29.【紫苑視点】友達としてやっていけるのだろうか
「GW、今年は土日に休みが取れたよ」
「そっか。よかったね」
短い報告を終えると、父は絞っていたTVの音量を戻した。
長年続いているシリーズの刑事ドラマを、ふたりでぼーっと眺める。
タイトル的に仕方ないが、9人毎回描写しないといけないから脚本も苦労するだろうな。
父は、こいつが犯人っぽいだの次のターゲットはこの人になりそうだの、ドラマにまつわる話題ばかりを振ってくる。
GWはこの日が休みだよと報告して、それ以上は伝えない。
その後に続く言葉を、私は知っている。
どこか行きたいところはあるか、と。
だけど、簡単に休みが取れるような業界ではないことも知っている。
働き方改革でGWまるまる休ませるところもあるが、そういった余裕があるのは大手くらいだ。
だから、私が返す言葉は父と2人で暮らし始めた頃から変わらない。
『ゆっくりおうちで過ごそう』
つかの間の休日に、さらに遠出で疲れさせるような要求をできるわけがない。
そのうち、父は行きたい場所を聞かなくなった。
私が思春期に入り、父親よりも友達と遊びたい年頃だろうと気を遣われているのもあるだろうけど。
代わりに、一緒にドラマを観るようになった。
母がいた頃は話題を振っても上の空で、スポーツ中継くらいしか興味を示さない人だったのに。
「そうだ、これ」
ドラマが終わって、父が何かを差し出してきた。
突き出した手の中に、複数のお札が残される。
「バイト、決まったからおこづかいはもう大丈夫よ?」
「でも、給料日はまだだろう。今月は服代にけっこう使っただろうし、遠慮なくお友達と楽しんできなさい。貯金に回してもいいから」
ああ、そうか。ずっと親戚のお下がりだった娘が急に服をこだわるようになったから、高校デビューに成功したと父は思っているらしい。
微妙に外れて、微妙に当たっている。
もらうわけにはいかないと突き返したくても、口下手な父の愛情表現だと分かっているから無下にはできない。
仕方なく財布にしまって、たった今思いついた案を挙げる。
「父さん、訂正。行きたい場所できた」
「ん? どこかな」
「隣町にイタリアンのレストランができたから、土日のどっちか食べに行こう。美味しいって評判みたいだから」
「ああ、いいよ」
ここ数年は父親とふたりでお店に入るのが恥ずかしいからって、外食すら行ってなかった。
過去の自分をどつき回してやりたい。親はいつまでも傍にいてくれるわけではないのに。
さて、これでGWの予定はひとつできた。
自分の部屋に戻り、携帯電話に撮影したバイト先のシフト表を眺める。
休みを意味する×マークはどこかしらに記載されているのに、芹香だけは違った。
5日間すべてが、出勤をあらわす○のマークで埋まっていた。
だから遊びに行こう、と誘ってこなかったのかと納得する。他の子と予定が埋まっていると思っていただけに、仕事熱心な子だ。
そのぶん、働いている間はずっと芹香の近くにいられる。彼女との時間を、私だけが共有できる。それで十分だった。
はず、なのに。
「ハルさん」
次の日の土曜日。開店時間になって黙々と棚の拭き掃除をしていると、背後から呼び止められた。
坊主頭が特徴的のスギムラさんは、当店では数少ない男性スタッフだ。
「今日は人、少ないですね」
「まだお昼前というのもありますけど……土曜日なのにここまでの閑古鳥は初めてです」
「よろしければ今のうちに、レジ周り指南しましょうか?」
「ええ、ぜひお願いします」
洗い場の作業がある程度慣れたら次に会計を任されるため、今から教えていただいて損はない。
マニュアルもあるけど、実際に触らないと身につかないものだから隙間時間に慣れておくのも大事だ。
「まず、レシート用紙の交換を覚えましょうか。紙はレジのすぐ下の棚の……あ、この黒い袋です。紙の向きはこっちで……」
スギムラさんの説明をメモ帳に書き込みつつ、途中でお客様が来店したため彼の指導を受けながら実際に会計を済ませていく。
そのうち暇すぎるから休憩入ってと先輩に言われたため、私とスギムラさんがスタッフルームに入った。
「ハルさんって大河観てますっけ」
「父が観てるのでたまに。TLを追いながら視聴してますね」
「ああ、分かります。巷の評判は微妙なわりに、あの界隈の盛り上がりっぷりは見ているだけで面白いですよね」
ドラマ好きという共通点があったからか、最近スギムラさんは話を振ってくるようになった。
彼自身も寡黙な方で、輪に入るのは苦手だが一対一なら話せるタイプらしい。
「話せるというか、自分沈黙に耐えられないチキンなので」
「でも、スギムラさんは話し上手だと思いますよ。一方的ではなく、相手の考えを引き出せる喋り方ですし」
相手の顔色ばかり伺って勝手に内に閉じこもってしまう私とは違い、スギムラさんはきちんと相手と対話を試みようとしている。
だから異性ばかりの職場でも働けているのだろう。見習いたい姿勢だ。
「お疲れ様でーす」
話し込んでいると、芹香がスタッフルームに入ってきた。
彼女はお昼からのシフトのはずだけど、まだ一時間近く余裕がある。荷物だけ置きにきたのだろうか。
「あ、気にせず会話続けていいよ」
休憩中ということで芹香もスタッフモードは取り払い、フランクな口調でスギムラさんに話しかける。
彼は私と接するときと打って変わって、芹香にはしどろもどろに声がつっかえていた。いかにもなカースト上位の子だし、身構えてしまうのは分かるけど。
「んと……オオネさんってドラマとか観る方ですか」
「今期なら朝ドラと日曜劇場追ってるよ~」
ふたりのドラマ談義にたまに混じりつつ、やりとりを横で眺める。
最初はぎこちなかったスギムラさんの返しも、芹香のマニアックな掘り下げに入ったところから会話のスピードが乗ってきたのが声色で分かった。
聞いているだけで楽しいのだから、相手に合わせてキャラクターを変えられる芹香の引き出しの多さと対人スキルは相当なものだと思う。
学校のみならずここでも、芹香の周りには人が集まってくる。
なのに。私の友人は人気者と、最近は誇らしく思うことが出来なくなっていた。
私にも話を振ってくれるのに、勝手に疎外感を覚えてしまっている自分がいる。
ここの方たちよりも、自分と接している時間ははるかに長いのに。
「どーしましたか、ハルさん」
……せ、芹香?
軽いヘッドロックでもかますように、急に芹香の腕が首下に回されたため変な声が出そうになった。
スギムラさんも距離近くない? と引き気味の視線を向けている。
「お、オオネさんこそ。急になに……ですか」
「んー、なんか遠くを見てたから」
何事もなかったかのように、芹香はにこやかな声で会話を続けた。
「朝ドラは幼少期がピークで終わることが多いんですが、今期は青年期に入ってからも面白いですよね」
「有名脚本家ってのもあるよねー。前向きでまっすぐ成長していく主人公、って説得力をちゃんと持たせられるのはすごいと思う」
もう、2人の会話はほとんど耳に入ってこない。
昨日のハグといい、最近芹香は距離が近くなった気がする。それは私にとっては心地の良いもので、胸が締め付けられるものだ。
だから、勘違いしそうになってしまう。
芹香には意中の相手がいて、私との距離感は友人同士でしかないのに。
接点が増えるたびに、彼女への独占欲が増していく。
……こんな調子で、友達としてやっていけるのだろうか。
最近、自信が少なくなってきた。




