24.諦めが悪い人
「えーと、じゃあ。チームリーダーはバレー経験者である椿さんってことで」
「嫌」
「まあまあそう言わずに。この中では君ほどの適任者はいなくてさ」
「経験の差で決めつけないでよ。あたし、そういうの向いてないの。清白さんが言ったほうがみんな聞いてくれるわよ」
残念、突っぱねられてしまった。
男子並みに短く切り揃えた黒い髪と、化粧っ気のない顔立ちという見た目通りの真面目そうな人だ。
ま、誰だって責任重大のポジションなんて任せられたくないわな。
「ん、じゃあ私で異論はないね」
異議なーしと声を揃えて言われる。くっ、こういうときだけ団結するんだよなクラスメイトって。
昔からやってきたから分かるよ。人の嫌がる仕事を進んで引き受けるのも、リーダーの心得だからね。
「まずは目標だけど。試合は勝ちに行きます」
当たり前のことを言うと、即座に『体育の授業でそんなマジになんなくていいじゃん~』と松岡から突っ込みが来る。
「勝ち負けとかこだわらなくてもよくない? 前のチームバレー部ばっかでさ、めっちゃ圧かけられてしんどかったわ。体育は部活じゃないってのにさー」
ごもっともな指摘ですね。
勝ったからって何ももらえるわけじゃないし、そもそもバレーは基礎の打ち方ができていないとボールを繋げない。
ぶっちゃけ、授業でやるには難しい競技だ。団体競技をどうしてもやらせたいならダンスや玉入れとかにしとけばいいのに。
「対戦相手はバレー部2人も入ってますよね。その時点で無謀じゃないですか? それにうちは」
言葉を切って、尾花が横目で紫苑を見る。
声で誰を指しているのか分かってしまったのか、紫苑がきゅっと下唇を噛みしめるのが見えた。
「こらそこ、尾花も非部員なんだから人のこと言えた立場じゃないでしょ」
「だって黒川さん、どこと当たっても必ず狙われてましたよね。カバーする人は基本エースだから、あえて狙ってレシーブさせて、攻撃させないようにする作戦で。彼女がいるチームと当たったときは、そういう指示を受けてました」
あまりにもあっけらかんとした物言いに、空気が一瞬にして凍りつく。
だけど、尾花の言っていることは事実だ。
サーブで紫苑みたいな背の低い子や、アタッカーは大体狙い撃ちされていた。
ルールには反していないとしても、モヤるものはある。
「ってか、黒川が弱点って共通認識ならさ。むしろ相手の攻撃パターンが分かってるから攻略の鍵になるんじゃねーの?」
そうそう、私もそれが言いたかった。
柿沼さんがフォローに入ってくれたことで、大まかなプレーのイメージが浮かんでくる。
椿さんと松岡も同じことを考えていたのか、私が口を開く前に説明してくれた。
「つまり、どれだけサーブカットができるかにかかっているってことでしょ。サーバーとレシーバーを順番に入れ替えてチーム全員が数本ずつサーブを打つ、で鍛えるのがいいわね」
「それだとまずはサーブメインの練習がいんじゃない? チーム全員が打つことになるわけだしさー」
「松岡さんの言う通りです。入ればそれだけで無双できるものですから」
「そうね。山なりの軌道でもいいから、まずは届くことを目標に打ちましょうか。コートの角とかの、いやらしいコースを狙って打てるようになれば理想だけど」
私よりもバレー知識と経験がある人たちの会話を聞いて、あーそういう戦法もあったかーと1人納得している。それでいいのかリーダー。
「……やっぱ椿さんリーダーやんない?」
「だからあたしじゃ務まらないわよ。清白さんが中心にいるから、みんな言いたいことを言えているの」
勝とう、なんて豪語しちゃったけどバレーアマチュア勢なのは私も一緒だ。
せめて1セット取れたらいいなーくらいの気持ちでいる。
でも、声だけでは人は動かない。
定時まで働いたら給料が発生するように、相応の報酬が必要なのだ。
「で、勝ったらメンバー全員分のハー○ンダッツをおごるよ。負けてもガリ○リ君あたりにグレードダウンするから」
「アイス限定なの?」
「食べ物限定。高級フレンチとかお高い要求じゃなければいいよ」
食べ物で釣るのは安直かなーと思ったけど、いちおうアイスで納得してくれた。
ハーゲンよりもIC○BOXがいいだの、シュ○ーコーンにしてくれだの注文が増えたけど。みんなアイス好きね。
「おごりならありがたくゴチになるけど。あんたそんなに負けず嫌いだった? 部活や球技大会ならまだしも、たかが体育の授業ではりきるって」
「私けっこう諦めが悪い人だよ」
柿沼さんの突っ込みに、半ば自虐的に答える。
伊達にそこの幼馴染に何年も報われない片思いしてないからなははは。
「…………」
会話に入らず、ひとり青ざめた顔でうつむく紫苑に近づく。
「大丈夫、私がついているから」
ささやいて、肩に手を置く。
ずっと見てきたからわかる。紫苑が周囲から不当な評価を受け続けているのは、決して実力不足ではないことを。
寄ってたかって紫苑を狙って。
チームプレイなのに、味方は彼女を足手まといとしかみなしていなかったからだ。
きっと紫苑は、ここでも足を引っ張らないか恐れているかもしれない。
私と組んだからには、そんな思いは二度とさせるものか。
なぜ、勝ち負けにこだわるのか。
さっきの松岡の問いに返す想いは、たったひとつ。
紫苑の今までの努力が、少しでも報われてほしいだけ。
「一緒にがんばろうね」
「……うん」
小声で紫苑は頷くと、そっと、肩に置いた私の手の上に指を重ねた。
「ビーチバレーが2人でできるように、試合はおそらく経験者である2人だけで回すはずよ」
椿さんが相手チームの戦い方を予想する。
1人がコートの真ん中に立って攻撃を受け続けて、もう1人がセッターでトスを上げ続ける。
それを前者がスパイクして点を取る。前回の試合でもそんな感じだったらしい。
うちはまともにアタッカーになれるのが椿さんくらいだから、彼女か紫苑を狙い撃ちして崩す戦法も想定しているだろう。
早くも諦めムードが漂い始めた自チームへと、私は鼓舞するように声をかけた。
「あんまり難しいことは考えなくていいよ。ようは、自分のコートにボールを落とさないように拾う。そういうゲームなんだから」
だから、大事なのは落ち着いてボールをつなげること。
アタッカーが少ないから不利だと決まったわけじゃない。
攻撃力に欠けるぶん、守備を重視して拾ってつなぐ。
それが、私達の戦い方だ。
というわけでまず、サーブの精度を徹底的に上げる練習を行うことにした。
「椿~、ぜんぜん入んないんだけど~。コートの下くぐっちゃうんだけどー」
「ボールに掌がうまく当たっていないか、サーブトスがうまく上げられていないかが原因よ。しっかり手に当たっていれば音がぜんぜん違うから」
いちばん簡単なアンダーハンドサーブでも、経験者と素人の差は歴然だ。
唯一適切なアドバイスをおくれる立場の椿さんに見てもらって、基本とコツをおさらいする。
サーブカットされやすい威力だろうと、ボールが相手のコートに届くだけで御の字であった。
この時までは。
ぱぁん、と小気味いい音とともにボールがネットすれすれを通過する。
今誰が打ったんだろ……って、……まじ?
「え、えー。うちより筋力なさそうなのになんでそんな飛ぶん?」
「ちゃんと腕全体を使ってボールを上げているからよ。松岡さんは指先だけで上げているの」
私を含むチームメイトは、紫苑が放ったサーブに唖然としていた。




