる。
こちらに伸びてきた紫苑の腕は背中に添えられ、軽くさすられた。頭じゃ届かないからこっち撫でてきたんだろうか。
「いや、えっと、そういう面も……なきにしもあらずですがはい」
テンパるとこじゃないのに、急激な体温の上昇に処理が追いつかない。顔と舌から湯気が抜けていくようだった。
ぐらぐら煮え立つ私とは対象的に、紫苑は背中を撫でながら笑みを浮かべている。保護者と娘に見間違えられるくらいの差があるのに、いまは逆転しているように感じた。
「んと……じゃあ、リクエストしてもいい?」
「ど、どぞどぞ」
「あの……無理してひねり出したわけじゃないからね? 前々からこうしたいかもって気持ちはあって。ただ言い出しづらかっただけで」
紫苑の首は俯き加減に傾いていて、声は聞き取るのがやっとのレベルに掠れている。
態度からああお誘いかと察しはついたけど、クリスマスだからそういう発想に行き着いても不思議じゃないけどな。
……ん? 前々から?
「ここ、なんだけど」
降って湧いた疑問は紫苑が見せてきたスマホによって解明された。
現在地からそう遠くない場所に点在する、レジャーホテル。
けれどご利用プランがご休息とご宿泊に分かれているあたり、どう見てもあれなわけで。
「18歳になったわけだし……その……そういうわけです」
「あのその待って、や、誘ってくれたのはめちゃ嬉しいよ。やる気はすげーあるよ。けど風営法ってものがあってね。年齢満たしていても学生って時点でね」
「あ、うん。ここ旅館業法だから」
「つまり偽装ラブホってやつでは……」
よし、いったん落ち着こう。
まあね、こんなかわいい彼女が勇気を出してくれてるんだから常識を投げ捨ててベッドインしたい衝動はありますよ。リアルでもフィクションでも普通に入ってる学生いるしね。
けど、ちょっとでも後ろめたい気持ちがある中で事に及ぶわけにはいかない。するときは100%の開放感のまま行きたいのだ。
あと、あっちにコンドームはあるだろうけどフィンドムはないだろうし。
「その約束は、卒業までお預けだね」
「あ、えっ」
言葉にするのがまだるっこしくて、紫苑を担ぎ上げる。
「だから、今日はこのまま家にお持ち帰りしてもいいかな」
耳元で囁くと、紫苑はちいさく首を縦に降った。縮こまった肩と伏せた顔と丸まった胴体がうちの猫と重なっててかわいい。文字通り抱き潰したい。
こんだけ体格差があるから、同意の上で安全な場所に連れていこうとするくせに背徳感まで湧いてくる。
「プレゼントが自分ってベタだけど……もらって、くれる?」
「もちろん。末永く大事にいたします」
べったべたなやりとりを交わして、お姫様抱っこのまま愛の巣へれっつらごーと歩を進める。
心臓をうるさく叩く音は、さながら始まりを告げる鐘のよう。
サイレントでもホーリーでもナイトでもない、私たちのクリスマスはこんな感じで流れていった。
赤い鎖ではまだクリスマス回を書いていなかったと思うので書きました




