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幼馴染に赤い鎖でつながれている  作者: 中の人
#幼馴染と繋がりたい

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10/68

10.こんなに重い子だったっけ

 紫苑が口元に手を当てる。

 背中を丸め、咳を必死でこらえるように。


 喉がぐっと鳴り、額には玉のような汗が浮いていた。


 ……まさか。

 収納棚の近くにいたのが幸いした。テイクアウト用のビニール袋をとっさに掴み、紫苑に渡す。


「ハルさん、こっちっ」


 紫苑の手を引いて、私はスタッフルームに駆け込んだ。

 ドアを閉めたところで、紫苑のえずく声が届き始める。どうやら、ぎりぎり間に合ったらしい。


「よく我慢したね、えらいよ」

「ごめ……う゛……」

「あーほらほら、喉に詰まるといけないから謝るのはなし。全部出し切っちゃいな」


 なるべく見ないように手だけを背中に当てて、ゆっくりと上下にさする。

 十数秒ほどでエチケットタイムは止まり、ぐすぐすと鼻を鳴らす声が届き始めた。


「いま、追加のビニール持ってくるよ。中身は大量にティッシュ入れて、水分飛ばすように。箱ティッシュここね」


 見た感じ、制服も汚れてはいないようでほっとした。

 着替えるのを待って、処理のため私たちは従業員トイレへと向かった。

 丹念にうがいを終えた紫苑が、泣き腫らした顔でずずっと鼻をかむ。


「気分はどう?」

「おさまった……迷惑かけてごめんなさい」

「いいって。どこも汚していないんだから。みんな心配してたよ」


 何度目かの謝罪とお辞儀を繰り返す紫苑に、なだめるように肩を叩く。

 厨房では薄暗くてはっきりしなかったけど、まだ顔色は悪い。もともと紫苑は色白だけど、今は生気を感じられないほどの青白さだ。

 聞きたいことは色々あるけど、まずは彼女を休ませることが最優先。


「しーちゃんはこのまま上がっていいみたいだから、休養室まで案内するよ。私も休憩取ったから安心して」

「……ありがとう」


 代わりのスタッフはさっき店長が手配してくれた。客足もちょうど落ち着いてきたところだし、ピークは過ぎたってところか。

 昨日と同じように受付に続く通路を歩き、上への階段をのぼる。目的の休養室は2階にあった。


「…………う」

 と、のぼりきったところで紫苑から小さいうめき声が上がる。

 こんなこともあろうかと予備を持ってきててよかった。急いでビニールを差し出す。


「大丈夫……そっちの波じゃない」


 手を振って、紫苑は苦しそうに顔をしかめる。大丈夫には見えない。

 波って、お腹のほうだったらまたトイレに行ったほうがいいと思うんだけど。


 ……あ。

 しきりにお腹の下をさすっているところで、なんとなく察した。


「もしかして、月イチの?」

 小声で尋ねると、控えめに頭が縦に振られた。

 にしても、こんなに重い子だったっけ。

 二日目でも体育余裕だよー、って軽いことを自慢してた記憶があるけど。


 とりあえず休養室まで歩いたが、本当に身体を横たえて休むだけの簡素な内装だ。

 応接室みたいに長テーブルがあって、挟む形でソファーがふたつ設置されているだけ。


 係員に事情を話すとブランケットを貸してくれたため、休める場所があるだけマシかと割り切る。

 ソファーに寝転んだ紫苑は、ぽつぽつと訳を説明してくれた。


「言い訳になってしまうけど、対策はしているつもりだった。腰とお腹にカイロを貼ったし、痛みが強くなる前にちゃんと薬は飲んだし、朝は念入りにストレッチをした」

「ここまで辛かったのって、これが初めて?」

「うん。……だけど、今年に入ってから痛くなってきた自覚はあった。それでも薬を飲んでいれば治まる程度だったから、甘く見ていたところはあったかも」

「そっか」


 明日婦人科を受診してくる、と紫苑は結論づけた。

 悶絶するほどの苦しみだったら行ったほうがいいレベルだもんね。

 私もいつ悪化するか分からないから気をつけないとな。仕事に穴を空けるわけにはいかないし。


「具合が悪いときは、まだ大丈夫って思っても遠慮なく申し出ること。ぎりぎりまで耐えて倒れて打ちどころが悪かったら、もっとひどいことになっちゃうから」

「……肝に銘じます」

「よし、いい子だ」


 子供を寝かしつけるように頭に手を置くと、赤く染まった紫苑の顔がずぶずぶとブランケットに沈んでいく。


 まあね、仮に私も同じ目に遭ってたら潜って反省会開いてたろうな。

 でも、そうやって人は一人で抱え込まない教訓を学んでいくのだよ。


 念のため、テーブルに洗面器と買ってきたポカリを置いておく。

 痛み引いたら帰っちゃっていいよと残して、私はバイトに戻った。



「持ち場を離れている間、フォローに回っていただきありがとうございます。ハルさんの体調ですが、いまは落ち着いているのでご安心下さい」


 説明もそこそこに、溜まっていた食器類の洗浄に入る。

 片付けも、食器拭きもほとんどあふれ返る瀬戸際だ。

 ピーク時に2人抜けたから仕方ないとはいえ、このご恩はきっちり働きで返さねば。


 動き回っていた私を気遣ってか、店長を含めた他スタッフさんはしきりに私の体調も心配してくれた。塩飴やスポドリまで頂いてしまった。


 濃いクマを作っている人や滝のように汗をかいている人もいるから、その人たちのほうが心配になるけど。


「おつかれさまでしたー」

 まるで強化合宿を終えたチームメイトのように、ピークを乗り切った私たちは晴れ晴れとした笑顔を交わす。

 土日はクソ忙しいけど、無事ペースについていけたときの達成感は嫌いじゃない。


「サトウさん、今日は本当にありがとうございました」

 退勤前に、私はヘルプで来てくれた女子大生にお礼を伝えた。


 この方は就活準備で忙しくシフトも少ないから、ほとんど話したことはない。

 あの店長が選んだだけあって、飲食店よりもイベコンで稼いでそうな綺麗な人だ。


「臨時収入はいくらあっても困りませんから。お役に立ててよかったです」

「あ、私のほうが新人で年下ですし。タメ口で結構ですよ」

 どうやら年上だと思っていたらしく、高1と伝えるとえらくびっくりされた。


「えー、こんな足長い女子高生いる? すげー、モデルさんじゃん」

「あはは、それは私のほうが思いましたよ」


 きりっとした美人さんだからちょっと身構えちゃったけど、意外と砕けた口調の方でとっつきやすい。

 波長が合うのか、同年代だったらいい友人になれそうだ。


「あの子の高校時代もこれくらいあったかね……」

「え? お知り合いの方にもいるんですか?」

「うん。体育でバスケやったときに取り合いになってた。チーム分けがドラフト形式って荒れるからやめたほうがいいと思うんだけどね」

「うちは完全ランダムですねー」


 制服以外だと、こんな感じで実年齢よりも年上に見られることが多い。

 ってか実際、飲み屋のキャッチに捕まったことは何度かあった。

 面長で無駄に身長があるせいだろうか。高すぎても低すぎても難儀ね。


「その休んでいる子にも、ぜんぜん気にしてないからって伝えておいて。時間が合えばまた力になるよ」

「はい。お心遣い痛み入ります」



 着替え終わってスマホを確認すると、紫苑からメッセージが届いていた。『終わるまで向こうにいるね』か。


 元気になったら戻っていいよとは言ったけど、律儀に待ってくれたのかな。

 またあの超絶愛らしい姿の紫苑と並んで歩けるかと思うと、今から足取りが弾む。


 って呑気な色ボケ思考で向かおうとしていた自分を殴ってやりたい。


 休養室には、体をくの字に曲げた紫苑がいた。

 苦しかったのかブランケットは跳ね除けられ、荒い呼吸のなか呻いている。どう見ても歩ける状態にはなかった。


「しーちゃんっ」


 ここではお静かに、とあった入り口の張り紙も忘れて。

 私は弾けるように叫んでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお!サトウさんことBさん!就活中なら遠恋前のラブラブ時期かな?そりゃ美しかろうwww >頭に手を置くと されげないふれあいに紫苑の血圧が心配。 芹香そういうとこやぞ! [気になる…
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