第1話 学園のアイドルがビッチだった。
隣町のゲーセンまで遠征してすっかり日が暮れた帰り道。
俺、七夕蛍は迷い込んでしまった煌びやかな繁華街を縮こまりながら早足に歩いていた。
「パパぁ。実は私、パパにお願いしたいことがあるんだ〜♡」
ふと、少々センシティブな現場が目に入る。
「せいざちゃんのお願いならおじさんなんだって聞くよ〜」
「え〜ほんと〜? 嬉しい〜♡ パパ大好き♡」
まるで発情期のネコみたいに甘えた声で誘惑しながら、中年のおじさんに身体を密着させ、腕を絡ませているのは——
「ウソだろ……」
我が学園のアイドル、希望ヶ丘星座だった。
☆
・来るぞ来るぞ!
・おまえら準備はできてるな!?
・告白ならいつでも
・死ね
・シンプル罵倒草
・おいふざけてんなよ。もう来るって!
・行くぞ!
・せーのっ
そんなグループメッセージの直後。
希望ヶ丘は太陽のように眩しい笑顔を浮かべながら大きく手を振り、弾むような足取りで教室へ入ってきた。
「みんなおまたせ〜っ!」
“うおおおおおおおおおお!!!!”
「今日も張り切って学園生活エンジョイしちゃお〜!!」
“うおおおおおおおおおお!!!!”
快活な掛け声に応じるようにクラスメイトたち——否、彼女のファンたちは雄叫びを上げる。
「うん、今日もみんな元気だね!」
これが学園のアイドルを擁する俺たちのクラスの特権であり、朝の習慣だ。
続けて希望ヶ丘はまるでファンサのようにクラスメイトひとりひとりと挨拶を交わし、ハイタッチしていく。
「はよ〜っす、せいざちゃん!」
「おっはよ〜市村くん! へーい!」
「うぇーい!」
その度に舞い上がる清楚な黒髪は、この辺鄙な教室を彼女の色へと染め上げる。
「せいざちゃんの笑顔が私たちの元気の源なんだ〜!」
「ね〜、私たちまで笑顔になっちゃうよ!」
決して崩れることのない笑顔は見る者全てに伝播して広まり、
「……せいざちゃん俺、今度の週末部活の大会あんだけど、自信なくてさ……」
「なーに言ってるんだよ! 大丈夫! 大丈夫だよ! 私、酒井くんが毎日頑張ってるの知ってるから!」
「せ、せいざちゃぁん……」
煌めきの強い一等星のような瞳は勇気と希望を振りまいてゆく。
・はぁ……今日も最高だぜせいざちゃん
・俺みたいなキモオタともハイタッチしてくれるんだよなぁ
・マジ最推し!芸能人とか目じゃねぇって!
・やっぱ告白する絶対イケるせいざちゃんは俺のことが好きに違いないだっていつも笑いかけてくれるし話しかけてくれるしたまにアメちゃんくれるし
・それみんなだろ
・みんなのせいざちゃんな
誰にでも優しくて愛想がいい。勉強はちょっとアレみたいだが、運動もできる。
そして芸能人に負けないルックス。
去年の学園祭ではステージに立ち、プロ顔負けの歌声とダンスまで披露した。
それ以来、希望ヶ丘星座はまさにこの学園のアイドルだった。
「ふわりんもおっはよ〜!」
「……おはよう」
「相変わらずクール! でもそれがイイ!」
ついには隣の席まで挨拶が済んで、俺の番がやって来た。
「ほたるんも、おっは〜」
「お、おう……お、おはよう希望ヶ丘さん……」
「え、なんでそんな他人行儀!? いつもみたいにせいざちゃんって呼んでよ!」
「え、あ、うん……せ、せいざ、ちゃん……」
やっべー、超気まずい。
先日の援交現場……でいいんだよな——が脳裏にチラついて、まともに視線を合わせることも言葉を交わすこともできない。
この純粋そうな笑顔の裏で、彼女は夜な夜なおじさんと……?
考えるだけで吐き気を催しそうになる。
「なんか調子悪いのかな?」
「いや、だ、大丈夫だ。問題ない」
「……ん、そっか。じゃ、はいたーっち」
「え…………」
眼前に掲げられた細くしなやかな手のひら。
「っ、すまん、さっきトイレで手洗うの忘れたからやめとく」
「なにそればっちぃ! もぉ〜ちゃんと洗わなきゃダメだよ? はいこれ濡れティッシュ」
即座に渡される。
ちゃんとトイレで手は洗っているが、せっかくなので拭かせてもらった。
「せいざちゃんこっちも早く早く〜、私とハイタッチ〜」
「あ、うん。すぐ行くよ〜!」
自分の番を待つクラスメイトたちに急かされて、希望ヶ丘は俺の席を去った。
最後に完璧なまでに可愛らしいウィンクを残して。
「………………っは!?」
一瞬、恋に落ちていた。
でも、あんな顔して裏ではビッチなんだ。
(ごめん。俺、せいざちゃんのファンやめます……)
男子高校生(童貞)の心は複雑である。