14. 私愛されてる……?
学級委員の朝はたまに早い。
「おはようございまーす」
今週は生徒の見守りも兼ねたあいさつ運動の日。月に2回ほど実施している。
月曜は学級委員会、火曜は風紀委員会、水曜は生徒会と、各委員会が通学路のあちこちに立って一斉に頭を下げる。
今はまだ、空気がひんやり澄んでいるものの。真夏の朝からこれはしんどそうだ。内申のためだから仕方ないけど。
「よし、今日はここまで」
始業時間が迫り、登校してくる生徒もまばらになってきたので教員から解散を命じられた。
校舎に向かって歩を進めたところで、後ろから肩を叩かれる。
「おはよっ」
ジャニーズにいそうな女が目の前にいた。
スクエア型の眼鏡にあざとく手を添えて、ひし形ボブに切り揃えた栗毛をかき上げる。顔のいい人にのみ許される仕草だ。
上里先輩は校内でもそれなりの有名人である。
女子校って、男役っぽい子がモテるって噂マジだったんだね。
委員会の顔合わせで趣味の漫画が一致してから、たまに先輩とはオタトークで盛り上がったりする。
「こないだ勧めてくれた漫画面白かったよ。スピンオフも衝動でポチっちゃった」
「ああ、あっちも画力は高い人ですよね。私はまだ読んでないので、あとでネタバレしない程度に感想聞かせてください」
「はいはーい」
至近距離でぼそぼそ喋ってくるものだから、吐息が触れて落ち着かない。
オタバレしたくないから私にのみ聞こえる声量に絞ってるみたいだけど、まわりの視線がバシバシ刺さってきて痛い。
この人、自分の顔面偏差値の罪を自覚していないのかな。
「清白さんて百合もの好きだったよね」
「ええまあ」
「今思い出したんだけど。xxってメーカーが5月に新作出すって。気になったらチェックしてみて」
「あとでググりますね」
正直、先輩は絵買いで選ぶ傾向が強いからなあ。私とは微妙に好みの作品が合わないのよ。
美少女ゲーム業界ではまだまだ、GLは貴重とはいえ。オタクはめんどい生き物なのだ。
教室に入って早々、私は問い詰められることとなった。
「清白、上里先輩と同じ委員会だよね」
「そうだけど」
「あんたらよくいちゃついてるけど、いつそんな仲良くなったの?」
女子の一人から抜け駆けを咎められる。ついてないっての。
パイセン、うちのグループもフォローしといてよ。あの甘いマスクでお菓子ぶら下げるとかしてさぁ。
「たまたま共通の趣味があっただけ」
「なんの趣味?」
萌えアニメやギャルゲーとは口が裂けても言えないため、てきとーにジャ○プ系列の漫画を上げる。いまゴールデンでやってるメジャーなやつね。
そのあたりまでならサブカルもたしなむパンピー……だよね多分。
「へー、あれ好きなんだ。今コラボカフェやってるしワンチャンあるかな」
「おっ、デート誘っちゃいますか?」
「成功したらストーリーズ楽しみにしてるよー」
まるで恋する乙女を後押しするかのように、周囲は雰囲気に便乗する。
本気じゃないから気軽に言えるんだよね。
彼氏作りという名のいち抜けレースは、まるで白鳥の泳ぎみたいに水面下で争ってるのに。
そんなこんなで、待ちかねた昼休みがやってきた。
いつもの私であれば購買部の列に並ぶところだけど、今日の昼休みはみんなが戻ってくるのを待つ側だ。
カバンから取り出した包みに、同じく弁当派の子から興味深い視線を向けられる。
「珍しいね、清白が弁当持ってくるなんて」
「パンばっかじゃ栄養になんないよって親が作ってくれた」
もちろん、紫苑お手製とは言えないし言わない。これを機に食生活見直しなよって、朝の紫苑みたいなことを言われる。
私が仮に栄養バランス重視のお昼を作ってくるにしても、おにぎり・サラダチキン・バナナ1房に落ち着きそうだ。女子力なんて知ったことか。
だけど女子の世界は面倒なもので、お弁当でマウント取ってくるやつもいる。
親の財力に直結する子供の私服のように。
仮に紫苑の弁当にケチつける命知らずがいたら、雷落としてやるけどね。
「わ、すっご」
蓋を開けた瞬間、私を含む女子数人が息を呑んだのがわかった。
曲げわっぱ弁当の一段目に広がるは、なだらかに包まれた薄焼き卵。
新緑の木々みたいに隙間を彩るブロッコリーと、『ありがと』とつづられたケチャップ文字。黄と緑と赤の鮮やかな光景に、蓋を手にしたまま私は固まっていた。
二段目は煮物、コロッケ、生野菜がきっちり敷き詰められている。配色センスがあるのか、茶色弁当にならず華やいでいるのは料理経験値の差ゆえか。
インスタ女子みたいにスマホ構えるとこだったわ。
「清白さんのお母さんって料理上手なんだね」
「朝からオムライスって愛されてるねー」
愛……? 私愛されてる……?
都合のいい言葉を切り取りそうになったため、妄想を断ち切る。
お返しなんだから気合を入れるに決まってるじゃん。差し入れにちょっと奮発してお土産用のお菓子を買う、あれと似たようなもんだ。
「卵めっちゃふわふわしてそう」
「あげないよ」
「まだ何も言ってないじゃんー」
おひつを引っ掴み、私は一心不乱に食べ始める。
チキンライスはぜんぜんべちゃついていない。黄金色の布団にくるまれる、ケチャップと絡んだパラパラな米粒をぐいぐい喉に送り込んでいく。
これだけ作れるようになるまで、紫苑どれだけ練習したんだろう。
そうせざるを得なかった彼女の境遇を思うと、少しだけ胸が痛んだ。
紫苑のLINEに『すげー美味いよ』とメッセージを飛ばす。
あ、既読ついた。
『ありがとう 味付け濃いとか薄いとかなかった?』
『ないよー オムライスの卵とかピリッと胡椒効いてて美味しかった』
『ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ』
なんか可愛い顔文字送られてきた。君のほうが可愛いよ。
よく見るとHNも『Kurokawa』から『病院★なう』に変わってる。まだ診察終わってないとかないよね。
『もしかしてまだ病院?』
『9時に行ったのに2時間待たされるとかありえない』
文面から静かな怒りが見える。
ってことは会計待ちか、あれも長いんだよね。
『予約してる人の間に受付した人が数名ずつ押し込まれてる感じだから、結果としてどんどん後ろにずれてく仕組みなわけ』
『薬もらいに行くだけで毎回こんなに待つんだ……』
『海外だと数時間どころか数ヶ月待ちですよ』
『Σ(゜Д゜)』
○○よりマシ理論を述べたけど、何事も限度というもんがある。
総合病院は設備は充実してるけど、ひどいと待ち時間で午前丸々潰れるレベルだ。受付で薬だけもらえる時代が来ればいいのにね。
スマホをスリープにして残ったお弁当を食べ進めていると、隣にいた女子が会話を振ってきた。
「そいやさー、土曜日会ってたクラスメイトって誰?」
食道を通過していたサトイモが逆流しそうになった。
なんでそれを今聞くの。




